死体を異世界に捨てる簡単なお仕事   作:手の目は勝ちにくい

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7話 導火線

2月29日

 

 紗季さんに呼ばれたので、事務所へと向かう。この『HM居住整理センター』という会社が実質的な紗季さんの活動拠点だ。不動産屋らしいが、やってることは地上げ屋だったり、名義貸し、産廃不法投棄、競売妨害、などと多岐にわたり、俺が関わる仕事では、事故物件の処理なんてのもある。

 

 氷室組の事務所に入った瞬間、若い衆――もとい社員が一斉に立ち上がった。

 そして何を思ったのか、揃いも揃って歌い始めた。

 

「ハッピーバースデートゥーユー」

 

 俺は思わず入口で立ち止まった。

 事務所内は妙にカラフルになっていた。

 天井から紙の輪飾りが連なり、壁には「HAPPY BIRTHDAY」の浮き文字。

 ガタイのゴツい強面(こわもて)の連中が真顔で大真面目に誕生日の歌を歌っている。

 

「ハッピーバースデートゥーユー」

 

 2月29日は俺の誕生日とされているので、これは世間一般で言うところのサプライズ誕生日パーティというものなのだろう。

 

 2m近いヤクザ連中が一糸乱れぬ手拍子で、俺の誕生日を祝福してくれるのは、もはやただの恐怖映像でしかなかった。

 

「ハッピーバースデーディア、モルグー」

 

 紗季さんが高音パートを担当していた。裏声というより奇声だ。南米のカラフルな鳥みたいだ。

 

「ハッピーバースデートゥーユー!」

 

 拍手。だから一糸乱れぬ拍を取るな。怖い。

 俺はとりあえず頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 紗季さんが笑いながら手を振る。

 

「ほら、モルグ。誕生日おめでとう。4年に1回だから幸せを噛み締めてくれ」

 

 なんだかさもこの季節が来たなって顔してるけど、誕生日を祝ってもらった事自体が初めてだ。また紗季さんが適当な思いつきで始めたんだろう。迷惑千万な人だ。

 

 重さんが紙袋を差し出してくる。

 

「守久、俺からのプレゼントだ」

 

 申し訳程度のリボンが付いている紙袋を受け取り、開けてみる。

 中から出てきたのはDVDボックスだった。

 

『日本制覇DVDボックス 広島編』

 

 俺は少しだけ顔が引きつるのを自覚した。笑顔を作れてるだろうか。

 

「……ありがとうございます」

 

 礼を言う。

 

 どうも俺の映画遍歴はかなり偏ったものになっているらしく、そこから脱却しようと決意した矢先だったので、思わず怯んでしまった。いやまぁ嫌いではないのだ。

 

 重さんは満足そうに頷いた。

 

「勉強になるぞ」

「はい……」

 

 多分、善意なんだろうな……。

 

「モルグ。嫌なら嫌だって言えよ。この件については私は全面的にお前の味方だぞ」

「いえ、嬉しいです」

「火口は本気でコレお前が喜ぶプレゼントだと思ってるからな。4年後だと北海道編が来るぞ。ちゃんと伝えるべきだと思うぞ」

 

 う。いや、別に嫌いではない。面白いとも思う。ただ視野を広げたい年頃というか。

 

 今度は紗季さんが机の上から白い箱を持ってきた。

 

「私からもあるぞ。ハピバには必ず必要なものだ」

 

 箱は、どう見てもケーキの箱だった。

 だが、紗季さんが持ってくるケーキという時点で嫌な予感しかしない。

 

 蓋を開ける。

 のっぺりとしたアーモンド色の塊から紐が伸びてる。チーズケーキか……?

 

「C4爆薬だ」

 

 なんでやねん。

 紗季さんは中央から伸びている導火線に火をつけた。

 

「ちょ、え、ちょっと、本物ですか?」

 

 思わず狼狽(ろうばい)する。

 ん、え? これはどういう状況だ!?

 

「……」

 

 全員が無言でちりちりと短くなっていく導火線を見守っている。

 い、いやいやいや! 慌てて導火線を千切って火を消す。

 ええ? これロウソクの代わりってことか? 消していいんだよね?

