―夜 収録スタジオ
深掘れ☆ワンチャン!の収録の為に台本を読みながらも楽屋から戻ってきたアクア。
これで本日、3本目の収録...スタッフ達が次の撮影に向けて準備する中でプロデューサーの鏑木が入ってきては「お疲れ」とアクアに話し掛けてきた。
「どうだい、順調かな?」
「ええ、まあ」
「そうか。もう少しで特別ゲストが現場入りするから」
「わかりました」
そう言いながらも台本をしまい、自分の位置に座るアクア。頭の中に浮かべたのは今日の特別ゲストについてだ...毒舌染みたキャラの落語家だったな。
自分よりも芸歴が長い歳上だし、しっかり挨拶はした方が良さそうだ。
等と思っている間にスタジオ内に「ゲストの方、入られまーす!」というスタッフの声がスタジオ内に響き渡った。
コツ、コツと革靴のような足音が聞こえてくる...挨拶しようと立ち上がって相手を見た時、アクア驚きのあまり固まると共にその人物の名前を読み上げた。
「五十嵐...!?」
驚いているアクアに対して「よっ」と軽く片手を挙げて挨拶するとハジメ。そのまま本日のゲスト席とも言える彼の隣を陣取った。
「なんでお前が...」
「来ちゃダメかよ。呼ばれて来たのにそれはないだろ...」
ハァーとため息混じりに返すハジメ...特に驚く様子もない彼を見てから急遽鏑木の方に目を向けるアクア。彼は軽く腕を組むようにして小さく笑みを浮かべていた...この時点で全て察しがついた。
「(コイツが来るのを俺にだけ伏せて、別の台本を渡したのか...今回の収録のテーマも変わってくる可能性がある。そうなると事前に語ろうと思っていた話が全て崩れることになるな...
それにしても、この男がゲストで俺と共演となると...今回のテーマはまさか)」
色々と思考を巡らせて気付き、答えに行き着いてから程なくして収録スタート。
そして、今回のテーマは...
恋愛リアリティショーのリアルを深掘りするという内容だ。
鏑木がこの番組以外に手がけている今ガチの新しいシーズンが始まったこのタイミング、彼にとってはそちらの宣伝も出来る為に一石二鳥と言ったところだろう。自分がレギュラー出演してる番組でハジメが急にゲストとして呼ばれた時点でこのテーマは予想通りだった。そんな中で関西弁口調の司会の男が進行をドンドン進めていく。
「では、本日のゲストは五十嵐ハジメさんでーす!よろしくお願いしますわ!」
「よろしくお願いします」
「五十嵐さん、なんや今シーズンでチャンピオンになったみたいで...スゴいわー、皆さん。見た目この若さでチャンピオンでっせ」
「いやいや、そうは言っても23歳ですよ。あの時から2年も経ってるんで...」
「あの時から2年...?あー、あの話題になってた恋愛リアリティショーの!確かこの場にいる人間でもう一人出てはりましたよな?」
そう言ってアクアに話を振ってくる司会。このタイミングで来るだろうと何となく察しはついていたが、即興のアドリブで乗り越えていく。
「俺です。ええ、確かに共演していました」
軽く手を挙げて答えるアクアに対して「ほっほー...!」と興味深そうに前のめりに腕を組む司会。そのまま司会はハジメからアクアにトークの照準を変えて話しを投げ続けた。
「二人とも、どういう関係やったん?まさか、コレとか?」
腕組みを解いて右手の甲を左頬に寄せる司会に対して「「違います」」と同時にキッパリ答える二人。収録スタジオに笑い声がワハハ!と上がる中、司会は話の脱線をやめた。
「ほな、なんや?二人の関係性は」
二人への問い掛けに対し、他のレギュラーメンバーが「コイツら、水と油みたいな関係のライバルですわ」と言うと司会が再び「ほぉー!」と興味深そうにしてきた。そんな中、女性のアナウンサーが話を切り上げるように「さて...」と言うと簡潔に纏めて次のコーナーに話題に飛んだ。
