―しばらくして、日も暮れはじめた夕方
パッと朝に着てきた白いジャケットにジーパンという格好で楽屋から出てきたハジメ。腕に付けていた三角型の腕時計のリューズをジリリ...と回しながらも待ち合わせの門前まで移動すると、稽古向きの動きやすそうなラフな私服に着替えたあかねと合流した。
「悪いな、ちょっと遅れて」
「いえ、大丈夫です。それで、お車の方は...?」
「こっち。ちょっと離れた場所に停めてるんだ」
そう説明しつつも先導するように前を歩くハジメ。あかねもついていき、少しすれば誰も通りかからないような門からみて裏手の駐車場に到着。数台並べられた軽やコンパトカーを主体とした車たち...あかねはどれなのかとキョロキョロと辺りを見回していた。
「えっと、五十嵐さん。どちらの車ですか...?」
「ん、えっと...アレ」
少しドン引きされないかなと気にしつつも片隅に停められていた94年式の白いNSXを恐る恐る指差すハジメ。あかねは「えっ!」と驚いたような声を上げるも表情からして好印象を抱いているようだ。
「カッコいいですね!外車、ですか...?」
「いや、国産車。ホンダのエンブレム付いてるだろ?NSXって名前」
そう言いながらもキーを差し込んで解錠すると助手席側のドアをガッと開けてあかねを乗せてから運転席に乗り込む。シートベルトを締めながらもチラリと彼女の状態を見ると、レカロシートにすっぽりと身体を納めた彼女は初めて見るものに興味深々と言った様子で辺りを見回していた。
「窮屈だろ?今時の車と比べて装備も少ないし、何よりも低くて乗り降りしづらいし...」
デートカーとしては嫌われる部類に入るスポーツカー。実用性に長けてない上、乗り心地も悪い...その世間のネガなイメージから苦笑いしながらもそう問いかけるもあかねは首を横に振った。
「いえ、そんなことないです。凄く大事に乗られてるんだなーって」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろすハジメ。それと共に、もし今回送る相手が"有馬かな"だったらと想像してしまった。
「"なによ、この古臭い車!古すぎてカビでも生えてるんじゃないの!?"」
「"乗り降りしづらっ!?なんでこうも低いのよ!きっとつくった奴の程度も低いに決まってるわ!!"」
「"え、なにこのシート!?窮屈ねッ!!運送会社の梱包じゃないんだから、もっと余裕ある感じにつくりなさいよ!設計ミスよ、こんなのッッ!!"」
脳内で次々浮かび上がる有馬かなが罵声混じりに文句をダラダラと並べている姿に思わず苦笑いの笑みを浮かべるハジメ。
乗せるのが黒川あかねで良かった...
改めてそう思いながらもキーを差し込んでセルを回す。ヴァゥンッ!とエンジンが始動...ウィーンとリトラクタブルヘッドライトを起こすと走らせる前に目的地について問いかけた。
「稽古場の住所、教えて貰っていい?」
「あ、はい」
あかねから住所を聞き、スマホのナビアプリで検索。ルート表示されたところで次の質問を投げかけた。
「聴きたい曲とかある?」
「聴きたい曲...なんでもいいですよ。タダでさえ乗せて頂いてる身なので」
気を遣ってはいるが、一番どうすればいいか反応に困る返答が来てしまった....
どうする、どうする...?
ハジメは音楽に関しては雑食、良いと思えばとりあえずジャンル問わずに聴き込んでしまうような男だ。
そんな男が思ったのは少なくとも今朝のウォームアップに聴いていたジミ·ヘンドリクスはここでは不正解だということだ。いくらロックの神様とは言え、あかねみたいな娘が受け入れてくれるとは到底思えない。
そう思いながらもハジメが出した答え...
