IF 〜もしもあの時〜   作:マグウェル

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第二幕 Buckshot act.8

 

 

 

―夜 ハジメの自室

 

 

真っ暗な部屋の中でソファーに寝そべりながらもスマホでエゴサするハジメ...SNSで個人アカウントを開くと自分を浮気者扱いするような攻撃的なコメントも多く寄せられていた。

 

個人アカウントだけでない、火種は勝手に広まって自分が所属しているレーシングチーム・カタギリの公式アカウントにまで寄せられていた。

 

 

自分だけでなく、世話になってる社長代理の皆川を筆頭に師匠である小柏や他のメカのメンバーにも迷惑が掛かっているような状況...そう考えると共に脳裏に浮かび上がるのはこの前の収録時に見えた星野アクアの背中。陰湿的なオーラを纏ったあの姿...ハジメの目から見て彼が全く関わっていないとは考えられない。

偽の情報提供者に何かしらの協力...いや、彼自身が情報提供者の可能性もある。

 

そう思うと怒りが込み上げてくる...

お前の行動一つで俺だけでなく他人まで巻き込んでいるんだと。

 

 

 

 

 

「....チッ」

 

 

 

 

 

小さく舌打ちをしてからゆっくりと身体を起こすとテーブルの上に置かれていたある物に目を向けた...井出から貰った星野アクアに関する資料だ。

 

"殺人者と同様の傾向がある"と鑑定された精神鑑定書や彼が不特定多数の人物からDNAサンプルを取って鑑定していたという事実、更には彼が所属しているイチゴプロの不祥事...

 

 

確実に奴の息の根を止められる武器だ。

 

ふとこれを見せられた時の井出の言葉が浮かび上がった....

 

 

 

 

 

 

 

「―スキャンダルという拳銃で貴方を撃った相手に対し...

私はより強力なショットガンで応戦しろと言っているのです。確実に相手の息の根を止めるのです」

 

 

 

 

 

 

その言葉が頭の中に響き渡るとテーブルの上に置かれた資料の数々がショットガンとその弾薬に見えてきた...差し詰め、レミントンM870といった所か。

 

 

 

 

 

「(そっちが俺だけでなく、その周辺を狂わそうとするなら...俺がコイツをぶっ放しても文句ないよな?

 

それ相応の報いを受けさせるって意味で)」

 

 

 

 

 

震える手で資料に手を伸ばそうとするハジメ。そのショットガンに手を伸ばし切るまであと少しと言った所で再び井手の言葉が脳裏を駆け巡った。

 

 

 

 

「―ショットガンに装填された弾丸は散弾(バックショット)です、単発ではありません。

これを公表すれば、そのダメージは彼のみならず周囲にいる者をも巻き込みます。

イチゴプロに所属している者は必ずといってもいい程巻き込まれるでしょう...今ガチで貴方と共演している有馬かなも例外ではありません」

 

 

 

 

 

その言葉と共に脳裏に浮かび上がる光景...

星野アクアをショットガンで撃つ光景だ。

 

ズシンッと肩骨に響くような重たい反動と共に放たれた散弾は彼の肉体を貫き、鮮血に染め上げていく...

 

ただし、血に染まるのは彼だけではない。

彼の周囲にいるイチゴプロの面々、自分と面識がある有馬かなも例外ではない。

 

 

 

...無理だ、あかねを守りたいという一心でそこまで自分の正義を勝手に振り翳して悪党に成り下がることは出来ない。

 

 

成り下がったら...恐らく一生自分を責め続けるだろう。

 

 

それに、これを見たあかねが心の底から自分を好印象に思ってくれるとは到底思えない。思わず頭を抱えるようにしてしまう。

 

 

 

 

 

「(使いたくないな。でも、どうすればいい...?

この状況下で使えそうなカードはないと言っても過言じゃない」

 

 

 

 

 

明確に偽の情報提供者が誰かも分かってない上、スキャンダルを流した週刊誌からは元データの提出を断られると言う始末。八方塞がりか...せめて、自分の無実を証明できる物さえあればな。などと思っているとテーブルの上にあったスマホがピロピロ!と鳴り始めた。

 

着信相手を見てみる...師匠の小柏だ。

アメリカから掛けて来てるようだ...とりあえずピッと応じて出てみた。

 

 

 

 

 

「...もしもし?」

 

 

 

 

 

「―俺だ、悪いな...夜遅かったか?」

 

 

 

 

 

「いや、大丈夫です。時差的にそっちは朝ですか?」

 

 

 

 

 

「―ああ、9時ぐらいだ。練習走行前に掛けてる」

 

 

 

 

 

声を聞いて少し気持ちが軽く鳴り始めたハジメ...