「さて、2年前に一人の女性を巡ってライバル関係だったお二人。本題の深掘りの前に水と油と揶揄されたお二人がどれほど違うのか、過去の深掘り話題をテーマに軽くトークして頂きます」
そう言って番組の液晶にバンッと表示されたのは"競馬場で大負けした人への深掘り"だ。過去のVTRが簡潔に流れてから最初にトークを振られたアクアはため息をつきそうな表情で軽く腕を組みながらも答えた。
「滑稽だし哀れですよね、後先考えずに賭けるからこうなるんですよ。賭けるにしても計画的に賭ければいいものの」
しかし、そんなアクアに対してハジメは違った。顎に手を当てて考える素振りを見せるようにして間を空けるとこんな風に答えた。
「自分は...滑稽なんて思えません」
意外な言葉に「え?」と思わず言葉を漏らす司会。スタジオ内がやや感じたことのないような空気感で充満される中、ハジメはこんな風に答えた。
「確かに額を賭けすぎて負けたのは事実です。
ですが、だからと言って結果だけを見て彼を卑下するのはどうかと思います...言ってみれば後出しジャンケン。
もしかすれば、この方が賭けに勝っていた可能性だってゼロではありませんから。もし、この方が賭けに勝っていれば...笑われるのは彼ではなく、アクアくんの方では?」
突然飛んできた言葉の槍。コチラも返さないといけないとアクアが思っている間にハジメは更に畳み掛けてきた。
「まあ、賭け事への度合いとかそういうのは置いておいて...物事の勝者と敗者って紙一重だと思うんですよ。
自分はギャンブルをやらないのですが、レース中にギャンブル染みた選択を強いられることがあるので何となく理解出来るんです」
「その...ギャンブル染みたって言うんはどないことなんや?」
「そうですね。具体的にパッと上がるのはペース配分や先行する車にどう仕掛けるか、そのタイミングを見計らう時なんかはかなり強いられる状況になります。ミスをすれば大きなタイムロスやコースアウト、クラッシュなんかの危険もある...
こういう例はレースだけでなく、皆さんの日常生活にもコロコロ転がってると思います。
例えば...夜遅くに営業時間ギリギリのお店に間に合うかどうか分からないけどとりあえず出発してみたり、限定数個のランチを目当てに早めに家や職場を出たり...
取引先や上司にオリジナリティが強めの提案をしてみたり...
これら全部、捉え方次第ではギャンブルになりますよね。
そういうことを考えた上で見ると自分は一方的にこの方を卑下できません」
「...話が少し脱線してるような気がしますが?
自分は賭けに対しての大きさについて話してます」
「前置きとして賭けの度合いは置いておいたはずですが?
まあ、賭けに対しての大きさなんて人それぞれ価値観が違いますし...それに友人や知人、家族ならともかく我々のような赤の他人が賭けをとやかく言う権限はありません。依存症にならない程度からば別にいいと思ってます。
もし、大きな賭けを無くせという話なら株とかもまともにできないでしょうね。企業は衰退していく一方で経済もガタ落ちになるのでは?」
「ギャンブルと経済を一緒にするのはどうかと思うが?」
静かにビリビリと火花を散らしながらも討論する二人。
この二人の関係性が視聴者にももう分かるだろうと判断した司会が「まー、まー!ともかく!ともかく!」と纏めると本題へと移行していった。
「今回の深掘りの内容は恋愛リアリティショーの最前線を深掘り...ちゅうことで行ってみようか!」
そう言って本題のVTRに移行させる司会。
しかし、本題のVTRがモニターから流れた時にクールなアクアの表情が思わず一瞬引き摺った。なんと、VTRのリポーター役を務めていたのは自分の妹の星野ルビーだったのだ。
「―どうもー!深掘りリポーターの星野ルビーでぇーす!!
