IF 〜もしもあの時〜   作:マグウェル

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第三幕 ANTARES act.14

 

 

 

―グラウンドスタンド

 

 

一旦一行と離れたアクアとかなは二人きりでレースを眺めるようにして見ていた。掲げられているFCYのボードと低速走行で流れていくレース車両を眺めながらもかなは「ねえ」とアクアに声を掛けた。

 

 

 

 

 

「ここだけの話なんだけれど....実は前にアイツと話したのよ」

 

 

 

 

 

「話って...何話したんだ?」

 

 

 

 

 

単調ながらもやや嫉妬を抱くアクアだったが、それに気付かずにかなは気にも止めない素の口調で両手を前に出すようにして身体を伸ばしながらもこう答えた。

 

 

 

 

 

「大した内容じゃないわ、本業のレースが不振な上に黒川あかねと別れるかも知れないって話。

ホントに情けない顔してたわ。

それで、その時にちょっと話したのよ。アンタと黒川あかねは根本的なメンタルの根っこの部分はスゴい似てるって。

 

ただ、私...その時に伝え忘れたこともあるのよ。

 

何か分かる?」

 

 

 

 

かなの問い掛けに対して目を少し逸らしながらも「さあ」と答えるアクア。しかし、その雰囲気はあえて惚けて答えを引き出そうとしているようにも見える...何となくながらそれを察して俯き気味に「ハァ...」と小さくため息をつくと真っすぐとした目で再びコースを見てこう答えた。

 

 

 

 

 

「ああいうタイプは...

メンタルの足枷が無くなった時の"爆発力"がスゴいって話よ。アンタも今ガチの時、間近で見てきたでしょ?」

 

 

 

 

 

かなの言葉を聞いて放送時にあった出来事を脳裏に浮かべるアクア...

 

黒川あかねのアイを完璧に再現した演技、五十嵐ハジメの専門外ながらも神がかったドリフトパフォーマンス。

 

そのタイプの才能の爆発力は痛いほど間近で見てきた上に、脳裏にしっかりと焼き付いている。そして、アクアがその事を頭の中に浮かべている間にかなが軽く腕組みをするようにしながらも彼に目を向けてこう答えた。

 

 

 

 

 

「黒川あかねは...一度の爆発であそこまで跳ね上がった。

五十嵐ハジメに関しては今ガチの放送から考えると今回の爆発は2回目。

 

きっと...

 

とんでもない"大爆発"を見せるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―富士スピードウェイ 

 

 

 

FCY解除後にヴァァンッ!とV6ターボの低くも力強い咆哮を轟かせながらも疾走するベリッシモの白い296GT3。

 

白い跳ね馬が狙うは現在4番手の黒いヴァンテージGT3、ドライバーの男は無線から聞こえてきた言葉に驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

「―お前の後ろ!ベリッシモの白い奴が来てる!!」

 

 

 

 

 

「嘘だろ、ペースは落としてない!あれだけあったギャップをもう潰してきたのか!?」

 

 

 

 

 

驚きながらもストレートでサイドミラーを確認すると、そこには白い296GT3の姿が...太陽の反射によってギラリと光るBellissimoの大きな赤いデカールステッカーが目に入ると思わずハンドルを握る手にギュッと力を入れて気合いを入れてアクセルを踏み込む。左右に流れる低速コーナーを抜けるもピッタリと後ろについて離れる気配はない。そんな中、無線越しにドライバーの監督から彼を急かすような声が響いてきた。

 

 

 

 

 

「―PUSH!もっとペースを上げろ!!」

 

 

 

 

 

「今やってる!集中させてくれ!!」

 

 

 

 

 

次の周回に入る前の最終コーナー、ファゥンッ!と大気を裂くようなエキゾーストと共にシフトダウンし、減速。

右コーナーに対して内側を撮られないようにと牽制するようなライン取りのヴァンテージ...

