―スーパーGT本戦 当日
春らしい暖かさを感じる陽気の下で行われた本戦。
前日のQ2の結果でベリッシモは5番グリッドからの出走、先行ドライバーとして石神からスタート。ピットから秋山はモニターを眺めながらも指示を繰り出していく。
「石神、ウチはタイヤを温存させる作戦で行く。あまり負荷をかけないようにしろ」
淡々とした口調で伝える秋山...
だが、その口調とは裏腹にこの時の彼は初の監督として指揮を執ることの重圧を強く感じていた。
スーパーGTでは単にマシンやドライバーが速いだけでは勝てない要素が詰まっている。
マシンに投入する燃料量、ドライバー交代のタイミング、タイヤの運用方法....
今回の秋山が繰り出した作戦のように最後までタイヤ交換なしで温存させるチームもいれば、逆にスパートをかけ続けて途中でピットインして新品のタイヤに交換するチームもいる。
それ故に指揮を執る秋山の立ち位置は責任重大だった。
彼の舵取り一つで結果が大きく変わりかねないのだ。
彼の指示に素直に「―了解」と応答する石神。
しかし、それから間もなくしてヘアピンの立ち上がりからの直角左コーナーで事態は変わった。後続の黄色いGR86がインを差すようにして296GT3をパスしてきたのだ。
「―おぉーっと!倉山興業GR86がベリッシモ296GT3をパスーッ!!」
盛り上がる実況に対し、雰囲気が悪くなるベリッシモ陣営のピット...秋山は頭を抱えそうになるのを堪えながらも石神への指示出しの為に掛けていたヘッドセットを外して首に掛けるようにしつつも、振り向いて後ろにいたハジメに目を向けた。
「予定変更だ。
少し早いが、あと5周でドライバー交代する。
気張っていきな」
「....はい」
秋山の指示に頷いて答えてヘルメットを被って準備するハジメ。
しかし、脳裏には前日の予選のことが頭を過ぎる...
石神のQ2での出走で5位で5番グリッドになったのは仕方がない。他人の腕なんて信用できないからだ。
だが、自分のQ1での走りも2位で頂点の走りではなかった....
たった0.04秒の差と普通の人間なら思うだろう。
だが、だからと言って1位の火原幸也にタイムで負けたという事実は覆らない。
勝たないと...
頂点に立たないとあかねは自分を見てくれない。
そう思っている間に296GT3が戻ってきた。
ピットクルーが一斉に給油作業を始めると共にドライバー交代、石神とハジメがここで入れ替わる。
「(チッ、また足引っ張りやがって...)」
ヘルメット越しに軽くガンを飛ばしながらも乗り込んで少しすれば給油完了、ストップバーを下ろしていたピットクルーが上げると共にピットレーンから本線に合流。
一気にアクセルを踏み込み、ほぼ同時期にピットインして先行している倉山興業の黄色いGR86をロックオン...しかし、コーナー1つ2つ抜けるとあるものに対して苛立ちを隠せない...それは石神が温存していたはずのタイヤだ。
グリップが悪くなる前兆とも言える。
「(フロントもリアも温存してた割には挙動がおかしい...!トップを狙うには厳しい、そのペースで走ろうとすれば最後まではもたない...!!
亀の癖してタイヤの温存の仕方も分からねえのか、あのオッサン...!!)」
ここで自分はどうすべきか...?
