第四幕 Radioactive act.1
―約1年後 都内、とある公園
黒川あかねは爽やかな風貌の男に後ろからそっと抱きしめられていた。「あっ」と小さく声を漏らしながらも歩を止めながらも自分を抱き締めている腕に手を伸ばし、恐る恐る彼の方に目を向けるとそのまま耳元でこう囁かれた。
「...やっぱり好きだよ、キミのこと」
そのまま抱き締める力を少しずつ強くなっていく...キョロキョロと戸惑うあかねに対し、男の方はスッ...と静かに離れては彼女にこう言い残した。
「今すぐ答えをくれなくてもいいよ。また今度でも」
そう言いながらも背中を見せる男...彼が「じゃあね」と片手を上げて去っていく。そんな姿を愛おしそうにあかねが見つめた所で周囲の空気がガラリと変わった。
「カッート!!」
パチンッ!と響く音と共にふぅ...と周囲の緊張の糸が解けた。そう、ドラマ撮影していたのだ。あかねがホッとした表情を見せたところでガヤガヤとざわめき始めながらも裏からゾロゾロと撮影スタッフが出てきた。
「お疲れ様でした!」と手渡された水をゴクゴクと飲んでから蓋を締めると彼女のマネージャーが歩み寄ってきてある事を耳打ちする...その内容に思わず「えぇ!?」と驚くと慌てた様子で監督らしき人物に声を掛けた。
「ごめんなさい、先程のシーンですが...」
「ん?ああ、今のカットもオッケーだよ。今日はもう上がって貰っていいから。キミも何日か前からこの日は早くってずっと言ってたし...撮影ペースもこの感じなら充分間に合うだろうし」
「ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げて荷物を纏めては用意された送迎用の後部座席に乗り込んだ。それと共にマネージャーが隣に座るとシートベルトを締めた彼女にスマホを「はい」と手渡した。
急いで受け取ったあかねがアプリを開くと真っ先にある物の生中継に釘付けになった...
スーパーGT、第8戦。
モビリティリゾートもてぎで行われる300kmレースの生中継だ。
「今日勝てば優勝確定なんだよね?」
「はい、絶対見届けないと...!」
そう応えながらも彼女が注視した1台の車...ベリッシモのフェラーリ296GT3だ。
スマホを持つ手に思わず力が入る....
「(お願い、頑張って...!!)」
・
―同時刻、モビリティリゾートもてぎ
レースは終盤。
サクセスウェイトという重量ハンデを背負いながらも5番グリッドから2位に這い上がってきたベリッシモの296GT3。あと1台抜けばシーズンチャンピオン確定という状況下で白い跳ね馬はその最後の1台である黒いヴァンテージGT3に迫ろうとしていた。
「―後ろからベリッシモが迫っている!!
エモーション苦しい状況だ!!」
サーシャの実況が木霊する中、ピッタリとヴァンテージGT3の後ろに貼り付いている296GT3。サイドミラー越しに見える白い跳ね馬の姿にヴァンテージGT3のドライバーも苦しそうな表情だ。
「(チッ、キッちいなぁ...!
ランボやベンツどころか、アストンですら敵じゃねえってか...!?)」
「―コンマ4秒のギャップまで詰めて来てる!あと数周だ、耐えろ!!」
発破をかけられながらも後ろを牽制するようなライン取りでなんとか首位に留まるヴァンテージGT3。しかし、後ろについていた296GT3は元からこの時点で抜こうとはしてなかった...言ってみれば"様子見"だ。後ろからコーナーでの動きを見てもしやと勘付いたことを296GT3をドライビングしていたハジメは無線越しに秋山に問い掛けた。
「監督、エモーションがピットに入ったタイミングって自分達のピットよりずっと前ですか?」
「―ああ、そうだ。ウチと同じでリアタイヤしか変えてない」
「COPY、そういう事ならブレーキングと立ち上がりで仕留めます」
お互いに左右に振るようにして相手の動きを見ながらもコーナーイン。U字の中低速コーナーをお互いに立ち上がったところで遂に296GT3が動き始める、ストレートで真後ろにつけて得たスリップストリームによる車速を利用して一気に右側から追い抜きに入った。
「―ベリッシモ、インサイドを取った!一気に並びかける!!」
一番速度が乗るであろうダウンヒルストレートでの仕掛けに「な...!?」と驚きの声を漏らすヴァンテージGT3のドライバー。何しようとしているか察すると彼の闘争本能も無意識のうちの掻き立てられていった。
「(一番速度が乗る状況からのブレーキング勝負かよ...!
