死体を異世界に捨てる簡単なお仕事   作:手の目は勝ちにくい

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1話 死体安置所

 パチパチと薪が燃える音が心地よい。

 

 死体が燃える炎で暖を取るのは、あまりにも不謹慎だが、暖かいのだから仕方ないだろう。酷い風邪を引いてしまっているならなおさらだ。

 

 雪が火葬用に掘った大穴の炎に舞い落ちる。

 いっそ幻想的ですらあった。

 

 マフラーから出ている顔だけが、炎にあてられてぼんやりする。

 

 俺は焚き火の前でさらに身を縮ませる。

 あとはこうして5~6時間、薪を足しながらぼんやりしてればいい。

 俺はこの火葬の番が、結構好きだった。

 

 火が好きなんだろうな。宗教はそれぞれだが、俺にとっては浄化してくれるってイメージが強い。

 

 こんな俺でも。送ってやれるから。

 

 勝手に火葬される側からしたら、たまったものではないのだろうが。

 

 しかし、今回の仕事は思わぬ苦戦だった。

 分かっていたことだが、俺はイレギュラーに弱い。

 命取りになりかねない判断を、つい熟考してしまう悪癖がある。

 これをもっと機械的に、ルールに基づいて行うべきなのだろう。

 

 しかし。やはり。それでも。

 

 あの女を殺す理由は見つからなかった。

 どうかこの判断が致命傷にならないようにと祈りながら、俺の意識は微睡んでいった。

 

 

 駐車場に停めた商用バンの運転席で、仕事の連絡を待ちながら白い息を吐く。

 

 その間、もう何度、運転免許証を確認したか分からないが、毎回思わずニヤけてしまう。やや緊張した顔の証明写真がいかにも若葉マークの若者()()()じゃないか。

 

 フロントウィンドウにはちらほらと雪が張り付いては溶ける。

 バンのエンジンは切ってあるので車内は深々と冷え切っていた。

 白い息を吐き出す瞬間だけ僅かな温もりを鼻先に感じる。

 

 免許証。

 公的に、国から自動車を運転することを許されている証。

 

 この公的にって部分が最高だ。認められているって感じがする。

 人として真っ当にこの大地に立っている。取得して何度もこうして眺めているが、未だに味がする。ピカピカと輝いて見える。なんせこれを手に入れるまでに酷い苦労をしてきたからだ。

 

 就学実態不明児童というものがある。

 現代の日本において小学校すら卒業せず大人になる人間は稀だ。

 不登校だったとか、外国籍で親がおらず制度から外れたとか。出生を親が隠したりすると就学実態不明児童というものになる。全国でどれぐらいの数がいるかはハッキリとは分からない。なにせ実態不明だ。ようするに不幸な子供たち。制度上居ないものとして扱われる子供。

 

 俺の場合は気がついたら路地裏でゴミにまみれて死にかけてた。

 最初の記憶はすえたゲロの臭いだ。

 

 そこから生存をかけた戦いが始まるわけだが、あまり自分を不幸だとは思ったことはない。

 親が誰かも分からないし、いつ生まれたのかも分からないってことは、戸籍も当然持っていない。そんな環境で生きていくにはそりゃ大変だったが、比較対象が周りに居なかったため、苦労こそあれど不幸とは思わなかった。

 

 色々あったが、どうにか大人になって労働による社会貢献をしているわけだし。

 今では努力して戸籍も()()()立派な日本国民である。

 

 あとで(しげ)さんに教えてもらったが、現在の日本社会では生きていくことだけなら、そこまで難しいことでもないらしい。保護児童になって色々あって戸籍も手に入る。なんとビックリ警察機構は敵ではなかったのだ。必死に逃げ回っていた俺の苦労はいったいなんだったんだ。

 

 街灯のわずかな光。

 かじかんだ指で証明写真をなぞる。

 

 ほぼ白髪になっている頭に青白い顔。落ち込んだ眼窩。

 心象をよくしようと努力した結果、引きつった笑いが気持ち悪い。

 安堂 守久 (あんどうもりひさ)。現在24歳。男。最終学歴中学校。

 

