死体を異世界に捨てる簡単なお仕事   作:手の目は勝ちにくい

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6話 飛び火

 夢を見ている。

 これは夢だと分かっている。

 だってこのあと何が起きるか分かっているから。

 

 地下室に連れてこられてから、薬の影響はピークに達していた。

 それでもきっと何か出来たはずだったのだ。

 私はどこか諦めていたのではないか。

 

 体は重く、思うように動けなかったから。

 人生にも、疲れていたから。

 

 動け、動けと自分の体を叱咤する。

 

 私の隣には女の子が、ぐったりと横たわっている。

 服装と背丈から小学生ぐらいではないだろうか。

 声を掛けてあげなくては。ここから一緒に逃げなくては。

 

 何度も何度も、動け動けと、叱咤する。

 まるで言い訳みたいに。

 なにもしなかったくせに。

 

 天井の蛍光灯だけは白く光り、その光がコンクリートの床にべったり張り付いていた。

 音はてんで出鱈目に反響して、聞こえてくるのは言葉なのかすら怪しい。

 

 ぐわん。うわん。ぐわん。うわん。

 

 男たちの声がする。

 何か話しているのだが、内容までは思い出せない。

 ただ、笑っていることだけは分かる。あの連中はよく笑っていた。

 まさに貼り付けたような笑顔。

 どいつもこいつも。判を押したような笑顔で。

 

 笑顔のサラリーマンたちは私達を指差す。

 狂った音がのたうつように響く。

 

 ぐわん。うわん。ぐわん。うわん。

 

 太った白衣の豚が私に近づいてくる。

 

 なぜか義父の顔をしていた。

 ここに居ない母親のヒステリックな声が反響する。

 ――お前さえいなければ。

 

 豚は酷く興奮しながら、私の腕に注射する。

 

 いっそう体が重くなる。

 

 ここは地の底だ。海の底だ。

 

 逃げなくては。女の子を連れて。

 かつての私と重ねながら。

 

 笑顔のサラリーマン。

 笑顔の豚。笑顔の父親だったもの。

 

 ぐわん。うわん。ぐわん。うわん。

 

 ヤツらの会話で聞き取れた単語は二つだけ。

 

 サトウミツ。

 ミヤモトユイ。

 

 その後、私は助けられた。

 辛うじて、だが。

 

 

 墓の底から這い出るような気分の目覚めだった。

 

 目を開けると知らない天井があった。蛍光灯の光が少し青くて、部屋全体がぼんやりとした色をしている。コンクリートではない。背中が沈む。マットレスだ。夢と現実の境目が一瞬分からなくなったが、すぐにここがどこか思い出した。

 

 ネカフェの個室だ。

 

 私はそこで横になっていた。

 

 腕が痺れている。胸の前で何かを抱えたまま寝ていたらしい。視線を落とすと、白いコンビニ袋だった。しわくちゃになったビニールが、寝返りの跡みたいにぐしゃぐしゃに潰れている。

 

 袋の口を少し開け、恐る恐る中身を確認する。

 一万円札の束が、無造作に丸めて輪ゴムで止めてある。

 

 100万円。今は95万円ぐらいか。

 

 私はゆっくり体を起こした。腕の痺れがまだ残っていて、指先の感覚が少し鈍い。

 時計を見ると針が天辺で重なり、日付を越えたところだった。

 

 毛布には私の汚れが移ってしまっている。鼻が馬鹿になっているが、臭いはきっと酷いだろう。店には悪いことをした。あのバイトが叱られなければいいが。

 

 どうも熱があるようで、痺れるような関節の痛みがある。

 ネカフェの備え付けのシャワーを使うか少し迷ったが、苦情が出る前に、ふらつきながらシャワーの熱いお湯を浴びた。

 

 温かい。生きている実感を噛み締める。

 

 あの男が渡してきた金。

 

 結局名前は分からない。聞きそびれてしまった。

 というより、聞いても名乗らなかったろうが。かなり用心深いやつだった。

 高圧的で、暴力的。他者を支配することに慣れている人間。

 反吐が出るタイプだ。私が大嫌いな人種。

 

 しかし。しかしながら。それでいて。

 あいつは私を解放したのだ。

 

 いくつかの警告と、金を渡して。

 まさか『いくらかの金』が札束とは思わなかった。100万円だ。初めて見た。

 

 私は解放され、ガムテープの目隠しを苦労して外した後も、しばらくその場に立ったままだった。すっかり体が冷え切って、頭はぼんやりし始めていたが、考えることは山積みで、何から始めるべきか分からなかったのだ。

