第一幕 HEART BEAT act.1
―夜 都内のとあるカフェテリア
メインストリート沿いにあるこの場所でフリーのプロデューサーである鏑木雅也はある男に呼び出されてこの場所まで足を運んだ。
店員に待ち合わせている相手がいると告げて案内されるがまま奥の窓際のテーブル席に足を運ぶと呼び出してきたある男が足を組んで待っていた。
ワイシャツの上から見ても分かるガシッとしたような体型、鋭い眼差し、濃いめのアイライン...厚めの唇に口紅も塗っていて長めの髪を後ろに結んでいる。彼の名前は井出辰美(イデタツミ)。化粧品や健康食品などを取り扱う大手メーカーのBellissimo(ベリッシモ)のCEOだ。
ホットコーヒーをゆっくりと一口飲んでは鏑木と目を合わせると「遅れて申し訳ありません」という彼の謝罪の言葉を聞いてから「まあ、座りなさい」と野太くも優雅さを感じられるような一言で向かい側に座らせた。
「それで...今回、わざわざCEO自ら御足労なさってまで僕を呼び出した理由は何でしょうか?」
鏑木の質問に対して待ってましたと言わないばかりに笑みを深くさせる井出。そのまま単刀直入に語り始めた。
「来シーズンの今ガチ、ワタクシの希望通りに男女4対4のカップリング構成になるとのことですが...演者は揃っておりますか?」
今ガチ..."今からガチ恋始めます"の略称。
恋愛リアリティショーでいわゆる恋愛バラエティ番組で、芸能界で活動する数人の少年少女たちが、週末にさまざまなイベントを通して恋愛関係を築いていくというコンセプトの番組だ。鏑木がプロデューサーを勤めるその番組にベリッシモはメインスポンサーの一つとして番組を支えている。
井出の指摘に少し困ったような表情を見せる鏑木...そのまま理由について語り始めた。
「実は、女性陣は揃ってますが...男性陣が急遽一人降りまして」
「...というと、男性が一人足らない状況ですか?ミスター鏑木」
気品さを兼ね備えた口調での問いかけに「はい。ですが、ご心配なさらず...」と答えたところで井出はある資料を取り出し、テーブルの上で滑らせるようにして鏑木に提示した。
提示された資料に手を伸ばす鏑木...
資料にはある男のプロフィールと顔写真が載っていた。
ゆるくパーマを掛けたような茶髪、やや切れ長な目つきで赤いレーシングスーツを着た男...
見方によってはやや強面にも見えるその男の名前は五十嵐一(イガラシハジメ)。芸能関係に詳しい鏑木でも名前どころか顔すら知らない人物だった。
「この男は...?」
「おや、ご存知ありませんでしたか...ミスター鏑木。彼はプロレーサーですよ、今一番輝いていると言っても過言ではないレーサーです」
「この男を出演させろ、ということですか?」
「ええ、その通り。ルックスは悪くありませんよね?」
井出の問いかけに悩むように「うーん...」と声を漏らす鏑木。その理由について語り始めた。
「確かに顔は悪くありませんが、うちで出すには少しルックス不足感が否めないかと。それと...年齢が21、ですか。高校生同士の恋愛がメインのうちで取り扱うには難しいかと」
「年齢の詐称など、アナタの手に掛かれば朝飯前ではありませんか?今までもやってきてるでしょうに何を今更」
井出の一言に「ハハハ...」と思わず苦笑いする鏑木。すると、こんなことを呟いた。
「僕にそこまでさせてこの男を出演させたい理由は...なんでしょうか?」
「簡単ですよ、ミスター鏑木。それだけ将来性が見込まれるからです。それと、彼を出演させることはアナタにもメリットが生まれる可能性がありますよ」
「メリット?というと....」
「ワタクシの見立てでは、彼は数年後にモータースポーツの中でもトップクラスのドライバーになると思います。もし、彼がそうなった場合...過去に出演した番組として"今ガチ"が注目を集めればアナタの評判も鰻登りになることでしょう」
そう言いながらのコーヒーを一口飲む井出...ゆっくりとカチャとカップを置くと再度鏑木に問いかけた。
「引き受けて頂けますか?ミスター鏑木」
スポンサーのトップにそこまで押されると流石に断ることも出来ない。鏑木は内心ため息をつきたくなる気持ちを押さえつつも、「わかりました」と承諾した。
・
―翌日、筑波サーキット
ゼッケン24の番号をつけた黄色にオールペンされたGR86がゆっくりとコースイン。GTウィングとバリスのエアロを身に着けたとあるショップのデモカーだ。
ウォームアップの周回走行を終え、アタック開始。
ブォゥゥンッ!とボクサーエンジン特有の低く野太いエンジンを周囲に轟かせながらも1コーナーに突っ込んでいく。ブレーキングと共にブォウンッ!ブォウンッッ!!とシフトダウン。
アクセル操作を行い立ち上がり、次の緩いS字コーナーからの低速ヘアピンコーナーも立ち上がってダンロップ下のコーナーも難なくクリア。
最後の右への低速ヘアピンもクリアし、バックストレートへ...