 よく暗闇からぬっと出てくると悲鳴をあげられる。

 あだ名はモルグ。俺の生業に関係しているあだ名だ。

 死体安置所の母親の死体から生まれたとか噂されてるせいかもしれない。

 

 噂なので事実無根である。

 そうだとしたら泣いちゃうよ俺。

 

 実年齢は多分17~18歳あたりなんじゃないかと思う。

 紗季(さき)さんがそう言ってた。

 

 戸籍との年齢がずれているが、実年齢あたりの戸籍を買うには金が足りなかった。

 ティーンエイジャーは子供ほどではないが、供給の関係から料金が高めに設定されている。ちなみに前任者の安堂守久は、ギャンブルで借金が重なり飛ぼうとしたらしい。

 

 しかも紗季さんの組から借りた金を踏み倒して、だ。

 

 すごい勇気だ。尊敬する。

 

 戸籍の前任者も天涯孤独の身で、人間関係が希薄なおかげで整理するものも少なく、比較的スムーズに購入することが出来た。そのぶん割高ではあったが。

 

 借金も戸籍と一緒に引き継いでしまうのは二重請求なんじゃないのかと文句を言ったが、聞き入れてもらえなかった。ヤクザの仕事はこんなもんだ。

 

 おかげでその整理にさらに余分に費用がかかった。紗季さんへの借金分は仕事で返すので大幅にまけてもらえている。ありがとうくそったれ。

 

 そうして2年前に晴れて日本国民となれたわけだ。

 無国籍で学校も行ったこともない人間が。学歴を。人生を。

 さらに1年前に念願の普通自動車第一種運転免許を取得したのだ。

 

 人生で初めての試験だったので凄く緊張したが、誰も脅してないし、賄賂も使っていない。当然だが殺しもナシだ。正真正銘しっかり試験を突破して得たもの。それまでは、仕事に使う車は偽造免許で運転していたので、かなりリスクが高く、運転するたびにおっかなびっくりだった。

 

 戸籍があるおかげで免許が取れた。前任者には感謝してもしきれない。ありがとう安堂守久(あんどうもりひさ)。もとい名もなき人。今は俺が安堂守久(あんどうもりひさ)だからな。

 

 ()()()のスマホのホーム画面を出す。時刻は22時を回ろうとしていた。

 もう連絡が来てもおかしくないのだが、少し遅れてるかもしれない。

 近所迷惑なのでエンジンは切ってある。

 車内はいつまでたっても暖まることはない。

 

 就学実態不明児童についてだが、彼らの実態数があやふやなのは、親が出生届を提出していないからだ。もちろん他にも要因はあるが、制度上、子供が戸籍を取得していなければ前提条件――法的に存在が確認できること、が満たされていないため、義務教育とやらの義務も発生しない。厳密には義務は課されているが施行されない、らしい。(しげ)さんがそう言ってた。

 (しげ)さんは見た目に反して凄く頭のいい人だ。なんでも知ってるし、社会の(ことわり)を教えてくれる。

 

 重要なのは、生まれていることが制度上確認できなければ、法の目には透明な存在と同じだという点だ。

 

 これは俺の仕事にも通ずるものがある。

 つまり死体処理だ。

 死体が発見されなければ法は適用できないのだ。

 まぁ厳密には違うが。捜査の規模感が違うということを主張したい。

 

 日本における行方不明者は年間8万件ほど届け出があるらしい。

 だが年内、あるいは2~3年で発見される数はその9割以上だ。

 

 痴呆、家出、放浪、事故、自殺、他殺。

 なんらかの形で見つかる。

 

 本当の――長期行方不明者は年間で100件も発生していない。

 

 多いとみるか少ないとみるかはそれぞれだが。

 

 その内の数十件は俺の仕事だ。

 

 死体は発見されるから事件になる。

 

 これでも誰でも出来る仕事というわけではない。死体を処理するというのは大変な労力を必要とする。燃やす。埋める。沈める。溶かす。砕く。食わせる。固める。なんだっていいが、どれもそれ相応のリスクと労力が伴う。

 

 そこで俺だけがもつ異能が役に立つ。

 これが無ければとっくに路上でくたばってただろう。

 