お互いフロントタイヤの交換はしてないが、フロントにエンジンがあるこっちの方がタイヤへの負荷はデカい!
故にブレーキングがシンドい...!!
痛いところついてきやがるなぁ...!だけど、そう簡単に明け渡すかよ!!)」
そのままお互いに次の右への直角コーナーを迎える。
ギリギリまで詰めてのブレーキング勝負...タイミングはほぼ同時。
キィィィ!と互いの魂がぶつかり合うようにブレーキスキールが木霊するもいち早くコーナーインの態勢に入ったのは296GT3だ。それに対し、ヴァンテージGT3はズルズルとブレーキを引き摺るような形でラインが膨らんでいく。
「(馬鹿野郎...!アンダーなんてヘマしてんじゃねえぞ!!ジェームズ・ボンドに選ばれんのならもっと踏ん張りやがれ!!)」
ようやくコーナーインの態勢になったヴァンテージGT3。しかし、296GT3は既に立ち上がりに差し掛かっていた。
ミッドシップの高トラクションを活かしての鋭い立ち上がり...ここまで全てハジメのシナリオ通りだ。
「―インサイドから抜き去ったァー!!
ベリッシモ、シリーズチャンピオンを掛けた一戦で遂に王手です!!」
サーシャの木霊するような実況とは対照的に気を緩めず、寧ろ引き締めるぐらいの感じでステアリングを握る手に力を込めるハジメ。既にその目は次のコーナーに向け、思考では3手、4手先のことも考えていた。
「(ここから先は低速セクション、後続になったヴァンテージはスリップストリームも使えない。ミッドシップの旋回性を活かしてホームストレートに差し掛かる前にアドバンテージを作る...!)」
ブォゥンッ!ブォゥンッ!!と鼓舞するようなサウンドを響かせながらも低速コーナーに進入。
左右へと颯爽と進入し、力強く駆け抜けていく姿は正に戦場を駆け抜けていく白い跳ね馬。鬣を靡かせるように走るその姿に現地の観客がワー!と歓声を上げていく....
そして、それから数周後。遂にその時はやってきた。
オフィシャルからチェッカーが振られる中、ゴールラインを駆け抜けていくと共に観客の歓声は最高潮を迎える。それと共に再びサーシャの実況がサーキット中に木霊した。
「―ベリッシモォーッ!最終戦、モビリティリゾートもてぎを制し、今年度GT300シーズンチャンピオンに輝きました!!」
そのまましばらくしてから"GT300 1st"の楯の前に車を停めるハジメ。車両から降りてくると石神が歩み寄ってくる...言葉は交わさないものの片手で上下にパンッ、パンッ、パンッ!と互いの手のひらをぶつけるようにすると珍しく満面の笑みを浮かべながらも労るように肩にポンッと手を置いてきた。
「よくやったな、感謝しかない」
「いいえ、こちらこそ。前半にフロントタイヤを温存していただけたお陰であのアプローチができました。ありがとうございます」
そう互いを称え合っているとインタビュワーがマイクを手に歩み寄ってきた。二人が勝者インタビューに応える姿を遠くから見ていた秋山は腕を組みながらも柱に凭れるようにして思いに更けていた。
「(今シーズンもシンドさこそあったが、なんとか勝ってくれたな。あのコンビも凸凹の歯車がようやく噛み合い始めたって感じだし、石神も五十嵐に釣られてかなりよくなってる。
来シーズンどこまで行けんのか...
期待してるぜ、凸凹コンビ)」
・
―夜 あかねの部屋
白いパジャマに着替えてベッドにダイブするあかね。
ウキウキしながらもスマホを操作して電話を掛けた相手はハジメだ。打ち上げか何かやってもおかしくない時間帯だが、意外なことに直ぐに出てくれた。
「―もしもし?」
「もしもし、ハジメくん?シーズン制覇おめでとう。本当は生で観戦したかったけど、ドラマのスケジュール上どうしても観戦出来なかったんだ。その代わり中継でしっかり観たよ。ゴールするところも、インタビュー受けるところも、シャンパンファイトするところも!あと、グランドフィナーレセレモニーでの表彰も...!!」
「―ありがとう、思いはしっかり伝わってる。新人俳優賞受賞の未来のスター女優さん?」
「もおー、からかってる?」
プクーと頬を膨らませながらもベッドで仰向けになるあかね。傍にスマホを置くような形にしてスピーカーモードにすると電話越しのハジメからの「―からかってない、からかってない」と笑い混じりに応える言葉が...