そこから他愛のない話で互いに盛り上がる。

最近の取材やタイムに関する話から、互いのプライベートな近況まで...時間を忘れて語っていたが、小柏の方がふと間を空けるようにして「―そろそろ行かねえと」と告げたところでそれなりに時間が経過していることにようやく気づいた。

 

 

 

 

 

「―じゃあな、そっちはそっちで頑張りな」

 

 

 

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

電話越しに礼を言ってコチラも通話を切ろうと動いた時、少し間を空けるようにして小柏が「―なぁ」と最後に一声掛けてきた。

 

 

 

 

 

「―汚えやり方に負けんじゃねえぞ。

お前はお前のやり方で勝ってやれ、いいな?」

 

 

 

 

 

汚いやり方...この言葉で何に関して話しているか直ぐに察しがついた。師匠の背中を押すような一言に勇気付けられるも現状で資料を使わずに勝てるビジョンが全く見えない。恐る恐る正直にそれを伝えることにした。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます...

でも、正直な話をすると勝ち筋が全く見えません。自分には使えるカードが何一つ...」

 

 

 

 

 

「―バーカ、何言ってんだ。カードがねえなら作ればいい話じゃねえか」

 

 

 

 

 

「カードを作る...?どうやって?」

 

 

 

 

 

「―自分一人だけでやろうとすんなよ。おめえの悪い癖だ、状況からして一歩下がって見ればいくらだって出来る。アイツにはねえ得意分野を活かせ」

 

 

 

 

 

一歩下がって見る?得意分野?

 

 

色々と考えているうちに小柏の方は続けるようにしてこう告げてきた。

 

 

 

 

 

「―いいか、今のお前の状況をレースで例えればコーナーで後続にケツを突かれ、クラッシュしそうになったところを差されて先行を許したような状況だ。ここから正当なやり方で勝ってやれ、その状況からの勝ちは外野が見てもイチャモンがつけられない明白な勝利...

先行からの後追い勝利はボクシングで例えれば"KO勝ち"だ」

 

 

 

 

 

 

「カイさんらしいですね、その言い回しの仕方」

 

 

 

 

 

 

「―そうか?まっ、俺の親父が昔使った言葉を引用しただけだ。俺なりに前置きはアレンジさせてもらったがな」

 

 

 

 

 

その言葉を更に心強い声援だと感じ取ったハジメ。

小さく笑みを浮かべると「ありがとうございます」と電話越しの小柏に伝えると彼は「―あぁ、またな」と返して通話を切った。

 

ツー、ツー...と電話が切れる音を確認してから「よし」と意気込むように小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「..カードづくりに取り掛かるか。

明確な勝利、陰湿的な奴から明確なKO勝ちを得るためのカードづくりに...」

 

 

 

 

 

そう呟くとスマホを再び操作するハジメ....ある人物にコンタクトを取ることにした。

その相手はデートマッチの時に世話になった新人編集だ。

彼の携帯の番号に掛けると早速こう頼んだ。

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、五十嵐です。

夜分遅くに申し訳ありません...一つ頼みたいことがあってお電話を掛けさせて頂きました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―同時刻、とある公園

 

 

一気に優勢を取り戻した星野アクアだったが、彼なりにもう一つ決め手が欲しいと考えるとある行動に出ることに。

それは週刊誌の編集長との密会だった...

