―撮影後 ハジメの借家
薄暗い部屋の中で情報を整理しようと試みるハジメ。
テーブルの上にホワイトボードを置き、まずは手元にある情報を広げてみる...
12年前に死亡したアイ、そのアイの情報を欲しがって番組に出演したアクア...
そして、アイを演じるにあたって彼女の詳しい事情まで知ってしまった可能性がある黒川あかね。
アクアがあかねを欲する理由は分かり、全体的になんとなくは繋がって来てるが、まだ確信を持ってコレとは言えないような状態だ...もっと掘り下げる部分を掘り下げていこう。
その思いから今まで掘り下げなかった人物を掘り下げようと試みた...12年前に死亡した伝説のアイドル、アイについてだ。
彼女は何故死んだ?
どこで、どうやって?
ブラックコーヒーを片手にネットなどを使用して自分が調べれることは調べ尽くした。
12年も前の他人の死について検索するのはパンドラの箱を開けるようで少々気が引けてしまう...が、アクアが善からぬことをあかねに強いるのを防ぐためだ。
そして、彼女の死について色々と知ることが出来た。
アイは武道館ライブの前に自宅で刺殺された。
犯人は彼女のファンだという大学生...罪悪感に駆られたのか、殺害後に自らの命を絶っている。
記事を鵜呑みにすればこの事件はここで綺麗に終了と言った感じだ。が、今までの入手した情報をベースにして考えると色々と気になる部分が出てきた。
自宅で刺殺、自宅、自宅...
そのワードが頭の中で往復していくと過去に聞いたある言葉が頭の中で急に浮かんできた。あかねがどれぐらいアイについて知ってるか聞いたのフレーズだ。
"アイに隠し子が居たんじゃないか"
隠し子...もし、本当に隠し子がいたとするなら彼女の死を見ている可能性がある。
その隠し子は...今、どれぐらいの年齢だろうか?
アイが亡くなった年齢は20歳...
普通に考えれば18歳から20歳で産んだと考えてみて12〜14歳。
だが...普通に考えればの話だ。
もっと若く産んでいる可能性もある...可能性がある時期としては彼女が芸能界入りしてからだろう。
そうなると...あと、3年ほど前に産んでいてもおかしくない。その年齢での出産なら事務所としては尚更隠したいはず。
そうなると15歳から20歳の間に産んだとも仮定できる...
すると、子供は現在12歳から17歳という風に考えられる。
...12歳から17歳?
ここでハジメの薄らとなっていたものがハッキリと繋がった。点と点の繋がりを感じると共に今知った情報をホワイトボードに殴り書きした。
殴り書きしてから最後に星野アクアの年齢に16の文字を入れる....
少し離れて殴り書きされた情報を確認。
綺麗に繋がった関係性とそこから想定されるアクアの目的、あかねをどう利用しようとしてるのか...?
明らかになった仮説に思わず驚愕の表情を浮かべて固まるハジメ。
だが、手応えはあるもののこれはあくまで仮説だ...
確信にはちゃんとした裏付けが欲しい。
が、自分の手では無理に等しい上に探偵を雇うにしても金が掛かる上に根が深すぎて並の探偵ではこなせないだろう。
誰か協力をしてくれそうな人物は...考えてみると一人だけいる。しかも、連絡先も知ってる...最近はコチラから掛けたことはないが。
しかし、やるだけやってみよう。
そう思いながらもスマホを手にとって恐る恐る掛けた先は...
ベリッシモのCEO、井手の個人携帯だ。
「―お久しぶりです、五十嵐ハジメ」
「お久しぶりです、先日はありがとうございました。
別件で一つお願いがあるんですが...よろしいでしょうか?」
「―お願い...ですか。ですが、答えはNOです」
まだ内容を話していないにも関わらず断ってきた井手に「なっ...!?」と驚くハジメ。彼がそうしている間にも井手は電話越しに余裕を見せるように相変わらずの野太い声で理由を述べ始めた。
「―先日は炎上騒ぎの一件で私からもお灸を添えるために協力したまでです。これ以上の協力は私にメリットはありません」
「そう、ですか...」
確かに彼の言う通りだ。いくら自分のことを気に入っているとは言え、そう安々と頼んで動く訳が無い。それに自分はコチラから提示出来るアイテムが何も無い状態...
仕方ない、他に任せよう。
そう思いながらも「ありがとうございます」と通話を切ろうとした時、井手が「―お待ちなさい」と告げて通話を切るのを止めさせてきた。そして、こんなことを提案してきた。
「―私の希望を聞いてくだされば...見返りにどのようなことでも協力しますよ。まあ、限度はありますが」
そう提案してはクホホホッ!と電話越しに笑い声を上げてくる井手。
彼の望みはなんだろうか?
内心そう思っている間に井出がそれを察するように語り始めた。静かに聞いては考え込むように黙るハジメ...
決めようにも即決するには覚悟がいるような内容。
だが、彼は...「わかりました」とその要求を承諾した。
「内容的に書面が必要なので...詳細についてはまた今度お会いして詰めるのは如何ですか?」
「―ええ、そうしましょう。私も今はインドに出張しているので...帰国してからに致しましょう。それで...頼みというのは?」
「星野アクアについて調べて頂けませんか?