低速区間続きでなかなか踏めなかった鬱憤を晴らすようにアクセルを踏み込む。
そして、迎えた最終コーナー...
大気を切り裂くような感覚と共にコーナーに突っ込むと引力に引っ張られるようにして走行ラインが徐々に外側へと移行していく...しかし、動じることはない。
コースアウトギリギリのラインまで攻めるようにして立ち上がると最終ストレートに入った。
0.01秒でも縮める...その思いでアクセルを全開にしていく。
そして、そこから出された記録にピットで見守っていた関係者達は「おぉっ!!?」と驚きの声を一斉に上げた。
「―おい、いきなり目標タイムより1秒近く速いぞ....!」
「―1周2km弱しかない筑波でこの1秒はデカい!」
「―1年前のスープラのアタックの時から察しはついてたが、とんだ化け物だな...!」
あちこちからそんな声が上がる中、更にタイムを縮めようとアタックを継続するGR86。そこからベストラップを更に更新し、クーリング走行後にピットに戻ってきたGR86。
運転席から黄色いヘルメットを被った赤いレーシングスーツ姿の男が降りてきた....
暑苦しそうにヘルメットを外すとその素顔が露わに。
ゆるくパーマを掛けたような茶髪、やや切れ長な目つき....
彼の名前は五十嵐ハジメ。
ふぅー...と息をつきながらも関係者からスポーツドリンクを受け取り「ありがとう」と礼を言いながらもごくごくと飲んでいるとこのデモカーを手掛けたショップのオーナーが歩み寄ってきた。
「どうでしたか?ウチのデモカーは」
「いいですね、これで車検対応なら文句ないです。ただ、欲を言えば少しトルク重視のコンピューターセッティングの方がいいかもしれません。ストレートでの高速域での伸びはやや落ちますが、低速コーナーからの立ち上がりで全体のタイムは縮められるかと。あとは足周りもコーナーリング時にもう少しフロントに荷重が掛かってくれればもっとタイムを縮められたかもしれません。」
「そうですか、今回はタイムアタックを請け負って頂きありがとうございます」
「いえいえ、自分でよろしければまた次回もお待ちしております」
そう言って固い握手をした後にシャワールームでシャワーを浴び、更衣を済ませる。レーシングスーツ姿から黒いライダースジャケットに紺のジーパン姿に着替える。腕には黒い文字盤の大きめの三角型時計...わざわざ黒い革ベルトにカスタムするこだわりのモノを身に纏い、リューズをジリリ...と巻きつつも駐車場で待っている自分の白い愛車の元へと歩み寄る....
今は無き格納型ヘッドライト、リトラクタブルのヘッドライト。流線型ながらも所々が角ばってみえる刀のようなボディライン。特徴的なテールランプ...
ホンダNSX NA1。94年式の初期型モデルだ。
ホイールがボルクレーシングの旧型ホイールシルバーカラーのGT-Cの18インチで車高が若干落とされている以外はほぼノーマルの見た目。
その姿を見るや否や気持ちが抑えられなくなって思わず笑みを零さずには居られない状態になった。
「(もう、納車されてから3年経つのにかっこよすぎんだろ...!)」
心の中で"くーっ!"と叫びながらもそう思うとキーを取り出し、差し込んでガチャッと開けて中に乗り込む。レカロ製の赤色のバケットシート、SR7に腰掛けると車内の空気を全て吸い込むかの如くスゥーッと吸い込み余韻に浸るようにハァ...と吐いた。
「(あー、サイッコー...!まあ、ローンがまだまだ残ってるのがネックだけど...)」
そう思いながらもキーを差し込んでセルを回そうとした時、ポケットに納めていた彼のスマホがピロピロ!と鳴り響いた。誰だろう...?名前を確認すると自分が所属しているレーシングチーム、カタギリの社長代理の皆川からだった。
疑問に思いながらも出てみることに...