 ――あるいはこれがあったせいで裏稼業の生き方しか出来ないのか。

 

 意識を運転免許証に戻す。大多数の大人が持つ証明書。

 つまり普通であるという証。

 錯覚しそうになる。もしかして普通に生きられるのかもと。

 

 だがそう考えると決まって、あの裏路地の生ゴミのすえた臭いが鼻孔の奥に蘇る。

 

「ふん」

 

 鼻を鳴らして、追い出す。

 いつまでも眺めていられる運転免許証を大切にカードホルダーに仕舞った。

 

 その時、スマホが振動する。

 覚束ない手つきで電話に出る。最近までガラケーだったんだよ。

 だがスワイプだろ。覚えてるぜ。

 

「クリーニング安堂」

「ハートウォーミングの西田です。変更なしで予約してた件お願いします」 

「承りました」

 

 商用バンのエンジンを起動させた。仕事の時間だ。

 

 

 車は雪の残る郊外の道路を抜け、ぽつぽつとオフィスビルが建っている地域へ入る。昼間なら配送業者や営業車が出入りするありふれた場所だが、この時間になると建物はどれも死んだように静かだ。

 

 連中の間で『刑場(けいば)』と呼ばれてるビルの前で停止する。

 ちなみにレンタル可能。

 氷室組の若い衆が2名こちらに小走りで向かってくる。

 

「どうもモルグさん」

 

 剃り込みパーマが会釈する。昭和ヤクザっぽいスタイルだな。令和だぞいま。

 

「ども。西田さん?」

「はい。中を失礼しても?」

 

 声には出さず、手だけでどうぞと合図する。剃り込みが素早く後部座席のドアを開けて中をチェックする。もう一人にちらと視線を送るとダウンジャケットの懐に片手を入れている。おまわりさんが見てたらどうするんだ。怪しすぎる。

 

「アザシタッ!」

 

 剃り込み西田くんのチェックを終え、誘導を始める。

 車を半地下の車庫へ滑り込ませる。シャッターはすでに開いていた。エンジンを切ると、外の音が一気に遠のく。

 

 いつもの場所に車を停める。

 

 車の後ろから一抱えもあるダンボール箱を取り出し、すぐ後ろにあるエレベーターでさらに地下へ降りる。昔の『刑場(けいば)』は階段だったから大変だったなぁとぼんやり思う。

 

 エレベーターが到着し、すぐまた扉だ。

 その前には厳つい体の巨人が二人。結構な付き合いだが未だに名前を知らないので、阿行(あぎょう)吽形(うんぎょう)と呼んでいる。頑なに名前を教えてくれない。

 

 ここでボディチェックとダンボールの中の確認がされる。俺はほぼ身内みたいなもので、顔パスなのだが、組織の一員ではない。慣例としてそのチェックを受け入れる。

 

 もちろん武器なんて持ってない。

 そういったものは全部『アイテムボックス』の中だ。

 もちろん取り出すことはない。

 

 彼らの待機姿勢の初動から、いきなりトップスピードでぶん殴る。

 俺みたいな痩せっぽっちじゃ、武器を構える暇すらないだろう。

 

 殴られると死んじゃうので、誤解を生まないように武器を持ち込まないのが正解である。

 

 確認を終えると吽形(うんぎょう)が無言の会釈でドアを開けてくれる。

 吽形くんは紳士だ。好き。阿行(あぎょう)はもっと愛想よくしろ。

 

 この地下空間は隣のビル下にも及んでおり、多分違法だと思うのだが、そのビルのオーナーも紗季(さき)さんだから、誰も文句は言わない。検査のときはどうしてるんだろうか。

 

 地下室の防音扉を開けると、独特の匂いが鼻につく。血の匂いではない。少し薬品のようなツンとした匂いに閉め切った空間に長く残る、人の気配の匂いだ。それとタバコの臭い。

 

 室内の奥はビニールカーテンで仕切られている。

 その中に6名ほど。さらにカーテンの手前には3名。

 

