IF 〜もしもあの時〜   作:マグウェル

22 / 56
〜 SUPER GT 〜(GT300 First part)
第三幕 ANTARES act.1


 

 

―数カ月後 正月

 

 

初詣に行こうとあかねの家の前までNSXを走らせるハジメ。

ファー付きのライダースジャケットにジーンズ、軽い変装のためレンズが大きめのサングラスを掛けている。

 

息が白くなるような気温を車内の暖房で紛らわせながらも走らせていくと、シーズンがシーズンなこともあり、いつもよりも少し混み合っている...

普段ならイライラが募りそう場面だが、久々に彼女に会うということもあって逆に高揚感が高ぶるように感じる。

 

オーディオから流れるチェロの二重奏のバンドによるアップテンポな演奏に合わせるように胸を弾ませながらも彼女の家の前に到着。エンジン音で気づいたのか、玄関に足を運ぶ前にすぐにあかねが出てきた。

 

 

 

 

「ごめん、道混んでて少し遅れた」

 

 

 

 

「ううん、大丈夫だよ。車出してくれてありがとう」

 

 

 

 

小さく微笑みながらもそう言って助手席に乗り込む彼女も軽い変装をしていた。茶色のトレンチコートに細身のジーンズ、伊達メガネ。黒い帽子を被っている。しかし、一番変わったのは髪型だ。今ガチ出演時から髪が伸び、ボブカットからポニーテールに変わっている。

髪を整えようと帽子を軽く取った時にハジメがすぐに話題として拾った。

 

 

 

 

「髪型、似合ってるよ。いい感じじゃん」

 

 

 

 

「そう?ありがとう」

 

 

 

 

クスリと小さく笑う彼女の姿を見て顔を赤らめるハジメ...

不思議そうに首を傾げるあかねの姿が見えたが、心境を少しでも誤魔化そうと「早く行こう、神社混んでるかもしれないし」と正面を向いて車を走らせ始める。

 

一番最初の信号待ちの交差点...

車内では互いに「あけましておめでとうございます」と正月の挨拶を交わしてから久々に会ったということもあって互いの近況について会話が繰り広げられ始めた。

 

 

 

 

「ハジメくん、チーム移るんだよね?」

 

 

 

 

「まあな、正式な就任式は来週だ。

あかねの方は...女優の仕事はどう?」

 

 

 

 

ハンドルを握りながらの問いかけに一瞬表情を曇らせるあかね。

 

何かいけないことを聞いてしまったのだろうか...?

 

 

疑問に思いながらも彼女の方に目を向けて「あかね?」と問いかけると彼女は咄嗟に隠すように首を横に振っては「なんでもないよ」と答えた。

何かありそうな感じだが、あまり深く掘り下げるのもデリカシーがないと思い「そっか」と答えると彼女は話題を切り替えるように話し始めた。

 

 

 

 

「そう言えば、あの動画見たよ」

 

 

 

 

「あの動画って?」

 

 

 

 

「ほら、YouTubeの...」

 

 

 

 

彼女の単語で何なのか察しがつき、「あー...」と理解したように頷くハジメ...

そのYouTubeの動画というのは今ガチ放送時にMEMちょと約束したコラボ動画だ。彼女が18歳ということも新しい愛車をレビューするというよくありがちな内容になっているが、ハジメとしてはあまり見られたくないような内容だった。

 

 

 

 

「えっと...正直、見てほしくなかったんだけど。

念の為感想聞くけど、どうだった?」

 

 

 

 

「んー....なんだか"奇抜"だった」

 

 

 

 

その感想にそうなるよなと言わないばかりに軽く頭を抱えるようにするハジメ...その感に脳裏に浮かび上がってきたのは約1ヶ月前の出来事。MEMちょと共に撮影した冬に入り始めたような時期のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―1ヶ月前 とある閑静な道の駅

 

 

 

平日ということもあってガラガラになっている駐車場で三脚を立ててカメラを回すMEMちょ。彼女にしては動きやすそうなラフな格好をしている...が、今回の主役は彼女ではない。

 

 

 

 

「こんメム〜!

