IF 〜もしもあの時〜   作:マグウェル

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第一幕 HEART BEAT act.4

 

 

 

 

 

―土曜日

 

 

 

朝早い時間帯から黒川あかねの家前に着いたハジメのNSX。

 

時間帯が時間帯の為、なるべくうるさくならないように配慮しながらも停車。呼び鈴を鳴らそうと車から降りる前にあかねの方から出てくる。助手席側のウィンドウを開けるとひょこっと顔を見せてきた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、迎えに来て頂いて...」

 

 

 

 

 

「いや、いいって。いいって。遠慮せずに乗ってよ」

 

 

 

 

 

そう促すと共に「失礼します」と助手席に乗り込む黒川あかね。手に大きな鞄を持っている...何が入ってるんだろ?

内心そう思うも指摘することなく再び車を走らせていく...2重奏のチェロバンドの曲が流れる車内で道中の暇潰しにと会話が始まった。

 

 

 

 

 

「前にも話したけど、今日一緒に走る後輩いるけど...大丈夫?」

 

 

 

 

 

「はい、大丈夫です。どんな方なのですか?」

 

 

 

 

 

「ああ、高校"時代"の後輩」

 

 

 

 

 

 

....時代というまるで"過去"を表したようなフレーズにやや引っ掛かったあかね。

 

ハジメは留年した現役の高校生だったのでは...?

 

 

そう疑問を抱きながらもあかねが見つけていると、信号待ちの時に視線から感じ取ったのか、ハジメは苦笑いしながらも「あぁ...」と呟いてから包み隠さずに白状した。

 

 

 

 

 

「俺、21だよ。もう高校卒業して3年経ってる」

 

 

 

 

 

衝撃のカミングアウトに「えぇーっ!?」と思わず驚いた声をあげるあかね。そのまま「そう言えば...」と思い当たるような節を次々に上げ始めた。

 

 

 

 

 

「かなちゃんと関わってる時以外は高校生にしては落ち着いてる雰囲気ですし、他の演者の方々と比較してより成人に近いような身体されてますし....でも、どうして隠すことなくここで明かしたのですか?」

 

 

 

 

 

「どうしてって...別にこの場では隠す義理もないかなって、あの設定は番組側が馴染みやすいようにつくった設定だから」

 

 

 

 

 

「そうですか...」

 

 

 

 

 

「あ、思ってたより年上だったからってより気を遣うようなことはやめてくれよ?接し方は今まで通りの感じでいい」

 

 

 

 

 

そう言いながらも信号が変わったところで再び走り始めるNSX。ヴァゥンッ...!とエンジン音を轟かせながらも走る車の車内で次は興味を抱いた後輩について語り始めた。

 

 

 

 

「その後輩ってどんな方ですか?」

 

 

 

 

 

「どんな方って言われてもなぁ...俺の2つ下の後輩、女だからすぐ馴染めると思う」

 

 

 

 

 

「えー!女性ドライバーさんですか、なんだかカッコいい...!!」

 

 

 

 

 

「格好良くは...ないなぁ、一応アイツが免許取ってからずっと教えてやってはいるけどまだまだ下手くそ。まあ...悪いやつじゃないから仲良くしてくれ」

 

 

 

 

 

そう言っている間に首都高に合流するNSX。

車内に差し込んでくる朝の眩しい日差しを感じながらもトラックの後ろにつけるようにして走行を続けていると「なあ、黒川」と再び話を切り出した。

 

 

 

 

 

「朝食べたか?食べてないなら海老名辺りのSAで食べない?」

 

 

 

 

 

「はい、お願いします」

 

 

 

 

 

そう言ってしばらくすると首都高経由で東名に合流、程なくして到着した海老名SAの広い駐車場の片隅にNSXを停めると迷惑を掛けないようにと黒い野球帽とサングラスで軽く変装するハジメ。あかねの方も大きめの赤縁丸眼鏡とニット帽で変装し、一緒に中へと入っていく。そのまま軽い朝食を済ませると再びNSXに乗って雑談混じりに車を走りさせていくと足柄スマートICで東名を下り、下道へ...

