自分でやっておいてなんだが、何が起きたか分からなかった。
一瞬で天地がひっくり返ったような衝撃が体を突き抜け、内臓も骨も、全て液状化してしまったのではないかと思ったほどだ。
閉鎖空間で、高性能爆薬が爆発した場合の威力を甘く見積もりすぎていたようだ。
床に這いつくばりながら、体の異常を一つ一つ確かめた。
照明が全て破壊されたのか、それとも眼球が破裂してしまったのか。
目を見開いて見渡すが、真っ暗闇の中だ。
すぐに目を開いていられなくなった。涙が流れる。あるいは血涙かもしれない。酷く痛む。
何も見えない暗闇の中、粉塵の臭いと耳鳴りだけが、生きていることの証明だった。
「うあ、ぐ……」
何度も目を強く
しかし、依然として回復は遅々として進まなかった。
体を起こしてみたが、あっという間に倒れる。平衡感覚を失っている。
何も見えないのに、世界がぐるぐると回り始める。
耳のダメージのせいか。それとも脳になにか障害がおきたのか。
「うぇおおぉぇぇぇ……」
倒れたまま吐いた。ヤバい。予想よりはるかにダメージを受けてしまっている。
さすがに考え無しだったかもしれない。
目が痛い。喉が痛い。頭が痛い。体が痛い。
水が欲しかった。1杯の水でいい。
『アイテムボックス』
しかし俺の異能は発動せず、手は虚空を掻いた。
「……??」
『アイテムボックス』
再び、虚しく手が
クソッ。なんだってんだ!
無理やり体を起こす。咳き込みながら、強引に肺いっぱいに空気を深呼吸した。
ゲロと。煙と。鉄の臭い。
集中する。うわんうわんと耳鳴りが酷く、意識がまとまりにくい。
『アイテムボックス』
しっかりと意識すると、今度は発動した。俺はペットボトルの水と、次いで
頭から水を被る。その冷たさが思考を取り戻し始めてくれた。
目も、口も、洗い流す。
よし。取り敢えずは、よしだ。
モグズハード590のウェポンライトを点ける。
光がコンクリートの床の粉塵を照らした。
これも、よし。目は見えてる。
周りをぐるりと照らし、佐藤を探す。頭を抱えて
生きてはいるようだ。ならば、これも、よし。
一つ一つ確実に終わらせる。混乱している時こそ、事実を積み上げて判断する。
佐藤の手にペットボトルを握らせる。酷く体を強張らせ、軽いパニック状態だったので、そこで待っているように叫んで伝えたが、果たして伝わったか。なにせ、自分の声すら遠く、耳鳴りが理解を阻害する。佐藤も同じような状態だと考えるべきだろう。
佐藤の安否を細々と見る時間はない。次だ。
エスカンパニーの連中にトドメを刺さなくては。
立ち直らせる時間を与えてはならない。
モグズハード590のウェポンライトのテープスイッチを操作しながら、点灯を繰り返す。
少しずつ、周りを確認しながら一定の直線上にならないように、慎重に歩を進める。
人が倒れ伏してるのが見え始める。スーツ姿。エスカンパニーの連中だろう。
そうじゃなくても、それを確かめる余裕は無い。
モグズハード590を肩にしっかりと押し当て、頬を乗せる。
そいつの頭に照準を合わせ、目掛けて引き金を引いた。
発砲。
耳がイカれていたが、発砲の威力は分かった。思わずその衝撃に倒れそうになったからだ。
これはまずいぞ。体幹に力が入らないのもそうだが、デカい音で頭痛が酷くなる一方だ。
どうなったか確認しようとライトを向けようとしたが、それより早く、暗闇の先からパッと光が一瞬
一瞬だけ見えた先には銃を構えるサラリーマン2名が居た。
マズイぞ撃たれてる!
ウェポンライトを消して慌てて伏せる。
幸い、狙いが外れて俺の体には当たらなかった。
何度か瞬き、暗闇から人の輪郭が浮かび上がる。
モグズハード590をポンプ。ショットシェルを排莢する。
弾は
膝立ちで構える。左の指先でウェポンライトを点ける。
見えた!