お兄ちゃーん!見てるぅ〜!!?」
煽るように顔を近づけたりしている彼女に現場内にクスクスと笑う雰囲気が漂う中、最も笑いが堪えられなくなりそうだったのはアクアの隣に座るゲストのハジメだった。
「お兄ちゃーん、見てるーだって....!」
腹を抱えて大声で笑う手前の状態の彼を静かに睨み付けるアクア。そんな彼が目を向けたのは他にもいた。
プロデューサーの鏑木だ。
彼はスタジオの脇で軽く腕組みしながらも小さく微笑むようにしていた...これを見て全てを察した。
「(全部、あの男の仕込みか...)」
・
―収録後
「お疲れ様でしたー!」と颯爽とスタジオを後にするハジメに対し、アクアはプロデューサーの鏑木に静かな足取りで詰め寄った。
「...やってくれましたね」
「そんな顔しないでくれ。まあ、いいじゃないか。
なかなかいい画が撮れたよ」
「全てアナタの仕込みですか?」
単刀直入に問い掛けるアクア。しかし、彼は小さく微笑みながらも意外な言葉を残した。
「いや、全てキミの妹のルビーくんの提案だよ」
意外な言葉に「え?」と思わず言葉を漏らすアクア。彼女がそんな計算高いことが出来るはずが...そう思っている間に鏑木の方が更に語り続ける。
「彼女からの提案で、面白いし話題性も強いと思って企画を急遽変えたんだ。ちょうど五十嵐くんもシーズンオフになった上、シリーズチャンピオンの肩書きを得たという意味ではホットな人材だし...今ガチの新シーズンの撮影が始まったのも重ねれば君らをナチュラルに共演させやすいと思ってね。いつもキミがクールに毒を吐いて締めるお決まりのカタチを少しでも崩せたら、番組的にも見所が増える...さらに、君ら兄妹が一緒の画に映っていれば視聴者もより興味を持つと思ってね。
良いところを突いたと思ったよ...案外、ああいう娘が後にグイグイ伸びてきたりするんだ」
全く悪びれる様子もなく淡々と語る鏑木。しかし、そんな彼に対する苛立ちよりも妹のルビーが提案したということにイマイチしっくり来ない様子のアクア。
そういう根回し出来るほどの動きと提案力は無さそうなのに....後ろにいる誰か?
俺の知らないところで誰かに動きを教わっているのだろうか?
彼はその場で顎に軽く手を当てて思考を巡らせた。
・
―2時間後 芝浦PA
愛車のNSXを停め、缶コーヒーを片手に辺りをキョロキョロと見回すハジメ。
プシュッと開けてからしばらくするとヴィィィンッ...!と官能的なエンジンサウンドを響いてきた。気づいたようにそちらを見ると1台の白い車が...あかねのRX-8だ。そのままNSXと横並びになるように停まると運転席からサングラスと帽子で軽く変装した彼女が降りてきた。
「おまたせっ」
「ああ。ゴメン、こんな時間になって...」
「ううん、いいよ。
明日の午前中、あいてるし...今日は遅くまで大丈夫」
そう語り合いながらも自分達の車と向き合うような形でコーヒーを飲み始める二人。あかねは白い吐息を吐きながらも早速こんなことを問い掛けてきた。
「どうだった?収録」
「シンドかったよ、ギャラだのなんだの深いところまで根掘り葉掘り聞かれてさ....」
「そっか。アクアくんと共演したんだよね?」
「ああ、共演した...相変わらず可愛げないクソ野郎だったよ。鼻摘まんで背負い投げしてやりたいぐらいイライラした」
「もぉー、表現が独特だよ...でも、表情を見る限りはなんだか嬉しそうに見えるけどね?」
そう指摘されて「はぁ...?」と言葉を漏らすハジメ。
クスリと笑うあかねに対して少し間を開けてから「...でも、まあ」付け足すようにしてから彼は続けるようにこう語った。
「アイツ、前と比べてスッキリしたようにも見えた。
なんていうか...憑き物が落ちたっていう表現が一番合ってるかも」
憑き物...
そのフレーズを聞いてあかねが思い浮かべたのは、東京ブレイドの稽古中に彼がパニック発作を引き起こしたことだ。ひょっとしたら彼の中で何か変わるような事があったのかもしれない。
彼は彼なりの答えを見つけ、平穏を取り戻したのかもしれない。
そう思い、内心安堵する...
そんな中でふと何かを思い出したあかねは「あ」と言葉を漏らしてからハジメにこんな質問を投げ掛けた。
「そう言えば、ハジメくん...東ブレの最新巻呼んだ?」
「え、まだ読んでないけど...なんで?」
「最新巻に出て来た"紅彗 "ってキャラが居るんだけど、なんだかハジメくんに似てるなーって」
「えー、気のせいじゃない?」
「そうかなー...?今度単行本持ってくるから、読んでみて」
あかねにそう言われるもイマイチながらパッとしない様子のハジメ。チラッと腕時計で時間を確認していい頃合いだと感じると片手をポケットに突っ込みながらもこう提案した。
「そろそろ行くか?ツーリングデート」
「そうだね」
二人で出ようとそれぞれのコーヒーを飲み干してゴミ箱に捨てようとした時、あかねが「待って」とハジメの方に呼び掛けてきた。なんだろうとゆっくりと呼び掛けてきた方を見る彼に対し、彼女は少し恥ずかしそうにしながらもこう語り始めた。
「私...ハジメくんの後ろについて走るのスゴい好きなんだ。
なんというか、こうして一緒に顔を合わせる時とは違う心の繋がりみたいなものを強く感じるの。
だから...これからもついていっていい?アナタの後ろに」
恐る恐ると言った様子で確認するように聞いてきたあかね。そんな彼女にハジメはそんなことかと言わないばかりに小さくクスッと笑ってからこう告げた。
「いいよ、好きなだけどうぞ」
その答えに満面の笑みを浮かべながらも「ありがとう」と答えるあかね。
それから程なくして出発するNSXとRX-8...
