―朝 ベリッシモモーターワークス
眠そうにしながらも来客の出入りを門前で見守っている守衛。欠伸をしつつも辺りを見回していると少し離れた位置から「あのー...」という恐る恐る尋ねてくるような女性の声が聞こえてきた。
声がした方向を辿るように顔を向けるとそこには眼鏡を掛けて軽く変装した黒川あかねの姿が...まさかの訪問に守衛も驚きを隠せない様子だ。
「よ、要件は....?」
「五十嵐選手に...コチラを渡して頂けないでしょうか?」
手に持っていた荷物を見せるあかね。風呂敷に包まれていて中身が見えないものの、それが弁当だと察した守衛は困った様子で首を横に振った。
「ダメだよ、飲食物は受け取れないよ。毒とか入れて送ってくるイタズラの可能性もあるからね」
「ど、毒なんて....!入ってませんよ...」
「入ってなくても、規則は規則。
キミも芸能人ならそういうファンからの贈り物なんかの管理とか分かるんじゃないの?」
確かに守衛の言葉も一理ある。
だが、今は距離を置こうと彼が宣言した期間中...それを破って無理に会いに行くのは自ら嫌われに行くようなものだ。
今はなるべく顔を合わさずにいるのがベスト。
だが、このように守衛に突っ返されてしまえば別の案を練るしかない...風呂敷を握る手にグッと力を入れ、込み上げてくる思いを抑えながらも「...わかりました」と告げて背中を立ち去ろうと向けてすると意外な人物とすれ違った。
チーム監督の秋山渉だ。
「お前さん、確か...五十嵐の」
何故来ているのか理解出来なかった秋山。だが、あかねが持っていた風呂敷に包まれた弁当を見て察すると彼女を援護するように守衛にこう告げた。
「渡してやってくれ、五十嵐に」
「で、ですが...
自分から食料品を渡すのは規則上出来ないわけでして...」
「アンタから出来ないなら、俺からアイツに渡すよ。
それならいいだろ?」
「し、しかし...それはそれで色々とグレーな気が...」
「おい、なんだ?監督の俺がやるつってんだ。
会社の出入り張るのが仕事の守衛が、チーム監督である俺の方針に口出ししようってか?」
そこまで言われると流石の守衛もぐうの音も出ないようだ。
彼が何も言えなくなって顔を震わせるようにしている間に秋山はあかねから弁当を受け取った。
「コイツは俺の方からしっかり送り届けてやる」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げるあかねに対し、軽く手を挙げるようにしてから背中を向けて去ろうとする秋山。しかし、ふと疑問に思ったことが浮かび上がるとその場で足を止めてから単刀直入に問いかけた。
「会いにいかないのか?アイツに」
「は、はい...ちょっと色々ありまして。
それにこの後に稽古が控えてるのでもう行かないと...」
何があったかは分からないが、今まで渡すことのなかった弁当を渡そうとする上になるべく会わないようにする動き...
別れるかどうかの瀬戸際まで来てるかもしれない。
そう察しが付くも、これ以上掘り下げるのはタブーだ...それ以上は気にしないような素振りで「そうか」とだけ言い残して再び足を動かした。
「頑張りな、アンタも。業種は違えど応援してやる」
「ありがとうございます。監督も頑張ってください」
そう告げて再びペコリと頭を下げてから駆け足で最寄りのバス停の方へと走り出すあかね。途中で足を止めた秋山は軽く振り向いて彼女の支えようとする姿勢を見て思わず小声でこう呟いた。
「...ああいうの見ると応援したくなるよなぁ..。
絶対手放すなよ、五十嵐。手放したら絶対に後悔する」
・
―昼 ベリッシモモーターワークス
トレーニングルーム
Tシャツに短パンという薄着で首にタオルを掛けながらもランニングマシンでフィジカルトレーニングを行なっていたハジメ。そろそろ切りが良い頃と体内時計が察し、一旦マシンを停止させてから掛けてある時計にチラリと目を向けるとちょうどお昼時。
一旦トレーニングルームから離れ、用意していた弁当を食べようと保管してあるロッカールームまで移動。
しかし、自分のロッカーを開けてバッグの中を漁るとあることに気づいた...弁当箱がないのだ。
「っ、まじか...」
一瞬どうして?と疑問に思って記憶を辿るとキッチンで出来た弁当を置いてから一旦NSXのカギを取りに行き、その際にバッグに詰めた気になって出社したことを思い出す。
頭を抱えそうになるも仕方ないと諦めをつけ、ロッカーをパタンと閉じると再び廊下に戻る...
