機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0080 - 連邦軍視点 - 査問・療養
《09》狂気の戦果と査問会議(U.C.0080年 1月〜4月)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八〇年一月。

 

 一年戦争と後に呼称されることとなる、人類史上未曾有の総力戦にして巨大な殺戮の嵐が辛うじて過ぎ去り、地球圏が「()()」という名の、ひどく白々しい安堵と虚脱感に包まれていた頃のことである。

 地球連邦軍という巨大な官僚機構は、自らが生み出し、そして無際限に消費した暴力の痕跡を隠蔽、あるいは清算すべく、終わりの見えない事後処理と戦果確認の泥沼に没頭していた。

 

 ジャブローの地下深奥。

 

 冷え切った空気と巨大なメインフレームの排気音だけが支配する無機質な戦術データ解析室。

 一人の下級データ処理官が、星一号作戦(ア・バオア・クー攻防戦)の膨大な戦闘詳報群の中から、あるひとつの信じ難い「戦術的異常値(エラー)」を発見した。

 

 パイロット名:シイコ・スガイ中尉

 搭乗機:RX-77D 量産型ガンキャノン(現地改修型)

 公式確認撃墜数:モビルスーツ二八機、艦艇二隻

 

 一年戦争におけるエースパイロットの基準を根底から破壊する、狂気的なスコアであった。

 本来であれば後方からの火力支援を第一義(ドクトリン)とするRX-77系単機によって叩き出されたとは、いかなる物理法則をもってしても説明のつかない異常値である。

 さらに処理官を戦慄させたのは、彼女が所属し、あの逃げ場のない要塞内部の閉鎖空間で制圧戦を強要された第四大隊前衛部隊(ジム小隊)の「生還率」であった。

 ()()()()()()()()

 誰一人として、戦死者を出していなかったのである。

 数字だけを見れば、彼女は第一三独立部隊の「白い悪魔」アムロ・レイに匹敵する。

 あるいは、ある側面においては凌駕すらしている、地球連邦軍が誇るべき輝かしい英雄であった。

 だが、その異常な戦果に付随して前線から上げられた(おびただ)しい報告書の束は、血と硝煙の悪臭を放つ、極めて陰惨な告発文の集合体に他ならなかった。

 その代表的なものが、彼女の「護衛」を務める羽目になった前衛小隊の指揮官からの追加報告書である。

 

『機密指定:レベル四(要・将官級クリアランス)』

『文書番号:UC0080-01-14-AB』

『提出者:第四大隊前衛ジム小隊 小隊長 ネルソン中尉』

『件名:ア・バオア・クー攻防戦におけるシイコ・スガイ中尉の戦闘行動に関する追加報告、および意見具申』

『……前略。

 本報告書において、当職はスガイ中尉の戦闘記録に対する客観的評価と、一人の前線指揮官としての率直な危惧を具申するものである。

 結論から申し上げれば、彼女の挙げた「MS二八機撃墜」という戦果は、当小隊のガンカメラ映像が証明する通り疑いようのない事実であり、結果として当小隊の全滅を防いだ。

 その功績については、論を()たない。

 しかしながら、軍法務局および作戦司令部に対し、彼女の戦闘教義(ドクトリン)の異常性について強く警告せざるを得ない。

 要塞表面および内部において、彼女が実行した戦術は、連邦軍の正規の戦闘マニュアルを完全に逸脱した、猟奇的とも言える非人道的な物理的暴力の行使に他ならない。

 彼女は腰部に増設されたワイヤーアンカーを用いて敵機を物理的に拘束し、ゼロ距離からの射撃でパイロットを粉砕したのみならず、撃破した敵の残骸――かつて人間が搭乗していたモビルスーツの死骸――にワイヤーの楔を打ち込み、それを自機の前面に「物理的防壁」として展開しながら突撃を敢行したのである。

 これは、敵に対する最低限の武人の敬意を欠くばかりか、軍人としての倫理的規範を著しく踏みにじる行為である。

 さらに、一二月三一日一五〇〇時、事実上の戦闘終結命令が下達された後においても、彼女は当方からの通信を一切拒絶し、背を向けて敗走するジオン残存兵を、自機の弾薬が尽き果て、敵から奪い取った白兵戦兵器が損壊するまで執拗に解体し続けた。

 彼女の戦果は認める。

 だが、あれは連邦の掲げる正義の戦いなどではない。

 敵の死骸を盾にし、逃げる者を背後から屠り続ける、狂人の殺戮である。

 味方である我々でさえ、あの漆黒の機体が刻み込む十字の傷(聖痕)を見るたびに、本能的な悪寒に苛まれたのだ。

 軍上層部においては、彼女の行動を単なる「戦果」としてのみ評価せず、軍紀および人道上の観点から、厳正なる調査と処置を行われることを強く要請する』

 