2台のエンジンサウンドが奏でる二重奏が深夜の首都高に響き渡った。
・
―翌日 真奈美のアパート
ケンゴと一緒に引っ越し準備に取り掛かる真奈美。
大きめのタンスを二人で外に持ち出し、借りてきた軽トラにいらない粗大ゴミを載せていく...ある程度大物が載ったところで真奈美は「ふぅ...」と小さく息を吐きながらも額から出た汗を手の甲でサッと拭き取ってからケンゴの方に目を向けた。
「ケンちゃーん、今日はありがとねっ」
「どういたしまして。ちょうど大学の講義もバンド活動もなくてよかった」
そのまま近所のゴミ捨て場に運ぼうと運転席に真奈美が乗り込むと、ケンゴも助手席に乗ってきた...キーを回してエンジンが掛かると共に「出発進行ー!シュッシュッー!!」と小学生のような発言をすると共にゆっくりと軽トラが走り始る...
そのテンションの高さに助手席のケンゴは苦笑いの笑みを浮かべるも、ふと疑問に思ったことがあると単刀直入に問い掛けた。
「そう言えば、引っ越しするってなると結構費用掛かるんじゃないか?お金の面とか大丈夫?」
その問い掛けに今まさに不安に抱えている部分を突かれたような気がしてギクッと一気に表情を歪ませる真奈美。ノリノリだったテンションを谷底まで落とすように沈ませながらも命が抜けかかったような低い声でこう答えた。
「ソウダヨー....オカネナイヨー、ピンチダヨー...」
「そんなゾンビみたいな声出すなよ...親には頼まないのか?」
苦笑いしつつもふとした疑問から提案も兼ねて問い掛けるケンゴ。しかし、真奈美はふと真剣な表情を浮かべると信号待ちで軽トラを停めながらもこう答えた。
「...頼まないよ、絶対。自分が決めたことだから自分で最後までやり遂げたい」
「そうか。にしても、せっかく入った大学も中退してまでやるとはな....」
「まあね、それぐらい覚悟もってやらないと出来ないと思ってるからね。
1000人近い1次試験から最終までで選ばれるのはたったの5人。選ばれた周りは私以上に本気の人ばかりだろうし....本腰入れてかないと足元掬われちゃうよ」
そう言って程なくして信号が青になると再び軽トラを走らせる真奈美。真っすぐとした彼女の眼差しと覚悟に少し惹かれ掛けているケンゴにチラリと目を向けた彼女は更に語り続けた。
「引っ越しが終わったら、卒業までの2年間は群馬の人間になる気でいる。そりゃ...東京と比べたら不便だけど、それぐらいの気合いは入れないと」
「...向こうでも頑張れよ」
「ありがとっ。ケンちゃんもいつでも遊びに来てね?
一応群馬も関東圏だから行こうと思えばいつでも行ける距離だし、歓迎するよ」
クスッと小さく笑みを浮かべながらも運転を続ける真奈美。しかし、そんな彼女の頭の中には金銭面の不安で埋め尽くされていた。
「(にしても、どうしよっかな...
バイトのシフト増やす?いや、でも今から増やしたところで現状だと焼け石に水だよね...
手っ取り早く稼げる方法ないかなー...)」
・
―深夜 薄暗い部屋
深掘れ☆ワンちゃん!のADを勤めていた吉住シュンは目にクマを溜めた状態でPCと向き合って仕事をしていた。
上司であるディレクターの漆原鉄に言われた冬コミまでにコスプレイヤーを集めてコスプレ企画を作るという指示を遂行するためだ...前日に送ったメールの返信がないか確認するも、返信は何れもお断りの内容ばかりだ。
「(ダメだー...!やっぱりコスプレ界隈の人って、メディアスゴい毛嫌いするんだよなー...!!