秋山からの方針は"タイヤの温存"だが、最後まで温存させることを考えるとよくて1、2台抜けるかどうかという状況。トップには届かない。
かと言ってスパートを掛けた所で全部抜いてもタイヤが持たないとなると何処かで交換の為のピットインが必要になる。
色々と考えた挙げ句、ラジオ無線で秋山に「監督」と切り出して現状の報告と指示を煽ることにした。
「タイヤの状態が良くないです、最後まで温存するとなるとよくて1台、2台抜けれたら良いって状態。
かと言って、スパートを掛けると良くても残り周回の半分持つかなって状態です。しかし、より上位を狙うなら後者しかありません。
手堅い戦法で程々の順位につくか、それとも一か八かでテッペン取るか...どうします?」
ハジメの質問に思わず腕を軽く組んでから顎に手を当てて考え込む秋山...すると、少し間を開けて小さくため息混じりに息を吐き捨ててからこう指示を飛ばした。
「―手堅くなんてウチらしくねぇよな。
スパートを掛けろ、ピットインのタイミングはこっちから伝える。
ただし、挙動がおかしくなったら俺の指示をすっ飛ばしてピットインを打診してくれ。すぐにクルー掻き集めて対応する」
「COPY!」
周回を重ねるごとに前方を走るGR86との距離を縮めていく296GT3。そして、ダブルヘアピンの一番最初の左コーナーで外に膨らんだ一瞬の隙を突くようにしてオーバーテイクした。
「よし....!」
これで順位は5位...前を走るはあと4台。
ピットインまでに0.1秒でも速く走り、1台でも多くオーバーテイクする。
その数周後。
岡山国際サーキット特有のテクニカルセクション...短い直線からの左コーナーでブレーキングで詰めるようにして外からラインを被せる。
先行していたディープスターの青い911GT3はミラーの死角を突くような奇襲攻撃にブロックも出来ずに手も足も出ない...ドライバー、ジョズアライアンは驚きの表情を浮かべながらも急に前に出てきたその白い車影を見ていた。
「What's!?なぜそこに...!?」
スペック的に抜けないと思い込んでいたジョズだったが、追い抜けた理由は前コーナーを立ち上がった時のスピードにある。彼の想定よりも速い速度で立ち上がったが故に仕掛けられたのだ。
これでベリッシモは4位。
先行するのは残り3台....
この追い上げぶりに実況も食いつかずにいられなかった。
「―ドライバー交代してからのベリッシモがかなりアグレッシブに攻めているッ!
新世代のエースの実力を見せつけるように五十嵐ハジメ、怒涛の追い抜き!更に順位を上げていくのかーッ!?」
盛り上がりに盛り上がる実況に対し、ピットから指揮を執っていた秋山は深刻そうな表情を見せていた。理由は簡単...その攻め方からタイヤへの負荷が大きいと察していたからだ。
「(まずい...焦りすぎだ。
予定よりも早いが、そろそろタイヤ交換したほうが良さそうだ)」
顎に手を当てて考えつつも無線の通話ボタンに手を伸ばす秋山。ヘッドセットのマイクを軽く持ちながらも「ハジメ」と呼び掛けると彼にこう指示を出した。
「―あと5周でピットに入れ。それまでなんとか保たせろ」
秋山の指示に「COPY」と応えるハジメ...
その間に先行していた白いAMG GTがピットインしている間に順位を上げていく...これで3位。先行する車両は残り2台。
だが、タイヤに関して言えばもう限界だった。
コーナーの進入から脱出まで常に挙動が乱れるのを腕で強引に抑えつけているような状態だ。
「(フロントタイヤも終わってるが、リアタイヤはそれ以上だ...!これ以上は...!!)」
秋山の指示に通りにピットインまでタイヤを温存しなければならない状況。だが、そんな彼が程なくしてバックストレートの入り口で今まで見えなかった車両を視界に捉えた。
3年前まで首位を独走していたヴィブルスRTの黒いウラカンだ。
ここでふと思った...
温存してて良いのだろうか?
そんな甘い思考でトップになれるのだろうか?
トップにならなければあかねは振り向いてくれない。
それこそ置いていかれてしまう...
「(0.01秒でもいい、とにかく詰めろ...!
リアタイヤは終わってるが、フロントタイヤは比較的にまだ多少息をしてる!ブレーキングで詰めていけ、例えピットインまでに抜けなくても...!!)」
ハジメの思いに鼓舞するようにグゥォンッ!と高鳴りを響かせる296GT3。だが、その高鳴りは人によっては悲鳴のようにも聞こえる...まるで無理矢理鞭打ちされて走らされる疲れ果てた馬のようだ。
しかし、そんなのはお構いなし。
1周、2周と周回を重ねる毎にヴィブルスRTとの差はジリジリと縮んでいく...やがて、長いストレートではないテクニカルセクションでも常にその車影がいるような状態にヴィブルスRTのドライバーである中郷はやや苦しさを隠せないでいた。
「(こっちもタイヤが苦しいとは言え、そこまで詰めてくるとはな...予想外だ。
だが、そのペースだと...ここから先、長く持たないだろう。
こっちはこっちのペースでいく。
そっちは勝手にやっててくれ)」
そう思っている間に迎えたバックストレート。
同じ場所で車影を捉えた時から半分ほど差を詰めた中でハジメはブレーキング勝負に出ることに。ここで差を詰めればテクニカルセクションでいいプレッシャーを与えられる位置につける...そう思いながらもブレーキングからコーナーに入ろうとした時だ。
「...っ!?」
突如強く感じる違和感。
ステアリング操舵にちっとも反応せず、ズルズルと引き摺るような感覚から曲がらないと瞬時に判断。
フットブレーキだけでは足りないとサイドブレーキを併用し、より減速を試みるもそれだけでは間に合わないと自ら察すると、ステアリングを思い切り切って自らスピンに持ち込んだ。
キィィィッ!!と悲鳴のようなスキール音を上げながらもクルクルと回る296GT3。そのままコーナーのアウト側のエスケープゾーンに乗り上げ、砂を撒き散らしながらも逆を向くようにして停車...