 

しばらく走らせていくと東ゲートに到着した。

 

 

高速道路の料金所のようなゲートと入り口から見ても広いと一目で分かる広大さにあかねも「すごい...!」と言葉を漏らしていた。

 

 

 

 

 

「広い...!想像してたのと全然違います...!」

 

 

 

 

 

「だろ?あ、記念に写真でも撮る?」

 

 

 

 

 

「はい、ぜひ!」

 

 

 

 

 

迷惑にならないようにNSXをゲートの隅に寄せるようにして停めると降りる二人。FUJI SPEEDWAYの大きなロゴと入り口を背景にNSXの横で軽くピースサインするあかね。スマホを手にして彼女をパシャッ、パシャッと撮影するとこんな提案をしてきた。

 

 

 

 

 

「五十嵐さんも入りませんか?」

 

 

 

 

 

「え、俺はいいって。ここ、結構来てるし...」

 

 

 

 

 

苦笑いしながらもそう言って断ろうとしていると近くに居合わせた似たように撮影して終わったばかりの人に近づき、「すいません...!」と声を掛けたあかね。そのままスマホを手渡して撮影を任せるような形に...ここまで来たら逃げられない。

 

観念するように隣に立つハジメ。

 

そのままパシャリと2ショットを撮られてからスマホを返してもらいながらも礼を言うあかねに対し、ハジメは顔赤らめながらも困惑した様子だった。

 

 

 

 

「(自分で引っ込み思案って言ってたが、なんかアグレッシブなところあるな...この娘。...無意識にやってる?)」

 

 

 

 

 

そう思っている最中に「あとで五十嵐さんにも送りますね」と言いながらも助手席に乗り込むあかねに応じるように「こっちもさっき撮ったの後で送る」と告げると再びNSXに乗り込み、入場料を払ってゲートイン。

 

車がないとキツいような勾配と広さに助手席に座るあかねは興味深々と言った様子だ。

 

 

 

 

 

「ホントに広いですね...!」

 

 

 

 

 

「まあ、日本三大サーキットの一つだしな。

F1が開催出来る基準になってるFIAグレード1っていう規格に入っているのは国内だとこの富士スピードウェイと鈴鹿サーキットだけ。ちなみに過去、本当にF1レースが開催された経歴もある...まあ、俺らがまだガキぐらいの時代だけど」

 

 

 

 

 

そう説明しながらもAパドックまで車を走らせると既に何台か先着で停まってるのを確認しつつも車を停め、車から降りる。それぞれ雑談したり、タイヤ交換や空気圧の調整などを行なっている...中には積車で車を運んでくるような猛者もいた。

 

 

 

 

 

「スゴい熱気...」

 

 

 

 

 

「まだまだ、ここからもっと集まってくるから」

 

 

 

 

 

そうこうしてると一台の白い86がNSXの横に停まってきた...真奈美の86だ。二人を見るや否や車から降りては「やっほー!」と手を振ってくる。それに対し、ハジメは思わず苦笑いの表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「(朝からうるさい女だこと...)」

 

 

 

 

 

そう思っているハジメを他所に真奈美の注目はあかねの方に...早速「うわー...!」と目を輝かせながらも興奮した様子で歩み寄ると両手を取って確認するように問いかけた。

 

 

 

 

 

「アナタが黒川あかねさん!?ワタシ、斎藤真奈美!すっごー!生で見るとホントに美人!!」

 

 

 

 

 

そのまま手にとった両手をブンッ!ブンッ!!と勢いよく上下させる真奈美。まるで新しい人形を買ってもらった3歳児のようだ...そんな真奈美のオーバーなアクションにあかねも思わず苦笑いの表情だ。

 

 

 

 

 

「えっと、斎藤さんも...美人ですよ?」

 

 

 

 

 

「えー、やっだなぁー!ホント、御世辞が上手な娘!それから、そんな堅苦しい苗字で呼ばずに真奈美でいいよ!真奈美で!!」

 

 

 

 

 

グイグイと押されっぱなしのあかね...そんな彼女の注目は真奈美の愛車の白い86の方へと向けられた。

 

 

 

 

 

「あの、この車は...?」

 

 

 

 

「86だよー、トヨタ·86GT。現行モデルだよ。カッコいいでしょー?」

 

 

 

 

 

「嘘つくなよ、去年に新しいの出ただろ。GR86」

 

 

 

 

 