 その内の1人が火口重衛(ひぐちしげもり)だ。御年(おんとし)57歳。入口の二人に負けず劣らずの巨体だ。スーツの上からでも分かる筋肉。氷室組の若頭である。

 

 ちなみに若頭と呼ぶと怒られる。会社なのだから役職名で呼ぶようにと。

 俺は(しげ)さんと呼んでいる。

 

 育ての親その一である。

 

 いつまでたっても紙タバコを辞めてくれない。今もぷかぷかとふかしている。

 

「来たか、守久。すまんな。社長の説得がまだ終わってないんだ。呼んでおいてなんだが、もう少し待っててくれ」

「お構いなく」

 

 重さんへの挨拶はそれで十分だ。お互いに気心の知れた仲だ。

 俺の仕事は終わった後から始まるし。

 

 俺はダンボールを下ろして中身を広げはじめる。ブルーシート。エプロン。ゴム手袋。シューズカバー。ガムテープ。紐。カッター。雑巾。ホウキ。チリトリ。漂白剤が入ったスプレー。そして遺体収納袋4枚。

 

 綺麗に並べる。仕事のクオリティは道具の扱いから始まるのだ。

 なんか仕事してるって感じがして楽しい。

 

 すっかり準備を整えたが、カーテンの中は未だに盛大に揉めていた。

 

 縛られた男は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。金庫番だろう。話は聞いている。系列のヤミ金の金を持ち逃げしようとして捕まった。すごいガッツだ。俺なら脅されたってやらない。

 

 その隣の女は、状況を理解できていない顔で震えている。金庫番の恋人だ。しかし、どうもこの人がそそのかしたと聞いている。一緒に逃げようとして御用となった。これもナイスガッツ。

 

 紗季さんは真剣な声で女に説得を続けている。

 真摯に。真心を込めて。

 

「分かるだろう? 許されないんだ。2億近い金を盗んだ。ケジメをつけないと示しがつかない。もちろん、全額回収しているよ。分かってる。だから。だから、私は。君達には納得してもらいたい。納得せず死ぬなんて、あまりに惨い話じゃないか」

「ごめ、ごめん、なさい。本当に……! もう。許して……!」

 

 泣きじゃくる女に対して、心から同情しているような声で紗季さんが答える。

 

「もちろん許している。許しているとも……! 金も戻った反省も十分。許してるよ! あとは責任をとるだけなんだ……!」

 

 女は意味を理解できず、ただ首を横に振る。

 許さないのか、許すのか。数秒前の発言ですら矛盾してる。

 紗季さんは続ける。

 

「理解が必要なんだ。君が怯えているのは、理解が及んでいないからだ。責務を果たす必要性に納得すれば恐怖はない。納得と決意だ。よし死ぬぞっていう決意こそが勇気を生む」

 

 俺は壁にもたれ、黙ってそれを聞いていた。

 

 いつもの説明だ。

 

 これが、あの人なりの慈悲だ。

 氷室 紗季(ひむろさき)にとっては、ちゃんと筋の通った話らしい。

 本人は本気でそう信じてる。

 

 女は何度も首を振り、言葉にならない声を漏らす。

 

 紗季さんは女と同じようにポロポロと泣き始める。悲しいのだ。なぜ死ななければならないのかを理解しないのは氷室紗季(ひむろさき)にとっては悲劇以外のなにものでもない。

 

 静かに女の頭を胸に抱いた。

 

「大丈夫だ。大丈夫だよ。本当に一瞬で終わる。約束する」

 

 ゆっくりと慈しむように頭をかき抱く。優しく何度も撫でる。

 大丈夫。大丈夫と言いながら。

 

 二人のすすり泣く声だけが世界の音だった。

 

 ――さぁ目を閉じるんだ。

 

 女は嗚咽も漏らしながら、震えながら、言われるままに、目を閉じた。

 

 重さんがタバコを携帯灰皿に入れ、わずかに目を伏せる。

 空調が低く唸る。女のしゃくり上げる声。

 

 紗季さんがゆらりと陽炎のように立ち上がり、スレッジハンマーを持ち上げる。

 解体などで使う大型のハンマーだ。

 俺は時計を見る。終わった後の段取りを頭の中で組み立てていた。

 