 

「……」

 

 変な沈黙が落ちた。紗季さんが得意げな顔でこちらを見てる。

 

「サプラ~イズ!」

 

 統率されたサイボーグ軍団の拍手が鳴り響く。腹が立つなその顔ヤメロ。

 

「モルグゥ。C4は導火線じゃ爆発しないぞぉ。雷管じゃないと燃やしたって爆発するもんじゃないんだ。ビビったか? そして何より甘くて美味い。アメリカ軍じゃ有名な間食だぞ」

 

 嘘をつけ嘘を。どこの世界に爆薬をオヤツとして食べる軍隊が居るんだ。

 横から重さんがすぐに訂正する。

 

「爆発しないのも甘いのも本当だが、食うと毒だ。ベトナムで問題になった。腹が減っても食べるなよ」

 

 マジかよ食べないよ。アメリカの軍隊わんぱくすぎるだろ。

 

「横田直送だ」

「そんな産地直送みたいに言われましても」

 

 俺はもう一度ブツが乗っている皿を見た。

 C4が、さもケーキでございという顔で鎮座している。

 二人の顔を見比べる。

 

「……その、祝ってくれてるのは分かりました。ありがとうございます。でもこれは食べませんからね」

 

 紗季さんは笑った。

 

「記念だ記念」

 

 重さんとは違った意味で、引きつらない方が難しいプレゼントだった。

 

 

 重さんがC4ケーキを受け取って冷蔵庫に入れている。冷やす必要ある?

 嬉しくないことに、あとで雷管も一緒にプレゼントされるらしい。

 

 ちなみに誕生日イベントはこれで終わった。若い衆がせっせと色とりどりになった事務所の片付けをしている。この為にあの紙の輪飾りを、コイツ等がせっせと作ってた姿を想像すると酷くシュールな光景だった。

 

 紗季さんが机の上の書類をぱらぱらめくりながら、ふと思い出したように言った。

 

「モルグ、この後でお前に客が来る」

「依頼ですか?」

「そうだ。この前会ったろ。エスカンパニーの小林だよ」

「ああ……」

 

 あの気持ち悪いサラリーマン。

 てっきり、仲介はポーズかと思ってたが、本当に受けるんだな。

 

「エスカンパニーが各所と取引、というか業務提携をしたがっている。サラリーマンみたいな格好をしちゃいるが、ヤツらは裏稼業一本の組織だ。フロントも偽装もあったもんじゃない。しかも実質的な仕事の殆どを、その社員がやってる」

 

 そこそこ大きい組織のようなのに、そんなに過激なのか。現代の日本の犯罪組織は大体がトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)の中核ではあっても実行犯ではない。手足は闇バイトの連中だ。

 

 そういった意味では、氷室組もその構成員のほとんどが武闘派で、荒事を得意としている。それでも特殊詐欺などではやはり闇バイトを使う。そういった意味で、純粋な構成員で全ての仕事を回してるエスカンパニーは、規模の大きさからみても現代では異例の組織だった。

 

「しかも過激にやってる割に警察が動かない。噂レベルだが、本庁の頭と霞ヶ関連中もある程度、抑えているらしい。まるで昭和だよ。内実が見えてこなくて気味が悪い」

「それで、俺に仕事を受けて探ってこいと?」

「探れとまでは言わんが、実体を掴みたい。あちらも私たちと繋がりを持ちたがっているからな。悪いが引き受けてくれ」

 

 そういうことであれば。

 俺としては規律のある組織との仕事は歓迎だった。好き嫌いはあるとしてもだ。

 なぜなら、突発的な素人からの依頼が一番トラブルが多いからだ。

 

 そのとき、事務所のドアが開いた。

 若い衆が顔を出す。

 

「エスカンパニーの小林さん、来られました」

 

 紗季さんが俺に目配せをする。

 

「通せ」

 

 事務所のドアが静かに開いた。

 