その際、休憩室でメカニックやスタッフが昼食を食べている様子が目に入ってきた。半分はコンビニ弁当に見えるが、もう半分は自前で用意したもの...しかも何人かは彩りなども凝っていて明らかに愛妻弁当といった雰囲気を醸し出している。
「(...哀れだなぁ、俺は)」
その場で立ち止まってハァ...と深くため息をつくハジメ。
そんな中、向かい側から誰かが歩み寄ってきた...秋山だ。手には風呂敷に入った弁当箱が。
「ここに居たのか」
「えぇ....その弁当は?」
「お前の彼女さんからだ、わざわざ稽古前にここまで来て渡してくれって頼まれてな」
差し出すように弁当を前に出す秋山に対し、あかねの姿が脳裏に浮かび上がるハジメ。しかし、自分の上司とも言える存在の秋山に頼ってしまったということでまずは「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」という謝罪から入った。
「アイツ、何か失礼なこととか...」
「いや、しっかりモンだよ。あの娘は。
それより食べてやってくれ、彼女が作った弁当」
そのままハジメに弁当を持たせてから「じゃあな」とその場を後にする秋山。
距離を置こうと言っているこの時期に何故弁当を渡してきたか...?
内心疑問に思いながらも自分も休憩室の片隅の空いたスペースで食事をすることに...風呂敷を広げてパカッと弁当箱を開けると、アスリート向けのタンパク質中心のおかずが彩りもよく敷き詰められていた。
「(なんで、今になってこんな....)」
ペットボトルのお茶と併用するようにして食事を開始...
美味い、メインの胸肉はパサパサ感が全くない上に彼女特製と思われるソースによってパンチも効いていてバクバク進むような味だ。胸肉だけでない、卵焼きやきんぴらごぼうなどの他のおかずも味付けが完璧なほど決まっていた。
「(久々に食ったけど...やっぱり美味いな)」
最後に彼女の手料理を食べたのは1年以上前、まだ付き合ってない頃だ。あの頃は仕事も比較的順調だったし、外部から来るプレッシャーを要因としたストレスも今ほどなかった...
今振り返って見るとなんだか羨ましく感じた。
あの時の自分が今の自分を見たらどう思うのだろうか...?
そう思い出を振り返って懐かしんでいると自分の席の方に近づいてくる足音が聞こえてきた。ふとそちらに顔を向ける...相手はなんと石神だった。
「隣、いいか?」
「あ、はい...」
了承されると静かに座ってはテーブルの上に自らの弁当を広げる石神...そんな彼の弁当を見るとハジメは疑問がふと浮かび上がってきた。いつもは愛妻弁当なのに今日はコンビニ弁当なのだ。
「石神さん、その弁当....」
「あまり深く聞くな」
そのまま割り箸を割っては食べ進める石神...そんな彼の背中にはどことなく哀愁が漂っている。
...話を振ろうにも振りづらい。
気まずい空気が流れ、一刻も早くここから脱したいと内心思ってる時。意外にも話し掛けてきたのは石神の方だ。
「お前の弁当、随分手が凝ってそうだな。
作ってもらったのか?」
「え、えぇ...まあ。
別に頼んだわけではないのですが」
「そうか...作って貰えるうちが華だと思え。
フリとか冗談じゃない、本気の話だ」
真剣な眼差しでそう告げながらも弁当を食べ進めていく石神...
いつも自分を毛嫌いするような態度を取ってるにも関わらず、どうして今日に限ってこんな色々言ってくるんだ?
疑問が浮かび上がると深くは聞くなと言ってきた彼の前置きを振り払うように単刀直入に問い掛けた。
「石神さん、何かありましたか?」
ハジメの問い掛けにピタッと箸を止める石神。
あ、怒鳴られるかも...
内心そう身構えていたが、意外にもふぅ...と小さくため息をついてやや自嘲染みた笑みを浮かべては素直に話してくれた。
「....嫁に離婚を迫られててな」
衝撃の答えに「え...!?」と思わず声が漏れてしまうハジメ。だが、冗談かなにかだろうと思い「またまた...」とやや呆れたような様子で自分の弁当を食べ進めようとしつつもチラリと石神の方に目を向ける。
...彼は飾り気のない神妙な面持ちをしていた。
「冗談じゃない、昨日の夕べ言われたんだ...