撃ちまくる。当たってる感触はある。何発撃ったか分からない。多分4、5発だ。
あと何発撃てる? 装填はしなくていいのか? 敵はどうなった?
思考が散らかり始めてる!
モルグ。モルグ。落ち着け。パニクるな。先に確認だ。そうだ。確認しよう。動ける敵はあとどれだけ居るんだ?
ウェポンライトをオンにして索敵。すぐにオフにして一歩横にずれる。
そしてまたオンにしたときに確認し、歩を進める。
くそ。合ってるのかコレ。馬鹿みたいな事をしてるかもしれない。
もともと平衡感覚が狂って千鳥足なんだから、余計な事は考えない方がいいかもしれない。
体がバラバラになった死体や、顔の中が
先程、俺に発砲してきた社員は――あれは地上の見張りに居た2人か?
その2人は仰向けに血を吹き出しながら倒れている。よし。いいぞ。よし、だ。
地下にいた社員は、概ね床に散らばっているやつがそうだろう。文字通りの意味で。
それ以外、原型があるヤツにはモグズハード590を一発ずつ撃ち込んでいく。
生きてるか死んでるか分からんが、生きてる必要はないからな。
爆発地点からは俺達が一番離れていた。エスカンパニーの社員は出入り口を固めるように集まっていたから、爆破の衝撃波をもろに浴びたに違いない。
となると、俺達の次に離れてたのは。小林か?
どこだ? どこに居る?
ライトを忙しく振り回し、探す。奴が一番ダメージが低いはずだ。
次の瞬間、暗闇の横から、何かが飛び出してきた。
腰に衝撃。
全体重がぶつかり、肺の中の空気が一瞬で押し出された。
誰かが俺に組み付いている。
モグズハード590が手から離れた。
床に当たって鈍い音を立てる。
ライトの光がぐるりと回り、壁、天井、床を無秩序に照らした。
そのまま俺と相手も床を転がる。
渾身の力で抵抗し、殴ろうとするも、蛇のように絡みつき、あっという間に上に乗られた。
マウントポジションだ。まずいぞこれは!
暗闇の中で相手の輪郭はほとんど見えない。
その時、転がっていたモグズハード590が止まる。
光の向きが固定される。
白い光が一直線に伸びる。
その光の中心に、小林の凶相が浮かび上がった。
粉塵で白く汚れたスーツに、真新しい血の痕が滲む。左目からぶら下がっている眼球。片頬は裂け奥の歯まで見えている。
笑っていた。
心底嬉しそうに笑っていた。
「――――!」
なにか叫んでいる。叫びながら俺の腕を抑えようと絡みついてくる。
聞こえやしないよバカヤロウ!
俺の鼓膜がダメになったのか、小林の発声が死んだのかは分からない。
ついに右腕を抑えられる。まずいまずい。なんだコイツの馬鹿力は!
左腕は両者が最適なポジションを探るための格闘をしている。俺は抑えられた右腕をどうにか動かし、腰のベルトに差していた解体ナイフを引き抜いた。そのまま小林の足首に刺す!
「――――ッ!!」
小林が絶叫している。しかし、手首だけでは刺す力は知れている。俺はどうにか手首を捻りながら、小林の足首をめちゃくちゃにする。
頭突きだ。俺の鼻頭にモロに入る。
「ぐぎゃア!」
痛ぇ! ちくしょう!
俺の口に小林の眼球が入る。思わず口を閉じて食いちぎる。
負けじとナイフはいよいよ暴れ、骨に当たり、その周辺の肉を削ぎ始める。
小林はそれでも、さらに首を伸ばし、
笑いながら振り下ろされる。
衝撃。
眼の前に火花が散った。ナイフが一瞬止まる。
俺の口から小林の目玉を吐き出す。
これは、まずい。意識が一瞬飛んだぞ。
再びの
歯を食いしばり、唸る。渾身の力を振り絞り、暴れる。
すると、完全に押さえられてなかった左腕が、どうにか抜け出せ、小林の次の頭突きを止める事が出来た。
涙でろくに前が見えなかった。
小林は構わず次の攻撃に移行しようとしている。
集中だ! 必要なのは集中だ! モルグ集中しろ!
『アイテムボックス』!
