IF 〜もしもあの時〜   作:マグウェル

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第一幕 HEART BEAT act.2

 

 

 

 

―数週間後

 

オートショップ/スパイラル·ゼロ

 

 

白いパーカーにジーンズというラフな格好でこの場所まで足を運んだハジメ。駐車場に愛車のNSXを停めると先客に白いZN6型の86が停まっているのを確認。

ハジメのNSX同様、この車も外観はノーマルだが、ホイールが黒いWedsSportsのSA-20R、車高も若干落とされている...知り合いの車だ。

 

 

 

 

「(なんだ、アイツ来てんのか...)」

 

 

 

 

 

内心そう思いながらも中に入ると整備待ちや終えた車達がズラリと並んでいる。一部はリフターに上げられたり、エンジンが降ろされて分解されかけている...どうやら店主は休憩しているようだ。

 

 

何処に行ったんだ...?

 

 

そう思いながらもハジメが辺りを軽く見回すと奥からギャハハハ...!!という男女の笑い声が聞こえてきた。嫌な予感がしつつも声がする方を辿るように足を運ぶと商談室の前に到着...ドアノブに手を伸ばして恐る恐る開けて見ると男女の姿を確認した。

 

黒い作業着を着た男の方はこの店の店主の奥山広也だ...年齢は40代入るか否かぐらいだが、見た目はまだ若い。

 

そして、白系のスポーティなトラックジャケットに黒のショートパンツを履いた女の方...

ハーフアップの茶髪...色白の肌。吸い込まれるような大きなオレンジ色の瞳、どこかあどけなさも感じるも油断しているとグイグイ向こうのペースに巻き込まれてしまうような小悪魔感が強い女。

 

彼女の名前は斎藤真奈美(サイトウマナミ)。現在大学に通っている本物の19歳...一応ハジメのドライビングの弟子にあたる。

 

 

そんな二人が大声で笑っていた理由...

 

それは商談室に置いてある大型モニターでハジメが出演してる今ガチを観ていたことだ。

 

二人とも彼が来ていることに気付かずに腹を抱えて笑っていた...

 

 

 

 

 

「はぁー、これ流石に笑うなぁ...!俺から見ても無理してる感じある...!」

 

 

 

 

 

「もぉー、21でブレザーに袖通してる時点で笑っちゃうのに...!若い子に完全にナメられちゃっててもっとウケるんだけど...!!」

 

 

 

 

 

「はーい、若い子にナメられちゃってる21歳の男性が来ましたよー」

 

 

 

 

 

自虐染みた発言をしながらワザと音を立てるようにガチャッとドアを閉めるとビクッ!とあからさまな反応を見せる二人。壊れかけの機械のようにぎこちなく振り向くと奥山の方から話しかけてきた。

 

 

 

 

 

「い、居たのか...いつからそこに?」

 

 

 

 

 

「ここ入ったのは今さっきですけど...笑い声はその前から聞こえてました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハジメの言葉に「その...悪かった」と素直に謝る奥山。

しかし、真奈美の方は目を泳がせて「えっと、イガラシサン。これにはマリアナ海溝より深いワケがありましてネー...」と言い訳を考えようとするも中々浮かばない様子。そんな彼女を見て呆れたハジメは冷たい笑みを浮かべながらも「真奈美」と呼び掛けて一言告げた。

 

 

 

 

 

「お前、今度の富士の走行会でシバくから」

 

 

 

 

 

「えっ、ちょっと!洒落にならないって...!車もスペック差あるし。第一、私...富士の走行会自体初めてなんだよ?今まで走ってたのミニサーキットか峠だったんだから...」

 

 

 

 

 

「じゃあ、シバかれたくなかったらこの撮影で笑うような真似するなよ?俺だって出たくて出てるわけじゃない」

 

 

 

 

 

そう言いながらのモニターに流れる今ガチの映像を観るハジメ...そう言えば、こうやってイチ視聴者目線で見たことないかも。そう思うと空いている椅子を動かして腰掛けて観ることに...そんな彼の様子をチラッと見つつも奥山はある疑問を投げかけた。

 

 

 

 

 

「にしても、お前がこんなの出るなんてな...何かあったのか?」

 

 

 

 

 

「ええ、ベリッシモっていうメーカーあるじゃないですか。チームカタギリのスポンサーであり、俺個人のスポンサーとしてもついているメーカーなんですが...」

 

 

 

 

 