衝撃の事態に実況も「―おぉーっと!?」と注目した。
「―バックストレートでまさかのコースアウトォーッ!
好調だったベリッシモ296GT3がここでまさかのアクシデント!後続が次々と襲い掛かるーッ!!」
コースアウトした場合は安全面も考慮して復帰許可がでない限りはコース復帰できない。無許可の復帰は違反として大きなペナルティが科されるため、厳守しなければならない。
...しかし、運悪く本来走る方向の逆を向いているため、復帰には時間が掛かると運営側が判断。許可が全然降りない。
次々と自分の車両を抜かしていく後続車達を見て、ふとハジメの脳裏に浮かび上がったのは自分の手元からあかねが離れてしまう光景だ。
無線通話をオフにしてから手を大きく震わせる...
そして、込み上げてくるものから耐えられずにステアリングをゴンッ!と力強く殴った。
「ッ.....クソったれッ!!」
後続に次々と抜かれ、復帰してからレース再開するも結果は惨敗...一時は3位まで躍り出れたもののGT300参戦車両28台中10位だった。
・
―レース終了後
更衣室でロッカーに手を伸ばそうとするハジメ。
俯き気味に動きを止めた脳裏にずっと浮かび上がる光景...
あかねが手元から離れ、金髪の男の方へと走り去っていく光景が頭から離れない。実際に起きたわけでもないのにかなり鮮明なものだ。
考えるな、考えるな...
そう心の中で言い聞かせている間にドアを勢いよく開けて誰かが入ってきた。
石神だ。
彼は鬼の形相でハジメに近づくや否や、両手で胸ぐらを掴んでガンッ!とロッカーに押し付けた。
「お前、なに考えてやがる!
億単位のクルマがお前一人のせいで廃車になるところだったんだぞ!!
順位いくつか上げたところで温存する作戦にでれば表彰台は確実だった!それなのにお前は...!!」
揺さぶるようにして訴えてくる石神...
一気に現実に戻されたハジメは奥歯を噛み締めるようにすると自分の胸ぐらを掴んでいる手を取ってはパッと払ってから自分の服装を整えつつこう答えた。
「誰かさんが亀みたいにトロトロ走りながらもタイヤすり減らしたせいで俺にシワ寄せが来たんでしょ。
それに、廃車気にしてタイム出せないって...プロのレーシングドライバーとしてどうなんですか?
クルマどころか命掛けて0.01秒でも速く走るのが俺らの使命じゃないんですか?
それから表彰台に立てたら充分って...
極端な話、表彰台最低順位ならオッケーってことですか?1位は目指さないんですか?
向上心がなくて何がプロですか...!?」
畳み掛けるような質問の嵐に強く眉間にシワを寄せる石神。
「お前...!!」と再度胸ぐらを掴んで右の拳を振り上げた時、ドアの方から「待て」と静止するような声が響き渡ってきた。声の主は秋山だ。
彼はため息をつきそうな表情で腕を組みながらも二人に歩み寄ると仲裁に入るように語り始めた。
「そう啀み合うんじゃねえ。
今回のレースは俺の監督としてのミスだ。
思えば予選からミスの連続だ、Q1とQ2の出走順番を逆にしてれば決勝のグリッドはもっといい位置に立てた可能性がある。
それから、路面温度が思ったよりも高かったのが計算を狂わせた...あのせいでタイヤ消耗が激しかったんだ。
ハナから温存なんて考えずにスパートを掛けてどっかのタイミングでタイヤ交換する前提で作戦を立ててればスマートなレース展開に持ち込めた。
更に言えば、五十嵐がコースアウトするよりももっと速くにピットイン指示が出せれば...もっと高い順位が望めただろう。
最後のピット指示だけでもしっかりしてれば少なくともトップ3には入れただろう。
だけど、これは終わった後の結果論にすぎねえ。
終わったことにウダウダ言った所で結果なんて変わらねえからな、次の富士に向けて目を向けろ。
今回のことは互いに軽く反省してから流せ、いいな?」
二人にそう言い残してその場から離れる秋山...