しかし、白い跳ね馬は車の半身分イン寄りのライン取りで後ろについてきたかと思えば立ち上がりでわざとアンダーステア気味に外へとラインを膨らませて一気に外側から追い抜いた。

 

 

 

 

 

「―エモーション、ヴァンテージGT3!立ち上がりでアウトサイドから抜かれたァッ!!」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

木霊するサーシャの実況。しかし、その間にも白い跳ね馬の躍進は止まらない。次の獲物を探すようにここから更にペースを上げていく。次に目をつけるは黄色いBMW M4。BMWのドライバーはまたしても無線を通じて接近してることにようやく気づいた。

 

 

 

 

 

「―1台来てる!見えるか!?」

 

 

 

 

 

サイドミラーを確認...先行するGT500車両の後ろに隠れるようにして見えたその車影にドライバーの男は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

「どういうこった!?

アストンでもポルシェでもねえ!なんで8番グリッドのフェラーリがそこに居るんだよ!!」

 

 

 

 

 

なんとかGT500車両を先行させてから296GT3のラインを潰したBMW M4。すると、直ぐに左右に蛇行するような動きを見せて牽制を逆に煽るようにしてきた。

 

直線で離してもコーナーでその分を埋め尽くされてしまい、思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも集中してドライビングに挑むも一向に離れる気配はない。

 

 

 

 

 

「ケツに貼り付いて離れねえ!なんなんだ、コイツ!?」

 

 

 

 

 

「―例のルーキーだ、負けんな!引き剥がせ!!」

 

 

 

 

 

そのまま迎えた右コーナー...一瞬の隙を突くようにして横に飛び出して来た296GT3の車影にドライバーも驚きの表情を浮かべながらもブレーキング...ブゥワンッ!と咆哮を轟かせながらもシフトダウン。キィィィ!!とブレーキが燃えそうなほど甲高い金属音を響かせる両者のうち、最初にコーナーに入っていったのは左に貼り付いていた296GT3。

しっかりと路面を掴んで自らのラインに被せるようにアウト・イン・アウトでコーナーをクリアしていく白い跳ね馬に対し、BMW M4は路面から引き剥がされるようにラインを徐々に外側へと膨らませていった。

 

 

 

 

 

「(同じ領域で走れねえ...!?どうなってんだよ!!)」

 

 

 

 

 

驚きながらも走行を続けるも一向に追いつく気配はない...それどころかどんどん離されていく。これには実況席の2人も注目せずにはいられない。

 

 

 

 

 

「―アウトサイドから抜いたァッ!ティーズガレージを抜き去り、ベリッシモがついに3位浮上!」

 

 

 

 

 

 

「―タイヤの消耗具合を逆手に取った見事なオーバーテイクです。冷静な観点で状況を把握してレース展開を持ち運べています。そして、何よりも本来の五十嵐選手の走りが戻ったような気がします」

 

 

 

 

 

 

一方、ベリッシモのピットからレース展開を見守っていた秋山。

軽く腕を組むようにしながらも無線の発信がONになってないことを確認すると横でモニター越しにデータを確認していたスタッフに「なあ」と話し掛ける。呼ばれてふと彼の方を見るも、腕を組んだまま視線はコースに向けたままの状態で彼はゆっくりと口を開いて語り始めた。

 

 

 

 

 

「俺、正直フェラーリって嫌いな部類の車なんだ。

なんていうか、生まれも育ちも貧乏だからか知らねえが高飛車な成り金共がステータスを誇示する為に披露する高級車...言ってみれば装飾品まみれの貴族の馬ぐらいにしか見えなかったんだ」

 

 

 

 

 

その言葉に意外そうな表情を浮かべるスタッフ。しかし、そこから秋山は少し表情を緩ませて「でもよ」と意見を転換させるように付け加えてはこう続けて呟いた。

 

 

 

 

 

「アイツのドライビング見て気付いたんだ...