自分の仮説正しければ...あの男、相当ヤバい存在です」
「―いいでしょう、その程度の調べ事...
私に掛かればお茶ノ子祭々です。では、この後に会議が控えておりますので...また後ほど」
「ありがとうございます」と礼を言った時に通話が切れたのを確認するハジメ。スマホをポケットにしまっては殴り書きされたホワイトボードをもう一度確認するとグッ...と力強く握り拳をつくった。
「(あかねに殺人の片棒をかつがせるなんて...絶対にやらせるかよ)」
・
―同時刻 番組編集部
定時時刻を過ぎても帰らずにパソコンである動画を夢中で見ている新人編集担当...隣の席に座っていた先輩の編集担当がジャケットを羽織り、帰宅の準備を進めてる時に彼の状態に気づけば不思議そうにしながらも話しかけた。
「何してんだ?もう仕事終わってるだろ」
そう言いながらもパソコンを覗き込むようにして見てみる...この前の五十嵐ハジメによる横浜のジムカーナだ。スタイリッシュなカメラワークに文字入れ、スローを入れたりドラマパートで映画チックな色調にしたり...夢中になっている様子の新人編集担当だったが、先輩の気配を感じ取ると急いで「す、すいません!」と謝罪の言葉を述べてから語り始めた。
「凄くないですか、この動画!BGMの映像に対しての音の嵌め方とか、スロー入れるタイミングとか...!!」
「確かにスゴいが、俺らには関係ない。こんな編集...与えられたことをこなしてればいいんだ。それと、こんなんで残業稼ごうだなんて考えてないだろうな?」
「その辺りは大丈夫です、カードももう切ったので...」
新人の発言に「ふーん...」と答える先輩。そんな中、一人の男が部屋に入ってきた...プロデューサーの鏑木だ。
「キミらまだ居たのか。てっきり帰ったのかと思ったよ」
そう言いながらもジャケットを脱いで自分の席の背凭れに掛けていく鏑木。先輩編集の隣に立つようにしてパソコンを覗き込むと「ほう、この前の動画か」と呟いてから彼らに火をつけさせてやろうとある事を語り始めた。
「キミら、この動画の編集はベリッシモ側の担当者だが...
初期の構想案は五十嵐ハジメが練ったっていうのは知っているかな?」
その発言に思わず「え?」の反応する編集の二人。鏑木はイマイチ信じていないような様子の二人に少し呆れたように笑みを浮かべてからそのまま語り続けた。
「初期の構想案を五十嵐ハジメが練り、そこからベリッシモ側の演出や編集担当が協議を重ねて作り上げたのがこの動画なんだ。だから...大元は彼なんだよ。どういう魅せ方が一番よく魅せれるのか理解してるかもしれないね」
そう言いながらも資料を二人に渡す鏑木。
デートマッチ、休日デート企画...
表紙はそれぞれ同じものの、一枚ペラッと捲ると全然違うことが書いてある。新人は五十嵐ハジメの動画編集、先輩は星野アクアの動画編集を任されたようだ。戸惑った様子を見せると包み隠さずにそのまま確認するように問いかけた。
「鏑木さん、これって...」
「ああ、そこに書いてある通りだよ。
新人君...君には五十嵐ハジメ側のデートマッチの編集を任せたい。投票で勝ったほうに...来シーズンの編集をメインで任せることにするよ」
そう言ってから背中を見せては「では、お先に失礼」と立ち部屋から出ていく鏑木。先輩の方は余裕そうな表情だ...後輩の肩をトントンと叩くとニヤリと笑みを浮かべてはこう告げた。
「悪いが...お前に勝ち目はないよ。投票は国内票のみ有効だからな。アクアの方が上だ、もちろん編集の腕も俺の方が上な...可哀想だな、ソロでの初陣で負け戦を任されるとは」
一言言い残して「お先」と退社する先輩編集。
チャンスとして何としても勝ちたい新人編集だが、立ちはだかる壁は高く分厚い。
普通の方法では恐らく越えるのは無理だろう...
何かいい方法はないものか?
そう色々と考えていると新人の頭の中に先ほどの鏑木のフレーズが脳裏に浮かび上がってきた。
"初期の構想案を五十嵐ハジメが練り、そこからベリッシモ側の演出や編集担当が協議を重ねて作り上げたのがこの動画なんだ。だから...大元は彼なんだよ。どういう魅せ方が一番よく魅せれるのか理解してるかもしれないね"
このフレーズが浮かび上がるとある事を察した。
「(突破口は...自分自身ではなく、彼にあるかもしれないな)」
・
―数日後 都内にあるカフェのテラス席
ハジメと新人編集はディレクターを交えてこの場所で打ち合わせを行うことにした。アクア側の休日デートが先行として翌日にデートを控えている中での打ち合わせ...