今日はね、新しくお仕事で移動する用の車買ったからみんなに披露しようかなーって...!」

 

 

 

 

そう言いながらもリモコンをこっそり操作してカメラの向きを変えると本日の主役である彼女が買った車のお披露目になる。

 

丸目が可愛らしい、全体的に曲線型のデザインになっている3ドアハッチバックタイプの黄色いコンパクトカー...

 

ミニクーパーだ。

 

 

 

 

 

 

「どう?丸目がすっごいキュートじゃない!?」

 

 

 

 

そう言いながらもカメラの枠の端で両手をミニクーパーに向けてヒラヒラと見せるMEMちょ。数秒ほどその状態を続けた後に再びカメラと向き合うようにすると「そして...!」とそこから話を切り替えてきた。

 

 

 

 

「今日はスペシャルゲストを呼んでるんだ!コチラのお方!!」

 

 

 

 

そう言いながらもカメラの画面外から出てきた男...ハジメだ。やや面倒くさそうな態度で「ども」と頭をかきながらも出てくるとMEMちょの方からゲスト紹介が始まった。

 

 

 

 

「今ガチの撮影で半年間同じだったプロドライバーの五十嵐ハジメこと、ハジめんだよ〜!19歳!!」

 

 

 

 

「21」

 

 

 

 

「あ、そうだった!今日は彼女から許可貰ってる!?

私との浮気疑われたら色々と面倒だからさー!!」

 

 

 

 

「貰ってる、貰ってる。んで、今日はなにすんの?」

 

 

 

 

「私の愛車のレビューしてほしいなーって!」

 

 

 

 

目を輝かせながらもそう言うと後ろにあるミニクーパーを指差すMEMちょ。ハジメの方は「ほほう」と答えながらもいろんな角度から車を見てから数秒ほど間を空けて指を差して確認するようにこう問いかけた。

 

 

 

 

「愛車って、この"ポンコツ"?」

 

 

 

 

ハジメの問いかけにキィー!と叫びそうな表情のMEMちょ。そのまま反論するようにこう続けた。

 

 

 

 

「ポンコツじゃないよ、ミニだよ!ミニ!!

 

ミニクーパー!」

 

 

 

 

「ミニって語るには、車幅広すぎんだろ。

初代と比較して300mmも車幅増えてるんだぞ?

こんなのミニじゃねえ、デカだよ。デカ。

デカクーパーって名前に改変しろよ」

 

 

 

 

「スゴい酷い言い方するねぇ、そこまで言うならちゃんと見てもらおうかな!この車の良さを!」

 

 

 

 

「おう、上等。上等。色々見てやるよ」

 

 

 

 

 

そう言ってからエクステリアに関して「間抜けなカエル」だのなんだのとレビューを軽く済ませてから運転席に乗り込むハジメ。MEMちょが助手席に乗る中で初めて動画内で「ほー」と感心するような声を出した。

 

 

 

 

「インテリアは割と好きだよ、シックで大人びた精悍な感じ。前の型はちょっとコミカルな感じだったけど、いい感じに纏ってる。"BMW製"って感じが強くなったな」

 

 

 

 

「え、ミニってビーエム製なの!?」

 

 

 

 

「え、知らなかったのか?BMWの傘下だよ、ミニ。

だから、試乗中に燃えたら怖いなって思って消火器持ってきたんだ」

 

 

 

 

そう言いながらも運転席周辺の空いたスペースから小型の消火器を取り出すハジメ。MEMちょの方は「ちょ、ちょっと!」ストップと言わないばかりに手を伸ばした。

 

 

 

 

「それは要らないんじゃない!?」

 

 

 

 

「いや、大丈夫。

レース用の二酸化炭素消火器だからF1カーにも使えるやつ、効き目もバッチリだから...」

 

 

 

 

「いや、そういう問題じゃなくってさ!!」

 

 

 

 

そうこうしてから試乗パートに移る...