そんな中で「―そういえば」と彼の方から話題を切り替えるよう切り出してはこう質問を投げかけてきた。
「―エイトの調子はどう?」
「いい感じだよ。でも、時期的にこれから寒くなってくるからちょっと怖いかな...」
「―ああー....確かにな。今だに覚えてる、今年の頭辺りに夜中の3時に電話で叩き起こされたの。エンジン掛からないって」
「あ、あの時は本当にゴメンね。
でも...デチョークなんて私、あの時に初めて知ったよ。教習所じゃあんなこと学ばなかったもん」
「―そう言う手間のかかる特殊な車だからなー、ロータリーって」
そのまま笑い混じりにたわいもない会話のラリーを繰り返す二人。
会えなくてもこの時間が何よりも楽しい...
が、しばらく会話を楽しんでふと部屋の片隅にある時計に目を向けて今の時間に気づくと思わず残念そうな表情を浮かべながらもこう呟いた。
「あーあ...もうこんな時間かぁ。もっとお話ししたかったけど、明日の撮影も早いからもう寝ないと...」
「―そっか....じゃあ、今日はもうお開きだな」
互いに名残惜しそうにしているとふと何かを思いついたあかね。ダメ元だと思いながらも「ハジメくん」と呼び止めるようにするとこう提案した。
「来週の木曜日、確か午前中しか予定なかったよね?」
「―ん?まあ...昼前ぐらいまで雑誌社とオンラインで打ち合わせてから暇かな。どうかした?」
「その日、私オフになりそうなんだ!
よかったら...その、一緒にドライブでも行かない?」
「―いいよ、どこ行きたい?」
「そうだね、今ガチの撮影の時に一緒に行ったところに行きたいなぁー。えっと、なんて名前だったかな?ど忘れしちゃった、箱根の...」
「―あー、ターンパイクか、いいよ。行こうか」
ハジメの言葉に思わず「やった!」と嬉しそうに言葉を漏らすあかね。それからお互いに「また会おうね、おやすみ」と言い合って通話が切れると感情の昂りから布団をギュッと抱き締めた。
「(1カ月ぶりのデートだ....!ワクワクしちゃうなぁ...!!)」
満足そうな笑みを浮かべながらも部屋の照明を落とすあかね。ワクワクからなのか、その日は熟睡することが出来なかった。
・
―翌週、木曜日 ターンパイク
快晴の日差しにヒンヤリとやや冷たく包み込むような風。
紅葉も終わり、冬に差し掛かろうと木々が枯れ始めているワインディングでツーリングを楽しむ2台。ハジメのNSXとあかねのRX-8だ。
上り勾配のキツい最後の区間で低速ギアにシフトして辺りにエンジン音を轟かせる...NSXのVTECによるヴァァンッ!!という甲高くもどこか精悍さを感じさせるサウンドとRX-8のロータリーエンジンによるヴィィィンッ!!という甲高くも官能的なサウンドが箱根の山中に木霊した。
軽やかながらも、確かな力強さも兼ね備えた2つのサウンドの重なり合い方はまるでバイオリンとチェロの二重奏のようだ。
RX-8に乗っていたあかねは耳に飛び込んでくるそんなサウンド。前を走行するNSXは時折木枯らしを後輪でサッと軽く巻き上げながらも前へ前へと突き進んでいる...
そんな目の前の光景や耳に飛び込んでくるサウンド感から贅沢な時がゆっくりと流れるような感覚に陥った。
そして、走行区間によっては時折富士山や熱海の海が視界に入ってくる...
まさに五感を刺激する幻想的とも言える光景だ。
更に自分は自分でアクセル、ハンドル、シフトを合わせて先行するNSXに合わせて後ろを走る...彼の顔は見えないがまるで歩調を合わせて即興の社交ダンスを踊っているような気分だ。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
そんな事を思ってるといつの間にか頂上にあるスカイラウンジに到着した。
インスタ用に富士山をバックに二人だけカメラに入れるような形でピースして撮影...