ノートPCを開いてやる気満々の満々の新人編集に対してハジメとディレクターは何故呼び出されたのか分からないというような様子だ。PCの準備を終えた新人編集は軽い謝罪の言葉と共に本日の議題を語り始めた。
「御二人共、お忙しいところ申し訳ありません。
デートマッチの休日デートの一件で話し合いところがありまして...」
「話し合いって、デートプランは番組側にもう提出したんですが...」
「プランの提出だけでは詰めれないところを今日、詰めていきます。映像的な問題です、いくらプランがよくても魅せ方が良くなければ視聴者に伝わるものも伝わりません。それこそ、宝の持ち腐れというやつです」
そう言いながらノートPCを逆側に向けてハジメが番組側提出したプランを見せる新人。ディレクターがアゴを軽く持つようにして考えてから面倒くさそうに「具体的に何を考えるんだ?」と問うと彼はハッキリとした口調でこう答えた。
「それぞれの場面での必要な機材やカメラの配置などです。普通のデートプランならそれほど考えなくてもいいですが、彼みたいなアクティブなプランだと詰めておかないといけないかなって...例えば、この部分だと何が必要になります?」
指をパッと差したところを確認するハジメ。考える間もなく直ぐに答えた。
「防水のアクションカム2台と左右から並走するカメラマン二人とマイク1人ってところですかね」
「でも、この場面でカメラマンを使うとどうしても入っちゃうんだよね...それだとデート感が薄れるというか」
「なら、ドローンはどうですか?確か、カメラマンでドローンの資格持ってる人居ましたよね?」
ハジメの言葉に「うーん...」となる新人とディレクター。ディレクターの方が新人の代わりにそうなってしまった理由を答えた。
「悪いが...ウチは予算が予算だし、撮影名目が名目だからそんなモノないよ」
「じゃあ、入手できるツテがあると言ったら?」
ハジメの言葉に「は?」と言わないばかりの表情を浮かべる二人。そこから更に続けるように語り続ける。
「もし、借りれるなら上手く行けば最新型の赤外線追尾ドローンが借りられます。そうなると...ここのシーンでも活かせますね」
そう言いながらも別のコーナーに指を差すハジメ。呆気にとられているディレクターに対し、新人が目を輝かせて更に話を発展させていく。
「ここのシーンはドローンだけじゃ足りませんよね?」
「そうですね...念の為に車内に小型カメラが5台ぐらいあったらいいかもしれません」
「5台!?3台ぐらいなら分かるけどそんなにいるの...?」
「ええ、まずは左右に一台ずつで2台。
前から二人を映すカメラはルームミラーから映すのとシフト側から上方向に向けるようなアングルで映すのでまた変わった感じの絵になったりするので、多分観てる方も飽きないかなって。ここで2台...
それから個人的な感覚だとカットインでペダルワークとかをほんの少し入れるだけでも躍動感あるような感じになると思うんですよ。
なので、その為に足元に一台と...これで計5台です」
「5台か...予備含めてギリギリの数だな」
「またツテ当たりましょうか?」
最初は新人のみがやる気になっていた感じのこの打ち合わせも何時しか全員がのめり込むように考えるようになっていた。予算の兼ね合いなども考慮しつつ、一つずつ積み上げていく...しばらくすると必要な機材の洗い出しや配置などもしっかりと決まった。
出来上がったものに全員満足している中、新人がふとこんなことを呟く。
「前の横浜のやつみたいに躍動感がある映像に編集したいな...それこそ踊り出したくなるような」
「なら、いい感じのBGM流すか。何かいい感じのBGM知ってる?」
ディレクターに聞かれたハジメ。彼は軽く腕を組んで「うーん...」となりながらもボールペンを手に取ると候補の曲を紙に書いて見せた。
「これ...EDMの曲のイメージがあるが、アーティストが違うな」
ディレクターが曲名を見てポツリと呟くとハジメは小さく頷いてからyoutubeで検索を掛けて音源を探しながらも説明した。
「はい、原曲はそれですが...自分が流したいのはカバーの方です」
そう言っていい音源を見つけて流し始める...ステップを踏むような軽快な弦を弾く音色から始まる曲。次第に力強くなっていく曲調を感じながらも続けて語っていく。
「二重奏のチェロのバンドによる演奏なんですが...個人的に彼女との思い出があるんですよ、初めて横に乗せて走った時にこのバンドの曲を流して稽古場まで送迎したので」
「なるほどな...にしても、曲のタイトルも洒落てるな」
フッと笑いながらもいつになくスッキリした表情のディレクター...そんな彼に疑問を抱き「どうしました?」とハジメが問いかけると彼はやや自嘲染みた笑みを浮かべながらもこう答えた。
「若い奴二人の情熱に燃やされて、ふと新人でこの世界に飛び込んだ日の事を思い出してな...
あの時の情熱はどこで消えちまったんだろうなって」
「消えたのなら...また燃やせばいいじゃないですか」
「言われなくとも、着火剤が2つもそこにあればまた燃えちまうよ。
...アイツに負けんなよ、番組に一杯食わせたアイツに」
ディレクターからの言葉に真剣な眼差しを向けるハジメ...彼は力強く「はい」と頷いて答えた。