監督の彼からそう言われれば流石に互いに何も言えなくなり、距離を取りながらも微妙な雰囲気が漂っているのを感じながらも敢えては触れずに去る。
そんな中で部屋から出て間もなくするとピロピロ!と急にスマホが着信をキャッチ...相手を確認すると井出からだ。
すぐに耳元に近づけてピッと着信に応じた。
「もしもし、オヤッサン...悪いが初戦は落とした」
「―いえ、最初から結果が出るなんて甘いことは考えておりませんので結構です。
まあ、表彰台は逃しましたが10位入賞で僅かながらポイントが取れただけ良かったと考えております」
「...今回の件は俺の采配ミスだ」
「―いいえ、それだけではないはずです。
原因はドライバー同士の思考の違いとメンタルにあります。
特にミスター五十嵐に関して言えば後者の面が顕著なほど露わになっています」
第三者の目線でズバズバと的確に当てていく姿勢に内心驚く秋山。
現場でそれほど見ているわけでもないのに、何故そこまで知っているのだろうか...?
そう思って会話に間が空いてしまうと井出は電話越しに「クホホ」と奇妙な笑い声を上げてからこう答えた。
「―図星、でしたか。
そして、何故そこまで知っているのかとも思ったことでしょう。私ほどの大企業の経営者になればそれぐらいの想像は容易につくものです」
「じゃあ、何が原因かは...?」
「―まあ、大体の察しはつきますが....
恐らく、プライベートのことです。
それ以上踏み込むのはタブーとも言えるでしょう」
その観察眼に驚きの連続と言った様子の秋山。
そんな彼に対し、通話の最後に井出はこう言い残してきた。
「―今はまだ蕾とも言える状態のドライバーです。
ですが、その蕾が花になって咲き誇った時...
その花弁は上位連中の寝首を刈り取っていくことでしょう。
花を咲かせるも、枯らすも...
育てている貴方次第ですよ、ミスター秋山」
そう言い残してはピッと向こうから通話を切ってきた。
全部見透かされながらも余裕があるような話ぶりに内心困惑しつつも、スマホでカレンダーアプリを開いて日程を確認...
2戦目の富士スピードウェイはG.W中に開催される。
今は4月の中旬...あと2週間でどれだけ詰められるだろうか。
「(問題だらけのこの状態から、どこまで詰められるか...
いや、変に焦らず長い目で見てやるべきか。
手綱を握って引っ張ってる俺が焦ってるようじゃまとまるわけもねえしな)」
・
―数時間後、都内の劇場
本日の東京ブレイドの公演を終え、私服姿で楽屋から姿を現すあかね。
そのまま夕焼色に染まった外に出て帰路を歩く背中は何とも満足気な様子だ。
振り返ってみれば最初は本当に上手くいくかどうかすらも不安な部分が多かった...が、皆が理解を深めると共に切磋琢磨してなんとかいい方向へと運ぶことが出来た。
そんなことを染み染み思いながらもふと脳裏にある存在が浮かび上がる...ハジメのことだ。
「(そう言えば、ハジメくん...今日は岡山だったかな?
何してるんだろう?また何処かのお店の依頼受けてるのかな?)」
そう思いながらも立ち止まるとスマホを手に取り、ピッピッと操作して通話を試みる...プルプルという通話を繋ごうとするコール音が鳴り響くも、幾度待っても出てくれる気配はない。そして、数秒後に繋がったと思えば違う音声が流れた。
「―五十嵐です、メッセージをどうぞ」
....留守?この時間に?
いつもならこの時間なら仕事を終えて帰ってる頃合いなのに。そう思いながらも呆然とした様子でスマホの液晶を眺めていると、後ろから「あかねー」と誰かに呼ばれた。
ふと振り向くとグレーのグラデーションカラーの特徴的な髪の美少女が....あかねと同じ劇団ララライに所属している化野めいだ。今回の東京ブレイドの舞台でも共演している女優だ。
「帰り道同じだったんだねー、どうしたの?
そんな立ち尽くしちゃって...」
「あ、あぁ...えっと...