左手が
それを見た小林は狂喜に打ち震えている。絶叫していた。
「だから何言ってるか分かんねぇよ!」
発砲。
狙いなどめちゃくちゃに小林のあらゆる所に着弾し、その肉体を破壊した。
ぐずぐずになった小林の下敷きになる。
「ぐえぇー」
勘弁してほしい。大っ嫌いだコイツ。
小林の死体を押しのけ、這い出す。
「クソッ。無茶苦茶やりやがって……」
鼻をそっと押さえる。痛い。すごく痛い。折れてるんじゃないか。折れてるだろコレ。
小林を見ると、笑顔のまま死んでいた。ただ、あの貼り付けたわざとらしい笑いではなく、どこか、満ち足りた、満足したような穏やかな笑顔だった。家族に囲まれて天寿を全うした老人の顔は、多分こんな感じなのだろうと思った。知らんけど。
カンバーK6sを『アイテムボックス』に仕舞う。
モグズハード590を拾い、ショットシェルを装填しながら周辺を警戒する。そういえば、銃剣をオマケで貰っていたことを思い出した。付けておいた方が良かったかもしれない。前時代の装備かと思っていたが、あったら鼻が折られずに済んだかもな……。
疲れていた。深い溜息が出る。
思考がまた散漫になっているのが分かる。やることをやろう。
『アイテムボックス』からライトを取り出して、地下室を丁寧に、素早く隅々まで確認する。ウェポンライトより、遥かに広範囲に照らせるライトだ。
まだ息がありそうなヤツには丁寧に撃つ。今度またタックルされるのは勘弁願いたかったので、警戒は怠らなかった。
そうしてすっかり誰も生存者は居なくなった。
俺と。
佐藤三だけだ。
よし。いや、よくはない。全然よくはないな。やっちまったよ。
振り返ると、佐藤が立ち上がっていた。
「よぉ。大丈夫そうだな。俺はヘトヘトだよ」
俺の傍には死体が散乱している。
その俺は涙を流しながら、鼻血を垂れ流し、薄汚れて血だらけだ。小林の血だけど。限られた光源で果たしてどう見えてるやら。
佐藤は怯んだような表情を一瞬だけ見せたあと、意を決したように大股で近づいてきた。
ペットボトルを差し出される。佐藤に渡した水だ。半分ほど減っている。
「ぁぁ、こりゃ、どうも……」
受け取って水を口に含む。小林の眼球を食いちぎっちゃったから気持ち悪かった。何度か、うがいをして吐き出す。
「――――が、――ど――?」
佐藤が何か言っている。周波数の合わないラジオみたいだなと思った。全然分からん。
「すまんが耳が聞こえない。何を言ってるか分からん。お前は聞こえてるか?」
俺は自分の耳を指さしてアピールする。
「だ――――い―――、わ―――」
さっぱりだ。だがやることは決まってる。脱出だ。
地下でC4が爆発したのだ。上のビルの影響がどうなってるか分からない。さっさと出るに限る。
死体は全てこのままにしておく。紗季さんが所有しているビルの地下で、エスカンパニーの社員が大量に死んだのだ。レンタル可能な『刑場』だとは知れ渡っているが、俺とエスカンパニーの抗争ではなく、氷室組とエスカンパニーの抗争にしなければ生き残れない。
「ここを出るぞ。いいな! ここを! 出るぞ!」
「――ご――だ聞――よ! わ――、――が、――――てる!」
「分からん!!」
佐藤は両耳を指さして何か叫んでる。どっちだよ。聞こえてるのか聞こえてないのか。
そのうち諦めたのか、自分の体を探る。しかし見つからなかったのか、ジェスチャーが再度続けられた。耳にあて、手のひらを指先で、スライド――あ、スワイプだ! これはスワイプだな! 知ってるぞ! スマホ貸せってか!
「ほらよ。電話は無しだぞ。脱出を最優先させるから、必ず必要で聞きたいことや、言いたい事だけを書け。詳細はここを出て一息ついてからだ」
佐藤はスマホの検索欄に、俺への質問を書いていたようだが、それを聞いて指先が止まり、少し悩んでから、書き直して俺に見せる。
『助けてくれてありがとう。』
鼻で笑う。どういたしまして。スマホ返せ。
バンに乗り込み半地下の駐車場から出る。ここに居たエスカンパニー見張りの2人に、シャッターを閉めろと言ったのに、そのままだった。ありがたいが、腹が立つな。電源は死んでしまったようで、動かない。上のビルは何も影響がないように見えた。傾いてないよな? 意外と大丈夫そうか?