「えぇーっ!ベリッシモって、あのベリッシモ!?超有名企業じゃん!私、今日つけてる化粧品全部ベリッシモなんだけど!!」

 

 

 

 

 

真奈美の合いの手のような言葉が耳に飛び込んでくるとハジメは「そう、多分そのベリッシモ...」と返しつつも続きを語り始めた。

 

 

 

 

 

「そのベリッシモのCEOから直々に出て欲しいって言われたんですよ。出演したら出演料とは別に車のローン1年分もってやるって条件付きで」

 

 

 

 

 

「あのNSXのローンを1年か、それはデカいな...」

 

 

 

 

 

そう言いながらも鑑賞を続ける三人組。すると、奥山がこんなことを切り出してきた。

 

 

 

 

 

「ハジメ、この際だから本気で恋愛始めたらどうだ?」

 

 

 

 

 

「えぇー、無理ッスよ。無理無理。出来っこない...メンツがメンツだし、本気でやっても周囲に潰されてオシマイですよ」

 

 

 

 

 

そう答えるハジメに対し、奥山は「ほら、あの娘とかどうだ?」とモニターに映し出された一人の女性を指差した...

 

鷲見ゆきだ。

恐らく、今シーズンの今ガチの顔になると思われる女だ。

 

 

 

 

 

「あの娘、性格いいと思うぞー。ダンサーとバンドマンの二人とかあの娘にゾッコンみたいだしな...お前もあの輪に入ったらどうだ?」

 

 

 

 

 

少しニヤニヤしながらもグイグイと推そうとする奥山...しかし、ハジメは如何にも微妙そうに眉間をシワを寄せていた。

 

 

 

 

 

「いーや、ないっすね...俺的に。なんとなく....」

 

 

 

 

 

ただ単に食わず嫌いをしているだけかと思っていたが、真奈美の方もイマイチと言った様子だった。「うーん...」と考え込むようにしてからその理由についてまとめて答えた。

 

 

 

 

 

「私もハジメくんにこの娘は合わない気がするかなー...

何ていうか、撮られたいが故にこうなってるって感じがする。なんだか、生き方があざといカンジするなー...」

 

 

 

 

 

ハジメの意見では納得いかなかったが、真奈美の意見を聞いてそうだと内心納得してしまう奥山。というのも、この斎藤真奈美という人物は人の本質的な部分を見抜くのに非常に長けているからだ。

 

心理学に詳しいというわけではない...天性の感覚なのだろう。

 

 

 

 

 

「(ハジメも割とこういう勘は鋭い方だが、今が今だしな...でも、真奈美ちゃんがそこまで言うならそうかもな...この子の勘、かなりの率で的確に当たるし)」

 

 

 

 

 

内心そう思いながらも鑑賞を続ける奥山。

そんな時、真奈美があるシーンで「あっ」とリモコンを手にして停止ボタンをピッと押した。ノブユキとゆきが話し合って盛り上がり、周囲の他のメンツを和ませているシーンだ。

 

 

 

 

 

「どうした?真奈美ちゃん」

 

 

 

 

 

「奥山さん、このシーンの片隅にいるハジメくん見てください」

 

 

 

 

 

そう言われて凝視する奥山...皆が面白そうにしている中、目を細めてやや上の方に目線を向けている。

 

 

 

 

 

「なんか、こんな感じの動物居たような...」

 

 

 

 

 

「アレですよ、アレ...多分チベットスナギツネです。そして、この顔をしてる時のハジメくんって大抵まーじで話がつまらなくて聞いてない時です...多分、頭の中でVTECエンジン回してます」

 

 

 

 

 

「だっっって、めちゃくちゃつまんないんだよ!コイツら!!学生時代の全校集会にあった校長先生の話思い出したよ...」

 

 

 

 

 

「そういえばさっきもそんな顔してるシーンあったような...」

 

 

 

 

 

そう言いながら真奈美からリモコンを受け取って巻き戻し始めた奥山。そんなやり取りがダラダラと長いこと続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―同時刻、番組編集部

 

 

いつも通りに仕事を終えて退社しようとジャケットを羽織って身支度を進める鏑木。そんな彼に新人の編集担当の一人が「あのー...」と話しかけてくると彼はその手を一旦止めて話を聞くことにした。

 

 

 

「今回の編集、平等じゃなくて少し偏っているような気がするのですが...」

 

 

 

「偏ってるって?」

 

 

 