稼ぎも少ないしろくに勝てない、子供二人育てながら俺と生活するのに疲れたってな。
色々と成績や収入のことで散々言われた挙げ句、友達の旦那の年収はアンタの倍あるだのなんだの言われてな。
ついでに比較対象にお前のことも上がった...ホント、散々だ」
「俺が...?どうして?」
パッとしない様子で問い掛けるハジメ。すると、石神の方は彼の鈍感さに半ばため息混じりながらもこう答えた。
「お前、色々雑誌やなんかの仕事も引き受けてるだろ。
俺はああいう仕事はそんなに引き受けないからな...
自分が車に乗って感じ取った物をフィードバックして誰かに伝える...さらにそこに自分なりのアクセントを加えてとなると、俺には難しい話だ。
元々そこまでお喋りな性格でもないしな。
そう言った面で稼ぎが少ないってのも言われた」
その答えに「なるほど...」と小さく頷いて理解するハジメ。
思ったよりも会話が進むも、コチラからどう言えばいいかよく分からない様子...そんな中で再び石神が少し間を空けてから「...なあ」と前置きするようにしてこう問い掛けてきた。
「俺は...今のままでいいのか?」
珍しい彼の弱音に内心驚くハジメ。
ちょうど食べ終えた弁当を片付けて風呂敷にしまったところで一旦手を止め、どう答えようか考えるようにするとゆっくりと口を動かし始めた。
「難しい話ですが...アプローチは多少変えた方が良いかも知れません。
ただ、今のやり方が全くもって間違ってるというわけではありません。あくまで己の芯みたいな部分は保持しながら...って言ったらいいんですかね。
そこを曲げたら自分が自分ではなくなってしまいますし」
「つまり...いい塩梅のやり方を探れと?」
「ええ。ただ、その"いい塩梅"を見つけるのが世の中難しいんですよ。口ではみんな簡単に言うけど、本当のいい塩梅を見つけられる人間って物凄い少ないと思います」
そう言って風呂敷ごと弁当箱を持って「では、自分はここで...」とその場を後にするハジメ。廊下に出た彼の心には自分が石神に言った言葉がグサグサと刺さっていた...
"アプローチは多少変えた方が良いかもしれない"
"己を曲げすぎずにいい塩梅"
2つとも今の彼の心に突き刺さってきては今の自分の行いを振り返させてきた。
しかし、我ながら分からない...
どうすれば良い、今の俺は...
色々な事に整理がつかない。
とりあえず出来ることからやるしかない。
・
―夕方 あかねの家
日が沈みかけているような時間帯。
薄暗い部屋に籠り、黒い半袖のTシャツにジャージのズボンという動きやすい姿で次の舞台の台本を手に身振り手振りで軽く身体を動かしたり、セリフを繰り出すあかね。真剣に演技と向き合おうとする彼女だったが、それを打ち破るようにヴォウンッ!と聞き覚えのある咆哮のようなサウンドが耳に飛び込んできた。
「この音、もしかして...!?」
台本を机の上に置き、階段を急ぎ足で降りて靴も履かずにバンッとドアを開ける。
目の前には白いクーペボディのスポーツカーが...ハジメのNSXだ。リトラクタブルヘッドライトがウィーンと閉じると共にエンジンが切られ、運転席からハジメが降りてくると彼は弁当箱が入った風呂敷を手に玄関の方に歩み寄ってきた。
「...ありがとな、これ。美味かった」
空になった弁当箱を受け取ると共に首を勢いよく横に振るあかね。ようやく彼が振り向いてくれたと幸福感に包まれそうになる彼女だったが、ハジメの方から言い渡された一言によりその幸福感は一瞬にして崩れた。
「...もう、俺の職場に来ないでくれ」
言っていること想定外で理解できずに「えっ...」と思わず言葉を詰まらせるあかね。
彼としても心を鬼にして言った言葉...長居すればまた中途半端な事に成りかねない。感情を抑えたハジメは背中を向けて「じゃあな」と去ろうとするも、彼女は直ぐに「待って!」と叫ぶように呼び止めた。
「勝手に行ったことは...謝るよ。
今、お互いに会っちゃダメなのにこんな真似したことも悪いと思ってる。
でも...どうしてそんなに避けようとするの!?」
彼女の言葉を聞いて車に戻ろうとする足を止めるハジメ。彼は振り向きながらも真っすぐとした目でこう答えた。
「避けてなんかない、次の一戦に向けて集中したいんだ。
役者だってそういう時期あるだろ?」
「いや、避けてるよ...!あくまでそれは建前!