 短い音が室内に響いた。

 

 女の体から力が抜け、どさりと倒れる。

 

 数秒遅れて、金庫番が絶叫した。

 

 泣き叫び、命乞いを始める。

 

 氷室紗季は静かに振り返る。

 

「理解と。納得だ」

 

 そう言って、今度は男に説得を始めた。

 

 一瞬で頭を砕くことを本当に善き事だと思ってやってる。

 あまりに恐ろしい。散々見て麻痺してきたが、逆らおうなどとは思わない。

 

 氷室 紗季(ひむろさき)37歳。加藤組の3次団体である氷室組、組長。女性みたいな名前だし、細身で長髪。おまけに顔も整っているから見間違いそうになるが、男である。

 

 育ての親その二だ。

 

 金庫番の男もしばらく粘っていたが、紗季さんの必死の()()のかいがあって無事に俺のお仕事が出来る環境になった。

 

 紗季さんは色々汚れてしまった体を洗い流すため、この地下室の隅でシャワーを浴びている。

 シャワー完備で、もちろん排水溝もある。

 いざとなればこの地下室全体を洗い流せる設備だ。

 ただその設計思想上、間に余計なものはなく、全裸の紗季さんが丸見えなのはどうかと思う。

 ヤクザの親分なのに、墨入れしてない美しい均衡の取れた体つきだった。

 

 エプロンとゴム手袋、シューズカバーを装備して、カーテンの手前までブルーシートを引っ張る。並べておいた道具がシートの皺でごちゃごちゃになる。諸行無常だ。

 

 飛び散ってるものに触れないように、慎重にカーテンを開け、仏さんを遺体収納袋に移動する。この作業はカーテンの中にいるみんなで協力して行う。もう随分みんな慣れたものだった。

 

 そして飛び散ってるものをホウキとチリトリで集め、同じ袋へ。どっちがどっちの、()()()()()なのかは分からないが。恋人だから許してくれるだろう。

 

 そうしてすっかり二人を収納すると、カーテン内のブルーシートとこちらのブルーシート、他道具を一式すべてもう二つの遺体収納袋に収める。あとは遺体収納袋の表面を丁寧に漂白剤で拭けば準備完了だ。

 

「よし。こんなもんでしょ」

 

 最悪な仕事だが、実はこの瞬間が結構好きだ。

 片付けたっていう達成感がある。

 

 4つの遺体収納袋をカーテンの外に居た三名で、台車に乗せてゴロゴロとエレベーターまで運ぶ。一度に一つずつだ。以前、ビニールシートだけが入った袋なら軽いだろうと、縦に運んじゃってジッパーから液体が漏れたことがあるのだ。

 

 なので基本的に遺体は寝かしたままが望ましい。天地無用だ。もちろん完全密封の遺体収納袋というのもある。疫病などが発生した場合に使われるやつだ。あまり一般的ではない。俺は、もっぱらこちらの黒い普通の袋を使う。

 

 エレベーターによっては奥の壁の下半分が扉付きで開くようになっている。これは救急隊員がストレッチャーを使ったり、それこそ今回のように遺体を搬送する際に使われるスペースだ。そこに寝かせたまま突っ込んで地上へと戻る。

 

 4つの遺体収納袋を商用バンに積む。

 後方スペースは座席が取っ払われその上にアクリル板が貼られている――汚れが素早く取れるかと思って改造したが、これは失敗だった。傷だらけになって曇るのだ――その上にブルーシートが敷いてある。そこに積むのだが、ここからが手品だ。

 

 後部ドアを閉めると今度は側面ドアから入り直し、ドアを閉める。

 遺体収納袋の並びを調整する振りをする。

 

 その瞬間、素早く4つの遺体収納袋を『アイテムボックス』に収納した。そうして、『アイテムボックス』に予め用意しておいたダミーの遺体収納袋とを入れ替える。中身はマネキンだ。

 

 これでお巡りさんに職質を受けても安心というわけだ。

 わざわざ偽物に入れ替えるのは、何度か尾行されたことがあるからだ。

 

 結局尾行を撒いたり、相手が途中で止めたりで、誰が尾行していたのかは分からない。もし、それが氷室組の連中だとしたら、途中で中を検められると困る。死体はどこにいったんだって話になるだろう。ちなみに死体にGPSの類を仕込まれても『アイテムボックス』に入れてしまえば品目が分かるので抜かりはない。仕掛けられたことはないので、やはり氷室組ではなかったのだろうか……?