それはチェロの二重奏バンドの楽曲だ。
このバンドはただ単に普通に演奏するのではなく、ロック調に演奏することでチェロが持つ上品な弦楽器の音色だけでなく、力強さを付け加えたようなアグレッシブさを持っている。更には有名な楽曲を多くカバーしていることもあって知らない人でも馴染みやすいのだ。
2DINタイプのオーディオがブルートゥースでスマホとリンクしたのを確認。そこから試しにランダムでバンドの曲を流しつつもスマホホルダーにスマホをセット、優雅ながらも力強さを感じるチェロの音色に合わせるようにNSXを走らせていった。
「(いつもより丁寧にいけよー...慎重に、慎重に)」
中古で買ったMOMOのステアリング、RACEのグリップ部分をクッと握り込む。
ステア操作だけでなく、アクセル、ブレーキ、シフト操作にも気を配る...そうしているとあかねから言葉を掛けてきた。
「ありがとうございます、五十嵐さん」
「いや、いいよ。俺も帰ってからやることなかったし...ちょうどいい暇潰しになったからそう気にするな」
そう答えながらシフトアップ。何時もよりも高めのギアを維持、ぶん回したくなる気分を抑えて同乗者への快適さにドライビングスキルを全振りしていると彼女の方から質問を投げかけてきた。
「五十嵐さん、レーサーってレースだけで生計を立てるのですか...?」
「んー、国内レースでもトップクラスになるとそれでも行けるかもだけど。俺らぐらいだと流石に難しいかな...レースだけじゃなくて雑誌の取材、チューニングショップが手掛けるデモカーのタイムアタック代行、それとイベントに出たり...講習開いたりしてそれの授業料とか。そういうのでやりくりしてる。あと、個人にどれぐらいスポンサー付くかってのも結構重要になるかな」
ハジメの言葉に「へぇー、そうなんですね...」と興味深そうにき答えるあかね。今度はハジメの方から逆に質問を投げかけた。
「黒川は舞台に出ることが多いって聞いたけど...ああいう舞台ってどれぐらい前から稽古始まるの?」
「うーん、長くて2ヶ月ぐらい...役者さん達のスケジュールによっては一ヶ月とかも」
「い、一ヶ月!?あんな何時間もあるのを一ヶ月で...!?」
あからさまに驚いたような反応を見せるハジメに思わずクスッと笑ってしまうあかね。そこから自分の思いを述べ始めた。
「私からすればあなた達レーサーもスゴいです。数百分の一秒単位で命を掛けて走ってる...私たち役者は余程のことがない限り仕事中に命を亡くすなんてことはありませんから」
命懸け...それを聞いて昔の事を脳裏に浮かべるハジメ。
彼がまだ無名時代に乗った最高速仕様のデモカーの中に安全性度外視で設計されたものがあったのを思い出したのだ。
少しでも速度を伸ばすために純正でも付いているような安定性を向上させるウィングなどの空力系パーツは全て排除、軽量に軽量を重ねて内装はほとんど何も残っていない。その上、ターボ化されたエンジンはギリギリまで詰めたようなセッティング...
もはやシートとエンジンが付いた棺桶と言っても過言ではないような車だった。
とてもじゃないが、真っすぐ走らない...
280km/h台で車体が暴れそうになった時は本当に死を覚悟した。
結果としてその車は300km/hを迎える手前でエンジンが限界を迎えてエンジンブロー。あの場はなんとか助かったが、あのまま走行を続けてたら今の自分はいないかもしれない。
内心そうは思うが、なるべく表情に出さないようにしてこう問い返した。
「...でも、精神面で追い詰められたりってのはあるんじゃないか?」
「それは...レーサーも同じじゃないですか?なかなか結果残せなかったら追い詰められていくと思いますし」
「まあ、お互い様ってことか」
苦笑いしてそう締め括るとナビの道から逸れた道を走り始めたNSX。あかねは「えっ...?」と小さく声をあげた。
「五十嵐さん、えっと...道間違えてませんか?」
「いや、この時間帯って1号線混むだろうから迂回路を走る。急がば回れってやつ」
そう答えながらも慎重に運転を進めるハジメ。
すると、「にしても...」と遠くを見据えるようにしてこう呟いた。
「舞台の稽古場かー...テレビなんかでダイジェスト程度でしか見たことないな」
「なら...実際に見てみます?ダイジェストじゃなくて全部」
あかねの提案にキョトンとした表情を浮かべるハジメ。
本当に良いのだろうか?他の劇団員も居るかもしれないだろうに...などと思っているとそれを気にしているのを察したあかねは「大丈夫ですよ」と安心させるように告げてからこう続けた。
「今日、演者さんも厳しい人は皆出払っちゃてますし...私が言えば見学ぐらいは出来ると思います」
そう言って見学を促すあかね...