写真の情報提供の見返りとして金銭ではなく、新たなネタを入手しようと取り掛かったのだ。

 

 

ベンチに座ってしばらく待っていると静かに眼鏡をかけたガサツそうな男が間隔を空けるように座ってきた...この男がスキャンダルネタを取り上げた週刊誌の編集長だ。手提げカバンを膝に乗せるとため息混じりに語り始めた。

 

 

 

 

 

「全く、こんなところ誰かに見られたら君も僕も終わるだろうにね...」

 

 

 

 

 

「自分としても早く済ませたいです。収穫はありましたか?」

 

 

 

 

 

アクアの問いかけにあまりパッとしない表情を見せる編集長...カバンから資料を取り出し手渡しすると淡々とした口調で語り始めた。

 

 

 

 

 

「ほぼゼロに近い、大抵の人間は叩けば何かしら埃みたいなものが出るが...ほとんど出ない」

 

 

 

 

 

「ほとんど?と言うと...何かしらは収穫があったという解釈をしてもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

「ああ、断片的で直接的な証拠にはならないけどな」

 

 

 

 

 

そう言いながらも資料の一部分を横から指差す編集長...それは経歴の部分だ。何故そこに目をつけたのかという理由をそのまま語り始めた。

 

 

 

 

 

「ここに書かれてある経歴通りに進むとなると、年月の辻褄が噛み合いにくい部分が所々にある」

 

 

 

 

 

「噛み合いにくい...ということは、噛み合う可能性もあると?」

 

 

 

 

 

「まあな、ただ...この感じの経歴ってのはすり合わせ感が強くてかなり臭う。俺の勘的には...コイツは"年齢詐称"だ。いくつか歳を詐称していても可笑しくないような内容だ。お前さんなりに掘り下げてみろ、欲しいもんが見つかるかもしれないぞ」

 

 

 

 

 

そう言いながらも何事もなかったかのように立ち上がる編集長...その際、ピタリと唐突に足を止めて辺りを見回し始めた。

 

 

 

 

 

「...どうしました?」

 

 

 

 

 

「いや...気の所為だ。こんな真夜中の寂れた公園に人なんているわけがない」

 

 

 

 

 

そう呟きながらも「じゃあな」と告げて立ち去る編集長...

その際、離れた場所の茂みが一瞬だけガサゴソと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―数日後、都内にあるカフェのテラス席

 

 

前にデートマッチに関する打ち合わせをしたこの場所で落ち合う新人編集とハジメ。向き合うようにして二人向けの席に座るとハジメの方から恐る恐る問いかけた。

 

 

 

 

 

「それで...前のお電話の一件ですが」

 

 

 

 

 

「ああ、もちろんやってきたよ。

キミには借りがあるからね...しっかりと返しに来たよ。

画像復元は大学時代以来だから、少々時間は掛かったけどね」

 

 

 

 

 

そう言ってノートPCを開き、カタカタと軽く操作する新人編集。ページを開き切った所でテーブルの上で180°回転させてハジメに見せる...彼が見せたのは例の真奈美とのスキャンダル写真だ。

 

 

 

 

 

「これが例の写真...で、これが復元予想」

 

 

 

 

 

そう言ってエンターキーをパチンッと押すとそこから手を加えた1枚を見せる...加工されたと思われるスキャンダル写真を元の写真に復元したのだ。

解像度の低い粗めの画質で誤魔化されて歪んだいた背景は正常に戻り、遠近法でかなり近いように見せつけられていた真奈美との距離感も倍以上差があるものになった。

ここで悪意で加工された画像だというのが明らかになった...が、一つだけ大きな懸念点があった。

 

 

 

 

 

「これ、写真が加工されたものというのは明らかになりましたが...浮気してないという明確な証明にはなりませんよね?」

 

 

 

 

 

「そうだね、距離感としてはかなり離れたけど彼女が君を呼びかけている写真には間違いないからね...」

 

 

 

 

 

再び振り出しに戻ったような気分にさせられるハジメ。しかし、ここで師匠の小柏の言葉が脳裏に過ぎる...

 

 

 

 

 

"一歩下がって見ればいくらだって出来る。アイツにはねえ得意分野を活かせ"

 

 

 

 

 

ここからどうにかして繋げられないだろうか?

一見はスカシを食らったように見えるが、何かあるはず...