ハジメの呟きにややムスッとした表情を浮かべる真奈美。開き直るように「はい、ソウデスヨー」と呟くとそのまま自分の車のついて語り続けた。

 

 

 

 

 

「これ、1年前に買ったんだけど...初期モデルだからかなり安かったんだー。まあ、その分対策という対策は何も練られてないモデルだから、色々とトラブルも多いんだけど...」

 

 

 

 

 

「トラブル...?」

 

 

 

 

 

「うん。特に多いのがミッショントラブル。この車のミッション、ガラスのミッションって呼ばれるぐらいすっっっごく弱くてさー...」

 

 

 

 

 

苦笑いしながらも頭を抱えるようにして答える真奈美に対して「そうですか...」と呟きながらながらもじっくり眺めるあかね。すると、あることに気付いた。

 

 

 

 

 

「車内にいっぱいタイヤ積まれてますよね...?あれは...?」

 

 

 

 

 

「あぁ、サーキットアタック用のハイグリップタイヤだよ。この日の為に買ったんだー!」

 

 

 

 

 

ニシシ...!と笑いながらも説明する真奈美に対し、ある疑問が浮かび上がったあかね。横にいるハジメに向けて「五十嵐さん」と呼びながらも単刀直入に問いかけた。

 

 

 

 

 

「五十嵐さんの車は替えのタイヤは積まれてませんよね...?大丈夫なんですか?」

 

 

 

 

 

「あぁ、大丈夫。今日は一応走るには走るけど、俺はそんなに走らないから。コイツの指南役として引っ張るってのが俺のメインの役割」

 

 

 

 

 

「まー、でもタイヤまみれの車で送迎なんて行ってもかっこつかないもんねー。ハジメくんのNSXの場合、車内に4本乗り切らないからラックみたいなので外に付けたりしないといけないから正直ダサ...」

 

 

 

 

 

「86のミッションがまたぶっ壊れる呪い掛けておいた。震えながら走ってろ」

 

 

 

 

 

顔だけが笑っているような雰囲気で真奈美に告げるハジメに対し、「そんなー!」とオーバーリアクション気味に絶望したような反応を見せる彼女。そうこうしてると何人かハジメの方へ歩み寄ってきた。上は50代ぐらいの初老の男から下は免許取り立てという雰囲気の若者まで、一人一人と挨拶を交わしてはセッティングの話から最近の世間話などを軽くしていく...

 

 

 

 

 

「(五十嵐さん、人気者なんだな...)」

 

 

 

 

 

そんな事を思いながらも見守るあかね...

しばらくすると一通り挨拶を終えたハジメの元に走行会主催らしき人物がバインダーとボールペンを渡してきた。ハジメだけでなく、真奈美や他のドライバーにも渡して何かを書かせていく...横から覗き込むようにすると走行誓約書だ。

一通り書き終えてから「ほら」とあかねに手渡し、下の同乗者の欄にサインを促すハジメ。恐る恐る書いていると真奈美の方からも「あかねちゃーん?」と手渡してきた。

 

 

 

 

 

「え、いいのですか?そんな、真奈美さんの車にまで....」

 

 

 

 

 

「いいって、いいって!一台だけ同乗っていうのも味気ないでしょー?」

 

 

 

 

 

そう言ってサインするように勧めていく真奈美。

それから1時間後、富士スピードウェイでの走行会がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―1時間後

 

 

ピットから次々に本コースに合流していく車両たち。

ハジメはNSXの車内で黄色いフルフェイスヘルメットを頭に被り、自分が飛び出すタイミングを待っていた。そ助手席には彼のお下がりの白いジェットヘルメットを被ったあかねがちょこんと座っている状態...待っている間に彼女に一言だけ告げた。

 

 

 

 

 

「最初はタイヤ温めるためにウォームアップで走るから安心して。温まったらちょっと攻め始める」

 

 

 

 

 

そう言ってあかねが頷いている間に前方の車両が本コースに合流したのを確認。それに続くように飛び出す...襲いかかる加速Gに思わず驚いたような表情を見せるあかね。程なくして後ろで待機していた真奈美の86も本コースに合流...バックミラーで彼女の車影が走り始めたのを確認するとインカムで彼女に向けてメッセージを送った。

 

 

 

 

 

「1周目はウォームアップがてらライン見せて引っ張ってやる、タイヤ温まってからは自分でなんとかしろよ?」

 