 入ってきた男は、前に見たときとほとんど同じだった。濃紺のスーツ、細いネクタイ、磨きすぎて光っている革靴。背筋がまっすぐで、足音がない。

 

 小林壱。

 エスカンパニー係長代理。

 

「失礼しますゥ」

 

 丁寧に頭を下げる。

 紗季さんが手を振る。

 

「やぁ小林。座りなよ」

「ありがとうございますゥ」

 

 小林はジャケットのボタンを外して、ソファーに座る。背はつけない。凛とした姿勢だった。

 小林が名刺入れを取り出す。

 

 白いケース。角が擦れていない。頻繁に交換しているのかもしれない。

 

「先日はどうも。改めまして、エスカンパニー係長代理、小林壱ですゥ」

 

 差し出される。2回目だ。名刺って何回ももらうものなのか?

 誰も受け取らないので、小林はテーブルの角に合わせて名刺を並べた。

 

 若い衆が紅茶を人数分テーブルに置いていく。紗季さん紅茶派なんだよな。

 

「ありがとうございますゥ」

 

 にこやかに礼を言う小林。相変わらず気持ち悪い笑顔だった。

 

 湯気がゆっくりと立ち上る。

 外から見るとどう思われるんだろうか。

 ザ・サラリーマンの小林と、高級スーツの紗季さん。

 そしてその隣に、フーディのだらけた格好の俺。

 

「さっそくではありますが、モルグさんに私どもから依頼がございまして」

「聞いています。俺の仕事は掃除のみですが、それで構いませんか?」

「はいィ。噂のモルグさんの仕事を間近で拝見させて頂ければと」

「いや見せませんよ。企業秘密ですし」

「おお、左様でございましたか……」

 

 肩を落とす小林。こいつ引っ付いてくるつもりだったのか。

 

「分からんのはな、小林。アンタんところは掃除も自分たちでやってたんだろ。私たちと繋がりを持ちたいってのは分かるんだが、どうにもな」

「疑念は理解出来ます。正直、私どもは性急すぎたようでして、仕事の質が落ちているかもしれないと議題にあがりまして」

 

 神妙な顔で語りだす。

 

「アフターケアといいますか、お客様あっての私どもでございます。いくらお客様が必要ないと仰られても、その必要性を根気よくご説明し、理解していただく事で、結果的には満足する取引になるのではないかと反省する次第でありまして」

「ほう。なにかあったのかい?」

 

 紗季さんが詳細を求める。

 事業を拡大する速度が早すぎると、どうしても雑になり、歪が出る。

 そうした事なのだろうか。

 

「いやお恥ずかしい限りです。それがお客様のご希望とはいえ、なんらかのフォローをすべきでした。結果的に、私どもの傲慢がお客様に損害を発生させてしまったのです」

「ふぅん?」

「なので、今後は様々な外部のプロをお招きして、私どもの業務内容を磨き直そう、という事になりまして」

「あの、2日前であれば予約が可能です。時刻、場所、対象人数を予め教えていただければ、基本料金の半額という形で提供させてもらっています」

「なんと! それは素晴らしいサービスですね! ちなみに当日だとどうなりますか?」

「特急料金ということで、基本料金の5倍を頂きます」

「なるほどゥ! しかるにこの場合は予約が基本料金と考えるべきなのですね。半額と言われればお得感がありますもの!」

 

 なんだか凄く嬉しそうだ。いや、単純に当日だと面倒くさいから5倍にして、予め予約してくれると、必要な準備をしやすいから半額にしてるだけだが。

 

「それでは3月2日の20時で。場所はハートウォーミング事務所の『刑場』で。人数は1名です」

 

 ちなみに、大人でも子供でも同じ料金だ。

 

「分かりました。一見様なので前金で頂いております。キャンセルされた場合はこの前金は返ってきませんので、確実だと確信できる場合のみ予約することをオススメします」

「なるほど。しかし……実は対象はRリストの人物なのですが、まだ確保はしていないのです」

「ズレそうであれば基本料金でいいんじゃないですか?」

「費用は出来るだけ抑えることが社是でして」

 

 小林はしばらく悩んだあとに。

 