 

それを考えれば新人編集に対してこんなことを問いかけた。

 

 

 

 

 

「作業していて何か写真に対しておかしいと思ったことはありませんか?どんなことでも構いません」

 

 

 

 

 

ハジメの言葉に「そうだねぇ...」と軽く腕を組むようにしながらも考え込む新人編集。すると、何かを思い出したかのように腕組みをやめると共にこう答えた。

 

 

 

 

 

「この写真、キミらを目当てに撮影したにしてはピントがあってないなぁーって」

 

 

 

 

 

「ピント?」

 

 

 

 

 

「そう。一応この状態からピントを合わせたような感じにすることも出来るんだけど、周辺の質感との変化具合で加工感が強くなるんだ」

 

 

 

 

ピントが合ってない、加工...その2つを聞いてハジメは直ぐに何か思いついた。

 

 

 

 

 

「この画像、もしかして"切り抜き"されたものですか?」

 

 

 

 

 

「ああ、その可能性は極めて高い。

もしかすれば...ネット上にこれの元画像があってそこから明確な証拠が見つかるかも」

 

 

 

 

 

新人編集の言葉を聞いて脳裏に膨大なネットの画像が浮かび上がるハジメ。切り抜き画像のため、画像検索も出来ないとなるとそれらしいワードを入力して自分で一つ一つチェックしなければならない。気が遠くなるような作業だ...しかし、やらなければ勝てない。泥臭いがコレが彼の戦い方だ。

協力してくれた新人編集に対して「ありがとうございます」と伝えるハジメ。そこから続けて申し訳無さそうに一つ頼んだ。

 

 

 

 

 

「もし、その元画像が見つかって画像処理が必要になった時は...また貴方に頼ってもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

「ああ、任せて。喜んで手伝うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―イチゴプロ 事務所

 

 

居間で一人、ノートPCを開いてあらゆる検索を掛ける星野アクア。スキャンダル騒ぎで沈み掛けている五十嵐ハジメに"年齢詐称"という最後のトドメを刺そうと行動に移る...が、巧妙に組み込まれた経歴にコレだという証拠を示すことができない。

 

あくまで上っ面の疑惑止まりで終わってしまう。

 

 

何かいい方法、いい手掛かりは無いだろうか...?

 

 

そう思いながらも考え込んでいるとピンポーンとチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

「(誰だ...?ルビーかミヤコさんが配達でも頼んだか?)」

 

 

 

 

そう思いながらもモニターでチェックするとそこには大きめの野球帽を被った人物の姿が。カメラの角度の問題で髪の長さなどもよく分からないが、手には小包を持っている...やはり、二人のどちらかが通販で何か買ったのだろう。

 

 

そう思いながらも足早に玄関に移動してドアをガチャッと開けてみる...すると、目の前には自分が想像してなかった人物の姿が。

 

 

 

ドアを開けると共に野球帽を脱ぎ捨てる女性...

ハーフアップの茶髪、色白の肌。吸い込まれるような大きなオレンジ色の瞳、どこかあどけなさも感じるも油断しているとグイグイ向こうのペースに巻き込まれてしまうような小悪魔感が強い女。

 

ハジメのスキャンダル相手として週刊誌に上げられていた斎藤真奈美だ。

 

気づいてドアを閉めようとするも、足を入れられて中への進入を許してしまった。

 

 

 

 

「お邪魔しまーすッ!!」

 

 

 

 

そのまま玄関で靴を脱ぎ捨てては持ってきたスリッパに履き替えてズカズカと足早に上がっていく。

いきなりのことに状況の整理がつかず、アクアは「ちょっ...待てって!」と後ろに続きながらも制止するように呼びかけることしかできない。そんな彼のことはお構いなしに彼女は辺りをキョロキョロと見回すとクスリと笑いながらもこんなことを呟いた。

 

 

 

 

「ここもあまり"変わってないみたいだね"」

 

 

 

 

意味深な言葉に「は?」と言わないばかりに固まってしまうアクア。そのまま真奈美の方は小悪魔染みた笑みを浮かべながらも続けるようにして語り始めた。

 

 

 

 

「私ねー、まだここが細々とギリギリアイドル部門やってるときにスカウトされたことがあるんだー。その時はコチラから断ったんだけど、事務所まで案内されてさー。

 

それにねー...」

 

 

 

 

数歩進んでから窓際でクルッと振り向く真奈美。一歩、二歩とスキップ気味にアクアに歩み寄るとこんな衝撃の告白をしてきた。

 

 

 

 

「この事務所を立ち上げて失踪した斎藤壱護は...

 

私のとおーい親戚なんだよ?