「よし、キレイに撮れたっ」と投稿予約をしている彼女見たハジメが何食わぬ顔で横に立つと色々と思ったことを投げ掛けた。
「なんで今すぐ投稿しないんだ?」
「前にね、かなちゃんに言われたんだー。
すぐに投稿するとプライベートの動きを察知されやすいから予約した方がいいって...」
「へー、俺も気をつけよ...で、なんで車入れて撮らないの?」
「それは...実は私がこの娘に乗ってることは事務所にもララライにも内緒にしてるんだ。こういうのに乗ってるって知られると離れちゃうファンの人とかもいるから辞めろってゼッタイに反対されると思ったから。だからね...」
突然話を止めるとハジメに腕を絡めていきなり引き寄せてくるあかね。「え...?」と呆気に取られてポカンとしている彼に対し、そのままインカメラに設定したスマホを構えピントが合ったタイミングでパシャリと撮影...
富士山をバックに二人の車と2人の顔が入った綺麗な1枚が撮影された。
「...これは二人だけの写真。
アナタと私の二人だけの秘密の特別な写真」
小さく笑みを浮かべながらも撮られた写真を見せてくるあかね。胸の鼓動が落ち着いてきたところで「...あかね」と改まったように名前を呼ぶとこう答えた。
「その写真、後で撮り直そ?
なんか俺の表情と車のアングルちょっと微妙...」
「えぇー!せっかく撮ったのにぃ...」
プクー...と頬を膨らませて残念そうにしている彼女に思わず苦笑いの笑みを浮かべるハジメ。彼女の手を取ってそっと引くようにして中へと案内しつつも「まあまあ」と宥めるようにしてからこう告げた。
「同じ方向から撮っても上から撮るのと下から撮るのでまた印象変わったり、もっと言うとハンドル切ってタイヤの角度変えるだけで雰囲気全然違う感じになったりするから」
「そうなんだー...なんかプロみたいな視点だね」
「まあ、車だけ撮るプロと一緒に仕事することもあるから...それ見て学んだことだ。正直、そこから深く掘り下げると俺もさっぱりだよ」
そのまま中に入って2Fのティーラウンジでホットコーヒーを嗜む二人。目の前に見える芦ノ湖と富士山の絶景を眺めながらもゆったりと寛いでいるとあかねの方から「そう言えば」と話題を振ってきた。
「真奈美さんが受けた例の試験...受かったの?」
「ん...ああ、受かったっぽいぞ」
例の試験...ドリームエンジェルス。
高橋啓介が代表を務める自動車メーカー「TKマッハ」傘下のドリームプロジェクトから派生して誕生した、サーキットレース主体の女性向けスクール。女性向けとは言え、一昔前に女子プロとして名を馳せていた佐藤真子を指導教官として引き入れた本物のドラテク教室。2年間の通学から卒業した際にはプロ契約が確約されているが、応募数に対しての受け入れ人数が少なすぎるが故にその倍率は数百倍という狭すぎる門だ。
そんな所に入れたと知ったあかねは「よかったー!」と嬉しそうにしているもののハジメの方はどこか浮かないような様子だ。
「....まだ、心配してるの?」
「...ああ」
「半年前ぐらい前にスパイラルで真奈美さんから最終審査まで通ったって報告来た時も素っ気なかったよね...ハジメくん。あの時は私がなんとか話を丸めたんだっけ」
あかねに言われてイマイチ目を合わせなくなったハジメ...不安の表れ。自分に自信が無くなり、否定し始めたようにも見える。
そんな彼に対してあかねはクスッと小さく笑ってからそんな彼に対してこう呟いた。
「あの時、ハジメくんが素っ気なかったのは真奈美さんを思ってのことだよね?
キミはああいう場面で大切に思ってる人に対しては自分が嫌われてもいいようなぐらいの止め方をする。そこまで出来る人は少ないと思うよ、大抵の人は自分が嫌われたくないからって守りに入るもん...
私が車を選んだ時も、アナタから距離が離れた時もそうだった...相手を思うからこそ嫌われるような当たり方をする。
だから...私が思うにキミの厳しさって本当の優しさなんじゃないかって」
核心を掠めるような言葉、イマイチ自分でもパッとしない様子のハジメ。黙ってコーヒーを一口だけ静かに飲んでオホンッと軽く咳き込む姿に対し、あかねは一呼吸置くようにしてから小さく笑みを浮かべてこう答えた。
「昔、奥山さんから聞いたんだ。
キミもデビュー当時はスゴいキツい生活を強いられていたんだって。ドライバーの仕事もまともなものを選べない上に稼げず、年齢偽って深夜にバイトとかもしてたって聞いた...