「やはり先程の内容で予約をお願いします。つきましては、その事を契約書として残してはいただけないでしょうか?」

 

 変な事を言い出したぞ。

 

「こちらで作成していますので、確認後、サインを頂ければと」

 

 手持ちの書類鞄からファイル化された紙を取り出してテーブルに置く。

 俺は一瞥もしない。考慮にすら値しないからな。

 

「裏社会の人間が、違法な仕事の書類にサイン残すと思ってるんですか?」

「うーん。私どもとしては、会社として当たり前の事なのですが……」

「そんな証拠を残すようなら俺はこの仕事、降ります」

 

 当たり前の話だ。犯罪履歴を書類化してどうする。

 

「やはり……そうですよね……」

 

 目に見えて落ち込み始めた。

 

「どうにも私どもは、他の同業者の方々と比べるとズレているようで……。きっちりとした契約の元、なんの疑念もなく仕事に打ち込みたい。ただそれだけなのですが……」

「俺は嫌ですよ。断固拒否です」

「私はちょっと興味あるな。その契約書とやら見てみたい」

 

 紗季さんは面白そうに契約書を見てる。

 

「たとえ紗季さんがサインしても、あくまで仲介者であるので、俺の責任は発生しませんよ」

「私だってサインしないよ!」

「社会人として当たり前のことだとは思うのですが……諦めます。ですが予約はお願いしますね」

「ええ。大丈夫ですよ。最終的な決定が確定したら当日に再度連絡をしてください。現場に向かいます」

「分かりました」

 

 小林がのろのろと未練がましく書類を鞄に戻す。

 

「それでは、本日はこれで失礼いたしますゥ」

 

 深く頭を下げる。

 紗季さんが手をひらひらさせた。

 

「はいはい。ご苦労さん」

 

 その動きは相変わらず無駄がない。

 営業マンというより、訓練された兵隊みたいだった。

 ふと、小林が俺を見た。

 

「モルグさん」

「なんです?」

「仕事、楽しみにしておりますゥ」

 

 笑顔だった。

 しかし、(よど)んだ目をしていた。

 底なしの沼のような。闇がこちらを品定めしている。

 しかし、どこかで見たことがあるような気がした。なんだろう。

 

「真面目なのが取り柄なのでキッチリやりますよ」

 

 何も問題ない。いつも通りに仕事をするだけだ。

 

「ええ。もちろんですとも」

 

 小林はまた深く頭を下げる。

 

 若い衆がドアを開ける。

 小林は静かに外へ出ていった。

 

 ドアが閉まる。

 しばらく沈黙が続いた。

 首筋の毛が、ちりちりと逆立つ。

 

 嫌な予感があった。

 

 なにか、起きるような。見逃しているような。

 

 紗季さんが冷めた紅茶を飲み干した。

 

「……どう思う?」

「変なやつですね」

「だよな」

 

 紗季さんが腕を組む。

 

「ロジックの上に居るのかと思ったが、ありゃぁ多分宗教だな」

「宗教?」

「何かの信仰を元にしたロジックだ。火口と同じだよ」

 

 そうか。既視感の正体は重さんか。

 火口重衛は紗季さんの信奉者だ。

 部下として、右手として働き、時には諫言も辞さない男ではあるが。

 その実、絶対的な判断基準は氷室紗季に帰依する。

 

 あの人殺しの目。狂気の目。信者の目。なるほどな。

 重さんを見ると『心外だ』みたいな顔をしてるが。

 

 紗季さんは楽しそうに笑った。

 

「モルグ」

「はい」

「3月2日。ちゃんと行けよ」

「予約受けたんで行きますよ」

「多分、一筋縄じゃいかないんだろうな。楽しみだ」

 

 楽しみなのはあんただけだろう。

 

「あとちゃんと冷蔵庫のケーキ持って帰れよ」

 

 俺は紅茶を一口飲む。

 少し冷めていた。

 くそう。しれっと帰ってやろうと思ってたのに。

 商業バンの修理もしなきゃならんし、準備は念入りにやろう。




あまり進まなかったので、次の話と統合するかも
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