ウネウネと曲がりくねったワインディングを駆け抜けていく中で黄色いミニクーパー。

先ほどまでボケやおちゃらけ、辛辣なコメントを続けていたハジメだったが、ここに来るとドライブしながらもプロ的な観点で物事を見始めた。

 

 

 

 

「この車、グレード的には上位グレードのクーパーSだっけ?」

 

 

 

 

「うん、そうだよ」

 

 

 

 

「悪くないな、事前にカタログ見てきたけど2リッターターボで192馬力と200馬力近く出てる。1300kg未満の車重に対してこれは結構パワフルだよ。フィーリング的にはブースト圧をあまりかけない流行りのダウンサイジングターボ的なフィーリング...だから本質的には癖がなくて扱いやすい。上り坂でも苦にならないどころか、ちょっとパワー持て余してると感じるぐらい」

 

 

 

 

そう言いながらも減速してS字のコーナーに切り込んでいく。そのフィーリングを感じながらもウンウンと頷くようにするとそのままコメントを続けた。

 

 

 

 

「操舵に対する追随性も悪くない...

初代が掲げていたゴーカート的なエッセンスを感じるし、欧州車にしては足が硬すぎずに程よい硬さで働いてくれる。ストローク量も申し分ない」

 

 

 

 

「へー、スゴい褒めてくれるじゃん!

それで....ハジめんの評価的には?」

 

 

 

 

「通常上位グレードでもホットハッチと呼んでもいいぐらい機敏に走ってくれる車。思ったよりは悪くない」

 

 

 

 

「そっかー!じゃあ、ハジめんのNSXと交換で...!」

 

 

 

 

「絶ッッッ対あげない」

 

 

 

 

「どーしてさ!こっちピカピカの新車だよ!?」

 

 

 

 

「こちとらプレミアついてる名車だぞ、時価的に下手すればコイツ2台買ってもお釣り来るレベルだよ」

 

 

 

 

そうこう会話しながらも軽く走ってから元の駐車場に戻り、シーンが移り変わってからまとめに差し掛かる二人。

ミニクーパーの前で並ぶように立つとMEMちょの方からハジメに話を振った。

 

 

 

 

「ハジめん、ハジめん!

どーだった、私の愛車!?」

 

 

 

 

「どうって...まあ、思ってたよりは良かったな。

今までこの車は意識高いフリした情弱が乗る車ぐらいに考えてたけど、ちょっと認識変わったよ。ミジンコぐらい」

 

 

 

 

「え、ミジンコぐらいしか変わってないの!?

でも、そうは言ってても最後の方とか楽しんでたじゃんっ」

 

 

 

 

そうツッコミながらも尺をダラダラ長引かせたくないと締めの挨拶に入るMEMちょ。

よくある「チャンネル登録と高評価、よろしくね〜!」と付け加えてから視聴者に向けてバイバーイ!と手を振るようにして動画を締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―現在 NSX車内

 

 

運転しながらも動画内での出来事を思い出して複雑な心境にハジメに対し、あかねの方はフフフッとちょっと笑っている様子だ。しかし、ふとした疑問が浮かび上がると小さく微笑みながらも単刀直入にこんなことを聞いてきた。

 

 

 

 

「それにしても、いつもの雑誌なんかのレビューとか全然違う感じだったよね?

なんか口調がキツイというか、キャラが濃いというか...」

 

 

 

 

「あー、全部MEM監督の指示だから。

Youtubeだとちょっと大袈裟に誇張するぐらいじゃないと視聴者を引き付けられないっていうので、ああいうキャラを演じた。普通の取材なら絶対にあそこまではやらないから」

 

 

 

 

苦笑いしながらも運転を続けていると初詣する予定の神社に到着。互いにしっかりと変装を確認しつつも降りるや否や一緒に歩いて鳥居の前まで移動...日付は元旦からずらしたものの、まだまだ人は多い。

そんな人混みの中で中に入ろうとするハジメをあかねが「ちょっと待って」と止めると簡易的な自撮り棒を手にし、スマホを取り付けてはインカメラで構える。

キョトンとしてるハジメの腕を軽く引くようにして鳥居を背景に一緒に入ると早速パシャリと1枚撮影...しかし、撮影されたハジメの表情に納得がいかない様子のあかね。

ムゥと言わないばかりに頬を膨らませると再びカメラを構えた。

 

 

 

 

「これじゃあカップル感薄いよ...ほら、ピースして」

 

 

 

 

「お、おう....」

 

 

 

 

言われるがままにピースしてパシャリと撮影された1枚...確認したあかねは納得するように「よしっ」と小さく呟いてから掛けていた伊達メガネを軽く整えた。

 

 

 

 

「行こっ、神様も首長くして待ってるかもしれないし...」

 