「じゃ、じゃあ...お言葉に甘えて」と返しながらも運転を続けると予定よりもかなり早く稽古場に到着した。
・
―3時間後 稽古場
本日集まったメンツがかなり緩いが故、あかねと今ガチで共演していると聞いただけで見学どころか発声練習などのウォームアップやスケジュール上、いない役者の代役までやらせて貰ったハジメ。
流石にジャケットを脱いで劇団側が予備で持っていた黒いジャージを着込んで稽古体験。
稽古を終えるとフゥー....!と安堵するように息をつきながらもその場でお尻をペタリとつけるようにして座り込んだ。
「役者の稽古って、こんなハードなんだな...!」
思わずポツリと呟いていると青いジャージを着たあかねが「おつかれさまです」と声を掛けながらも歩み寄ってきた。手にはスポーツドリンクが...そのまま"はい"と言わないばかりに手渡されると「お、サンキュー...」と礼を言って水分補給。ゴクゴク...と半分ほど飲み干してプハァーと息をつくと今日の稽古について振り返った。
「にしても、皆スゴいな...流石はプロだ。発声の声量もスゴいし、聞き取りやすい上に動作一つ一つに躍動感を感じる。あの動きなら大きなステージでやっても皆に伝わるだろうな。なんか、俺の大根役者っぷりが浮き彫りになって申し訳なかった」
「いえ、五十嵐さんも初めてとは思えないぐらい上手でしたよ」
「いやいや、黒川の役に憑依したような演技みると俺の演技なんて餓鬼の遊び以下だったよ...改めてスゴさを解らされたカンジだ。ありがとな」
小さく笑みを浮かべながらも貴重な体験をしたという思いから礼の言葉を述べるハジメ。
何か恩返し出来ないだろうか?
その思いが芽生えると自分の近々のスケジュールを頭の中で振り返る。
...タイムアタックや講習会などが多い。
ちょっと刺激としては足りない上、先方が見ている所にわざわざつれていくのは無理があると考える。
そうなるとチームでの練習を見せるのが一番か?
....いや、そういえば練習よりも刺激的で面白いイベントがあった。
それが頭に浮かぶと小さく笑みを浮かべながらも「黒川」と呼び掛けた。
「3週間後の土曜日、空いてる?」
・
―1週間後 今ガチ撮影
先週の撮影の一件からハジメと有馬かなによるコンビが取り上げられるようになった。だが、メインのノブユキとケンゴによるゆきの純粋な恋愛での取り合いではなく、どちらかと言えばネタコンビ的な扱いで取り上げられていた。
そんな中で状況で迎えた今回の放送内容は男女ペアを組んで様々な場所に散りばめられたヒントを参考に校内に隠された宝を探せというものだ。一番最初に宝を見つけたペアにはご褒美があるが、最下位になるとセンブリ茶を飲まされるという罰ゲームがある。
クジで決まったペアは以下の通り
·ノブユキ×ゆきペア
·ケンゴ×MEMちょペア
·アクア×あかねペア
そして...ハジメ×かなペア
ペアが決められた体育館で二人とも「「なんでコイツと!?」」と互いに指を差して呼び合っていた。
「ジョーダンじゃないわよ...こんな将来性もなさそうな留年した役立たずと組むわけ?1人でやったほうがマシよ」
「役立たずって...!それを言うならこっちのセリフ。スタッフさん、チェンジで!」
「チェンジって...!その言い方されると腹立つわね...っ!」
「なんだよ。アンタも俺と組みたくないんだし、俺もアンタと組みたくないんだからペア変われば全部解決じゃん」
「だーかーらー!言い方が問題なのよ!まあ...いいわ。アンタと組みたがる女性陣なんて1人もいないだろうし。私が寛大な心で受け入れてあげる」
「寛大の大は死(die)って意味に捉えていいですかー?死亡したって意味では俺の方なんですが?」
「あー、もううっさいわね!!ほら、さっさと行くわよ!!」
他のペアが既に体育館を出て動き始めているのに対し、このやり取りを終えてかなが軽く手を引くようにしてようやく動き始めたハジメ×かなペア。しかし、ここから先も一筋縄ではいかない...体育館を出て校舎に入り、二階の東棟と西棟を繋ぐ連絡通路を歩いている場面だ。二人は宝を探すためのヒントを見つけようと動き始めた。
「とりあえず図書室に行くわよ、本棚に隠すような形でいいヒントが見つかるかもしれないわ」
「いや、理科室だろ?実験器具の棚に仕込んである可能性もあるし」
「いえ、図書室一択よ。あれほど隠しやすそうな場所はないわ...こういう場合はレディーファーストっていうのが世の中の常識よ」
「いーや、理科室から見てもいいだろ。ここから近いし...第一、レディーファースト?それは淑女相手に使う言葉であって、お前みたいながめついのに使う言葉じゃない」
「ハァァアッ!?がめついって...!!元天才子役で最近アイドル活動も始めた私にがめついですって!?」
「最近始めたアイドル活動ってあれか、確か"ビーたけし"だったか?」
「"B小町"ッッ!アンタ、わざと言ってるでしょッ!!喧嘩売ってんの!?」
「べーつに。売ってるつもりないが、そっちこそ売ってんの?」
「ええ、売ってやるわよ!!」
「おー、じゃあその喧嘩買ってやるよ!やってやんぞ、やってやんぞ!」
連絡通路のド真ん中で向き合うようにしてファイティングポーズを取り合うハジメとかなの二人。ここでも時間を大きくロスしたことにより、結果としてはこの二人組が最下位となった。
そして、終了後に体育館にて全員の前でセンブリ茶を飲む二人...