 

 

 

 

「―りょーかいッ!!」

 

 

 

 

 

気合が入りきったような返答を聞きながらも第一コーナーのキツい右コーナーにブレーキングして飛び込む...送迎時と同じ車とは思えない牙の剥き方に「いっ...!?」と思わず声を漏らすあかね。次に右の緩いコーナーからの左の90度コーナーと助手席で振り回されていく...これが"ウォームアップ"ということに頭が追いつかない。

 

 

 

 

 

「―ハジメくん!ちょっと速すぎない!?」

 

 

 

 

 

「お前が遅いんだよ、ペースかなり落としてっからちゃんとついてこい」

 

 

 

 

 

そんな二人のやり取りを聞きながらも車ではまず味わったことのないスピード領域に小さく身体を震わせながらもグッと身体を硬直させるあかね。大きなU字の右、キツめの左とコーナーを曲がった時にチラリと助手席に座る彼女の状態を見たハジメは真奈美への受け答えとは対照的に「大丈夫?」と確認するように問いかけてきた。

ここで自分がダメと答えたら彼の足を引っ張ることになると気持ちを懸命に抑えて「は、はい...!」と答えるあかね。しかし、それを聞いたハジメの対応であかねはこの後に後悔することになった。

 

 

 

 

 

「よし、それじゃ...タイヤも温まってきたし、ちょっと"攻めるか"」

 

 

 

 

 

「...えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

連続コーナーを立ち上がったホームストレートでヴァァァァァンッ!!という聞いたことのないような甲高いサウンドをサーキット中に轟かせるNSX。

 

慣れていない加速Gと景色の流れ方、耳に飛び込んでくるVTECエンジンのサウンドと共に車内で「いやぁぁあぁああぁぁッッ!!?」というあかねの断末魔が響き渡る。

 

国内サーキット屈指の流さ誇る約1.6kmのホームストレートを滑空するように駆け抜けていくと再び第一コーナーが姿を見せてきた。1周目のウォームアップよりもかなりアクセルを踏んで攻めている様子にあかねの声も更に震えた。

 

 

 

 

 

「五十嵐さん、ブレーキ!ブレーキーーッッ!!」

 

 

 

 

 

かなり詰めてのフルブレーキング。先程までシートに身体を押し付けくるような感覚だったGが今度はシートから押し出すような形で急激に襲い掛かってきた。

 

「い、いやぁぁぁぁああああ!!」と再び断末魔が木霊するもハジメは冷静にヒールアンドトゥでシフトダウン。ヴァゥンッ!ヴァゥンッ!!と咆哮のようなサウンドを轟かせて第一コーナーに進入すると前に押し出すように襲い掛かっていたGは今度、曲がるコーナーの外側に弾き出すように襲い掛かってきた。完全に振り回されているような感覚...内心後悔しながらも右に左にと振り回され続けていたが、ふと前を見るとあることに気付いた。

 

先行していたはずの白いBMW Z4との距離がほとんどないのだ。そのまま後ろにつかれて煽るような形が続くと相手が勝負を諦めたのかハザードをつけながら道を譲るような形でラインを空けてきた。

 

 

 

 

 

「え...?」

 

 

 

 

 

見るからに速そうな車が次々と道を空けて勝負から降りていく...自分が乗ってる車が今一番速くて他の出走車が勝負から降りてると考えると不思議な感覚に陥ったあかね。

速く走っているにも関わらず、全てが遅く感じるような...今まで味わったことのないその感覚に次第に心地良いと感じ始めた。

 

 

 

 

 

「(な、なんだろう、この感じ...?)」

 

 

 

 

 

2周目を終えた頃には先程まで自らをイジメるように振り回してきたGですら揺り籠のように心地いいと感じてしまった。それに対し、断末魔が聞こえなくなって逆に心配になってきたハジメ...チラリと助手席に目を向けてから確認するように「大丈夫?」と問いかけるとあかねからは意外な答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

「大丈夫です、もっととばしてもかまいません」

 

 

 

 

 

さっきの断末魔からして失神でもしてるんじゃないかと思っていたが、逆に何かに目覚めたような答え...

まさかの解答に思わずヘルメット越しに「ハッ?」と言葉を漏らすハジメに対してあかねはキラキラとした眼差しを向けていた。

 

これは応えずにはいられない....

