死体を異世界に捨てる簡単なお仕事   作:手の目は勝ちにくい

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8話 着火

3月2日

 

 雪は降っているというほどでもなく、かといって止んでもいなくて、街灯の光の中を細かい白い粒がふわふわと漂っていた。積もる気はないらしい。

 

 ワイパーを一度動かすと、ガラスの上を広がっていた細かな水滴が左右に追いやられ、すぐにまた新しい粒が滲んでくる。

 

 3月になったのに、冬がまた戻ってきたみたいに体の芯から冷え込んだ。

 

 俺は駐車場に停めてある、商用バンの運転席に座っていた。

 

 煽り運転の件で、後部がボコボコになっていたが、急ぎで修理に回したので、外見だけは一応まともな顔に戻っている。板金屋には他の予定を押しのけてもらったので、もっと早く修理に出すべきだった。

 

 裏社会と繋がりがある板金屋は、金さえ払えば銃弾の穴が空いた車でも、明らかにぶつけられた跡があっても直してくれる。ただ、表の仕事がある分、違法な仕事を小遣い稼ぎ程度にしか思ってないのか、口が軽いことが多い。情報屋に平気で売ったりする。

 

 何年かに一度、人身事故や盗難車の情報が流れ、報復が起きる。

 仕事は真面目にやってもらいたい。

 

 ハンドルに両手を置いたまま、しばらくフロントガラスの向こうを見ていた。特に何かを見ているわけではない。コンビニの照明。通り過ぎる軽自動車、歩道を足早に歩く会社帰りらしい男。そういうものが視界の端に入っては消えていく。

 

 運転免許証を引っ張り出す。

 

 プラスチックの薄いカード。名前と住所と生年月日、あと写真。どうということのない身分証明書だ。だが、この『どうということのなさ』が案外すごい。普通の人間は、こういうものを普通に持っていて、必要なときに出して、疑われもせずにまた財布へ戻す。それだけのことで社会の中を移動できる。

 

 普通の人間。

 

 普通の人間は会社へ行く。仕事をする。税金を払う。犯罪をしない。

 まぁ中には無職の連中も居るんだろうが、少なくとも、自分が違法なことをやっていると自覚しながら死体処理なんてしない。

 

 このカードは、俺が普通の世界に接続されている証明でもある。戸籍があって、住所があって、法の中に名前が載っていて、車を運転してもいいと国が認めている。そういう意味では、これは俺が社会にいる証拠だ。

 

 路地裏の孤児だった俺は社会から居ないものとして扱われた。

 言葉が分からず、常識も知らず、よって自分以外は全て敵だった。

 

 あまりの恐怖から、自分に不利益をもたらすものは全て敵だと断じて戦った。

 

 戦っているつもりだった。

 

 実際には、警察から逃げ、社会から逃げ、構造の外側へ逃げ込んでいただけだ。

 暗がりから暗がりへ移動し、生ゴミを漁り、盗み、逃げて、暴れて、また逃げた。

 

 それが生存する為の戦いだと幼い頃は信じていたのだ。

 

 結果として言えば、戦わないほうがよかったのだろう。

 日本という国では子供は保護される。

 扱いは厳しいかもしれないが、立派な『普通』のカテゴリに入る。

 

 俺は戦った結果、紗季さんに拾われた。

 感謝している。もちろん感謝している。

 だが、その結果、俺はまだあの路地裏の暗がりから抜け出せずにいる。

 

 社会の理不尽に反抗した結果、裏社会の理不尽に迎合することになった。

 

 ふと、佐藤三の顔が浮かんだ。

 

 あの女は自身に降りかかる理不尽は飲み込めない人間だった。

 いや、むしろ文字通り噛みついてきたぐらいだ。

 

 相手がどういう連中かもよく分からないくせに、理不尽・不条理には全力でもって反抗する。幼い自分に、少しだけ重なるかもしれない。もしかしたら、紗季さんに拾われずに社会の一員として、生きてきたら、ああいう人間になってたのかもしれない。

 

 スマホが震えた。エスカンパニーからの連絡だろう。

 

 画面を見る。予想通りの着信だった。

 スワイプする。慣れたもんだ。

 

「クリーニング安堂」

「エスカンパニーの小林でございますゥ」

 

 小林壱の声だ。相変わらず丁寧で、丁寧すぎるせいで慇懃無礼(いんぎんぶれい)にすら思える。

 