フェラーリは貴族の馬なんかじゃねえ、レース用にバチバチに調教された"戦闘馬"なんだってな。

 

かっこいいじゃねえか、フェラーリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―20分後 グラウンドスタンドスタンド

 

 

 

 

 

疾走するMARSの赤いGT-Rとヴィブルスの黒いランボルギーニ・ウラカン...開始時から首位争いを競っていた2台。しかし、この時にスタンドに居た観客達が見たものはいつもの光景と違った。

ギリギリ首位を保っていたGT-Rと2位についていたウラカンの後ろにもう1台...白い跳ね馬、296GT3。

 

 

ヴァァンッ!!と並走するようにホームストレートを駆け抜けていく3台に盛り上がる観客達。

 

観客だけでない、実況のサーシャもだ。

 

 

 

 

 

「―スリーサイドになりそうだ!MARS、ヴィブルス、ベリッシモォッ!!誰が1位になってもおかしくない状況だ!!」

 

 

 

 

 

木霊するサーシャの状況以上に盛り上がっていた一行。ノブユキに関しては興奮で声を上ずりかけていた。

 

 

 

 

 

「すっげー...!マジで1位になるんじゃねえか!?」

 

 

 

 

 

「ほとんど差がないな...!」

 

 

 

 

 

「ホントに飛んじゃいそうなぐらい速い!!」

 

 

 

 

 

弾丸のように疾走する3台。ブゥワンッ!と勢いよく風圧を浴びる中であかねは圧倒されていた。

彼女の脳裏に浮かび上がるのは舞台のような光景。

戦場を駆け抜ける白馬に乗った騎士が銃弾や弓矢の雨を掻い潜り、敵陣に突っ込む姿だ。しかし、白馬に乗ってると言っても絵本のように決して綺麗なものではない。敵の濁った返り血や土埃で身体中が汚れきっている状態だ。

距離を詰めては次に次にと斬り倒していく。時折、自身が斬られ掛けて擦り傷を負っても彼は戦闘の手は緩めない。

 

 

これが...彼の舞台。

 

 

 

その気迫に圧倒されている中で、隣にいたゆきがそっと手を取ってきた。今まで励ますような姿勢だった彼女の表情も今回は彼に期待するように強い希望を持つような目を浮かべていた。

 

 

しかし、そんな中で真奈美は1人自分の顎に軽く手を当てるようにして考え事をしていた。隣にいたオジサンもそんな彼女に気づくもあえてこの場では触れない。何となく何を考えているか想像がついたからだ...

 

 

一方、次の周回に入った3台。頭を取ったのはMARSの赤いGT-R、2位のヴィブルスの黒いウラカンは後ろについている296GT3の動きを牽制するようにブロックラインを形成。

その間にも自由にレコードラインを走るMARSのGT-Rと差がみるみると出来始めていることにウラカンのドライバーの中郷は焦りを感じていた。

 

 

 

 

 

 

「(せっかく詰めた距離が離れていく...!もう少しだったところを邪魔しやがって...!!)」

 

 

 

 

 

時折左右に揺れるようにしてブロックの出方を見る296GT3に対し、惑わされすぎないようにブロックライン形成を行うウラカン。前回にも後ろに一度つかれたことがあったが、その時とは違う気迫に中郷の頭の中は緊迫した状態になっていた。まるで、戦闘機のミサイルアラートが鳴りっぱなしになっているような感じだ。

 

 

 

 

 

「(岡山のときとまるっきり別人みたいだ...!

気迫から息苦しさすら感じる...!!)」

 

 

 

 

 

そう思いながらも何周かした後に迎えた右への高速コーナー...296GT3が遂に仕掛けに入る。ブレーキングポイントの手前で一気に左に並走するようにきたのだ。

 

 

 

 

 

「なに、外からだッ!?」

 

 

 

 

 

一気に前に出ようとする296GT3。しかし、ウラカンも黙ってやられるわけではない。

ブレーキングを遅らせ、いつもよりもハイスピードアプローチに挑んだのだ。そこからの立ち上がりでアドバンテージを作ろうという作戦だ...しかし、オーバースピード気味でのコーナリングでの立ち上がりで一気にある違和感が襲い掛かってきた。タイヤのグリップ力が一気に無くなったのだ。

 

