公安運営の要人警護用施設、『
「どう考えてもこのプランでいくべきだ。ヨダカさんなら難なく突破できる」
「”可能”だからやるのではありません。もっとも成功率が高いプランを選択するんです」
2人は公安直属のシノビ。男は9号部隊のウミネコ、女は7号部隊のムギマキ。互いに各隊の
「ヨダカさんの強さを信じようッ!」
「カササギならもっと上手くやれますよ!」
いつまでも平行線である。
しかしこの2人…実は周りには秘密で付き合っていた。男女の仲として。
恋人といっても常日頃からイチャイチャとはしていない。むしろどちらもストイックな性格で手抜きを許さないので議論を譲らない。が、憎み合っている訳でもない。
(このままじゃ上手くいきっこない……そうだ!)
ウミネコは今朝の事を思い出していた。
寝不足な顔を隠して、ウミネコはいつも通りの時間に登校した。途中多くの生徒に声を掛けられる。普段の社交性が鑑みられるようだ。
(今日のタスクは…任務は無いけど7号部隊との共同訓練、アオイさんはヨダカさんが付いているから護衛は必要ない。あとは……)
「ウミネ…内海くん!」
教室に入る前に後ろから声を掛けられる。内海というのは、ウミネコの潜入任務用の偽名『内海タキ』の事だろう。
「…! …よぉ、どうした?」
話しかけてきたのはへらへらとした表情を浮かべた男…7号部隊のアトリだった。
7号部隊の面々とは和解したあと、それぞれがウミネコたちと同じ高校に転入してきている。隊長のカササギは以前通り教育実習を延長し、ブンチョウが3年、ムギマキが2年、アトリが1年とそれぞれ分かれている。
和解したとはいえ、つい先日まで殺し合いをした相手なのでウミネコにはわずかに緊張が走る。アトリはそんな事はおかまいなしという風だ。
(任務ですか? それなら9号部隊を招集しますが…)
周囲には歓談しているようにしか見えないが、小声で詳細を聞き出そうとする。
(あぁ違う違う。ちょっとした世間話だから)
せっかくの小声も意味無くウミネコは拍子抜けした。そんなときアトリは懐から包みを取り出した。
「こ・れ。毎度毎度ムギマキと言い合ってる君にプレゼント。親愛の証だからさ、受け取ってよ」
手渡されたのは何の変哲もない、何も書かれていない小包みだった。これに何の証が…?
困惑したウミネコを残して、アトリはさっさと自分のクラスへと向かってしまった。
「ちょっ…何ですかコレ!?」
「わざわざ説明するものじゃないよ~。ムギマキと話しててにっちもさっちもいかなくなったら開けてみてよ~」
そう言って姿が見えなくなった。
あのときの小包みがポケットの中にある。まさにこれを使うのは今ではないだろうか?
見ると、議論が一向に進まずにいるのでムギマキにも疲労の色が見える。悩んでいる場合ではないのかもしれない。
(えぇい…変なのだったら恨みますよ!)
勢いよく、ポケットから小包みを取り出してムギマキの前で開く。
「ムギマキ! …これ!」
「は……?」
開いたものの、ムギマキの反応は小さい。見てみると、包みには何も無かった。
「え…? ん……?」
ウミネコは困惑するしかなかった。からかわれたのだろうか? もはやそうとしか思えなくなっていた。
「どういう意味ですか? 一体。……ッ! これ、は……」
咄嗟にハンカチで顔の下半分を覆い隠すムギマキ。それはこの小包みへの対応だった。
「何し、て……っ」
目には見えない何かが小包みから放たれる。
(この小包みからする匂いは、間違いなくアトリの
すぐに対応をしたムギマキは少しくらっとしただけで済んだが、思い切り吸い込んでしまったウミネコは顔を俯けて黙っている。
「ちょっと…大丈夫ですか?」
さすがに身内の暴挙を見逃す訳にはいかず、ウミネコの肩を掴んで軽く揺らす。
すると、ムギマキの手が強く握られた。もちろんウミネコによってだ。
「痛っ……ちょっと、何を……!」
「……ムギマキ……」
声が掠れている。普段の理知的な彼からは想像もつかない甘えたような響きだった。
ムギマキは身構えた。
「な、なんですか……? ウミネコ?」
次の瞬間、ウミネコの腕が伸び、ムギマキの顎を優しく持ち上げた。
「あ……ちょっと……!」
抗議の声をあげようとした瞬間、唇が重なっていた。