 

 

 

「短気な神様だなぁ、あまり想像したくない」

 

 

 

 

そう言いながらも二人で中に入ってお参りを済ませてからお御籤タイム。先にお御籤を開いたあかねが吉を引いたのを確認してからハジメもお御籤を開く...しかし、その結果に思わず微妙な表情を浮かべた。

 

 

 

 

「(す、末吉....って)」

 

 

 

 

凶の次に悪いとされる末吉。一般的なお御籤のランク的に真ん中よりも少し悪いと言った感じだ。

思わずどんな感情になればいいか分からずに頭を軽く掻いてしまう。そんな彼にあかねは小さく首を傾げながらも「どうしたの?」と問いかけるも、ハジメの方は「いや...」と誤魔化しつつも末吉のお御籤を畳んだ。

 

 

 

 

 

「ちょっとお御籤結んで来るわ。ここで待ってて」

 

 

 

 

「うん、わかった」

 

 

 

 

そう言って人混みをかき分けてお御籤を結ぶ場所まで移動するハジメ。多数のお御籤が結ばれてる合間に結ぼうとした時、ふとある些細なことが脳裏に浮かび上がった...

 

今日、互いの近況を聞いた時だ。

 

仕事について聞いてるだけなのに何故表情が曇ったのだろうか?

 

...仕事がないのだろうか?

 

いや、そうならそうでここまで互いに会えないような密なスケジュールにならないはず。

 

そうなると...仕事の内容?

 

 

考えれば考えるほど気になって仕方がないハジメ。

 

 

お御籤を結ぶのを一旦辞め、スマホを手にして"黒川あかね"で検索を掛ける...すると、前日に芸能ニュースで投稿されたばかりの記事に目を軽く見開いた。

 

累計5000万部を売り上げた東京ブレイドの2.5次元舞台にキャスティングされたという情報だ...超がつくほど大きな仕事だ。

 

 

 

 

「(スゴいな、なんでこんなデカい仕事決まったの黙ってるんだ...!?)」

 

 

 

 

そのまま記事を開いて詳細を読み始める...すると、彼女が黙っていた理由が分かる。

キャスティング一覧に主演の姫川大輝を筆頭に有馬かなを含めた出演陣...その中に黒川あかねの次に書かれていた名前に思わず目を見開いた。

 

 

 

刀鬼役、星野アクア。

 

 

 

今ガチという番組で共にあかねを奪い合っていた男だ。

偽のスキャンダルをでっち上げて自分を陥れようとした人物...目的のためなら手段を選ばない彼の名前を見て驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

「(おいおい、嘘だろ...神様。こんなの嫌がらせじゃ...)」

 

 

 

 

思わず手を震わせてその場で立ち尽くす。すると、後ろから駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた。あかねだ。

 

 

 

 

「どうしたの、ハジメくん?」

 

 

 

 

まさか来るとは思っていなかったハジメ。

咄嗟にスマホをポケットにしまうと笑顔を作って振り向いた。

 

 

 

 

「あー、なんでもない。なんでもない。

悪いな、遅くなって...メシでも行こうか」

 

 

 

 

クイッと身体を伸ばしながらも何事も無かったかのように歩き始めた彼に対し、あかねは何かを察するもそれ以上は聞かずに彼の隣を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―数日後 ララライ稽古場

 

 

 

東京ブレイドの稽古の為に掻き集められ、稽古を始める役者達。

その中でもブレイド役を演じる主演の姫川大輝のオーラは圧倒的なものだ。ヒロインの一人であり、ブレイドの相方的な位置のつるぎを演じる有馬かなとの殺陣の合わせ...