「もしもし、五十嵐ですけど...」
「―皆川だ。筑波でのアタックご苦労だった。先方は大喜びだったぞ、またお前に頼みたいってな」
「ホントですか?それは良かったです」
「―ところで話が変わるが...お前に頼みがあってな」
頼み?社長代理に頼まれるような事案があっただろうか...
色々と考えるも何も浮かばないハジメ。
単刀直入に「何でしょうか?」と問いかけると彼はとんでもないことを言い始めた。
「―お前、番組に出る気はないか?」
「番組...って、どんな番組です?芸能人横に乗せてドリフトしてビビらせるやつとかです?」
「―いや、俺も詳しくは知らんが...恋愛リアリティショーという枠組みのヤツだ」
その言葉に思わず「えっ...?」と声を漏らして固まってしまうハジメ。そのまま「えぇーっ!?」と更に声を大きくして驚くと皆川に自分の思いを直訴した。
「ちょっと、待ってくださいよ!俺、恋愛とかそういうのする柄じゃないっすよ!?」
慌てたように言葉を発するハジメ。しかし、そんな彼に動じず皆川は淡々と出演を求める理由について答えた。
「―ウチのスポンサーにもなっているベリッシモのCEOからお前を出演させたいと直々に電話が来てな」
ここで頭を抱えるようにするハジメ。何故なら、そのCEOとはちょくちょく直接話すことがある上、彼にとっては苦手なタイプだからだ。
「(ベリッシモのCEOって、イデーモンからかよ...!なんで俺なんだよ、他じゃダメなのかよ...!!)」
そう思って辞退しようと思っていると井出の方はそう出ると思っていたのか、皆川にある伝言を残していた。
「―もし、出演してくれるなら...出演料とは別でお前の車のローン、1年分肩代わりしてくれるらしいぞ」
1年分のローン肩代わり...!
かなりグラッと来るような好条件。自分が欲しいところを上手いこと突いてきやがる....!
正直あまりそう言った場所で顔を晒したくないが...
まあ、出るだけ出て隅っこの方でひっそりしてればいっか。
そう考えが纏まると少し間を空けてから「わかりました」と答えた。
「まあ、そこまで言うなら...出ましょう。ただ、そんなに期待しないでくださいよ」
「―ああ、恩に着る。撮影は再来週からだ、詳しいことはウチの事務所に置いてある関係者向けパンフレットを読んでくれ。俺からは以上だ、おつかれさん」
そう言ってピッと通話を切ってくる皆川。それと共にハジメは全身の力が抜けるようなハァァァァァァッ....!!という大きなため息を思わずついてしまった。
「(こっちの方に来たついでに茨城のオジサンのところにでも寄ろうかなって思ってたが、そんな気分もなくなっちまったよ...)」
・
―撮影当日 とある教室前の廊下
3年ぶりにブレザーを着るハジメ...
彼の年齢からすればコスプレのように感じてしまうような格好だ。少し嫌々と言った様子ながらも撮影が進む中、ハジメは事前に関係者パンフレットで見た今回の出演者リストと自分の番組での設定を頭の中で振り返ることにした。
男性陣
·熊野ノブユキ、17歳。ダンサー
·森本ケンゴ、18歳。バンドマン
·アクア、16歳。役者
女性陣
·鷲見ゆき、16歳。モデル
·MEMちょ、18歳。Youtuber
·黒川あかね、17歳。女優
·有馬かな、17歳。女優
噂によれば有馬かなに関しては最後までゴネたらしいが、誰かの説得で折れたらしい。そして、全員に共通して言えるのが芸能界出身で鏑木がチョイスしたということもあってビジュアルが凄い...