「なんていうか、それぞれの人物の魅力の引き出し方...って言ったらいいんですかね。特に特技とかの披露するコーナー。女性陣だとあかねちゃんがイマイチな推し方だし、男性陣だとアクアくんと五十嵐くんがあまりって感じで...アクアくんは顔で売ってる部分もあるのでまだなんとかなるにしても、五十嵐くんはちょっと...」

 

 

 

編集の言葉に特に動じる様子も見せない鏑木。再び身支度を進め、いつでも退社出来るぐらいまでの状態になってからその問い対して答えた。

 

 

 

「偏ってるという君の指摘は正解だよ。確かにこの世の中は平等という言葉を好む。ただ、こういう番組では視聴者が注目しているモノを重点的にフォーカスして伝えていくというのが数字に繋がってくる。番組では数字こそが絶対的な正義なんだ」

 

 

 

そう言いながらも退社しようとドアの方まで歩く鏑木。ドアノブに手を伸ばした時に「それと...」と動きを一旦止めて振り向いては最後に一言言い残した。

 

 

 

「五十嵐ハジメの方はスポンサーに言われなければ出すことすらなかったよ。それに、彼はレーサーだ...彼まで売れっ子達と同じようにフォーカスするような内容にしてしまえば、まずは車を用意しなければならないし...撮影の機材や人員も増やすことになる。とてもじゃないが、ウチの予算じゃ難しいよ」

 

 

 

そう告げてから再び背中を見せて「じゃあ、僕は帰るよ。お先に」と退社していく鏑木。新人の編集担当は納得いかないような様子だったが、そんな彼の背中を見た先輩編集が彼に歩み寄って現実的な冷たい一言を言い放った。

 

 

 

「この業界で平等なんてことは考えるな。数字が出るように立ち回っていけ、それが業界の正義ってやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―翌朝 早朝5時 とある借家

 

 

散らかった部屋で鳴り響く目覚ましのアラームと共に五十嵐ハジメの1日が始まる。

 

 

パンツに白シャツといっただらしない格好で手を伸ばしてパチッと目覚ましを停め、洗面台まで移動して顔を洗ってから歯磨き開始。ハブラシをシャコシャコと動かしながらも部屋の片隅に置かれていたレコードを動かす。流す曲はルーティン的に毎朝流してるジミ·ヘンドリクスのロックミュージック。

 

歯を磨き終え、ヒゲを剃ると軽くトレーニング開始。

腹筋、背筋、足上げ...それらを終えると次は壁に4つのボールを当てて行う壁当てジャグリング。これで反射神経を鍛える。

 

しばらくするとシリアルに牛乳をぶち込んだ簡易的な朝食を取る。しかし、この間の時間も無駄にしない。

次に走る予定のサーキットのレイアウトを図面を見てイメージを刻み込んでいく。走り慣れたコースでもこれは欠かさない。どのタイミングでブレーキングし、どのタイミングでアクセルを踏み込むか、コーナーに対してステアリングの舵角はどれぐらいにして攻め込むか...イメージしてひたすら叩き込んだ。

 

そのまま食事を終えるとクローゼットの前に移動。

 

ガッと開けて今日の気分に合わせて白いジャケットにジーンズといった格好に着替え、三角型の腕時計を身に着ける。

 

それらを終えると共にカレンダーの方に移動。

大まかなスケジュールが書き込まれたカレンダー...前日までの過ぎた日数にみっちりとバツ印が打たれてる中で"クソ撮影"と書き込まれた本日の日付にバツ印を打ち込む。

 

ここまでしてからレコードを停め、腕時計で時間確認...時刻は朝7時。既に日も上がりきってる時間帯だ。

 

 

 

「...行くか」

 

 

 

ため息混じりにそう呟きながらも撮影用の小道具が入った手提げ鞄を手にして家を後にし、NSXに乗り込む。キーを回してヴァゥンッ!とエンジンを始動してゆっくりと走らせて撮影現場まで移動...ただ、現場とは離れた駐車場に停めてから徒歩で移動。理由は簡単、この車に乗ってることを誰にも知られたくないからだ。

 

 

「ども」と言いながらも撮影スタッフとすれ違うと楽屋でブレザーに着替え、メイクなどを済ませて現場入り。

程なくして他の出演者たちもぞろぞろと姿を見せ、全員入ったところでスタッフが合図を送った。

 

 

 

「―それじゃ、本番入ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―しばらくして 廊下

 

 