 

 結局、助けられたのだ。様々な事情があったにせよ。

 恐らくは見捨てる選択肢もあったはずだ。

 だがこうして五体満足で生きている。

 

 しばらくして、ようやく決めたことは、駅の中のコンビニに入ることだった。

 生活用品に、水とおにぎり、それとチョコレート。

 

 金を出したとき、店員が一瞬だけ札束を見た。何も言わなかった。言わない店員で助かったと思う。ああいう時、余計な正義感を持っている人間が一番面倒だからだ。

 

 それからネカフェを探した。

 偽造保険証の住所の元になっている、違法営業のネカフェに戻る気はなかった。

 私を誘拐した人間が誰かは知らないが、住所は割れていると考えた方がいいだろう。

 2~3日の金はまとめて入れてるので、部屋の中の荷物は無事だとは思うのだが……。

 

 そうして24時間の店を見つけて入ったが、受付で会員証を作らねば利用できず、身分証を求められた。まともな店だ。しかし、そこで初めて偽造保険証を紛失していることに気づいた。

 

 助けてくれたあの男が、偽造保険証を確認していたので、あいつが持っているか、それか財布に戻す際に落っことしたか。慎重だがどこか雑な性格だった。本当に落としたのかもしれない。

 

 だとすると戻ってくる確率は非常に低いだろう。そもそも何処で無くしたのかも分からない。

 

 受付の男は困った顔をして――規則ですから。と言った。

 

 だから私はコンビニ袋の中の札束から5枚抜き取り、別料金として提示した。

 まさに困窮している状況だったが、媚を売るのは嫌だった。

 お互いにフェアな取り引きとしての提案だ。

 

 受付の男は――大学生のバイトっぽい。一秒だけ黙って、それから席を用意した。

 

 私は疲れ切っていたのだろう。個室に入り毛布を被るとあっという間に(まぶた)が落ちて、泥のように眠った。

 

 

 シャワーを終えて、数日分の垢を落としたあとは、コンビニで揃えておいた下着、生理用品、シャツ、歯磨きで原始人から文明人に戻る。ようやく人心地ついたところで、思考が回ってきた。

 

 パソコンを使い、私に関する、あるいは類似する都内の直近の事件を検索してみよう。

 

 誘拐、失踪、ヤミ金、交通事故、その他トラブル。なんでもいい。もしもニュースになっているなら――それによって対応を変えなければ。

 

 しかし、何も無かった。

 

 私は根無し草みたいなものだ。居なくなっても誰も気にしない。

 だが、一緒に監禁されていた小学生の女の子――おそらく名前はミヤモトユイは、騒ぎになってもおかしくないはずなのに。

 

 ――いや、そうとも限らないか。子供がいなくなればいいと考える親は、どこにでもいる。自分の人生に突如と現れた異物を排除しようと考えるクソ親はいるのだ。その多くは実行に移さないと言えども――。

 

『名前なんて適当よ。3月に生まれたんだから(ミツ)よ。嫌なら生まれてこなきゃよかったのにね?』

 

 母親の言葉を思い出す。ため息が出た。

 

 もう一つ事件化していそうなものは、私を買ったあの変態おやじだ。

 私を助けた男は()()()()()と言っていた。

 

 どうにも平和的に解決したとは思えないニュアンスだった。

 あの変態おやじは、それなりの地位がある人間なんだろう。ヤバそうな組織から明らかに違法な人身売買を受けてるんだ。裏社会か表社会かは分からないが、金を持ってないと出来ない事だ。

 

 そんな人間が消えたというのに事件になっていない。

 そういうものなのか。日本における失踪事件というのは、ここまで扱いが軽いものなのか。

 

 ネットカフェの個室は狭くて、椅子を引くと壁に膝が当たる。薄い仕切りの向こうから、誰かのキーボードを叩く音や、動画の音声が小さく漏れていた。

 

 私が監禁されていたあの場所。あの連中。気持ち悪い笑顔のサラリーマンたちと豚の医者。

 あの部屋は、突発的な事件であるような、そんな軽いものじゃない。もっと事務的な冷たさがあった。出荷を待つ動物の気分だった。

 

 いやに慣れている。

 ただの流れ作業みたいに。

 組織的な動きが見えた。

 

 検索条件を変える。

 

 『子供』『誘拐』『事件』

 