「(地元の高校クラスなら俺もイケてる部類だったけど、いくら何でも相手が悪すぎるだろ...!少年野球のチームをいきなりプロ野球チームと対戦させるようなもんだよ、コレ...!!)」
そして、五十嵐ハジメの番組内での設定がコチラ。
·五十嵐一、19歳。レーサー
そう...2歳年齢詐称した上に1年留年してる設定なのだ。
一応、設定上では出席数不足で留年していることになっているが...大っぴらな設定が"私は馬鹿です"と公言しているような気もして気に食わない。
ちなみにこの設定が偽装だということは演者は知らない上、スタッフでも知っている人間はごく一部に限られる。
と、思っている間に先行して教室入った7人が自己紹介を終えたようだ。スタッフから"中に入れ"の合図が送られると共にスライドドアのノブに指を掛けてガララ...と音を鳴らすように入ると全員から視線が送られると共に教室内のカメラがコチラに向いた。
ヤバい、注目されてる...
こういう場所に慣れていないが故に一気に緊張感が襲い掛かってきた。
落ち着け、落ち着け....
心の中でそう言い聞かせてはオホンッ...と軽く咳払いをして自己紹介を始めた。
「ども、五十嵐ハジメ...高校三年生。レーサーやってます、よろしく」
自己紹介と共に軽く盛り上がる教室内。女性陣から
「えぇーっ、なんかカッコいい...!」
「キミの走行動画、ウチのチャンネルに使ってもいい?」
「なんだか、すごそう...」
「レーサー?なんか将来性薄そうね...」
など女性陣から声が上がる...ちょっと照れ臭くなり、顔を赤らめながらも目を逸らすハジメの元に一人の黒髪の男が軽い感じのノリを引き下げて歩み寄ってきた。熊野ノブユキだ。
「五十嵐は19歳って聞いたんだけど...1年留年してるってこと?」
早速、自分の設定の痛いところを突かれて心の中を槍でズサッと刺された気分になるハジメ。しかし、なんとか表に出さないように気を付け「あぁ、出席日数不足でダブってさ...」と苦笑いしながら答えるとノブユキはなんだかつまらなさそうにしながらもこう言い残してきた。
「なーんだ、せっかく勉強教えてやろっかなーって思ったのに」
その言葉を聞いたハジメは表ではハハハ...と笑顔を保ちながらも眉間にシワが寄るのを必死に堪えていた。
「(お前、高校2年だろうがッ...!何が勉強教えてやるだ、張り倒すぞクソガキ...!!)」
そう思っている間に次に近づいて来たのは銀髪の男...森本ケンゴだ。先程のノブユキとは対照的に落ち着いた面持ちと口調で小さく笑みを浮かべながらも話しかけてきた。
「俺達、高校3年同士...お互いがんばろう」
インパクトは薄いが、この一言でコイツは悪いやつじゃないと察したハジメ。「あぁ、程々にな」と返すと男性陣、最後の一人が歩み寄ってきた...アクアだ。撮影班が散り散りになり始めてなって自己紹介場面を終えた頃合いだと察したのか、そんな彼は関係者向けパンフレットにも書かれてない核心的な部分を突いてきた。
「アンタ...ここに希望して来たわけじゃないだろ?」
いきなりのことに内心動揺するハジメ。しかし、撮影の切り替わりの間合いだし別にいいだろうと思えば否定する素振りを見せずに「まあー、な」と答えるとそのまま詳細について語り始めた。
「この番組のメインスポンサーになってるベリッシモのCEOに出てほしいって頼まれてさ。最初は断ろうって思ったけど、出たら出演料とは別に車のローン1年分肩代わりしてやるって条件もついてさ...」
「CEOに...?顔広いんだな」
「いや、顔が広いっていうか目をつけられたっていうか...
とりあえず、俺はアンタらとは違う勝負の世界で生きてるから、ここで爪痕残そうとかそういうことは一切考えてない。成り行き任せでひっそり隅っこで目立たないようにするつもり」
そう言って離れようと背中を見せたところでアクアは意外な一言を言い放った。
「...俺もだ、爪痕残そうなんて考えてない」
そう言ってそのまま立ち去るアクア...互いに背中を向けるような形で分かれる二人は互いの話し方や仕草などから本能的な部分でこんなことを感じ取っていた。
"コイツとは合わない"