出演者たちとの自然な関わり方を撮影していく番組方針に対し、ハジメの興味は出演者ではなく他の者に向けられていた。その対象は現在撮影してるスタッフとは別に交代休憩しているスタッフたちだ。

彼らも男だからか車は好きなようでハジメの話を楽しそうに聞いていた。

 

 

 

 

 

「前の筑波のアタックの時、車検対応のデモカーでのアタックだったんですけど...これが意外と空力性能しっかりしてて。最終コーナーでもすごい安定して曲がれたんですよ。ほら、この場面。普通ならこれだけ速度乗ってるとGに負けてアンダーで車が外に引っ張られるんすけど...」

 

 

 

 

 

スマホで撮影された動画を見せるハジメと感心するように「おぉー!」と声を上げるスタッフたち。割と興味深々といった様子だ。

 

 

 

 

 

「へー、すっげーな...!てか、いい音してるじゃん!!これで車検対応なんだ!!」

 

 

 

 

 

「俺、カメラマンやってっけど...正直な話、こんな番組のダラダラした画撮るよりもこういうアグレッシブなやつ撮りたいんだよなぁ。自前の撮影ドローンやら免許も持ってるのに、これじゃあ宝の持ち腐れってやつだよ」

 

 

 

 

 

「えっ、ドローンの免許って...すごいっすね!確か国家資格でしたよね!?」

 

 

 

 

 

ワー!ワー!と盛り上がるハジメと休憩中のスタッフたち...

そんな彼らを見兼ねた一人の女が近づいてきた。赤髪の女優、有馬かなだ。接近に気付いた休憩中のスタッフたちがスタコラサッサと何処かへ立ち去っていく中、彼女は「ちょっと、アンタ」と腕を組みながらも不機嫌そうに話しかけてきた。

 

 

 

 

 

「アンタ、今もカメラ回ってるって知っててその立ち回りしてるワケ?」

 

 

 

 

 

「なんだ、悪いかよ。自然なスタイルで自由に進めるっていうのがこの番組の方針だろ?」

 

 

 

 

 

「そうではあるけど、誰がアンタとオッサン達が車の話で盛り上がってる画なんて欲しいかって話よ!演者と絡みなさいよ、演者とッ!!」

 

 

 

 

 

「眠くなるからやだ」

 

 

 

 

 

「子供かッ!アンタ!!」

 

 

 

 

 

鋭く突っ込みを入れる有馬かな。そのままため息をつきそうな呆れたような声で説教しようと語り始めた。

 

 

 

 

 

「アンタねぇ...演者の一人としての自覚はあるの?」

 

 

 

 

 

「自覚...って言われてもなぁ。俺、コレだけガッツリとカメラ回されるような撮影始めてだし。そういう意味ではその自覚とやらは薄いかもな」

 

 

 

 

 

 

 

ハジメの返答に堪えていたため息が遂に「はぁー...」と出てしまう有馬かな。そのまま軽く頭を抱えるようにしながらも「これだから素人は...」と呟いては不満を語り始めた。

 

 

 

 

 

「大体、レーサーって将来性もないような職業やってる時点でズレてるのよ...」

 

 

 

 

 

「将来性って...お前は俺の母親かなんかかよ。それに、役者も見方によっては将来性ないけどな」

 

 

 

 

 

「なんですって!?私だって子役時代はものすっっごく儲けてたんだから!!」

 

 

 

 

 

「あー、出た出た。過去の栄光に縋ってるやつ。車界隈にもよくいるよ、アンタみたいなの。

 

"昔は1000万掛けたチューニングカーに乗ってた!"

 

とか言い張ってるけど、今現在はボロい軽に乗ってるようなジジイ。スタンドとかで給油中にたまにそんな感じに声かけてくるんだけど、あれ話合わせるの面倒なんだよねぇ...」

 

 

 

 

 

「そんなのと一緒にしないで!それに私、今もドラマ出てたりするし...鏑木Pがプロデューサーしてる"今日から甘口で"のヒロインにも抜擢されてるのよ」

 

 

 

 

 

フフンとちょっと胸を張るようにしてからややドヤ顔染みた表情を見せる有馬かな...しかし、ハジメはチベットスナギツネ顔でキョトンとしていた。

 

 

 

 

 

「え、もしかして...今日甘知らないの!?」

 

 

 

 

 

「ああ。カレーの話してんのかなぁーって...ちなみに俺は辛口一択」

 

 

 

 

 

「聞いてないわよっ!そんなこと!!あのアクアですら知ってたのに...!」

 

 

 

 

 

「自分の常識が他にも通用すると思うなよ...