 

 そう。俺はこの異能を誰にも教えていない。

 重さんにも。紗季さんにも。誰にも。

 

 運転席にもぞもぞと移動してエンジンを入れる。

 バンがそろりと出発する。

 

 剃り込みの西田くんは仁義を切るようなヤクザポーズで、お疲れ様っしたァ!と叫んで見送ってくれている。止めてくれ。目立つから。

 

 

 車を出してしばらくは、さっきまでの現場の匂いが鼻の奥に残っている気がした。実際に残っているわけじゃない。仕事をするとしばらくはこうだ。換気のために窓を少しだけ開けると、冬の冷たい空気が入り込む。フロントガラスがあっという間に曇った。

 

 少し逡巡したが、窓を全開にする。おお寒いぞ。

 痺れるような冷気になんだか嬉しくなる。寒いのは嫌いじゃないのだ。

 

 ここから山まではおよそ三時間。市街地を抜け、高速を使い郊外へ出て、そのまま山間部へ入る。重さんからは記録に残るようなことを極力避けるべきと教えられ、紗季さんからは何事も堂々としてれば案外バレないと教えられた。

 

 運搬については紗季さんの判断を採用している。

 Nシステムが心配だが、下道は偶発的なトラブルでリスクが高いんだよな。高速道路でサクッと運んだ方が結果的にリスクが低いんじゃないかと思う。

 

 全国どこでも駆けつけるが、主な仕事の斡旋先はこの『刑場(けいば)』が圧倒的に多い。

 なのでここから近すぎず、遠すぎずといった場所に処理場を構えてる。

 

 高速を下りて街中を抜ける間はまだ交通量もある。タクシーや帰宅途中の車、コンビニの駐車場に集まる若い連中の姿も見える。信号に従って流れに乗り、無理な運転はしない。

 

 やがて街灯の数が減り、店の灯りもまばらになる。道路脇の建物は低くなり、畑と空き地が増え、遠くに黒い山の影が見え始める。対向車も減り、しばらく誰ともすれ違わない時間が続く。

 

 山へ入る最後の分岐点が近づく。ここを曲がれば、通る車はほぼ地元の人間だけになる。夜中ならなおさらだ。

 

 その直前、バックミラーに強い光が映った。

 

 遠くに見えていたヘッドライトが、数十秒で急速に近づいてくる。明らかに速度が速い。気づけば、ミラーいっぱいにライトが広がっていた。

 

 そのままパッシング。

 

 さらにクラクション。

 

 おいおいおいおい。

 

 片側一車線の田舎道で、左右は山の斜面と用水路。逃げる場所はない。路肩も狭く、先に行かせる余裕もない。

 

 制限速度より少し速度をあげる。それでも後ろの車は距離を詰め続ける。少しでも減速すれば、そのまま突っ込まれそうな距離だ。

 

 デジタルインナーミラー越しに見える運転席の男は、片手でハンドルを叩きながら何か叫んでいるように見える。焦っているのか、単に頭がおかしいのかは分からない。いや多分おかしい方だな。薬でもやってんのかってぐらいの凄い形相だ。

 

 問題はこれが、襲撃なのか、煽り運転おじさんなのか。

 

 襲撃である場合の対応と、ただの頭のおかしいおじさんである場合の対応を素早く頭のなかでシミュレートする。とはいえ、様子見かな。先にもう少し進むと山道への私道に入れる。私有地だからさすがにそこで別れるだろうが、相手の印象に残ったように私道に入るのはよくないな。

 

 どうしたもんか。先に脇に避けれるとこあったっけ?

 

 そんなことを考えていた矢先――車体に衝撃が走る。

 

「ちょ、うぉぉ」

 

 うっそだろ、あの野郎ぶつけてきやがった!