 

小道具もない為、刀の代わりに台本を丸めた物をそれに見立てて使っている上、衣装も私服に近い状態での軽い合わせ...だが、地面を揺らすような衝撃の迫力にあかねは押されっぱなしの状態だった。

 

 

 

 

「(すごい...!姫川さんの演技のレベルが高いからかなちゃんの方も遠慮なしで演技してる...本気でぶつかっていっても食われかねないよ、こんなの...!!)」

 

 

 

 

ひたすら圧倒されているが、こちらも対抗するにはこの二人のように相方と息の合った演技が必要になる。

今回の舞台だとあかねが演じる鞘姫の相方は刀鬼...演じるのは星野アクアだ。

 

早速互いに殺陣を練習しよう。

 

そう思いながら台本を手に片隅で壁を背に凭れているアクアの姿を見つけるや否や、「アクアくん」と話し掛けながらも歩み寄る...彼も台本を読んでる様子だったが、あかねに呼ばれてふと顔を向けた時に脳裏にある人物のあるやり取りが浮かび上がった。

 

それは数カ月前...登校時に斎藤真奈美と取り付けた約束したこと。

 

 

黒川あかねから手を引けと再度要求があったあの日のやり取りだ。

 

 

 

 

"「黒川あかねのことは....諦める。

今後、彼女とは関わらないように立ち回る」"

 

 

 

"「その言葉、嘘じゃないよね?

もし嘘だったら...アンタの人生無茶苦茶になるまで追い詰めるから」"

 

 

 

 

思い出すとあの日にされたビンタによる頰の痛みが何となく蘇ってくるような感覚にまで見舞われた...仕事がどうであれ、自分は黒川あかねと密に接するわけにはいかない。

 

その思いから壁から離れると出来るだけあかねと目を合わせないようにしつつも「悪い」と冷たく一言前置きしてからこう伝えた。

 

 

 

 

「ちょっとトイレ行くから。合わせならまた全員で」

 

 

 

 

そう伝えてスッと背中を見せて立ち去るアクア。

まるで自分を避けるような動きに理解出来ないあかねは「ちょ、ちょっと待ってよ...!」と言いながらも彼に追随するように早足でついていった。

 

 

 

 

「アクアくん、私のこと避けてるの!?どうして!?」

 

 

 

 

「別に避けてなんかない。

トイレ行くだけだ...ついてくるなよ」

 

 

 

 

そう冷たく一言告げては逃げるようにトイレに入るアクア。

まだ納得いかない様子のあかね...いつもの彼女ならここで諦めて身を引こうとするが、役者として諦めきれない。

 

彼が現れるのをその場で待ち続ける。

 

 

 

しばらくして颯爽と出てきたアクアだったが、腕を組んで待つようにしているあかねに内心やや困惑気味だった。

 

 

 

 

「....まだいたのか」

 

 

 

 

「うん。私たち、今回の舞台ではペアみたいなモノだよ。

だから、お互いに息合わせてちゃんと演じ切らないと...それに相手はあの姫川さんとかなちゃんだし」

 

 

 

 

そう言うあかねに対しその場で考え込むアクア...

 

確かにこれはあくまで仕事だ。

 

互いの私情を挟んでやらないのはおかしな話。

例え彼女が五十嵐ハジメとプライベートで付き合っていようが、それはそれ。これはこれの話だ。

 

 

 

自分の中でそう納得させるアクア。

すると、彼は台本のページをペラペラと捲るようにしてからあかねに確認するようにこう問いかけた。

 

 

 

 

「合わせるの...どこからやる?

刀鬼が本陣から新宿クラスタと迎え討ちに行くシーンからか?」

 

 

 

 

彼の問いかけにようやくエンジンが掛かってくれたと目を輝かせるあかね。急いで自分も持っていた台本をペラペラと捲っては食い気味に「うん、そうだね!」と答えた。

 

 

 

 

「早く稽古場に戻って稽古しよ?

こうしている間にも姫川さんやかなちゃんはどんどん息合わせてやってるだろうし」

 

 

 

 

再び足早に稽古場へと移動するあかね...

そんな彼女の後ろ姿にアクアも引き寄せられるように足早についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―同時刻 ベリッシモ本社

 

 

本社の前に停まった送迎用の黒いレクサスLSからスーツを姿で降りるハジメ。キャスター付きのキャリーケースを引き摺るようにして颯爽と中に入ろうとすると脇で構えていた自動車誌の記者達が一斉に彼にカメラを向けてパシャッ!パシャッ!と撮影開始。

 

通常、GT300に選手が異動したぐらいでここまで大騒ぎになることはない。ここまで記者が動く理由としては大きく上げると二つ。

 

 

一つは恋愛リアリティーショーという想定外の場所から若手エースが発掘され、話題性が強いという件。

 