 

つまり、今の代表であるその妻の斎藤ミヤコは血の繋がりはないけれど...私の親戚にも当たるんだー」

 

 

 

 

 

衝撃の発言に目を見開いて驚くアクア。そんな彼に畳み掛けるように持ってきた小包からある物を取り出すと、机に広げるようにして見せた...

 

それは週刊誌の編集長に偽のスキャンダル話をでっち上げたという証拠の品々だ。二人で公園で密会しているところから何までキッチリと収められている...

 

アクアが提示された証拠を手にし、更に驚いて固まっていると真奈美はそこから説明するようにゆっくりとした口調で語り始めた。

 

 

 

 

 

「どこからこんな情報を入手したかって疑問に思ってる?

 

その編集長から直々に入手したんだー

 

奥さんに浮気してることバラすって脅したら全部洗い浚い話したよー。小鳥みたいにね。やっぱり、クズはクズだね」

 

 

 

 

 

クスッと笑いながらも両手を後ろに組んでは更に顔を近づけるようにする真奈美。しかし、囁くように耳元に口を近づけると蔑んだような目に変えて冷ややかな言葉を一気に放った。

 

 

 

 

 

「...あまり調子にのんなよ?クソガキ。

私も一緒に巻き込まれて迷惑なの。

これ以上引っ掻き回したら...名誉毀損で訴えるから?」

 

 

 

 

 

急な冷たい一言に珍しく動揺の表情を浮かべるアクア。

彼からしてみれば思わぬところから槍が飛んできたような気分だろう...表情を見てある程度効いていると察した真奈美は別人のようにクスッと笑ってから離れるとこんなことを呟いた。

 

 

 

 

 

「まあ...アナタの出方次第では無かったことにしてあげてもいいけど?」

 

 

 

 

 

「出方次第...何が望みだ?」

 

 

 

 

 

「まずはこのフザケた偽装スキャンダルの真相を自らネットに公開すること。

本来なら自分がやったと謝罪してほしいところだけど...

絶対にしないだろうからそれぐらいでいいよ。

 

もう一つは黒川あかねから手を引くこと。

 

 

この2つで手を打つわ...期限は次の今ガチの生放送、恋愛ディベートマッチだかの日まで。ざっと1週間ってところかな。

 

それまでにやらなかったら容赦しないから」

 

 

 

 

冷たくそう言い放っては何事も無かったかのようにクスッと笑う真奈美。アクアから距離を置くように離れて証拠を一旦回収。玄関の方に歩を進めると何かを思い出すように「あっ」と言葉を漏らしては再び振り向いて彼の顔を見た。

 

 

 

 

 

「言い忘れてたけど、もし脅されてるって周りに言いふらしたら...その瞬間にこの情報流すから。週刊誌どころじゃないよー?全国区の大きなテレビ局。知り合いにお偉いさんがいるんだー」

 

 

 

 

 

クスクスと小悪魔染みた笑い混じりにそう告げては扉に手を伸ばし、出ていく真奈美...思わぬ伏兵の出現に両手で頭を抱えるようにするアクア。

言いふらそうにもいきなり過ぎて盗聴器もなにも仕組んでなかったため、脅されてたという証拠は一切残っていない。事務所の監視カメラも使い物にならない...何故なら、ネット向け事務所になってからは出入り口である玄関以外の場所のカメラは費用が嵩むと撤去したからだ。

それに唯一撮影されていた玄関での立ち振舞い...多少強引には入ってきたが、見知った顔の客人といった振る舞いだ。

 

更に言えば、本人が過去に事務所からのオファーを蹴ったという話が本当ならば...これを追求のネタとして提示したところであの時の話をしにきたと言われておしまいだ。

 

 

 

 

 

「(クソッ...面倒な伏兵が来たな。まあ、いい。

どうせハッタリだ...俺はアイを殺した犯人、俺の父親を探す必要がある。その為には黒川あかねの力が必要だ。今更引き下がるつもりはない)」

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

―4日後、ベリッシモ本社。

 

CEO室で玉座に座りながらも静かに執務を進める井出の元に一人の来客が訪れた。ハジメだ...手には書類のようなものを持っているのを見て思わず小さく首を傾げた。

 

 

 

 

 

「お忙しい中、失礼します」

 

 

 

 

 