お前、俺が"ロータリーエンジンのタービンはT06ぐらいが一番バランス良くていいよねー"って話したところでお前からすればチンプンカンプンだろ?そういうこと」

 

 

 

 

 

「ロータリーエンジンって、そんなのと一緒にしないでよ!!」

 

 

 

 

 

「そんなのって、世界が惚れ込むマツダの名エンジンだぞ。喧嘩売ってんの?」

 

 

 

 

 

「売ってるつもりはないけど、アンタが売るなら買ってやるわよ!」

 

 

 

 

 

「おっ、やんのか?やんのか?ワレ」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

遊び半分でファイティングポーズを取る二人の様子...

その姿は実働していた撮影班によってしっかりと収められていた。

 

 

 

 

 

「(―あの二人、ノーマークだったけど。案外良い画撮れたかもな...)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―夕方 撮影終了後。

 

 

日も暮れ始め、スタッフたちも撤収準備を行っている最中...

演者も散り散りになり始めてる頃合い。

ハジメも帰り支度を進めようかと思ってる最中にふとあるものが目に入った。

 

青みを帯びた黒髪のミディアムボブの女優、黒川あかねだ。

メモを手にしてディレクターから熱心に話を聞いてはカキカキと何かを書き込んでる。

 

 

 

 

 

「(....なにやってんだろ?)」

 

 

 

 

 

帰路を歩もうとする足を止め、そちらに注視するハジメ。

しばらくしてディレクターが離れたところで歩み寄り、「よっ」と話し掛けると彼女はビクッとなりながらも振り向いた。

 

 

 

 

 

「あ、えっと...五十嵐ハジメさんでしたよね?レーサーの」

 

 

 

 

 

「ああ、そっちは...黒川あかねさんで合ってる?女優の」

 

 

 

 

 

お互いに確認するように問いかけてからメモの方を注視するハジメ。見ていたところで何を書いたか具体的なところは分からないため、指を差しながらも単刀直入に問いかけた。

 

 

 

 

 

「そのメモ、何書いたの?」

 

 

 

 

 

「あ、えっと...ディレクターさんからアドバイスを貰ってて。それを書き込んでました...私、引っ込み思案なところがあるから番組でなかなか爪痕残せなくて」

 

 

 

 

 

コレを聞いて彼女が業界で生きていく為に真剣に向き合っていると察するハジメ。自分は目先のローン返済の為に嫌々出ている部分が大きいが、彼女みたいに純粋に向き合っている者もいるのだと...他の演者たちが帰ろうとしている中でのその姿勢に何となく惹かれる部分があったハジメは彼女という人物に興味を持ち始めた。

 

 

 

 

 

「女優って色々な役を演じるイメージあるから、こういう企画で他を出し抜けれるイメージがあったけど....そうでもないんだな」

 

 

 

 

 

ハジメの言葉を聞きながらもふと時間を気にするようにスマホを見るあかね。すると、彼女は「あっ...」と小さく声を漏らした。

 

 

 

 

 

「もう、こんな時間...!今からじゃ間に合わない...!!」

 

 

 

 

 

「間に合わないって...?」

 

 

 

 

 

「舞台の稽古です!稽古場までバスに乗らないといけないんですが、次のバスに乗らないと次が来るまで結構時間空いちゃうんです...!!」

 

 

 

 

 

どうしよう?と頭を抱える様子を見せるあかね。その様子を見兼ねたハジメは辺りを見回して"仕方ない"と心の中で自分に言い聞かせては自分の中でのタブーを破る事にした。

 

 

 

 

 

「ちょっとばかりうるさい車でよければ...その稽古場まで乗せていこうか?」

 

 

 

 

 

 

 

まさかの助け舟に「えっ?」と意外そうな反応を見せるあかね。遠慮しようとするも、ハジメは待ったと言わないばかりに手のひらを見せた。

 

 

 

 

 

「ただ単に申し訳ないからとかだったら、断らなくていい。それにその間に合わないであろうバスよりか早く着くと思う」

 

 

 

 

その押しの言葉を聞いて考え込むようにするあかね。

そして、少し間を空けてから恐る恐る答えた。

 

 

 

 

 

「では....お言葉に甘えて」

 

 

 

 

 

「オッケー、それじゃあ俺も着替えてくるから...門前で待ち合わせで」

 

 

 

 

 

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