「「にがーッッ!!?」」
という二人の感想が夕焼け色になり始めた空に響きそうなほど木霊した。
・
―翌週のとある日 スパイラルゼロ
商談室のモニターから流される今ガチの映像にギャハハハ!!と腹を抱えるようにしてゲラゲラと笑う奥山と真奈美。その間に座るようにしてハジメはチベットスナギツネのような表情で鑑賞していた。
「何がやる気ないだよ、ハジメ!ネタコンビ的な立ち位置だがガッツリ映ってるぞ!」
「ハァー、ウケる...!ホントに笑える!下手なバラエティ番組より全然面白い!!」
そうコメントを残す二人...真奈美の方がスマホを手にしてXで#今ガチのタグを検索するといつも検索に上がってくる
#ノブユキ×ゆき、#ケンゴ×ゆきに続くように#ハジメ×かなのハッシュタグが上がっているのが見えた。しかし、内容的には恋愛としてではなくネタコンビとして見てる層の方が圧倒的に多い。
少し恥ずかしくなってきたハジメ...「ちょっとトイレ」と言い残して彼が商談室から出たのを確認した奥山は真奈美に恐る恐るあることを問いかけた。
「...真奈美ちゃん的にハジメとかなちゃんは合いそう?ネタコンビとしてじゃなく、恋愛対象として」
奥山の言葉に「うーん...」と考える素振りを見せる真奈美。すると、ニッと笑みを浮かべてからこう答えた。
「合ってますよ、かなり。正直、この漫才みたいなやり取りも本人達は楽しんでやってるんじゃないかなーって」
「そうか...ちなみに女性陣4人のウチ、何番目ぐらいの相性の良さだと思う?」
「今のところダントツ1位ですね。ただ...」
急に言葉を詰まらせるようにする真奈美。奥山が顔を軽く覗き込むようにして「どうしたんだ?」と問いかけると彼女は少し間を空けるようにして答えた。
「1人、ダークホース的な人が居るんですよねぇ。"黒川あかね"っていう」
「黒川あかねか...なかなか番組で取り上げられない存在だからアレだが、かなちゃんとは対照的な性格でハジメとは合わなさそうな感じがするが」
「いや、対照的だから合わないっていうのはないと思います。あまりしっかりと見てないのでハッキリ断言は出来ませんが...かなちゃんがハジメくんと組んだ時、互いの波長をいい感じにぶつけて高めあっていくタイプなのに対し...黒川あかねがハジメくんと組んだ時は同じような波長で同じ方向に進んでいくタイプになる可能性があります。まあー、あくまでも...可能性ですが」
そう真奈美が答えている間にふらりと戻ってきたハジメ。着席前に「あ、そういえば」と何かを思い出したかのように呟いてから真奈美に向けてこう切り出した。
「来週の土曜日の富士の走行会、ちょっとしたゲスト連れて行くから」
「ゲスト?え、ひょっとして...かなちゃん!?二人のあの漫才、生で見れるの!?えー、めっちゃたのしみ!!」
一人で盛り上がる真奈美...しかし、そんな彼女に対して「いや」と小さく呟いてから出てきたハジメからの答えに真奈美だけでなく、逆隣で聞いていた奥山も驚いた。
「黒川あかねを連れて行く」