 まずいまずい。揉め事になるのも、事故になるのもよくないぞ。

 

 一際大きな振動。ハンドルをとられそうになる。

 

「ええいくそったれ! なんだってんだ!」

 

 思わず悪態をついてブレーキを踏み込む。再びの追突。しかもあのイカれ野郎はアクセルを踏みっぱなしだ。

 

 もうアレだ。襲撃か分かんないけど敵認定だ。

 

 俺はそのまま片手でハンドルを抑えたまま、座席を捻って振り返り、『アイテムボックス』から銃身を切り詰めた水平二連ショットガン(メーカー不明12ゲージソードオフ)を取り出す。弾はダブルオーバック(00Buck)だこのヤロウ! 狙いを後部ドアに向けて引き金を引く。

 

 車内で爆発音が2度響いた。

 

 ぐあー! 耳がー! 

 両サイドの窓が開いててよかった! 難聴になっちゃう!

 

 デジタルインナーミラーで見るとヤツの車のフロントガラスがヒビ割れ、肩をおさえている。

 よかった。いつもの癖で咄嗟にソードオフを撃っちゃったが、散弾はいくつか後部ドアを貫通できたみたいだ。薄い部分だったのかな?

 

 車がようやく止まる。

 

 俺は降車しながらソードオフを『アイテムボックス』にしまい、代わりに.357マグナムリボルバー(カンバーK6s)とライトを取り出す。こっちを撃つべきだったな。まぁいいや。手早くやろう。

 

 さすがに撃たれたとは思ってないのか、しかし肩を怪我した理由をこちらだと決めつけ煽り運転おじさんはキレ散らかしていた。こりゃホントになんかやってるな。怪我直後なのにここまで興奮が持続するのさすがにちょっと変だ。

 

 俺はニコニコと笑顔でカンバーを背中に隠し、煽りおじにライトを照らしながら近付く。

 同時に素早く周辺を確認する。同乗者なし。周辺の人影も後方車も無し。多分!

 くそう。リスクが高すぎるぞ。なんだってこんなことに。

 

 そして運転席の隣までくると、ぶちギレてる煽りおじ目掛けて窓越しに6発撃った。

 即死してくれと願いながら。

 寒空の下、炸裂音が6度響く。

 

 人体を破壊するのに十分以上のエネルギーが撃ち込まれ、煽りおじが車内で()()()()する。全弾どこかしらに命中した。

 

 ドアを開けてエンジンを切る。

 煽りおじに向けて手をかざした。

 

『アイテムボックス』発動。

 

 不発。

 

 『アイテムボックス』は生き物を入れることは出来ない。

 つまり煽りおじはまだ生きているということだ。

 まぁそれは『アイテムボックス』さんの判断では、まだ生きてるってだけでしかない。明らかに即死だ。生きてる判定だけど。

 

『アイテムボックス』発動。

 

 不発。

 

 くそう。早くしてくれ。時間の経過と共にリスクは増え続けるぞ。

 

『アイテムボックス』発動。

 

 ふっ、と煽りおじが音もなく消失する。

 

 よーしよしよし。いいぞ。次は車だ。

 『アイテムボックス』の容量は5メートル四方の立方体。125立方メートルある。

 普段は盗んだシャベルカーを入れてるため、追加で遺体を10体も納めておくとパンパンだ。

 容量を超えそうだったので昨日のうちに山中にショベルカーを出しておいた。

 今日の追加は4体分だがショベルカーを抜いてあるので、煽りおじと、その車は余裕で入る。

 

『アイテムボックス』発動。

 

 同じように目の前にあった乗用車が消える。いいぞ!

 

 ドサッという音がした。

 

 とっさに音の方向へライトとカンバーを向ける。

 しまった! さっきので全弾撃ち尽くしてる!

 

 だがライトに照らされそこに居たのは、縛られ、目隠しをされた女が、アスファルトの上で小さくうめき声を上げている姿だった。

 

「――、ッ?」

 

 理解に一呼吸必要だった。

 

 そうか! トランクに居たんだ!

 『アイテムボックス』さんが車と生物とその付属品を分別したのか!

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