死体を異世界に捨てる簡単なお仕事   作:手の目は勝ちにくい

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3話 火種

 2月24日

 

 昼過ぎに目が覚めた瞬間、身体の奥からくる寒気で歯が鳴った。布団に包まれているのに、背中に氷を差し込まれたような感覚がある。喉は焼けるように痛く、鼻の奥も乾いている。

 

 昨日、2月の雪がちらつく寒空の下を、窓を全開にしたまま車を走らせた()()ではない。俺はそんなアホの子ではないはずだ。

 

 『アイテムボックス』から薬箱を取り、体温計を脇に挟む。待っている間、天井を見上げながら今日の予定を思い出す。昨日のうちに火葬まで終えるつもりだったが、別件で時間を取られた。()()()()穴はもう掘ってある。今日行かなければ明日になるだけだが、そうやって後回しにする癖はつけない方がいい。

 

 電子音が鳴り、体温計を取り出す。三十八度台。

 

 悪くない、と思う。立てないほどではない。

 うーん。悩むなぁ。三十九~四十度なら確実に休むのだが。

 

 ゆっくり身体を起こすと、視界がわずかに揺れる。だが歩ける。判断は終わりだ。仕事を溜めない。それだけ守ればいい。

 

 顔を洗い、最低限の準備を整え、車に乗る。エンジンをかけると振動が背中に伝わり、少しだけ現実感が戻る。

 

 仕事というものは多少無茶でも毎日続けるものなのだ。

 行きたくない、休みたい、お布団に包まっていたい。

 その気持ちを否定しないまま仕事に行く。これが尊い。これぞ労働なのだ。

 

 昨日と同じ山へ向かう。またしても2時間の道のり。麓までは舗装路が続いているから問題はない。昼間とはいえ平日のこの時間、交通量も少ない。市街地を抜け、住宅が減り、やがて畑と空き地ばかりになる。遠くに黒い山の稜線が見え始める頃には、すでに身体の熱がこもっているのが分かる。

 

 山の入口に差しかかり、私道へ入る。

 

 そこで初めて状況が変わった。

 

 雪が積もっている。昨日はここまで降っていなかったはずだ。表面は薄く凍り、轍もない。冬用タイヤとはいえ、滑るのは目に見えている。無理に進めばスタックする可能性が高い。山道で動けなくなるのは、体調以上に面倒だ。

 

 エンジンを止める。

 

 ここからは徒歩だ。

 

 ……帰りたい。

 

 止めておけばよかった。カッコつけるべきではなかった。

 労働なんて誰も望んでいないだろ。なにもせず金が入るならそれが一番だ。

 

 確『アイテムボックス』の中には遺体収納袋が14体。煽りおじが1体。その車も入っている。容量に余裕はない。突発的ななにかがあると対応できないかもしれない。

 

 歩くか……。

 

 ドアを閉める。雪を踏み出した瞬間、足元から冷えが這い上がってくる。靴底がきしむ音がやけに大きく感じる。早くも挫けそうだ。向こうの穴はそのままだ。放置するのもよくない。今日行けば終わる。それだけの話だ。

 

 斜面を登り、目的地の広場にたどり着く。シャベルカーはそのまま雪にまみれている。

 その近くにコンクリートで均された場所がある。そこが転移地点だ。

 

 『異世界転移』

 

 意識を集中させる。これは4~5拍程度の集中が必要だ。昔はもっと長かった。

 

 圧縮の感覚が身体を包む。一瞬の出来事だ。刹那の瞬間、意識がブラックアウトしてる気がする。もう何度も使っているが、未だに慣れない。連続した意識という時の中を、細い細い糸でスパッと断絶したような。そんな感覚。

 

 次に意識が認識したときにまず見えるのは焔だ。

 

 体の周りに一瞬だけ炎を纏う。熱くはない。

 地面からわずかに浮いた空中に転移する。

 足裏にコンクリートの感触。着地成功だ。

 

 爆発は起きない。

 

 『異世界転移』は地球の座標とリンクしている。つまり、緯度経度、高度が地球側と同じ場所にしか転移できない。地球側で移動すれば異世界側でも移動している。

 

 地表や空間に出る限り、排出は穏やかだ。

 だが困るのは、地中や物質内部に転移した場合だ。そのときは周囲を押しのけて爆ぜる。半径数メートルは消し飛ぶハメになる。なので目印がある場所で転移する必要がある。その場所を1平方メートルほどコンクリートで固めておいた。