私が悪いのは分かってるよ、仕事のことしか考えずにアナタのこと放っておいたのも全部悪いと思ってる...!
やっぱり、私のことキライになったの...!?」
「嫌いになんてなってない....!
嫌いだったらとうの昔に別れてる!!」
抑えてたものを互いにぶち撒けるように口論。
しばらく沈黙が続いてから口を開いたのは意外にもあかねからだった。
「...わかったよ。でも、一つだけお願いがある」
「お願い?」
確認するように問い掛けると彼女は声を詰まらせ掛けながらも真っすぐとした目でこう頼み込んできた。
「今夜だけでいいから...一緒にいて欲しい」
もし約束した1ヶ月後の彼の答えがNOだった場合、彼と一緒に過ごすチャンスはもうないかもしれない。
そうなった場合は自分としても悔いが残りに残る...
せめて、その悔いを少しでも和らげるためにと提案。
もしかすれば、この提案をした時点でもう彼に愛想尽かされて別れようと言われるパターンもあると脳裏に過った。
覚悟した。
しかし、目頭が熱くなるのをこらえている彼女の顔を見たハジメはその思いを無下には出来ない。
呆れたように「はぁ...」と小さくため息をついて車に歩み寄ったかと思えば助手席側のドアをバッと開けると共にこう告げた。
「わかった...今夜だけな」
唐突に決まった夜のデート...
これが二人で行く最後のデートになるかも知れない。
そう覚悟したあかねは今のラフな格好でそれを飾るのは惜しいと思うとハジメにこう告げた。
「待っててね、今すぐ着替えて来るから。
ゼッタイに...ゼッタイに何処か行っちゃダメだよ」
何か言わないといない間に去ると恐れて釘を差すように一言。そのままバッと玄関のドアを締めると自室に戻り、急いで私服に着替えた。
・
―数十分後 首都高速環状線C1
時間がないながらも白のワンピースに着替えてから助手席に座るあかね。普段乗る車では味わえないホールド性の高いレカロのバケットシート、時折コツコツと身体を突くような硬めの足回り、耳に飛び込んでくるVTECサウンド....
懐かしい。
最後に乗ったのはそんな昔の出来事でもないのに遠い昔の記憶が鮮明に蘇るような感覚だ。
それと共に脳裏に浮かび上がるのは過去の記憶。
付き合う前にこの車で稽古場まで送ってもらった記憶、一緒にサーキットに行った記憶、海ほたるの夜景を見た記憶、箱根でデートした記憶....
全てが一瞬にしてフラッシュバックするように脳内を駆け巡ると彼女は無意識にも涙腺を緩めてしまった。
「...大丈夫?」
走行車線で前のトラックに続くように低速巡航をしていたものの、あかねの状態に気付いたハジメ。恐る恐る問い掛けるとようやく自分の状態に気付いた彼女は「っ...なんでもないよ」と咄嗟に首を横に振ってそれを隠す。
何でもなさそうではないが、深く掘り下げたところで取り乱し兼ねない...
そう考えたハジメはそれ以上は聞かずに「そっか」と言って再び運転に意識を集中させると車内の雰囲気を和らげようとこんなことを問いかけた。
「行きたいところとかある?」
「ないよ...おまかせする」
「わかった」
そう答えながらもカーブで減速したトラックに対し、減速しながらも丁寧な操作でシフトダウン。ウォンッと一瞬だけジワリと跳ね上がるエンジン回転数、耳に飛び込んでくるそのサウンド感と共にシフトショックのない操作に繊細さを感じ取ったあかね...
多分、自分が乗ってるからとかなり気を遣って運転している。
でも、それじゃあダメだ。
そう思うと膝の上に乗せていた手で握り拳をつくっては思い切ってハジメにこう頼んだ。
「もっと...もっととばしていいよ」
「...え?」
「私のこと気を遣って運転してるよね。
でも、そんな気を遣わなくていいよ...それよりも今夜はもっと感じたい。
この車と...アナタの存在を」
言っている事がイマイチ掴めなかったが、過去にサーキットで横に乗せた時に凄い楽しんでくれた記憶を思い出すハジメ。
多分、その時のフィーリングを感じたいのだろう...