ムギマキの抵抗を無視してウミネコは彼女の唇を奪った。初めてではないキスだったが、突然の事に脳の処理が追い付かない。
「な……なにするんですか!!」
ムギマキは必死に顔を背けるがウミネコの手が顎をつかみ固定される。彼の目は焦点が定まっておらず、普段の理性的な光は失われていた。
「もっと……しようぜ」
舌足らずな言葉と共に再び口づけされる。今度はより深く、唾液を絡めるような情熱的なキス。ムギマキの背筋に電流が走る。
「んぅっ……! ウミネコっ、やめてください!」
抗議の声を上げながらも、アトリの
「好きだ……ムギマキ」
耳元で囁く言葉。普段なら恥ずかしくて絶対に口にしないであろう台詞にムギマキの心臓が跳ね上がる。
「ひゃっ……! 耳元でしゃべらないでください……!」
「どうしてだ? 気持ちいいだろ」
今度は耳たぶを甘噛みしながら囁かれる。ゾクゾクとした感覚が全身を駆け巡り力が抜けていく。
「ひゃうっ!」
少しずつ移動して、首筋に唇が這う感覚に思わず声が出てしまう。いつの間にか押し倒されていたことに気づく。天井の照明が眩しい。そこに影を落とすウミネコの姿が映る。
「かわいいな……」
「や……やめてくださぃ……」
声にならない悲鳴。両腕を押さえつけられ、身動きが取れない。制服の裾から忍び込む手の感触。肌を撫でる指先。
「全部……俺のものにしたい」
切実な声。酩酊状態で理性が吹き飛びつつある中での本音。
(こんな形で……!)
悔しさと恥ずかしさで涙が出そうになる。それでも全力で拒むことができない。
「お願いですから……酔いを醒まして……」
か細い声。しかしウミネコには届かない。彼の手が下へと伸びていく……
「や……やぁっ!」
スカートのホックが外れる音。
そこで気付いた。この場所は
「こ……こんなところで、初めてはいやぁーーーっ!!」
ジュウゥゥゥゥ!
突然、ムギマキの身体全体から蒸気が沸き上がる。ムギマキの
蒸気は上へ上へと浮き上がり、ムギマキに覆い被さっていたウミネコの全身も包む。
「うっ……」
どさり、と体重の全てがムギマキの上にのしかかる。
「ハァ、ハァ……!」
ムギマキは荒い息を整えながら起き上がる。完全に潰れたウミネコがぐったりと横たわっていた。
「ふぅ……」
大きく息をつく。危なかった。あと少しで大事なものを失うところだった。
「まったく……」
小包みを拾い上げてため息をつく。あのバカ……。
(次会ったら思いっきりぶちのめす)
決意を新たにムギマキは立ち上がった。そして気絶したウミネコを見下ろす。
「仕方ありませんね……」
呆れ果てた表情を浮かべる。だがその奥底には別の感情もあった。
ウミネコをソファに寝かせる。彼の寝顔は穏やかで幼ささえ感じさせる。普段は冷静沈着なのに今は無防備で可愛らしい。
そっと髪を撫でると気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
(本当に…もう……)
怒りと愛しさが入り混じった複雑な心境。今夜の事は夢だったのだと自分に言い聞かせる。
ムギマキは部屋を出ようと扉に向かう。ドアノブに手をかけた時、背後から声がした。
「待ってくれ……」
振り返ると薄目を開けたウミネコがこちらを見ていた。まだ意識が朦朧としているのか焦点の合わない瞳をしている。
「どこに行くんだ……」
不安げな声音に胸が締め付けられる。彼の記憶は曖昧になっているようだ。今なら誤魔化せるかもしれない。
「帰るんですよ。今夜の事は忘れましょう」
努めて冷静に答える。しかしウミネコは納得しなかったようだ。
「忘れられるわけないだろ……」
身体が動かせないようで、目の前にいる想い人の姿をただまっすぐに見つめてくる。
「ごめん……ムギマキ」
そこで再びウミネコは意識を閉ざした。
ムギマキは今度こそゆっくりと扉を開けて出て行った。どうか彼が、今夜の事を忘れていますようにと祈りながら。
―――翌日。オペレーターに作戦立案が提示された。ヨダカの戦闘力を軸として、カササギをサポートに回して他が支えるというものだ。
ウミネコの表情は変わらなかったが、ムギマキも詮索はしなかった。
『…ところで、アトリの姿が見えないようだけど?』
校舎裏で簀巻きにされて逆さ吊りになっていた男がいた。