 

 地球側で目立たず。そして異世界側でも目立たない場所。

 それでいて、どちらの高度もほぼ一致している場所。

 これを探すのが大変だった。

 

 おそらく異世界は地球と全くといっていいほど同じ大きさの惑星なのだろう。太陽や月の距離も同じに違いない。自転公転は言わずもがな。そして両者の世界から俺が消失している時間は限りなく0に近いに違いない。

 

 でないと吹っ飛んでるからな。

 まぁ謎の焔はちっとも熱くないから何かしらのパワーで守られてるのかもしれない。地中に出現して周りが吹っ飛んでるのに俺の体には何の異常もないからだ。

 

 さて異世界である。ここがなんと呼ばれてるかは知らない。

 場所は開拓が進む森の中。地球では山中からの転移だったが、空中に投げ出されることはなかった。こちらの地面の高さが同じなのだ。標高が高い森なんだろうな。

 

 幼い頃に都内から転移して異世界に破壊をもたらしてきた。

 地球側で収納した遺体も、都内から適当に転移した先に放置してた。

 来る日も来る日も、爆破しては放置。爆破しては放置だった。

 

 子供の頃、ある日。

 異世界に転移するとアンデットに囲まれてた。

 俺が捨ててきた遺体だ。さすがに悲鳴をあげたね。おかげで都内からの転移は難しい状況になってしまった。

 

 なにも分かってないガキだったのだ。生きるのに必死で、他者への敬意なんてものは無かった。しかし、死ぬ前がどういった人物であれ、死ねば仏だ。そこに敬意を払うべきだったのだ。それが仕事ってもんだ。

 それ以来、俺はしっかりと火葬して供養することを目標としている。

 

 俺は煽りおじの車と灯油缶を『アイテムボックス』から取り出す。

 これも燃やして埋めるつもりだ。

 

 異世界にシャベルカーで掘った穴は3つ。『川』の字のように溝を掘っている。

 その真ん中に鉄筋の格子を敷く。すると空気の通る道を確保できる。そこに大量の薪と遺体を重ねて灯油を撒く。この薪の組み方が重要なのだ。

 

 そして両サイドの溝。なだらかな傾斜にして中央の溝に横穴を開けている。

 要はデカいダコタファイヤーだ。煙突効果で燃焼を促すやつだ。ネイティブアメリカンの知恵らしい。試行錯誤を重ねてこの形に落ち着いた。

 

 さすがに現代社会の火葬場とはいかないが、適宜薪の供給と3~4時間もあれば、すっかり骨ぐらいにはなる。その上から土を被せ荼毘に付すことが出来る。故人には残念だが、弔い方は選ぶことが出来ない。

 

 黒煙が上がり始める。灯油の火だ。これがしばらくすると薪に残った水分を飛ばし、燃焼ガスを生み、ロケットストーブの要領で燃やしていく。

 

 俺は椅子に腰掛け炎の成長を待つ。あとはひたすら薪をくべるだけでいい。

 

 雪景色の中、炎だけが色を持つ。

 白い世界に、橙の揺らぎだけが浮かんでいた。

 

 顔に当たる熱が心地いい。死体が燃える炎で暖をとる不謹慎さに思わず笑ってしまう。

 寒気がわずかに和らぐ。自分の高熱と炎の熱が混ざり合い、境界が曖昧になる。

 

 時間の感覚が薄れていく。

 炎の暖かさに包まれながら、意識がゆっくりと沈んでいった。

 

 

 雪を踏みしめる音で、意識が浮上した。

 

 最初は夢かと思ったが、音は規則的に近づいてくる。乾いた雪が潰れる、小さくて軽い足音。ひとつではない。複数だ。まずい起きなければ。起きろ!

 

 命令に反してのろのろと目を開けると、炎の向こう側、白と黒の境界に小さな影がいくつも揺れているのが見えた。

 

 囲まれている。

 

 とっさに身体を起こすが、連中の攻撃の方が早かった。脳天めがけて下りてくる棍棒に、左手を犠牲にすることで防御する。腕に鈍い痛みが走る。折れたかもしれない。くそ! 熱のせいで反応が一瞬遅れた!