 

 

 

 

 

 

「後で文句言わないでくれよ?」

 

 

 

 

 

そう言いながらも再びアクセルを踏み込んでヴァァァァァンッ!とVTECエンジンの甲高いサウンドを轟かせていく。先程と同じように「キャー!」と声をあげるあかねだが、その声は恐怖というよりかはジェットコースターに乗るような楽しさ混じりの声だ。

 

 

左の90度コーナーからの右の大きなU字コーナー...左足ブレーキでアンダーステアを消しながらも立ち上がったりして先程よりも本気めに攻めてるが、横に乗ってるあかねは「アハハ!」と何だか箍が外れたように楽しそうにしていた。

 

 

 

 

 

「(見かけによらずにタフだな...この娘)」

 

 

 

 

 

そうこうしながらも立ち上がると先行との距離が縮まった。赤い丸っこくも背の低いスポーツカー...車体後方に綴られていたアルファベットを見てあかねは「あっ」と思わず声を漏らした。

 

 

 

 

 

「五十嵐さん、あの車...!」

 

 

 

 

 

「ああ、ポルシェだ。あれはケイマンっていうポルシェの中でも少し小さめのスポーツカーだ」

 

 

 

 

「抜けそう...ですか?」

 

 

 

 

 

あかねの問いかけに思わずニッと笑みを浮かべるハジメ...

「まあ、お任せ」と告げて赤いケイマンと交戦態勢に入った。

一方のケイマンのドライバーも後ろから追われてると感じてペースを上げてきた...

 

ストレートが少し長い区間だと離されるが、コーナーが少しでも入ると距離を縮めれるような感じだ。

 

 

 

 

 

「ホントにいけますか?」

 

 

 

 

 

「大丈夫だって、最終コーナー手前で勝負から降ろす」

 

 

 

 

 

直線区間で車体を赤いケイマンのすぐ後方につけて加速するNSX...所謂スリップストリームだ。空気の分厚い壁を先行しているケイマンに全部ぶつけることで加速を稼ぐ戦法だ。

 

開くはずの直線であまり開かない...そんな中で迎えたダンロップ下の右左右と続く超低速のシケインコーナー。キッチリとブレーキングを入れてクリアして立ち上がるケイマン。すぐその後ろにはNSX...再びスリップストリームの態勢だ。

 

先程まであまり開かないぐらいだったが、今度はほぼ同等の加速...実はこのスリップストリーム、車間距離が近ければ近いほど恩恵が大きい。

 

そんな中で迎えた右コーナー...シケインほどではないが、かなり角度がキツいコーナーだ。姿勢が乱れかけるケイマンに対し、インをつくようなライン取りで攻めていくNSX。

 

ヴァッ!ヴァヴァヴァッ!!とエンジンの美味しい部分だけを使うようなサウンドを響かせながらも先行するケイマンにプレッシャーを掛け続ける。そこから間もなくして入った左コーナー...遂にバンパーを突きそうな距離感だ。

 

 

 

 

 

「(よーし、いいぞ。射程圏内だ...!)」

 

 

 

 

 

そう思いながらも迎えた左コーナー...

その出口で赤いケイマンがハザードをつけながらハジメにラインを譲るような動きをしてきた。どうやら勝負から降りたようだ。

 

 

 

 

 

「え、勝った...んですか?」

 

 

 

「そうみたい。もうちょっと長引くかなーって思ってたけど」

 

 

 

 

 

そう呟きつつも遠慮なく譲って貰ったラインを走り、ケイマンをオーバーテイク。ハザードをつけながらサインを送るとそのまま置いてきぼりにするように加速し、次のコーナーへと飛び込むNSX。

ヴァゥンッ!というエンジンサウンドが耳に飛び込んでくる中、あかねは五十嵐ハジメというドライバーのドライビングを眺めていた。

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―1時間後

 

 

今度は真奈美の86の助手席に乗るあかね。

ハジメは観戦しやすい場所から色々と指示を送っている。時折、彼からのアドバイスが車内に響き渡る。

 

 

 

 

 

「―インに入るタイミングが遅い、もうワンテンポ早く!」

 

 

 

 

 

「―立ち上がりのアクセル操作がラフだ、リアが変にスライドしてる!もっと丁寧に扱え!」

 