クルクルと勢いよくコマのようにスピンする黒いウラカン。制御できない...そのままコースアウトする闘牛に対し、白い跳ね馬は後ろを振り返る素振りも見せずに置き去りにしていった。

 

 

 

 

「―あぁっと!ヴィブルス、痛恨のスピンからのコースアウトォ!!ベリッシモがついに2位に躍り出たァーッ!!」

 

 

 

 

ブァゥンッ!!と咆哮を轟かせながらも最後の獲物であるMARSの赤いGT-Rを捉えようとサーキットという戦場を縦横無尽に駆け抜けていく。

 

 

その姿は力強く、何よりも美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―MARS側ピット

 

 

 

モニター表示される今のタイム差から判断に悩む様子の監督の菊正。そんな彼の後ろからコツコツ...と歩み寄ってくる足音。

厳格で古風な短い白髪の男...他のドライバーより一回りどころか二回り以上歳上だと一目で分かるドライバー。

頰には歴戦の猛者を感じさせる斜めに切ったような傷跡...火原だ。

 

 

 

 

 

「多田を下がらせろ、俺が出る」

 

 

 

 

 

唐突な申し出に驚きの表情を浮かべる菊正。

「し、しかし...!」と反論しようとする彼に対して火原は鼻でフッと笑ってから堂々とこう告げた。

 

 

 

 

 

「お前も察しがついてるだろう、アイツには荷が重い。

予定より速いが俺の出番だ、ピットクルーにタイヤ4本セットするように伝えておけ。

 

いいな?」

 

 

 

 

そう言い残して自らの出走準備を進める火原。

ついに"不墜の火星"が動き始めた...内心そう思いながらもピットクルーにタイヤ交換の準備の指示を出す。

程なくして周回を終えた赤いGT-Rがピットイン。クルー達が給油を行う中、火原が多田とすり替わるようにドライバー交代。給油を終えた時にコースを疾走していた296GT3がすぐ横のホームストレートを駆け抜けて行き、ベリッシモがMARSを抜き去る形に。

 

しかし、火原は一切動じていない。

 

寧ろ、何処か楽しんでいるようにすら見えた。

 

 

 

 

 

「(小僧、俺が世の中の厳しさを教えてやる)」

 

 

 

 

 

4本のタイヤ交換が終わり、本コースに合流する赤いGT-R。

ブォゥゥンッ!!とエンジンサウンドを轟かせながらも疾走する姿にグラウンドスタンドの観客達も大いに盛り上がり始めた。実況のサーシャも同様だ。

 

 

 

 

 

「―ついに不墜の火星と呼ばれたこの男が動き始めました!MARS、火原幸也ッ!先行するベリッシモ296GT3を捉えるのでしょうか!?」

 

 

 

 

 

その一方で深刻そうな表情を浮かべていた真奈美...

その様子にノブユキがようやく気づいた。

 

 

 

 

 

「...どうした?そんな顔して。今1位だろ?」

 

 

 

 

 

「いや、そうなんだけど...今MARSのGT-Rに乗ってる男がとんでもなくヤバい男なのよ」

 

 

 

 

 

そう言われてもイマイチながらパッとしない一行。そんな彼女の考えを説明しようと隣にいたオジサンが解説を始めた。

 

 

 

 

 

「MARSの火原幸也は俺が子供の頃から現役やってる超ベテラン選手、90年代のモータースポーツブームの立役者の一人。一部からは世代的に一歩間違えればアイルトンセナとF1を走ってたかもしれないと言われるぐらいの逸材だ。そして...奴が3年前に復帰してからというもの、今日みたいなサクセスウェイトっていうハンデがないレースでは負けたことがないんだ」

 

 

 

 

「そ、それって...つまり?」

 

 

 

 

 

「今日みたいなサシ無しでのレースでは超絶ヤバい無敵の存在ってこと」

 

 

 

 

 

真奈美の付け足しに「えぇーっ!?」と驚く一同。

しかし、あかねはサーキットをじっと見ていた...