 この報告書を皮切りに、彼女に対する調査は、英雄の功績に対するそれではなく、重犯罪者に対する内偵へと急速にその性質を変質させていった。

 軍法務局は即座に彼女の身柄を拘束。

 外界との接触を完全に遮断したのである。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八〇年二月。

 

 地球連邦軍法務局が管理する、陽の光など永遠に届かない地下の査問室。

 軍事法廷という公開の場を意図的に避け、極秘裏に編成された「特別査問会議」が実施されていた。

 連邦の輝かしい勝利に致命的な汚点を残しかねないこの「黒い魔女」をいかにして社会から隔離し、処理するかを決定するための、極めて官僚的で冷徹な儀式であった。

 

『記録ファイル:SP-INQ-0080-02』

『音声記録トランスクリプト(抜粋)』

『日時:UC〇〇八〇年二月一八日 一四〇〇時』

『場所:連邦軍法務局 第三査問室』

『出席者:首席査問官(少将)、次席査問官二名(大佐・中佐)、法務書記官』

『対象者:シイコ・スガイ中尉(拘束状態)』

 

[録音開始]

 

首席査問官:

「……それでは、第二回特別査問会議を再開する。

 スガイ中尉、前回の聴取から君は完全な黙秘を貫いているが、それが自らの立場を致命的に悪化させるだけの行為であると理解したまえ。

 我々は、君の理解不能な暴走に対する『合理的な説明』を求めているのだ」

 

(沈黙。約一五秒)

 

次席査問官A:

「中尉、君は一二月三一日一五〇〇時に発令された戦闘終結命令、および各部隊への現在地待機命令を意図的に無視した。

 データリンクの記録によれば、君の乗機はその後も約四五分間にわたり、武装を解除し撤退行動に移っていたジオン軍残存部隊への追撃を継続し、少なくとも七機のモビルスーツを破壊している。

 これは軍刑法に定める重大な抗命罪、ならびに不必要な戦闘の継続による交戦規定違反に該当する。

 これについて、弁明はあるか」

 

(沈黙。対象者の呼吸音のみが記録されている)

 

次席査問官B:

「さらに問題なのは、君の戦闘手法だ。

 第四大隊の複数のパイロットから、君が撃破した敵機をワイヤーで拘束し、それを防壁として利用しながら前進したという証言が提出されている。

 死体損壊、ならびに捕虜や戦死者への人道的配慮を定めた南極条約の精神に著しく抵触する行為だ。

 味方すらも恐怖させた君のその猟奇的な行動は、連邦軍の軍紀と威信を著しく失墜させるものだ。

 答えたまえ。

 なぜ、あのような狂気じみた戦術をとったのだ?」

 

(沈黙。約二〇秒。対象者の視線は査問官たちではなく、室内の何もない虚空に向けられていると法務書記官の付記あり)

 

次席査問官A:

「スガイ中尉! 黙秘は無意味だ!

 君のその無軌道な殺戮衝動が、我々連邦軍の正義にどれほどの泥を塗るか理解しているのか!」

 

(対象者の衣擦れの音が微かに響く。

 次いで、極めて低く、抑揚のない音声が記録される)

 

対象者(スガイ中尉):

「……」

 

首席査問官:

「なんだ? 今、何か言ったか?」

 

対象者(スガイ中尉):

「……邪魔よ、死神」

 

次席査問官B:

「……は? 誰に向かって言っている?」

 

対象者(スガイ中尉):

「(聞き取れない低音で呟いている)……And Death Shall Have No Dominion(そして死は覇者にあらず)……」

 

首席査問官:

「スガイ中尉! 質問に答えろ!

 君は自分が置かれている状況を理解しているのか!」

 

(対象者は再び完全な沈黙に陥る。

 これ以降、計三時間に及ぶ査問において、対象者が言葉を発することは一度もなかった)

 

[録音終了]

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八〇年三月。

 

 一連の査問を受けた連邦軍上層部において、彼女の最終的な処遇が決定された。

 法務局の一部からは、軍紀粛正のための極刑、あるいは不名誉除隊を求める強硬な意見も提出された。

 しかし、彼らは最終的に、極めて政治的かつ事勿(ことなか)れ主義的な結論を採択した。

 アムロ・レイの駆る「白い悪魔」を救国の英雄として祭り上げんとするこの時期。

 それと対をなす「黒い魔女」の猟奇的殺戮劇が露呈することは、軍の道徳的優位性を根底から覆す最悪の醜聞(スキャンダル)となる。

 何より、「小隊生還率一〇〇パーセント」という事実が厄介であった。

 彼女を断罪することは、最前線で地獄を見た前線兵士たちの反発、最悪の場合は暴動すら招きかねない。

 結論として、連邦の官僚機構が弾き出した解は、極めて冷酷なものであった。

 