あー、どうしよう!もう冬コミまで一カ月切ったっていうのー!!)」
両手で頭を抱えながらもカリカリ!と掻く吉住。自分の妹を強引に出演枠に入れるほど追い込まれていた彼...更に漆原にドヤされ続けたメンタルの損耗により身体ともにボロボロの状態だ。
まともに使い走りばかりで最近睡眠も確保できてないし、それに見合った給料は勿論貰えていない。
そろそろテレビマンやめようかな...そう思いながらもPCの右下の時計表示に目を向ける...時刻は早朝3時。
睡魔と戦いながらも彼の戦いは夜が明けるまで続いた。
・
―3日後 収録スタジオ
鏑木からの希望でオフシーズン限定で深掘れ☆ワンちゃん!の準レギュラー枠を獲得したハジメ。
本日の4本撮りのうちの3本目だけ出演し、収録が終わると共に「お疲れ様でしたー」と帰宅しようとするも「ちょっといいか?」とある人物に呼び止められた。
星野アクアだ...
彼を見るや否や若干眉間にシワを寄せるも、「なんだ?」と問い返すと彼自身もあまり深く話したくないのか、単刀直入に本題に入った。
「お前、番組でコスプレ特集組もうと動いてるの知ってるか?」
「はぁ?知らないけど...なんで、急に?」
「撮影許可してくれるレイヤーが集まらないってADが焦ってるみたいなんだ。俺の妹も事務所所属の娘に声掛けてるぐらい人居なくてな...番組的には冬コミまでに人集めたいらしいからもう時間もないしな」
「ほーん。それで妹の手助けがてら人集めるの手伝って欲しいと?"お兄ちゃん"」
若干煽るような付け足し方に「っ...」と奥歯を食い縛るように一瞬イラつきを見せるアクア。しかし、頼む側である以上は刺激するような真似は出来ない...その姿勢を見るとこれ以上弄っても可哀想だしなという同情から「わかった」と返すと早速辺りをキョロキョロと見回してはこう問い掛けた。
「担当のADは?」
「あそこ」
アクアが吉住の方に指を差したのを見て彼の方に歩み寄るハジメ。後ろから「ちょっといい?」と話し掛けて「は、はい!」と振り返った彼に色々と聞き始めた。
「キミが進めてるレイヤー集める企画、俺も手伝おうと思うけど...円滑に進める為に詳しいこと教えてくれない?」
その言葉に天から救いが来たような気分にさせられる吉住。思わず、目を輝かせながらも感極まるように身体を震わせた。
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!
当日は東ブレのコスでギャラは...」
・
―翌日 夜 ハジメの借家
今のソファーに座りながらもノートPCと向き合い、送信したメール達の返信をチェック...自分と仕事上の関わりがあるレースクイーン達に送ったが、全員答えは"NO"だった。
「(マジかよおおおおぉぉぉぉぉぉ!!?
全滅じゃねええかあああああ!!!)」
送ってから気が変わったような人が一人ぐらいいないか確認しようと更新するも、画面は変わらず...予想外の結果に思わず頭を抱えてしまう。予想外というのもレースクイーンという業種、実は年収は昔ほど高くないからだ。仕事欲しさに食いつく人が一人ぐらい居るだろうと思っていたが、そう甘い世界ではなかった。
「(そうだよなー...
冷静に考えてみれば冬コミって年末だから帰省の時期だろうし、その上事務所に所属してる奴らを年末働かせるにしては安いギャラだしな...)」
途方に暮れながらもソファーに凭れ、その場で腕を組むハジメ。こうなってくると、"大船に乗ったつもりで任せてくれ"と言わないばかりの振る舞いをした自分が恥ずかしくなってくる。
どうしよう....皆に見せる顔がない。
そんなことを思っている最中、テーブルの上に乱雑に置かれた自分のスマホがピロリンッと何かメッセージをキャッチ...
送り主は斎藤真奈美だ、恐らく下らない内容だろう。
....待てよ、アイツならもしや。
そう思い、姿勢を元に戻すハジメ。
テーブルの上に置かれたスマホを手に取るとSNSを開き、斎藤真奈美の項目を選択。メッセージを打ち込み始めた。
「(芋臭い女だけど、一か八か....頼んでみっか)」