「いえ、事前のアポは受けておりますので...その手に持っているものは?」

 

 

 

 

 

「自分なりに考えたディベートマッチでの星野アクアの倒し方です。簡潔ではありますが...資料にしてまとめてみました。アナタからゴーサインが出ればこの案で行こうと思います」

 

 

 

 

 

そう言うハジメの手から資料を貰う井出。

1枚1枚、ペラッ...ペラッ...と確認している彼に対してハジメは何時になく静かなトーンでこう語り始めた。

 

 

 

 

 

「アナタが以前、海外ドラマのスーツを引用に話されていたので...自分も同じようにそちらから引用します。

 

シーズン1の何話目かに出てきたタクシードライバーの話は覚えてらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

「えぇ、大体は存じています...確か信号無視の事故を取り扱ったもので、相手側のドライバーは弁護士を雇わず、本人が自分自身を弁護した話ですよね?」

 

 

 

 

 

「そう...その話でドライバーは最初にこう語りました。

 

"自分は過去にアメリカ政府を相手に訴訟を起こして勝訴した、一介の弁護士如きが勝てると思うな?"と。

 

しかし、結果は主人公のハーヴィーが全ての主張を論破して圧勝。相手側のドライバーは損害を支払うことになりました」

 

 

 

 

 

この話を聞いてもピンと来ていない様子の井出。

そんな彼にそこから分かりやすいようにハジメはこう語り始めた。

 

 

 

 

 

「デカい勝利を知って負けを忘れたやつほど溺れやすい。理由は簡単です、相手が小物になると慎重にならなくなるから...

 

この辺りは今の星野アクアに当て嵌まるんじゃないでしょうか?

 

番組というデカい獲物に一杯食わせたんですから」

 

 

 

 

 

「そうですか...ですが、ドラマだと主人公のハーヴィーも負け知らずのクローザーを自負してますよね?」

 

 

 

 

 

「あれは肩書きだけです。

実際には過去に上司や同僚にいっぱい食わされたり、素直に喜べないような勝ち方をしてたり...彼も全く負けを知らないわけではありません」

 

 

 

 

 

「そう言う貴方は...負けを知っているのですか?」

 

 

 

 

 

井出に問われて神妙な面持ちを浮かべるハジメ。

彼は小さく頷いてからこう答えた。

 

 

 

 

 

「はい...自分は一度負けています、星野アクアという男に」

 

 

 

 

 

「どう言う観点で...ですか?」

 

 

 

 

 

「観点という話ではありません。

 

あの雨の日、黒川あかねを自分の手で救えなかったこと....

 

それが自分の中での"大きな負け"です」

 

 

 

 

 

その言葉と共にハジメの脳裏に浮かび上がったのは雨の日の高架橋で星野アクアに助けられた黒川あかねの姿...

 

あの日ほど頭の中が真っ白になった日はないかもしれない。

 

今でも焼き付くように鮮明に覚えている。

 

 

無意識のうちに悔しさが込み上げて手を震わせるハジメ...その熱意を感じ取った時、井出が資料を読み終えた。

 

彼はムフッと笑みを浮かべながらも玉座から立ち上がるとハジメにこう告げた。

 

 

 

 

 

「...面白い、実に貴方らしい!

この井出辰美、非常に胸を打たれました。

いいでしょう、この戦い方で行きなさい...五十嵐ハジメ。

 

奴が拳銃を振るうのであれば...貴方は"刀"で勝負です。

 

その研ぎ澄まされた刃で銃身ごと斬り刻むのです」

 

 

 

 

 

激励するような言葉に「ありがとうございます」と頭を下げるハジメ。そんな彼に対し、井出は「ところで...」と話を切り替えた。

 

 

 

 

 

「前の一件は...覚えてらっしゃいますよね?

協力する対価として私が貴方から受け取るものについてです」

 

 

 

 

 

「もちろんです...ですが、その件に関して1つ。

状況次第では早くコチラ側から開示してもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

「別に構いませんが...何の為にそんなことをするのでしょうか?」

 

 

 

 

 

井出の問いかけに少し間を開けるハジメ。口角小さく上げるようにニヤリと笑みを浮かべるとこう答えた。

 

 

 

 

「これも...自分の武器にするためです」

 

 

 

 

 

 

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