機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《85》近接戦闘教範(U.C.0087年 3月11日)

 

 

 

 三月十一日。

 

 数日前、シイコ・スガイが一年戦争で叩き出した殺戮の成果――MS八一機、艦艇三隻という異常な撃墜スコアを知ったクワトロは、アナハイム・エレクトロニクス社へと情報照会を行っていた。

 そして今、彼のパーソナル端末に、その返事が暗号化された状態で到達したのである。

 クワトロは、モニターに表示されたアナハイム社からの簡潔なテキストに目を通した。

 

『照会の件、承りました。

 スガイ中尉については社内規定により詳細な個人情報の開示はできかねます。

 ただし、弊社が作成した近接戦闘教範の参考CG映像を添付いたします。

 なお本映像に登場するMSおよびパイロットは特定個人を示すものではありません』

 

「白々しいことだ。

 企業というものは、いつでも逃げ道を用意したがる」

 

 クワトロは鼻で笑い、添付ファイルの再生ボタンを押した。

 その「記録映像風CG」の視聴を終えると、彼はデータをチップへ複製し、ブレックスらの待つ区画へと向かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 網膜を焼くような極彩色の光芒。

 濃密なビーム撹乱膜の明滅が、薄暗いアーガマのブリーフィング・ルームに三人の男の輪郭を浮かび上がらせている。

 モニター上で再生されているのは、アナハイム社から提供された『近接戦闘教範』と銘打たれた映像資料であった。

 もっとも、そこに記録されていた機動は、およそ「教範」という言葉が持つ安全なイメージからは逸脱する代物であった。

 デブリの死角より湧き出るように現れた、異形の量産型ガンキャノン。

 脚部装甲は剥き出しにされ、おぞましいまでの推力を発生させる規格外の巨大スラスターが無骨に増設されている。

 ミッドナイトブラックの機体色に沈むように描かれた、艶消しのパーソナルマーク。

 その機体は、ジオン軍が展開する携行火器の弾幕を「避け」ない。

 相対速度とベクトルを計算し、装甲表面で「滑らせる」ことにより無力化していた。

 直後、ワイヤーで捕縛した敵機を盾として消費しつつ、至近距離からコックピットをビームキャノンによって蒸発させる。

 さらに燃え盛る火球を突破後、急旋回した。

 チベ級重巡洋艦の艦橋を焼き払い、挙句の果てには捕縛したゲルググをトーチカへと叩きつけた。

 

「……呆れたものだな。

 アナハイムの映像クリエイターというのは、よほど戦争に飢えていると見える」

 

 重苦しい沈黙を破ったのは、ヘンケン・ベッケナー中佐であった。

 彼は苛立たしげに太い指で顎を擦り、画面隅に張りつくテレメトリーに目を向ける。

 

「コックピット内の激しい振動といい、計器の汚れといい、無駄にリアルな作り込みだ。

 だが、このGメーターの『一五』という数字はなんだ。

 生身の人間がこんな変態的なワイヤー機動を連続で行えば、内臓が破裂してミンチになる。

 悪趣味にも程があるぞ」

「同感だ、ヘンケン艦長」

 

 ブレックス・フォーラ准将もまた、不快感を露わにして腕を組んだ。

 

「これを『教範』として寄越してくるとは、我々エゥーゴのパイロットを試しているのか、あるいは単なる技術的プロパガンダのつもりか。

 いくらなんでも本気度が高すぎて、にわかに信じがたい。

 現場の人間からすれば、死を弄ぶような不真面目さを感じるな」

 

 二人の高級将校にとって、画面上で繰り広げられる血生臭い殺戮劇は、あくまで「頭の狂ったオタクが作成した、精巧なフィクション」として扱わなければならなかった。

 これを現実だと認めてしまえば、彼らが長年かけて構築してきた軍事的常識や戦術論そのものが、根底から瓦解してしまうからだ。

 防衛規制に基づく、至極真っ当な反応であった。

 だが、一人だけ例外がいた。

 クワトロ・バジーナ大尉だけは、背もたれに身をあずけたまま、サングラスの奥の、感情を排した視線をモニターへと向け続けている。

 

(――フィクション、か)

 

 クワトロは、冷静に映像の裏側に潜む事実を把握しつつあった。

 これを閲覧したアナハイム先進開発事業部の人間たちが、なぜこの映像を単なるデータではなく「聖典」のごとく扱い、後生大事に保管していたのかが、今なら痛いほどに理解できる。

 画面を揺さぶるカメラのブレは、チープな演出などではない。

 敵の重心を狂わせ、死の恐怖を植え付けた上で合理的に処理していくあの「間合い」は、アルゴリズムが弾き出した最適解ではない。

 あくまで血肉を持った人間が、生存という目的のために倫理も感情も切り捨て、極限の重力加速度のなかで演算し続けた結果の――生々しい「生存戦略の痕跡」に他ならなかった。

 

『これはア・バオア・クー攻防戦の生還者の証言に基づいたビデオ作品であり、フィクションです』

 

 映像の終わりに、白々しいテロップが浮かび上がる。

 それを見たヘンケンが、深い溜息を吐き出した。

 

「まったく……言い訳をしているが、ア・バオア・クーのNフィールドでこんな真似ができた連邦の部隊など聞いたこともない。

 クワトロ大尉、君から見てどうだ?

 こんな阿呆な機動をするMSが実在したと思うか?」

 

 クワトロはゆっくりと立ち上がり、ブレックスとヘンケンに向かって、口元に微かな笑みを浮かべてみせた。

 

「ええ。

 生身の人間には不可能です。

 ……もし、これが『ただの人間』の記録だとしたら、我々はとんでもない猛毒を、このアーガマに抱え込んでいることになりますからね」

 

 突拍子もない言葉に怪訝な顔をするヘンケン。

 その横で、ブレックスは不都合な真実を臓腑(はらわた)の奥に飲み込むように、ゆっくりと目を伏せた。

 反論一つしない老将の苦い沈黙を背に受けながら、クワトロは静かにブリーフィング・ルームを立ち去る。

 クワトロの脳裏に、常識という分厚い仮面を被り、アーガマの艦内を平然と歩き回っているであろう「魔女」の姿が、鮮明に焼き付いていた。

 

 

 

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