 今度は地方ニュースや掲示板の記事が混ざる。家出、連絡不通、家族の捜索願。そういうものが出てくるが、どれもピンとこない。年齢も状況もばらばらで、あの部屋に繋がる感じがしない。

 

 そもそも、ニュースになっていない可能性もある。

 

 検索結果をスクロールしながら、私はコンビニ袋に視線を落とした。袋の中の札束が、机の下で小さく膨らんでいる。100万円。あの男は、忘れろと言った。一連の出来事を忘れろと。この金は口止め料も含めての金額だろう。

 

 確かに。私だけなら、これを機に都心から離れて人生をやり直す事が出来たかもしれない。 

 

 しかし。

 キーボードに手を戻す。

 

 今度は名前を打ち込む。

 

 ミヤモトユイ。

 

 カタカナのまま入力して検索する。結果はほとんど出なかった。音楽関係のブログとか、ゲームのキャラクター名とか、そういうものばかりで、人物としての情報は見つからない。

 

 今度は漢字を変えてみる。

 

 宮本ユイ。

 

 宮本唯。

 

 宮本結衣。

 

 いくつかの候補を順番に検索するが、やはり決定的なものは出てこない。学校の名簿やSNSのアカウントらしいものはあるが、写真を見ても分からない。薬を打たれてたから顔もおぼろげだ。

 

 私は一度椅子の背もたれに体を預けた。

 

 もしかしたら居なかったのか。極限状態の私が生み出した幻だったのかも。

 

 かぶりを振る。馬鹿な。逃避を止めろ。あの部屋には間違いなく、私の他に、小学生ぐらいの女の子が居た。拘束されてだ。尋常な状態ではない。

 

 結果として私は助かった。

 私だけが助かった。

 

 それが、どうしようもなくムカついていた。

 

 だがあの女の子はどうなった。

 あの子がなにをしたというのか。

 

 私は一応、なぜ拉致されたのか理解できる。

 少なくとも、私には理由がある。

 

 母親の借金だ。その利息の返済を、怪しげな消費者金融から金を借りて行った。所謂ジャンプ(先送り)というものだ。当然、返済額は膨らむが、踏み倒して逃げる計画をしていた。

 

 そもそもが私の借金ではない。

 いつの間にか勝手に連帯保証人にされていたものだ。馬鹿らしい。

 

 母親が亡くなったと聞いた時には、既に縁は切れていたが、私の金じゃないし、一応は親だということで、母親の口座から葬儀代を支払ったのもまずかった。これで財産相続したとみなされるらしい。

 

 財産には借金も含まれる。財産じゃねーだろそんなの。

 ついでに保証人は相続とは関係なしに支払い義務があるらしい。

 

 全部、私は、預かり知らぬこと、だが。

 

 それで、そんなクソみたいな連中に一泡吹かせてやろうと、計画してた事があったのだが、実行前に見事に捕まったというわけだ。

 

 だから、私は分かる。納得はせずとも理解はできる。

 しかし、あの子は?

 

 理不尽だと思った。

 不条理だと思った。

 

 自覚しているが、私の悪癖だ。どうしても飲み込むことができない。

 考えれば考えるほど、怒りが湧いてくる。

 あのクソ共のことだ。どうせろくでもない理由に決まっている。

 

 しかし、いくら検索しても満足のいく結果は出なかった。

 

 手がかりはネットの中にはない。もしかしたらダークウェブとかいうものだったら探せるかもしれないが、私はこの手のものには疎かった。となると、聞いて回るしかない。

 

 頭の中で、一つだけ顔が浮かぶ。他に当てもない。

 

 ニンベン師(偽造師)

 

 私の偽造保険証を作った男だ。

 裏社会といったら、私にはあの男しか思い浮かばない。

 何か知っている可能性はある。

 

 スマホの通話ボタンを押す前に、一度だけ深呼吸をした。

 

 私は、あの男の忠告を無視して地の底へ戻ろうとしてる。

 助けられ。結果として金を受け取った。

 ならば、詮索は明らかな裏切り行為だ。卑怯で、義理を欠いた行いだ。

 だが、もしもの被害は私だけで収まる、と思う。

 

 そもそも、ミヤモトユイを本当に助けたいのであれば、警察に行くべきなのだ。私を助けた男にも迷惑が掛かるかもしれないが、ミヤモトユイを助ける為だ。ならばそれは正義の行いのはずだった。

 

 だが私は、警察に通報することも、しかし、全て忘れて無視することも出来ずに、中途半端なことをしている。嫌になってくる。悪癖だ。どうしようもない。納得が出来ないのだ。