彼氏に電話しようと思ったんだけどなかなか繋がらなくて。めずらしいなぁって...」
あかねの言葉を聞きながらも軽く顔を覗き込むようにするめい。すると、少し間を開けてからやや意地悪染みたように口角を上げてはこんな言葉を返してきた。
「それ、彼氏浮気してるんじゃない?」
その言葉に思わず動揺するように「えっ」と言葉を漏らすあかね。そんな彼女に構うことなくめいは「だって...」と前置きしてから更に続けて語っていく。
「あかねから前聞いた話だと、よくお仕事で色んなところ行くんだよね?
で、その上最近は岡山によく行くって聞くし...そっちの方で女出来ててもおかしくないなーって」
何の悪気もなく語るめいに対し、思い詰めるように俯くあかね...彼に限ってそんなことはない。ない筈だ。
そう心の中で自分に言い聞かせながらも「そんなことはないよ」と笑顔を作っては帰路を再び歩き始めた。
・
ーその後。
互いにまるで正反対の道を歩くようにするハジメとあかね。
東京ブレイドの舞台で名女優としての道を確たる物にし、一流の道を着実に歩くあかね。
6月に行われた千秋楽を終え、続編を期待する声や彼女自身が次どんな役を演じるかなどとネットでも話題になった。
一方のハジメは2戦目の富士スピードウェイは表彰台上位に食いつけるペースだったものの、ピットイン時のピットクルーのピットミスによってその行く手を阻まれた。
たった一本のナットを落とし、スペアもないが故にその場でそれを捜索する作業が発生...大幅にピットが遅れ、結果は6位。
しかし、これはまだマシとも言えた。
3戦目、スーパーGT唯一の海外戦。
マレーシアにあるセパン・インターナショナル・サーキットでの一戦。
タダでさえ海外の慣れない気候での出走で苦戦を強いられたが、最初に出走していた石神のドライビング時にセッティングミスからタイヤがバースト。
運が悪いことに高速域でのバースト、制御できなくなった296GT3はそのままクラッシュ...走行不能。
本戦でハジメは出走のバトンを受け取ることもなく終わったのだ。
不完全燃焼と言った様子のまま帰りの飛行機に乗り込み、帰国したハジメ...
実力を示す場すら与えられなかったもどかしさの中で成田空港に降りた時に物語は大きく動き始めた。
・
―成田空港
梅雨時のジメジメとした空気を感じながらもガラガラ...とスーツケースを引っ張ってロビーを歩いていると数人の記者がハジメに駆け寄ってきた。
彼らは手帳やボイスレコーダー、カメラなどを手にハイエナのように食いついては次々と質問を投げかけて来た。
「―五十嵐さん!黒川あかねさんの例の写真に関してどう思われますか!?」
「―五十嵐さん、コメント下さい!」
「―五十嵐さん!!」
しつこく付きまとってくる記者達...近くを飛び回るハエのように鬱陶しいと内心思うも、"黒川あかねさんの例の写真"というフレーズが引っ掛かる。
...写真ってなんだ?
内心そう思うも出来るだけ表に出さないように「急いでるんで」と一言告げて逃げるように駆け足で出口の方へと向かう。
予約していたタクシーに乗り込み、走り出したのを確認してはふぅ...とホッと一息。
が、その間にも脳裏に"黒川あかねさんの例の写真"というフレーズが引っ掛かる...なんだ、例の写真って。
そう思いながらもスマホを開いて検索を掛ける。
"黒川あかね 写真"
そう検索を掛けて出てきた結果にハジメは動揺のあまりスマホを車内に落としてしまった。
検索で出てきたのは週刊誌が撮影したもの...
あかねが自分のかつての恋敵である星野アクアと共に横並びで近い距離感を歩く写真...1枚だけでない、3...いや、4枚も色んな背景で色んな角度で撮影されている。
"まさかの浮気!?黒川あかね、彼氏に黙ってデート!!"
"本命はやっぱりこっちだった!?"
"五十嵐、成績残せずとうとう捨てられた!?"
そうデカデカと並べられたタイトル...
それだけでない、その詳細にはデートでどういうコースを歩いたのか具体的なところまで書かれていた。
朝は舞台鑑賞。鑑賞後、昼食を共にしてウィンドウショッピングを楽しんだ後、夕方に分かれる...
嘘だ....
嘘だ.....
そんな....
嘘だと言ってくれ....
車内で両肘を膝につけては頭を抱えるようにするハジメ。
頭の中が真っ白になった彼は落としたスマホを拾う気力すら無くなってしまった。