 

 

 

 

その指示に「わかってるって!」と焦った様子で答える真奈美。無線を切って「たく...」と言葉を漏らしてから思わず小さく小言を発した。

 

 

 

 

 

「天才様は簡単そうに言うけど、難しいのよ...!ホントに!!」

 

 

 

 

 

そう言いながらもホームストレートから右コーナーに飛び込む白い86。その立ち上がりで先行していた黄色いのスイフトスポーツを捉えた。現行一つ前のZC32S型だ。

 

完全に射程圏内だが、ラインを譲らずに寧ろブロッキングするようにしてきた。

 

 

 

 

 

「真奈美さん、あの車...全然譲ってくれませんね」

 

 

 

 

 

「あー、女だからってナメてるやつだ...!ほんっっとにめんどくさい!!」

 

 

 

 

 

そう言いながらも左の90度コーナーを抜けて大きなU字に差し掛かるもひたすらラインブロックしてくる。流石の真奈美もイライラが募りに募る...

 

 

 

 

 

「カメがウサギ塞いでどうすんのさ!?ほらほら、どいたどいた!!」

 

 

 

 

 

パシッ!パシッ!パシッ!!と何度もパッシングして退かせようと促すも、ブロッキングの態勢を依然として続ける...そんな中でハジメから無線でアドバイスが飛んできた。

 

 

 

 

 

「―並走して次のコーナーでインからついてみろ」

 

 

 

「え?どうやって?」

 

 

 

 

 

「―相手の"抜かせない"という感情を逆手に取るイメージで仕掛けろ。そしたら抜けるはずだ」

 

 

 

 

 

ハジメからのアドバイスを横で聞いていたあかねはよくわからないと言った表情...真奈美も最初は理解できなかったが、少し考えて分かれば「なるほど、そういうことね...!」と反応すると大きく操舵して黄色いスイスポと並走する態勢に入った。

 

一方、スイスポに乗っていた若いドライバーは「な...!」と言葉を漏らしながらも負けじにアクセルを踏み込み続けた。

 

 

 

 

 

「抜かせるかよ、芋女...!」

 

 

 

 

 

並走しているうちに次の右コーナーが見えてきた...

チキンレースのように張り合う黄色いスイスポ、乗ってるドライバーの意識は前だけでなく、並走している真奈美の86の方にも向けられていた。しかし、そんなの知ったことかと言わないばかりに真奈美の86は一足先にブレーキングに入った。

 

 

 

 

 

 

 

前を見てから86の方を見ると居ないことに気付いて驚いた表情を浮かべるスイスポのドライバー。彼は知らない間にオーバースピードでコーナーに突っ込む形になってしまったのだ。

 

 

 

 

 

「クソッタレぇぇぇぇぇえッッ!!!!」

 

 

 

 

 

思い切りブレーキングして制御しようとするもそのままズルズルと引き摺るようにアンダーステアで曲がらない黄色いスイスポ。そんなスイスポに対し、真奈美の白い86はイン側から鮮やかにコーナーを抜けて前に出た。

 

 

 

 

 

「お先に失礼ェー!!ヒャッハーッッ!!」

 

 

 

 

 

ブォォゥンッ!!とボクサーエンジン特有のサウンドを響かせながらもバックミラーを見るとコースアウトギリギリで亀のように止まってしまった黄色いスイスポを確認。真奈美も思わずハハハッ!と腹を抱えそうなほど笑っていた。

 

 

 

 

 

「無様にアンダーだして止まってやんのー!ハァー、笑える笑える!!オモシロ!!」

 

 

 

 

 

「真奈美さん、後ろから一台来てますよ?退かないと...」

 

 

 

 

 

スイスポばかりに目を向けていたが、あかねの冷静な指摘で自分が煽られているのに気付いた真奈美。煽って来てるのは黄色いS2000、GTウィングを装着した見るからに速そうな外観だ。言われて気付いて「ひゃあっ!?」と驚いたような声を出した。

 

 

 

 

 

「あらやだ、アイツのこと言えなくなるところだった...!」

 

 

 

 

 

直ぐにハザードをつけて道を譲る真奈美の86。助手席に座っていたあかねは少し呆れたような様子で彼女を見ていた。

 

 

 

 

 

 

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