あの時、真奈美さんに素っ気なくしたのはそういうツラい思いをして欲しくなかったからだよね?」
核心を掠めるようしていた言葉が、今度は核心を突いてきた。コーヒーカップを上げていた手を止め、口にコーヒーを運ぶ手前で飲むのをやめてゆっくりとテーブルに置いたハジメに対し、あかねはそんな彼に温もりを与えるように一旦寄り添った。
「....キミは優しい。そして、私は優しいキミのことが好き。これからも変わらないでね?」
包み込むような温もりと優しい言葉に少し表情を和らげるハジメ...。自分というものを受け入れたのか、小声で「...ありがとう」と伝える彼に対し、あかねは「どういたしまして」と幸せそうな表情で返した。
・
―数日後 真奈美の部屋
ローテーブルに座り、入校に必要な書類の束を片付けた真奈美。
「ぶはぁ、疲れたぁ〜!」と呟きながらもグデーと伸びをしながらも後ろに倒れ込み、口から魂が抜けそうな表情で天井を仰ぐようにすると何かを思い出すように「ハッ!?」と身体を一気に起こした。
「(そう言えば、引っ越しの準備しないと...!
もー、なんで学校あるの群馬なのさ...!
東京っていう大都会から未開の地グンマー帝国って....)」
頭をカリカリと掻いてから「よいしょ...」と立ち上がって不用品や粗大ゴミの分別をしようとした時...向こうで要らなくなるであろうタンスの前でピタッと動きを止めて「ハッ...!」と何かを思い出した。
「(引っ越しするってことは、その費用もかかるってことぉ!?
さ、流石にヤバいよー!もうちょいで86車検なのに..!!
まさかのダブルパンチ!?もお、勘弁してよー...)」
トホホ...となりながらもその場で両膝をつける真奈美。
しかし、その際に視界に入ってきたドリームエンジェルスの合格通知を見て思わず笑みが溢れてしまった。
「(やっとプロになれる道筋が立った....ハジメくんの言う通り、厳しい道だろうけど)」
そう心の中で強い期待が芽生えると共に気を引き締める真奈美。しかし、目の前の現状を考えると「にしても...」と軽く頭を抱えた。
「(引っ越し自体はケンちゃんに手伝って貰うとして...
お金どうしようかな...やっぱり、チューニング用の貯金崩すしかないかな?)」
うーん...とその場で考える真奈美。
その時、違う場所で作曲していたケンゴがハクション!と大きなくしゃみをしていた。
・
―数日後 ベリッシモ本社
執務をしていた井出の元に訪れたハジメと石神。
スーツ姿で立つ二人に対し、去年と同じようにボーナス明細を手渡した。
「改めまして、優勝おめでとうございます。
今年は去年よりも額を増やさせていただきました...また来年もよろしくお願いしますよ?
少なくとも、その腕に身に着けている時計に恥じないような結果を残して下さい」
二人の腕に着けてる時計...
シーズンチャンピオンに贈られるウィニングウォッチ、世界で一つしかない自分の名前が裏に記された時計だ。
その言葉に「「はい」」とハッキリとした口調で答える二人に対し、井出は深い笑みを浮かべながらも「よろしい、では下がってください」と告げてきた。
二人が「「失礼しました」」と下がろうとするも、ふと何かを思い出した井出が「ミスター五十嵐のみ残って下さい」と言ってきた。
何のことか分からず、内心戸惑いながらも「は、はい」と答えながらも再び井出の方に歩み寄ると彼は石神が出ていったのを確認してから単刀直入に話し始めた。
「五十嵐ハジメ...アナタは番組出演に興味はお有りですか?」
そう言って座りながらも引き出しから封筒を取り出してきた井出。いきなりの事で何だか分からずに「え、えっと...」と戸惑っていると封筒の大元の差出人について説明を始めた。
「封筒の差出人は鏑木勝也です。
覚えてらっしゃいますよね?彼のことは」
鏑木勝也...今ガチでプロデューサーをしていた男だ。
「ええ、もちろん」と答えながらも封筒を受け取って中身を確認すると井出は分かりやすく中身の要点を纏め始めた。
「彼がプロデューサーをしている番組へのオファーが来ています、『深掘れ☆ワンチャン!』という番組です」
番組名を聞いて驚きの表情を浮かべるハジメ。
中身を全て把握し切る前にどういうことなのか察した。
「そ、それって...確か」
ハジメの反応にクフフ...!と野太く笑う井出。
そのまま椅子から立ち上がって外の景色を見てから再び彼と向き合うとその意味について答えた。
「ええ、星野アクアがレギュラー出演している番組です。
アナタにはゲストとして出演していただきます、もう一度...今ガチで見せていたあの時のバトルを見せてください」