 

その距離はジリジリながらも確実に詰まりつつある。

 

 

 

 

お願い、頑張って...!

 

 

 

祈りを捧げるように両手を胸の前で合わせる彼女の様子をゆきは静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

―しばらくして

 

 

 

 

長いドライビングで集中力が切れ始めたハジメ。

自分でもそう感じると共にタイムが徐々に落ちていってるのも察しがついた...

 

 

正念場だ、気合いを入れろ...!

 

 

 

そんな中でふと無線から秋山の声が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

「―五十嵐、MARSの火原が上がってきてる!正念場だ、ペースを上げろ!」

 

 

 

 

そう言いながらもふとサイドミラーを確認すると赤いGT-Rの姿が...ピットで四輪交換したにも関わらず、そこから圧倒的な追い上げを見せてきた赤い車影に驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

「(上がってくるのが想定よりも速すぎる...!)」

 

 

 

 

 

そこからコーナリング勝負で突き放そうと試みるも、逆に距離を離すどころか詰めてくる赤い車影。焦りの色を隠せない中で実況席ではこの様子をすぐに取り上げに掛かる。

 

 

 

 

「―MARSが詰めてくる!逃げ切れるか、ベリッシモ!?」

 

 

 

 

「―にしても、火原選手は冷静に痛い所を突いていきますね。フロントタイヤを変えてないベリッシモに対してブレーキングで詰めて行ってます。腕も然ることながら、着眼点も素晴らしいです」

 

 

 

 

 

離そうにも離れない車間。

そのまましばらくすると遂に真後ろに付かれるような状態になった。296GT3のドライバーのハジメも焦りを隠せない。

 

 

 

ダメだ、本当に負けるかもしれない。

 

 

 

焦りからか心拍数が変に上がっていく感覚を感じ取る。

 

どうする、どう離す?

 

そう考えている間に遂にホームストレートで右に並び掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

「―MARS、左からいく!アウトサイドからレイトブレーキングッ!!」

 

 

 

 

 

迫るブレーキングポイント、いつもならコーナーを見据えながらもクリアしていく場面もこの時には隣に並び掛けてきた赤いGT-Rに目を向けざる負えなかった。

そして、迎えたブレーキングポイント...しかし。

GT-Rに釣られるようにブレーキングを行ってコーナリングをに入ろうとする296GT3はラインが外へ外へと剥がされるような形に...フロントタイヤが路面をしっかり掴めきれず、減速しきれてないのだ。

 

 

 

 

ダメだ、抜かれる...!

 

 

 

そのままイン側の入られてズバンッ!と勢いよくオーバーテイクしていく赤いGT-R。サーシャの実況が再び木霊し始めた。

 

 

 

 

 

「―抜いたァーッ!MARS、1位を奪還しました!!

火原幸也、ルーキー相手に容赦ないオーバーテイク!!」

 

 

 

 

一方、抜かれる一部始終を見ていたあかねの脳裏に浮かび上がった姿...それは先程まで戦場を駆け抜けていた騎士が侍に斬られる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

―ベリッシモ ピット

 

 

 

MARSに抜かれた現状に悔しそうに奥歯を噛み締める秋山。そんな中、スタッフの一人が「監督!」と急いでいる様子で駆け寄りながらも声を掛けてきた。彼に案内されてあるモニターでデータを見る...雨雲のレーダーだ。予報ではなかったスコールのような雨が降ろうとしていたのだ。

 

それから間もなくしてポツ、ポツ...と振り始める雨。

 

まるで嵐の前兆を予感させるような振り方に秋山はある指示を出した。

 

 

 

 

「2回目の給油とウェットタイヤを1セット準備しろ、流石にオフィシャルもウェット宣言するはずだ」

 

 

 

 

指示を聞いて「わかりました!」と言って去ろうとするスタッフ。そんな彼を「それから」と言って呼び止めるとある指示を出す秋山だが、その意見にはどうも受け入れたくないのかスタッフは「正気ですか!?」と確認するように問い返した。

 

 

 

 

 