「ご予約していた件なのですが、予定通りということでお願いしますゥ」

「分かりました。それでは現場で」

 

 通話を切る。何か返していたが切った。正直、好きになれない。

 

 キーを捻り、ギアを入れると、バンはゆっくりと動き出した。

 

 予約された場所は、金庫番の男と、その女を処理した『刑場』の事務所地下だ。

 レンタルしたらしい。俺も慣れた場所の方が気が楽だ。

 

 ビルの半地下への駐車場のシャッターは開いていた。

 入口に見張りなどはいない。そのままバンを中に入れ、いつもの場所へ停める。

 

 仕事道具が入ったダンボールを取り出し、バンから降りると声を掛けられた。

 

「モルグさんですね」

 

 見るとサラリーマンが二人立っている。

 

「そうです」

「お待ちしておりました」

「ワタクシこういったものでして」

 

 名刺を二人して渡そうとしてくる。要らないよ。両手塞がってんだぞ。

 

「小林さんのがあるからいいだろ。必要なら氷室紗季から貰いな」

「左様でございますか」

「それより、シャッターは閉めときなよ。不用心だぜ」

「そういうものでございますか……?」

「ございますよ。じゃあな」

 

 エレベーターを1人で降りると、二重扉の前にまた同じような顔をしたサラリーマンが居た。一瞬誰か分からなかったが、小林だった。

 

「モルグさん。お待ちしておりました」

 

 どうぞこちらへ、と扉を開けようとする。

 

「ボディチェックと、この荷物のチェックは?」

「おお、なんと。しかし、モルグさんを信用しておりますので」

 

 薄っぺらい言葉だった。初対面みたいなもんだろ。信用されているというより、舐められてる気がして良い気はしなかった。

 

「ダメだ。よくない。確認してくれ」

 

 荷物を下ろして、両手を上げる。

 小林は一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、また気味の悪いわざとらしい笑顔に戻る。

 

「まさにィ。プロの仕事とは、かくあるべきですね」

 

 嬉しそうに、確認作業をし始めた。

 

「問題ありません。それでは、改めて。どうぞこちらへ」

 

 小林に誘われて地下室へと足を踏み入れる。

 

 ざっと素早く見渡すと、地下室の中には10人ばかりのサラリーマンが居た。

 皆同じようなスーツ。同じような髪型。同じような表情。

 気味が悪い。

 

 場所が地下室でなければ、会社の中でも通用しそうだ。

 あるいは葬儀場。

 もこもことした白いコート姿の俺が完全に場違いだった。

 

 よく観察すると、あからさまに武装しているやつは居なかったが、何人かはジャケットの脇がわずかに張っているように見える。

 

 ショルダーホルスターだろうか。なんとも古風だな。

 だが、なぜかコイツ等には酷く似合っているような気がした。

 

 ビニールカーテンの奥には、どうやら女が1人、ぐったりと床に横たわっている。Rリストの人物だろう。

 

 あれか? と指で指し示す。頷く小林。

 カーテンに近づいていくと、背後で動く気配があった。出入り口を塞がれる。

 

 俺は特に慌てることもなく、所定の位置で段ボールを床に置いた。

 初めての客と仕事をするときは、誤解を与えてはならない。

 相手だって緊張しているのだ。野生の動物を相手にしてると思った方がいい。

 

 ビニールカーテンの向こうで女が呻きながら身動ぎする。

 なんだって? 生きてるじゃないか。

 

「俺の仕事は掃除だけだぜ。事が終わってから連絡してくれよ」

 

 小林は朗らかに笑いながらカーテンを開ける。

 

「実はモルグさんには依頼内容を、少し変更してもらおうと思いまして」

「なに?」

 

 ビニールカーテンを開けられたことで、女が反応して顔を上げる。殴られたのか、腫れていて分かりづらかったが、覚えのある顔だ。

 

 佐藤三だ。

 

 顔色は悪く、片目が潰れるように腫れていたが、間違いない。

 数日前、駅のホームで解放した女だ。両手を縛られゴミのように転がっている。 

 

 くそっ。動揺するなよモルグ。冷静に対処するんだ。

 

「モルグさんには、この人物をバラして、街に撒いてもらいたいのです」

「……なんだって?」

「所謂、見せしめというやつです。今後このような事がないように」

 

 小林は俺と佐藤三を見比べている。

 

 反応を見ているんだ。気取られるな。苛ついたような顔をして、ここからの脱出の算段をつけろ。いやダメだ。先に佐藤の口を塞がなくては。そもそも佐藤が俺の事を話たから、俺はここに居るのか? くそっ思考が散らかってるぞモルグ。しっかりしろ!