もう一つは国内のツーリングカーレースにベリッシモが参入するという件だ。今までフォーミュラードリフトやスーパーフォーミュラー等で実績を積み上げてきた同社の動向からすれば異例とも言える自体なのだ。

 

 

シャッター音やフラッシュにも動じず、そのまま中に入っていく。

 

エントランスで入場許可を得てから集合場所のミーティングルームまで移動。

 

コンコンとノックしてから中に入ると既に一人のスーツ姿の男が待ち構えていた。

 

 

 

貫禄がある渋い顔立ち...黒い短髪、昭和な雰囲気のその男の名前は石神風神(イシガミフウジン)。

 

 

ハジメの相方になる男。

ここに来る前は別チームでGT300の選手として走り、表彰台に何度も上った経験がある実力者だ。

 

 

 

 

「来たか...お前が五十嵐ハジメか」

 

 

 

 

「はい。貴方が石神さんですね」

 

 

 

 

「そうだ。

アンタ、最近色々と持て囃されてるみたいだが...そういうチャラチャラしたの、俺は好きじゃない。

俺と走るからには同等のレベルでやっていけ、これは今までみたいな遊びじゃない」

 

 

 

 

今まで自分が積んできたものを全否定するような態度の石神に思わずムスッとした表情を浮かべるハジメ。

そんな雰囲気の中、一人の男が入ってきた...

ベリッシモのCEOの井出辰美だ。

 

 

 

 

「ドライバーのお二方、お揃いですね?」

 

 

 

 

確認するように問いかけてくる彼に「ああ」と答える二人。それを見た井出はヌフッと小さく笑みを浮かべてからスーパーGTにおけるベリッシモの計画書類を手渡した。

そこには彼らが乗る車についての説明があったが、二人とも納得いかない様子だった。

 

 

 

 

「...事前に提出した希望車両と全く別のものですが?

自分、シビックやNSXを希望したハズですが?」

 

 

 

 

「そうだ。俺はポルシェ 911GT3を希望したハズだ...何故コイツなんだ?」

 

 

 

 

二人の反応に予想通りと言わないばかりの表情で腕を軽く組む井出。どうしてその車両になったのかという説明を始めた。

 

 

 

 

「ベリッシモの語源はイタリア語にあります。

なので、イタリア車...そして、イタリアブランドの中で最も美しく優れていると言えば...もう一つしかないでしょう」

 

 

 

 

そう井出が説明している二人が乗る予定のGT車両...

 

資料内でのイメージ図は車体が低い如何にもレース用車両といった風貌の白い車両

 

"フェラーリ296GT3"。

 

296 GTBをベースにしたGT3規格のレース用車両だ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

説明があっても納得いかない様子の二人。

そんな中、井出の元に秘書が近づくと「失礼します」と告げてあることを耳打ちで伝える。それから間もなくして笑みを深くすると二人の方に顔を向けながらもこう報せた。

 

 

 

 

「お二方が所属するチームを牽引する監督が到着なさったとのことです。間もなく入られます」

 

 

 

 

「へー」と言わないばかりの表情を浮かべるハジメ。そう言えば、監督については今まで一切耳にしなかったような...どんな監督だ?石神よりも上手く付き合えそうな人柄なら良いのだが。などと思っている時に井出の方が待ち時間を埋めるように監督について話し始めた。

 

 

 

 

「彼は全日本ラリーやジムカーナ、ツーリングカー選手権で選手として活躍を収め、監督を任せるのは今回が初めてです」

 

 

 

 

「未経験者...ですか?」

 

 

 

 

「ええ。ですが、それ故に従来の縛りに囚われない柔軟な動きができると思います」

 

 

 

 

しばらくするとコンコンとドアをノックする音が部屋中に響き渡る...恐らく例の監督だろう。

 

井出の「入りなさい」という言葉でドアの向こう側にいた人物が中に入ってきた...

 

 

しょうゆ顔の爽やかな風貌の40代半ばぐらいの男性。

伸びきった襟足のやや無造作な髪型、若い頃に二枚目だったのだろうと想像が容易につくような容姿の男がキャリーケースを引きながら入室すると、ネクタイを軽く整えるようにしてから3人と向き合うと自己紹介を始めた。

 

 

 

 

「秋山渉(アキヤマワタル)だ...よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。