「燃料の給油量を減らす!?今ですらカツカツなのにですか!?」

 

 

 

 

 

スタッフの言葉を腕を組みながらも聞いていた秋山。

すると、少し間を空けてから腕組みを直しながらもこんなことを返した。

 

 

 

 

 

「今、チーム全員がいい方向に向かっている。

全員がトップに立とうと必死になってる...アイツだって今日はフルのパフォーマンスが出来てる。そんなアイツのパフォーマンスを支える為には無駄なバラストである燃料をギリギリまで切り詰めるしかない。

 

もしなんかあったら、責任は俺が取る。やってくれ」

 

 

 

 

 

それから間もなくしてポツポツと降っていた雨は本格的に降り始めた。ザーッ!と勢いよく振り注ぐ中、296GT3がピットイン。

給油が始まる中、目の前には先行してピットに入っていた赤いMARSのGT-Rの姿が...集中力のキレ具合からぼんやりとした表情で見ている中、秋山が「―なあ」と話し掛けてきた。

 

 

 

 

 

「―ここまでよく走ってくれた。

チーム監督として誇りに思う...だが、俺らが目指すのはその順位じゃない。もう一つ上の順位だ」

 

 

 

 

 

そう言っている間に先行してピットに入ったMARSがタイヤ交換に入る。

コチラも給油を終え、いよいよタイヤ交換に...

熾烈な雨に打たれながらも「上げろーッ!」と叫ぶピットクルーに応じるようにタイヤ交換が開始。

 

全員が全員、必死だ。

 

 

一瞬の時間ながらも時間がゆっくりと流れる感覚に再び見舞われる中、無線越しの秋山は続けて話していく。

 

 

 

 

 

「―俺ら全員がお前を支える...全力でバックアップしてやる。

 

...行ってこい、天才。アイツに勝てるのはお前だけだ」

 

 

 

 

 

そう強く願うのは秋山だけではない、グラウンドスタンドから見守っていたあかねもだ。

今まで無事を祈ることしか出来なかったが、彼が負けているところを見たくないという感情がそれを上回ったのだ。静かに祈るぐらいしか出来なかった彼女は前のめりになりながらもこう叫んだ。

 

 

 

 

「ハジメくん!頑張って!!

アナタが負けてるところなんて、私...見たくないよ!!」

 

 

 

 

 

耳に聞こえてくるはずもないグラウンドスタンドからの声は彼の心に響いてきた。削がれていた集中力が一瞬にして全回復したような感覚...

先に先行して作業を終えた赤いGT-Rがピットから出ていくのが見えてから程なくしてコチラも作業終了。ストップバーが上げられ、ピットから出てゆっくりと本線に合流する前に秋山から「―最後に一つだけ...」とある事を伝えられた。

 

 

 

 

 

「―全力でぶちかませッ!!」

 

 

 

 

 

覚醒するように一気に目を開くハジメ。

ブォゥゥンッ!!と再び咆哮のようなサウンドをサーキット中に轟かせて駆け抜けていく白い跳ね馬。

 

一度斬り倒された騎士は再び立ち上がって侍に挑み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―ベリッシモ ピットガレージ

 

 

 

痛み止めの服用や安静にしていた為か、石神の容態が回復しつつある。キャンプ用のイスに座りながらも外を眺めていた彼はザーッと振り始めた雨に思わず不敵な笑みを浮かべる。

 

その姿を偶然にも見掛けた新米スタッフが「どうしたんです?」と彼に問い掛けると包み隠すことなくこう答えた。

 

 

 

 

 

「...アイツと俺は色々な状況を想定してシミュレーターでの練習に取り組んでいる。そんな中で色々とやってて気づいたことがあるんだ」

 

 

 

 

 

「気づいたことって?」

 

 

 

 

スタッフが問い掛けると共に不敵な笑みを深くする石神。

チンプンカンプンな様子の新米スタッフに対し、彼は座る姿勢を軽く整えながらもこう答えた。

 

 

 

 

 

「アイツ...雨だとヤバいぐらい速いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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