『地球連邦軍人事局 極秘辞令書』

『発令日:UC〇〇八〇年三月二五日』

『対象者:シイコ・スガイ中尉(認識番号:FF79-8842-S)』

『辞令内容:

 一、対象者のア・バオア・クー攻防戦における戦闘行動について、一切の軍法上の責任を問わないものとする(恩赦の適用)。

 二、対象者の階級は「中尉」に留め置くものとし、昇進・降格等の特例措置は行わない。

 三、対象者は重度の戦闘ストレス反応(PTSD)による精神的失調と認定されたため、直ちに軍務から解任し、北米オークリッジ第四軍事療養施設への無期限の療養異動を命ずる。

 四、本辞令および対象者の過去の戦闘記録は最高機密(レベル四)に指定され、外部への一切の漏洩を禁ずる』

 

 この辞令の裏側には、法務局の担当官によって書かれた血の通っていない内部メモが添付されていた。

 

『スガイ中尉の件について。

 彼女を法廷に出せば、死体を盾にする「聖痕戦術」の詳細が公になる。

 軍医局に圧力をかけ、彼女の異常行動を「極度のPTSDと戦場特有の精神錯乱」という医学的診断にすり替えろ。

 階級は剥奪せず中尉のまま据え置き、恩給という名の口止め料を払い続け、北米のオークリッジ施設――我々の息のかかった隔離病棟――へ収容しろ。

 二度と外界と接触させるな。

 彼女は英雄ではない。

 軍の地下深くにコンクリートで固められるべき、ただの不潔な汚物である』

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八〇年四月。

 

 シイコ・スガイ中尉は、北米大陸の深い森林地帯に隠避されたオークリッジ第四軍事療養施設へと移送された。

 表向きこそ傷痍軍人のためのリハビリテーション施設であった。

 だが、その実態は、軍にとって不都合な真実を抱え込んだ者や、精神を完全に破壊されて世間に出せなくなった兵士たちを幽閉するための、巨大な「廃棄物処理場」に他ならなかった。

 病室の窓には分厚い鉄格子が嵌められている。

 彼女の治療――という名目の監視――を担当することになった精神科医は、入所初日の彼女の様子を、カルテに無機質な筆致で書き残している。

 

『オークリッジ第四軍事療養施設 医療記録』

『カルテ番号:OR-80-402』

『患者名:シイコ・スガイ(二〇歳・女性・階級:中尉)』

『担当医:アーサー・クレメンス少佐』

『[入所時初期所見]

 UC〇〇八〇年四月三日。

 患者の施設受け入れを完了。

 身体的所見:生命を脅かす外傷や疾患は認められない。五体満足である。

 精神的・神経学的所見:患者の精神状態は極めて異常である。

 軍医局からの事前申し送りにある「攻撃的衝動を伴う精神錯乱」という診断は、根本的に誤っている。

 患者には、フラッシュバックによるパニック発作や、自傷他害の兆候は皆無であり、軍の報告にあるような「狂暴な殺人鬼」の面影など微塵も存在しない。

 だが、それは彼女が正気であるという意味では断じてない。

 彼女は、著しい「感情の平坦化(アフェクト・フラットニング)」を引き起こし、外界への興味を完全に喪失している。

 問診に対し、彼女は肯定も否定もせず、ただ沈黙を貫いている。

 瞳孔の動きは正常だが、その視線は私の顔を通り抜け、壁の向こう側の何かを見つめているかのようだ。

 彼女は狂っているのではない。

 人間としての精神機能のほとんどを、自らの意志で「シャットダウン」してしまっているのだ。

 彼女は世界を拒絶しているのではない。

 彼女の内部において、外界という概念そのものがとうの昔に消滅してしまっているのである。

 個人的な所見を付け加えることが許されるならば、私は彼女のあの焦点の合わない虚無の瞳を見つめていると、説明のつかない強烈な悪寒を覚える。

 彼女の中にあるのは、PTSDなどというありふれた精神疾患などではない。

 もっと深く、冷たく、そして絶対的な「虚無」そのものである』

 

 かくして、ア・バオア・クーの泥沼において味方を守るために自ら進んで鬼と化し、ジオンの将兵に死の十字架を刻み込み続けた黒い魔女は、連邦軍という組織の冷徹な自己防衛本能によって歴史の表舞台から完全に抹消され、深い森の奥の白い密室へと幽閉された。

 彼女の戦争は終わったはずであった。

 だが、彼女が内包するその底知れぬ虚無は、やがて施設の人々を、そして連邦軍の暗部をも蝕む、静かで致命的な病巣へと変貌していくことになるのである。

 

 

 

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