 

「とても日本の犯罪組織とは思えない発言だな。どこぞの麻薬カルテルを思い出すよ」

 

 その時、佐藤が反射的にこちらを見た。片目が大きく見開かれる。

 声で山中で出会った男だと気がついたな。

 

 それを見逃す小林ではなかった。

 

「おや? 佐藤さん、こちらのモルグさんに何か? もしかしてお知り合いですか?」

 

 何が嬉しいのか、実に楽しそうに声を弾ませる小林。

 佐藤はのろのろと体を起こし、血の混じった唾を床に吐き捨てる。

 

「知るかよ。そんな陰気そうなガキ。お前の息子か?」

「んフフフフ。そうであったら良かったのですが! モルグさんはどうですか。佐藤さんを知ってるのでは?」

「いや、知らない。知らないと言うか、その、顔が()()してて、無二の友達だったとしても分からないかも」

 

 佐藤は俺を見ている。見据えている。強い視線だ。

 観察している。反応を見ている。

 俺のことは喋ってないのか。今も喋るつもりはないのか。

 なぜだ。それはなぜだ。考えろ。

 

「ああ! そうなんです。どうにも、女性の顔を殴るというのは信じられないくらい野蛮でしょう。私の監督不行き届きです。申し訳ありません。佐藤さんにも心よりお詫び申し上げます」

 

 頭を深く下げる小林。

 

「それで? 俺にバラして街に撒けだって? 俺の仕事は死体の隠蔽だ。殺しも、見せしめも俺の仕事ではない。御免だね」

「まさに! ですがモルグさんには是非、引き受けてもらいたい。確証が欲しいのです。()()と一緒に、幸福を追い求めるパートナー足り得るのか。知りたいのです」

「断る。契約にない」

 

 ぞろり、と周りのリーマンが動き始める。小林が片手を上げて制する。

 そのまま人差し指を揺らす。

 

「だからモルグさん。契約書というのが大事なんです。このように土壇場で業務内容を変えられてしまう!」

 

 得意満面だった。くそったれ。

 

 契約を途中で変えるだって? ド素人が。

 俺達の世界じゃ信用が全てだろう。なんでこんなヤツらが勢力を拡大させているんだ。理不尽といったらこれこそが理不尽で不条理だ。こういったヤツらは自然淘汰されるのが当たり前の世界なのに。

 

 エスカンパニーの社員が一人前に出る。男の手にはナイフがあった。

 解体用の小ぶりのナイフだ。よく研いでいるのが分かる。

 社員はそのナイフを小林に渡した。

 小林は刃を光にかざして確かめ、それから俺へ差し出した。

 

「お願いします」

 

 それと連動して、周りのエスカンパニーの社員共が思い思いに準備動作に入る。

 刃物を出すやつ。ジャケットのボタンを外して脇に吊るしてある銃に手をかけるやつ。

 マジかよ。『日本制覇』シリーズじゃないんだぞ。こんな馬鹿みたいに脅すのか。

 

 佐藤は今なお沈黙を貫いている。どうやら俺の事を喋る気はなさそうだ。

 

 そうか。

 

 そうか。

 

 即ち。お前らが敵だな。

 

「小林さん。正直、理解に苦しむよ。断ったら、俺に暴力を振るって言う事を聞かせるのか? それとも、この女と同様にバラして街に撒くのか? 二度とこのような事が起きないように? マジで言ってんのか。それで面子を潰された氷室組が黙ってると思うのか? それとも初めから抗争が目的で俺を脅してんのか? そんな七面倒臭いことせず、事務所に2、3発、撃ち込んでこいよ。喜んで戦争を始めるぞ氷室組なら!」

 

 小林は小揺るぎもしない。

 

()()は確証が欲しいのです。ただそれだけなのです」

 

 クソッタレのイカれ野郎共が! いいだろうやってやる!