我が儘な娘だ。
「....わかった。でも、無理のない程度にな」
そう告げてはカーブを立ち上がった先で前をゆっくりと走るトラックを追い越し車線に移ってオーバーテイク。
ヴァァンッ!!と夜の闇を切り裂くようにVTECサウンドを轟かせながらも右に左にと一般車をオーバーテイク。
環状線特有のキツめのコーナーも内側から外側までラインを名いっぱい使って高速で抜けていく。
しばらくして湾岸線を経由してアクアラインに入り、到着したのは海ほたる。
番組の企画でNSXの助手席に乗せて行ったあの場所だ。
「懐かしいなぁ...ここ。
あの日からもう1年ぐらいかな?」
日本の夜景100選にも選ばれる景色...
360度に広がる漆黒の海が、遠くの東京や千葉の街明かりを鏡のように映し出す。風は潮の香りを運び、波の音がかすかに耳に届く。
まるで世界の果てに立っているかのような錯覚に陥る。
動くネオンライトのようにも見える高速道路を走る車列のテールランプは人工的だが、どこか幻想的にも見え...そこに注目すると先程の錯覚とは対比して未来へと繋がる一本道にも見えた。
あの時とほとんど変わらない景色。
だが、それを見て感じ取るものは明らかに違っていた。
あの時に感じ取っていたのはテールランプの光を主軸とした朧げながらも明るい未来。それに対して今感じ取っているのは漆黒の海と夜空を主軸とした未来への不安と不審感だった。
「なんだろう...同じ景色を見てる筈なのに全然違うように見えるね」
「...だな」
お互いに自嘲染みたように苦笑いの笑みを零しながらも夜景を眺め続ける...しばらく沈黙が続くものの、その沈黙を破ったのはあかねの方だった。
「...私、知ってるよ。
君が優しい性格だから私が傷つかないように敢えて素っ気ないような態度を取って私の方から別れさせようとしてるのを」
その言葉に思わず動揺するように軽く目を見開くハジメ...
見事に核心を突いていたのだ。
それが自分の為、そして...彼女の未来の為だと思ってそうしていたからだ。
だが、これ以上核心を突かれ続けたら元もこうもない。
そう思ったハジメは三角型の腕時計をチラリと見る素振りをしてから話題を逸らすように背中を向けてこう告げた。
「...もう今日は遅い。
俺は仕事だし、お前も稽古あるだろ?行かないと」
そう言って車の方に歩を進めようとした時、あかねに「ねえ」と呼び止められてはこんなことを告げられた。
「私...ずっとアナタのこと見てるよ。
例え、別れることになっても。何を言われても...アナタのことが好きだから」
・
―数時間後 あかねの家
帰宅してあかねは風呂に入り、パジャマに着替えてからベットで横になると共に直ぐにある人物に電話を掛けた...鷲見ゆきだ。
彼女に今日あった出来事を全て伝える。
弁当を届けたこと、職場に来るなと言われたこと、一緒に最後になるかもしれないデートに行ったこと...
そして、彼の方から別れてもらうように素っ気ない態度を取り始めていたこと。
全部話すとゆきは「―そっか。」と和らいだ口調で返してからあかねの意思を確認するようにこう問い掛けた。
「―素っ気ない態度を取られたからって、あかねは...彼をもう諦めるの?」
「ううん。寧ろ、余計に火がついたかも...
絶対諦めたくないって気持ちが強くなった」
「―そっか。そういえば、こっちからもいい話と悪い話があるんだけど...聞きたい?」
いつものゆきとは違うような繰り出し方から内心疑問を抱きながらも「うん、聞きたい」と答えるあかね。彼女の頼みに対し、ゆきは自分が考えてた計画の進捗を素直に話し始めた。
「―まず、いい話なんだけどね。
ハジメくんを除いた今ガチメンバー7人のスケジュールが奇跡的に全員一致したよ。チケットも確保した」
「そっか。それで、悪い話は...?」
「―会場までの移動手段...MEMちょの車、4人乗りだから3人乗れないよね。レンタカーで大きなミニバン借りるのも視野に入れたけど、会場近辺の混み具合で慣れない大きな車運転したくないって言われたし...かと言って、顔が知れ渡ってる私達が混み合ってるバスで一斉に移動するのもどうかと思うし」
「というと....?」
「―もう一人、免許を持ったドライバーが欲しいかな」
免許を持ったドライバー...いる、一人だけ。
最近全然話してないが、頼んだらやってくれるだろうか?
内心そう思ったあかねはゆきに「もしかたらどうにかなるかも」と告げてからアプリで連絡先を検索してみた...
そして、その宛にする予定の人物の連絡先が見つかった。
宛にする人物は....斎藤真奈美だ。