 

 ミヤモトユイを見捨てることも出来ず。

 助けてくれた男を裏切ることも出来ない。

 

 呼び出し音が鳴り続ける。

 

 しばらくして通話が繋がった。受話器越しに、少しだけ雑音が混じる。

 

「……なんだ」

 

 声は聞き覚えがあった。ニンベン師(偽造師)の男だ。

 

「私、佐藤三。2週間ほど前に(銀行口座)ID(身分証明)でお世話になったことがある……」

 

 数秒、沈黙が落ちた。

 

「サトウ、ミツ……?」

「そう」

「……本人だよな」

 

 男が小さく声を漏らす。こちらへの確認ではなかったかもしれない。

 

「そうよ」

 

 だが答えた。

 また沈黙が落ちる。

 

 今度はさっきより長い。電話越しに、遠くで車の音が聞こえる。外にいるのかもしれない。あるいは、単に窓を開けているだけかもしれない。

 

「……分かった。要件は?」

「保険証、失くしちゃってさ。前と同じように手伝ってほしくて」

「なにかあったか?」

 

 その一言で疑念が湧いた。

 

 もしかすると。もしかするとコイツも私の拉致に関わっているのではないか。私の事情は一通り話してある。それがコイツの仕事を受ける条件だったからだ。

 身元を押さえる保険だと言っていたが、その実、私のような社会から居なくなっていいような人間の情報を売っているのだとしたら。

 

 穿(うが)ち過ぎか?

 いや、ヤミ金のやつらが私を調べるのに使われたのかもしれない。

 

「ちょっとバタバタしたけど、なにもないよ。どこに行けばいい? 手押し(直接取引)でしょアンタ」

「今すぐは無理だ。そうだな、明後日――2月29日の19時に池袋のカシオペアって店は知ってるか――」

 

 日時と場所の説明を受ける。

 

「分かった。お金は前と一緒?」

「同額でいい。どうせ来年にはマイナ保険だ。また来るだろうからツケでもいいぜ」

「会ってから決めるわ」

 

 ツケだと? 一見客だった私にツケだと?

 どうやらよほど会いたいらしい。馬鹿にされてるな。

 

 いや、馬鹿だったな。私は大馬鹿だ。

 自嘲して思わず笑ってしまう。

 

「……どうした?」

「いえ。私も結構きつくてね。ツケならありがたいなって思い直したのよ」

「そうか。明後日だ。じゃあな」

 

 通話が切られる。

 ニンベン師は努めて冷静に話してたように感じる。だが動揺が漏れていた。

 

 もし連中と繋がっているのなら、繋がりを辿るまでだ。

 直接会って確かめるしかない。

 

 ミヤモトユイの事も知ってるかも。

 いや、こいつこそが彼女を売った張本人かもしれない。

 

 ふと、私を助けた男の声が蘇る。

 

『これを期に普通に生きろよ。アンタ社会不適合者だけど根性はあるんだからさ。普通はいいぞ。普通は。人や制度、色々なものに助けられる』

 

 私は思わず鼻で笑ってしまったが。

 しかし、子供が理不尽な目に合っているのを見て怒り、行動するのは。

 そうだとも。実に真っ当だ。普通のことではないか。

 

 あの男と連絡が取りたい。普通なら助けてくれるんだろうと言ってやりたい。

 だが生憎、その方法は全く思い浮かばなかった。

 どこの誰なのか。何の伝手を辿ればいいのかすら見当がつかない。

 

 頬を叩く。切り替えろ。無いものは無いんだ。

 

 パソコンで取引場所の場所を確認する。

 ついでに武器も。さすがに何か身を守るような道具が必要だ。

 

 究極的には自己満足の闘いだ。分かってる。

 私が私であるために。どうしようもないのだ。怒りが制御できない。

 

 闘志が湧いてきた。やってやる。

 私は理不尽に対して黙っているような女じゃない。

 手持ちには95万ある。なんとかなるかもしれない。

 

 熊よけスプレー。スタンガン。ナイフ。私でも容易に手に入るものをリストアップしていく。

 明日1日で準備しよう。

 

 もしかすると、いや間違いなく馬鹿なことをしようとしている。望み通りになる可能性は薄い。だがやれる事でもある。やらなければならない事でもある。

 

 まぁ、まずはもうすぐ24時間になるここのネカフェの支払いと賄賂だな。

 私はコンビニ袋から万札をいくつか引き抜いた。

 

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