 小林の手からナイフを引ったくる。

 

「今後、アンタ等の仕事は受けない。絶対に」

 

 半ば演技で肩を怒らせながら、ダンボールを開いて道具を床に並べる。

 そしてコートを脱いで手を隠してから『アイテムボックス』を開いた。

 

 中から取り出したものをコートで丸めながら壁際に置く。

 

「だが、クソ素人のアンタらに仕事とはなんなのか、労働とは何なのか。教えるだけはしといてやる。そういう依頼だったしな」

 

 準備を進める。素早く。有無を言わさぬ事が重要だ。

 キレてる人間に勢いがあると止めにくいものだから。

 

「一番やっかいなのは血の付着だ。基本的に今日使った服は捨てるようにしろ。出来れば燃やせ。出来ないなら俺に丸ごと渡せば一緒に処分してやる。俺はあんたらの次の仕事は受けないがね!」

 

 エプロン、手袋をする。偽装だ。

 シューズカバーはしない。必要ない。

 

「俺のコートは奮発して奮発して10万もしたんだ。汚したらぶっ殺してやる。触るなよ」

 

 佐藤を両手を拘束していた、バンドをナイフで切り落とす。

 

「人を分解する時は、全ての関節が自由に動く事が好ましい。死んでくれてりゃ最高だったがね」

 

 片手を掴んで、シャワーがある位置まで引きずる。

 

「オラ来い。こっちだ。クソ! 暴れるな! グーでいくぞグーで! お前にとって大人しくしとく事こそが、最良の結果になるんだ! 人生の山場で学ばなかったのか!」

 

 頼むぜ暴れるなって! 山を思い出せ!

 お互い息も絶え絶えに、苦労してシャワーがある所にたどり着く。

 よし。全員から離れたぞ。こっからだ。

 

「汚すのは必要最小限だ。特に人間一人を分解するとなりゃ、お湯は絶対に要る。温度が無いと脂肪が取れないんだ。排水も必要だ。だから、こういった設備があるなら、排水溝の傍で作業するのが鉄則だ!」

 

 手袋を脱いで、思い出したようにポケットからスマホを取り出す。

 

「小林さん。業務内容の変更は分かった。だが先に、上司に、つまり紗季さんに了承を得てからだ。電話で報告するぞ? いいな? 社会人なら当たり前だよな? ええ?」

「ふふふふ。構いませんよ。ええ、まさにホウレンソウは社会人のルールですとも。素晴らしいですゥ」

 

 氷室組が応援に来ても問題ないってか。なんなんだコイツ等の奇妙な自信は。

 いや。狂信か。なにか目的があるんだ。

 

 俺はスマホを操作しながら、佐藤を見る。

 

「人の電話を盗み聞きするのは失礼だろ。耳を塞げ」

 

 疲れ切って声も出ない佐藤は、それでも中指を立てて返事をする。

 佐藤の胸ぐらをつかみ顔を寄せる。

 

「耳を塞げ」

 

 じっと見る。

 

 佐藤はしぶしぶ両耳に当てようとする。

 

「ついでにこっちを見るな。目も塞げ」

「ぁぁ?」

「塞げ」

 

 奇妙な顔をする佐藤。

 

「口も馬鹿みたいに開けてろ。いいな。今すぐやれ」

「モルグさん」

 

 小林が視界の端で動く。

 だがそれを遮る形で、俺が喋りだす。

 

「小林さん。アンタの言う通り、確かに契約書は必要だよ。ドタキャンだってある」

 

 解体用ナイフを腰のベルトに挟む。

 

「やっぱこの仕事は受けないわ」

 

 そしてスマホの通話を押す。スワイプは無し。

 

「契約書。作っとけばよかったな?」

 

 丸めて壁際に置いておいたコートから着信音が聞こえる。

 

 小林がとっさにコートの方を見る。

 何かを急速に理解したのか顔が歪んだ。

 

 視線がゆっくりと戻ってくるのを感じる。

 

 気づいたか。

 

 だが、もう遅い。

 

 死ねよ。

 

 俺はすでに姿勢を変えていた。

 

 しゃがんだ状態からほんのわずかに体を丸め、背中を低くして重心を床へ落とす。両手で耳を塞ぎ、顎を引いて口を開ける。爆発の衝撃で鼓膜が破れるのを防ぐための、ごく基本的な耐爆姿勢だ。

 

 佐藤を俺の体で覆う。

 

 目を閉じる。

 

 視界が闇に変わる。

 

 地下室の音が急に遠くなる。

 

 C4ケーキ。

 

 そして。

 

 次の瞬間。

 

 世界が弾けた。

 




1話に氷室がシャワーを浴びてる描写をしれっと加えました。
プロットにはあったけど忘れてただけだからセーフ。セェーフ!
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