 

 小柄な人型。緑がかった皮膚。粗末な布切れと、手には棍棒。

 

 緑小人(りょくしょうじん)

 

 正式な種族名は知らない。漫画や映画は見ないし、ファンタジー作品も読まない。重さんの教育方針だ。ネットで画像検索をした時に出てきた単語がリトルグリーンマンだったから、便宜上そう呼んでいるだけだ。

 

 虚空に右手を伸ばし『アイテムボックス』からソードオフを引き抜く。短く切り詰めた銃身は取り回しが楽だ。密着状態のまま緑色人の腹に一発ぶっぱなした。

 

「グギャアァア!」

 

 至近距離。12ゲージ00Buck。8.4mmの9発の鉛玉は緑小人の腹を分断した。

 

 発砲音が雪原に跳ね返り、炎が一瞬だけ揺らぐ。反動が肩に食い込み、視界が白く弾ける。

 

 緑小人はそのまま崩れ落ちる。

 

 残りが一斉に動く。左右から回り込む動き。

 

 先に踏み込んだ右の緑小人にソードオフを撃ち込む。

 パッとヘドロじみた血が弾ける。

 

 弾切れだ! 装填してる暇はない!

 俺はソードオフをその場に落とし、すぐさまカンバーを『アイテムボックス』から取り出す。

 

 アドレナリンが噴出してるのが分かる。

 ヤツらの高さに合わせる為に片膝をついてカンバーを構える。

 落ち着け! 数が多い。正確に撃て!

 

 痛みで熱を持ち始めた左手でホールドする。

 正確に3匹に1発ずつ撃ち込んだつもりが、一番遠い1匹外してしまう。

 

 そして立て膝を開脚するように開いて背後に迫る2匹に2発撃ち込む!

 だが、もう目の前まで迫ってきていたので、慌ててしまい残りの3発を1匹に撃ってしまった!

 

「クソ! バカヤロウ! 慌てるな!」

 

 自分を叱咤してソードオフを拾う。だが包囲網は崩れた。

 

 空いているスペースに体をねじ込む。

 一歩目で軸を外し、二歩目で角度をずらす。体重移動を逆算し、相手の死角へ入る。

 

 横から振り下ろされた棍棒が肩に直撃する。

 

 鈍い衝撃。骨が軋む。

 

 続けざまに脇腹にも一撃。

 

 息が抜ける。肺が縮む感覚。

 

 膝が落ちかけるが、そのまま転がってリンチから抜け出す。

 

 走りながらソードオフをリジェクト(排莢)する。白い煙を残した空のショットシェルが空中に投げ出される。

 

 肩が熱い。脇腹は鈍く重い。打撲だ。折れてはいない。

 左腕はダメかもしれない。

 

 ソードオフを脇に抱え、虚空に手を伸ばす。『アイテムボックス』から弾を取り出した。だがポロポロと落としてしまう。思わず屈んで拾おうとしてしまった。弾を掴んで己の失敗を悟った。もう一度『アイテムボックス』を使うべきだった!

 

 振り下ろされる棍棒。咄嗟にソードオフで受け止める。

 

「このくそがぁぁあ!」

 

 押し出すようにまっすぐ蹴る。丁度顔面の位置に足の裏が直撃した。

 

 ソードオフに弾を込める。残りの4匹に狙いを定め引き金を引いた。

 

 カチリ。

 

 いつもの頼もしい爆発音は鳴らず時が凍ったようだった。

 

「ッツ!!」

 

 俺の水平二連はトリガーが二つあるタイプだ。

 前が右銃身。後ろが左銃身。

 

 指を後ろのトリガーに滑らせる。

 

 爆発音。

 

 無事に撃てた。後ろに下がりながら排莢する。

 『アイテムボックス』から弾を取り出し2発込める。

 

 だが、今度も右の銃身からは発射されず不発。

 なんてこった。内部機構がイカれたんだ!

 

 左側だけで撃つ。残り2匹!

 

 排莢! 左側装填!

 

 撃つ!

 

 残り1匹!

 

 ぐらりとバランスが崩れる。

 後ろ歩きで距離を取っていた為に足を取られて転んでしまった。

 

 咄嗟に躓いたものに視線をやると、以前埋葬した場所の目印として打ち込んだポールだった。

 

「ぐっ……!」

 

 まぁそりゃ恨むわな。荼毘だなんだとよくほざける……!

 

 最後の一匹の緑小人が奇声を上げながら飛びかかってくる!

