―数日後 チューニングショップスパイラル
いつもの鑑賞会で商談室に集まっては椅子に座って最新回を鑑賞する三人...
しばらくして鑑賞を終えると、奥山と真奈美は二人して「くぅっ〜!」と何か焦れたそうに身体をモジモジさせていた。
「あー、青春だなぁ...甘酸っぱい」
「青春ですねぇー、でも男の方は私の2つ上ですよ?信じられますか?」
「おい...お前、一言余分だっての」
若干恥ずかしそうにそう呟くハジメ。
顔を背けるようにしながらも少し間を空けると、両手で顔を隠しながらも小声で「もう来るのやめようかな」と呟く。そんな彼に奥山が小さく笑みを浮かべながらもふとあることを告げた。
「にしても、あの日以来...ホントにいい顔するようになったよな。本業のパフォーマンスもかなり好調だし」
そう言われてどう答えようか内心戸惑うハジメ。
しかし、その間にも真奈美がスマホを手にパパッとエゴサしては「おぉーっ!」と急に声を上げてその思考回路を遮った。
「今回の今ガチのトレンド、ハジあかのハッシュタグばっかりだよ!」
そう言いながらもバッ!と並べられたツイート欄を見せつけてくる真奈美...見てみるとこんなことが書かれていた。
パンつくるシーン、エモすぎ!
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@koyuki0246
一緒に生地つくってるシーンでキュンとした....
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@misaki_iiy
くそっ…じれってーな
俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@yassun11_ko
あのパン、フツーに美味そうなんだが?
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@kiichan_ost
車もパンもシバけるって、凄すぎねえべか?
もしや...コイツ、かなりハイスペックなのでは?
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@g35_34_33_32rpy
知ってるか?Breadって日本語で"Pan"って言うらしいぜ
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@cs5223_iym
It that Supra pan?!
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@strikeigod06
EEEEEEEHE!!SUPRA PAAAAAAN!!!
#今ガチ #ハジあか #ハジあかしか勝たん
@Goddess540
おかしなツイートもあるが、何れも応援するような内容だ。今回は国内からも応援するような声が多い。
次第に3対7という劣勢から徐々に傾き始めているのを感じる...このまま行けば世間的に見てもコチラが優勢に立つ可能性が高い。
だが、あの星野アクアのことだ...
何をしてくるか分からない、気を引き締めなければ。
内心そう思っていると奥山が「そういえば...」と切り出してはあることを聞いてきた。
「ハジメ、次の撮影日はいつだ?」
「あー、確か..今週の木曜ですね」
何気ない質問ではあるが、聞かれてハジメの脳裏にあることがふと浮かび上がる...あかねが自分のことを調べるということだ。
星野アクアが欲しがるような彼女の能力が如何ほどのものか。
まさか...恥ずかしいことまで色々掘り下げられないよな?
そう思いながらもスマホを手にした。
・
―撮影日 旧校舎
ブレザーに着替えたハジメはあかねと共に階段の踊り場まで移動していた。
撮影開始まで時間がある上、ここには撮影隊もいない...
個人情報を話すにはベストなタイミングと場所だ。
「それで...あかね、俺の情報を調べてきたんだよね?
教えてくれる?」
「うん、いいよ」
そう答えてはメモ帳を手にするあかね。
パッと開いてはすぅ...と呼吸を整えてから読み上げ始めた。
「名前は五十嵐ハジメ。
ハジメは厳密に言うと漢字の一と書いてハジメ。
誕生日は3月21日、血液型はAB型。
出身は神奈川だけど、幼少期に鹿児島に居た時期がある。
鹿児島在住時の幼少時代、6歳からカートを始めて12歳でジュニアで何度も表彰台に立つ上に5つのコースでコースレコードを樹立。その内の2つは未だに破られていない大記録。
18歳でレーシングチームカタギリのドライバーとして所属」
うむうむと頷くハジメ。
ここまではネットでよーく調べれば普通に出てきそうな情報だ...だが、ここからが彼女の本領が発揮されるのはここからだった。
「お父さんは大手金融企業のサラリーマンだけど、元ラリースト。全日本ラリーで表彰台の経験が何度もある。乗っていた車はホンダのシビックTYPE R、型はEK9で色はチャンピオンシップホワイト。
お母さんは教師...ハジメくんがお母さんからパンづくりを教わったって言うのも頷けるかな。このお母さんの趣味はパンづくりと裁縫、ハジメくんの性格からして裁縫は無理って考えてパンづくりを教えたのかも。注目すべきはこのお母さんのお兄さん、ハジメくんにとってはオジさんに当たるけど茨城の大きな病院の理事長さんだね。この理事長さんは...」
恐ろしいぐらいの速さで繰り広げられる家系図関係のマシンガントーク。
ちょっと調べたぐらいでは絶対に出てこないような情報の嵐にゾッとしてしまい、流石のハジメも怖くなってしまう。
顔を青褪めさせながらも「ちょっ、ちょっと待った...!」と手のヒラを見せるようにしてストップを掛けた。
「えっと、別の話に切り替えてほしいかなーって」
「別の話...?性格的なものかな?」
怖いと言えば怖いけど、気になるとなれば気になる。
ここまで当てたら大したものだ...