バンを郊外のセーフハウスに向けて走らせる。その間に紗季さんにボイスメッセージを送ることにした。電話では会話が出来ないから無意味だ。
「紗季さん。モルグです。エスカンパニーのヤツ等が契約を反故にして、俺に襲いかかってきました。氷室組との抗争の火種にしたかったみたいです。もうどうしようも無かったので、紗季さんに貰った誕生日プレゼントで自爆しました。でも、俺は辛うじて生き残る事ができて、いまは逃げてる途中です。地下がめちゃくちゃになっているので、誰か人を寄越して封鎖した方がいいです。通報されてると思った方がいいと思います。すみません。耳が聞こえなくなってるので、ボイスで失礼します。また落ち着いたら連絡します。では」
メッセージを送る。助手席に座っている佐藤三が、
バンをゆっくりと発進させる。安全運転だ。
緊張が解けたせいか、欠伸が出る。
……俺は一体、なにをやってるんだろうな。
信号機は通常の赤や青ではなく、黄色の点滅に変わっていた。
深夜帯の簡易運用だ。車が来なければ止まる必要はない。
まだらなオフィス街で、バンを慎重に走らせる。
佐藤三を助けたかったのか? なんでか知らんが二度も捕まってるアホを?
いや、ないない。そんなまさか。
幹線道路に向けて曲がる。
じゃあ小林が契約を反故にして、俺に殺しをやらせようとした事に対してムカついたから?
地下に居たエスカンパニーの社員を皆殺しにするほど?
絶対に問題になると分かっているのに?
確かにムカついたな。
裏社会で単独で仕事をやってる人間が舐められたらお終いだ。
佐藤が耳を押さえながら口をぱくぱく動かしている。
まだ耳に違和感があるのだろう。
……まぁ、素直に佐藤を殺した方がリスクは明らかに低い。
今更、裏社会の理不尽に従う事になんの抵抗があるんだモルグ。
すれ違う車が増え始める。
戸籍を手に入れ、免許を手に入れ、仕事をしてりゃ普通の人間か?
普通の人間は犯罪は
だが、お前の
ただの死体遺棄だ。紛うことなき犯罪だ。笑わせんなよ。
ウィンカーを出して高速道路に向かうレーンに入る。
だから違う。俺は自覚している。俺はあのゴミが散乱した路地裏からは逃げ出せたが、その延長線上にまだ居ることは自覚している。佐藤を殺す事に抵抗があったわけではないはずだ。
明らかにリスクの一線を超えている。
あの場面は殺す選択をするべきだ。山中とは状況が違う。
だが。
だが、そうだな。クソ。『だが』だと。俺は言い訳を探してるのか。
助手席の佐藤三を盗み見る。口を開けたり、閉めたりとブサイクな顔を作る事で忙しい。なんで素直に乗ってるんだコイツは。
俺は頭を激しく掻く。不条理だな。表も裏も理解出来ない事が多すぎる。
コイツは、恐らくエスカンパニーに捕まったが、俺の事は喋らなかった。
多分、そうだ。小林の反応を見るからに、それは合ってると思う。
あの煽り運転おじが、エスカンパニーの上客だったのだろう。
佐藤は俺が殺したとは思ってないかもしれないが、情報としては渡せたはずだ。
ハンドルを握る手に力が入る。
それでも渡さなかった。殴られ、爪を剥がされ、拷問を受けても。
理不尽に対して抵抗をした。
それなら、まぁ、借りだとも言えなくもない。
こいつに貸しもある。よくよく考えて精算しなくてはならないからな。
そういうことにした。
しかし、あの小林――満足したように死んでいったあいつ。
マウントポジションを奪えた事への得意面かと思ったのだが。
何も聞こえなかったが――
だが。
だが、あの時の口の動きは――
『見つけたぞ』
そう、言っていたように見えた。
軽快に走っていたバンは、ついに赤信号に捕まって停止した。