 

「だがな……!」

 

 生き残ることに関しちゃ意地汚いぞ俺は……!

 

 ソードオフをそのまま突き出す。棍棒とすれ違い右手を強打した。だが、ソードオフの先端はヤツの歯を砕き口の中へ挿し込まれた。

 

「おおおおおラァ!!」

 

 体格差を利用して無理やり力で押し倒す。

 

 排莢!!!!

 装填!!!!

 

「クタバレ!!」

 

 くぐもった音。最後の一撃は脊髄を突き抜け地面を穿ち、緑小人を即死させた。

 

 終わった。

 

 顔を上げる。 

 

 さっきまで耳を埋めていた奇声も、足音もない。

 残ったのは荒い自分の呼吸と、火床の奥で炭がチリチリと爆ぜる音だけだった。

 白い息が、何度も夜気に溶けていく。

 

 左肩と左腕を負傷したため、少しの動きで痛み走る。

 脇腹を打たれた場所は内出血してるだろうが、内臓は多分大丈夫だ。

 先程、棍棒とすれ違った右腕は今になって、ボトボトと出血してきた。

 棍棒の枝で切ったのか。

 意識すると痛みがはっきりしてくる。心臓がうるさい。

 心臓が脈を打つ度に自分の体が精神と乖離していくように思えた。

 

 酷い目にあった。なんで寝てしまったんだ。

 

 泥まみれ、汗塗れ、謎の体液まみれだ。臭すぎる。

 倒れた緑小人をひとつずつ収納する。なんの儲けにもならない死体だ。

 だがここに放置するわけにもいかない。

 またアンデット祭りになるのは御免だった。

 ヤツら頭なくても蘇るからな。嫌過ぎる。

 

 さっきソードオフを見たが、歪みは明らかだ。修理どころか買い替えだろう。元々重さんが使っていた水平二連ショットガンを譲り受けて、同じように銃身が戦闘で曲がったので、ソードオフにしたという経緯がある。

 

 一応親にあたる人からの贈り物なので、大事に使ってきたつもりだったのだが。

 

 体も重い。熱は下がっていない。当然悪化していた。

 

 「サイアクだ……」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。

 

 炎は消えており、炭の燃焼が進む。ここまでくれば、あとは埋葬なのだが、もう気力が残っていなかった。そもそも体調が悪いのに働こうなんて思うから、こんな目に遭うんだ。

 知らん。もう知らん。俺は帰って風呂入って寝る。

 

 目印のコンクリートの足場まで戻り、集中する。

 ここから一刻も早く離れたかった。

 

 地球から異世界に転移する場合は少しだけ、地面から浮いた位置に転移する。

 ならばその逆は、浮いてた分、もちろん地中に埋まることになる。

 

 当たり前のように地面が爆発するので、こちらからの移動は異世界内を移動して座標を変える必要がある。しかし、そんなことをしなくても、それを解決するシンプルな力技は存在している。

 

 俺は長い息を吐き出し、吸い込む。

 集中がピークに達する時、最後の力を振り絞り、膝を抱えるようにジャンプした。

 

 その瞬間、地球へ転移した。

 

 着地。爆発は起きない。地表だ。

 

 膝から崩れ落ちる。疲れ果てたぞ……。

 

 要は下がった座標分、転移の瞬間に上がればいい。つまり飛ぶ。体を動かしながらの転移だから、かなり高難易度な技といえる。競技人口が今のところ世界で1人しかいないが。

 そうして再び、雪道を徒歩で戻る。

 体中が熱を持ち、なんで動くのかと痛みを訴えている。

 

 麓に停めた車が見えたとき、ようやく一息つく。

 

 運転席に座り、ドアを閉める。

 

 静まり返った車内でぼんやりする。

 シートにべっちゃりと汚れが付いたのは分かったが、それがなんだ。

 

 明日は紗季さんに連絡して仕事が終わった旨と、しばらく休むことを連絡しなきゃな。

 エンジンをかける前に、もう一度ソードオフを取り出して眺める。

 新しい武器も手に入れなきゃ……。

 

 ため息がでた。

 出費が嵩む。

 俺も借金があるというのに。

 

 風邪のせいだな。あれが判断を間違わせた。

 その風邪の原因に思いを馳せることは止めておいた。

 

 臭いと体調不良で鼻が麻痺しかけてる。

 しかし今日は窓を閉めたまま帰ろうと思った。

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