そう考えると「じゃ、じゃあ...それで」と答えると再びマシンガンのように情報が次から次へと飛んできた。
「普段はわりと温厚で仲間を作りやすく、仲間にはかなり気を遣う性格。だけど、勝負事になるとかなり闘志を燃やすタイプ。最近はあまりないけど、デビュー当時はレース中に汚い言葉飛ばすことが多かった。具体例を挙げると1年前の雑誌のyoutube企画でのメーカー対抗バトルの時、「のそのそ走んな、クソどん亀!」「テメーチョーシのんじゃねえぞ、アッホタレ!クソボケナス!!」「どきやがれ、ブッ◯◯◯ぞ!!」など。でも、悩みは自分の中で抱え込むことが多い...これは今でもそうだね。それと、とにかく自分の技術に絶対の自信とプライドがある...これも今でもそうだと思う。それから毎日のルーティン、多分トレーニングなんかは欠かさないタイプだけど、それ以外の自分が興味ないような部分は結構ズボラだったりする。メンタル的な調子が崩れたときはそのズボラさが露骨に出るんじゃないかな?多分、このタイミングで部屋に行ったらかなり散らかってるかも。それから...」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ったーっ!!」
再び手のひらをバッ!と見せてストップを掛けるハジメ。
だが、そんな彼に対してストップが間に合わずに致命的な部分が最後に発言された。
「あと、エッチな本はベッドの下じゃなくて表紙を別の本に差し替えて本棚に入れるカモフラージュタイプ」
「あうっ」
最後の一言にヤラれるように思わず声を漏らすハジメ。
恐ろしい、恐ろしすぎる...
更に顔を青褪めさせているとあかねの方はメモ帳の次のページをペラッと捲って別のことを読み上げようと構えていた。
「ま、まだ...アリマスカ?」
「うん...最近の情報なんだけど」
最近の情報...?
まあ、特に悪いことをした覚えもないし...いいか。
内心そう思いながらも「ど...どぞ」と許可を出すも直ぐに後悔する羽目になった。
「最近だと十勝サーキットのBNR32型スカイラインGT-Rのレビューが....」
そのフレーズと共に浮かび上がる十勝サーキットでインタビューされた時の記憶。
"今回のR32かNSXかあかねちゃん、どれが好き?"
"なにかねちゃんが好き?"
雑誌スタッフの質問を思い出すや否や、ハジメは「だああぁあぁっぁ!!?」と声を上げながらも素早くあかねの前で土下座した。
「ごめんなさい!ごめんなさい!マッッジでごめんなさい!!疑ったりしてごめんなさい!!だからそれ以上は言わないで下さい!!ホントにお願いしますーッ!!」
そのハジメの様子を見てからメモ帳の次のページを眺めるあかね...もっと自分の調べたことを披露したかったのだろう。しかし、ページの内容を目で追うようにすると若干諦めたように小さく笑みを浮かべてはメモ帳を閉じた。
言う気満々そうだったのに、何故やめた...?
内心疑問に思うハジメだったが、彼女がメモ帳を下ろした時に読み上げるのを止めた箇所が見えた...細かいところまでは見えなかったがそこには"挫折"の二文字が書かれていた。
あぁ、そんなところまで調べ上げたか...
内心そう思い、昔の傷跡まで探り当てた能力と気を遣って掘り下げるのを止めた優しさを感じると思わず小さく笑みを浮かべてしまう。
そんな中、カツカツ...という音が聞こえてきた。
足音のようだ。
誰もいないはずの旧校舎内になぜ...?疑問を抱きながらも直ぐに立ち上がった。
「誰か来た...」
「ハジメくん、こっち」
あかねに手を引かれてしゃがみながらも位置を移動しては覗き見...足音の主は星野アクアと今ガチスタッフ二人だ。一人は投票箱のような箱を持っていて、もう一人はカメラマン役をしている。
「(なんだ、あの箱...?)」
疑問を抱きながらも投票箱を眺めるハジメ。
すると、脳裏にあるものが浮かんだ...
鏑木に見せて貰った今後の今ガチの撮影計画資料だ。
もし、あれがそれに関連するのなら...これは対局デートマッチの投票になる。
辺りを軽く見回してから2つに折った紙を静かに投票箱に入れるアクア...そこから間もなくしてその場を去ろうと歩き始めるも、去り際に彼と目が合ってしまった。
たった一瞬だけだが、その一瞬で圧のようなものを感じ取る...
それはこの前のパンをつくった時に彼に送った圧の返答のようにも感じるような内容だった。
"受けて立つ、覚悟しろ"