―栃木県 とある管理釣り場
個人スポンサーになる予定のレゼ・カルカーノとの集合場所であるこの場所に来たハジメとあかね。到着するや否や、あることに少し驚いていた。
「スマホで事前に調べたけど、実際に見ると想像以上に駐車場しっかりしてるなぁ...安心した」
「安心したって...?」
「あー、NSXってアルミモノコックボディだろ?
あまり荒れたところに駐車するとアルミが歪むって言われてるからさ...」
そう言いながらも駐車場の片隅にレゼ・カルカーノのオシャレなステッカーがあしらわれたハイエースが3台停まってるのを確認...少し離れた位置からカメラがコチラに向かって回っているのも見える。どうやら、現場入りから撮影するようだ。これを見て気を取り直すように「さてと...」と呟いてはあかねの方にこう促した。
「久々の二人での仕事、がんばろうか」
「うん、そうだね」
そのままカメラが押さえやすい画角を考慮し、数マスほど離れた位置にNSXを停車させる。パタッとドアの開閉音を響かせながら車から降りるとハイエースの方から一人の男が降りてきた...見た目は30代ほど、所々帽子で潰れたような跡がある横を刈り上げた緑色のベリーショートの髪、日焼けした肌、釣り場に似つかわしいブラウンのスーツジャケットにベージュのスーツらしきズボン、黒色のインナーのシャツ。
彼はコチラに軽く駆け寄るようにしては人が良さそうな雰囲気を醸し出しながらも出迎えてくれた。
「遠いところ申し訳ないね。
レゼ・カルカーノの代表取締役社長、狩野弘和だ」
「五十嵐ハジメです、よろしくお願いします」
「黒川あかねです、よろしくお願いします」
カメラマンが近づいて3人が挨拶をする交わすところしっかりとカメラに収める。見た目は少しアレだが話した感じは変に尖ったようなところもなく、おおらかそうな人だとハジメとあかねが感じ取っている中で狩野の方が「早速だけど...」と話を切り出してきた。
「お二人とも、釣りの経験は?」
単刀直入な質問にうーん...と記憶を辿る二人。口元に指を軽く当てるようにして空に目を向けていたあかねの方から話し始めた。
「幼い時にお父さんに連れられて行ったことがあるような...」
「なるほど。五十嵐くんの方は?」
質問を投げられると苦い思い出が脳裏を過るハジメ。
厳密に答えていいか、どうかと悩んでいると狩野の方が察したのか、笑みを浮かべながら「正直にどうぞ」と促されて仕方なしに答えた。
「6歳ぐらいのときに親に連れられて行ったことがあるんですけど...」
「ですけど?」
「親の不注意で投げた仕掛けが自分の顔面に直撃して...それ以来しばらくの間はトラウマ状態でした...」
申し訳なさそうに語るハジメに対してアチャーと言わないばかりに苦笑いの笑みを浮かべる狩野とあかね。しかし、すぐにそれを感じ取ったハジメが「で、でも!大昔のことだから大丈夫ですよ!」と笑顔を咄嗟につくってリカバー。それから少し間を空けてから狩野が腕を組んで「なるほど」と一言漏らすと腕を軽く組みながらも確認するようにこう問い掛けた。
「つまり、二人ともほぼ初心者...ってことで?」
「そうなりますね...」
「ま、まあ...」
申し訳なさそうにするあかねとハジメ。しかし、そんな二人に対して狩野は「よっしゃきたあああああ!」と別人のように雄叫びを上げて歓喜をアピールしてきた。
「私の会社、レゼ・カルカーノはフィッシングブランド、カルカノから派生したそんな方々向けのブランドォォォッ!!
今から釣り始めますっていう初心者の方や、ご家族・カップルで釣りを楽しみたいという方々をメインのターゲット層としており、低価格・高品質の製品を売りとしていまァァァすゥッ!!」
そう言いながらもハイエースのハッチに手を伸ばし、「ワチャァッ!」と奇声を上げながらもバッと開ける狩野。
ハイエースの中には何本も竿やリールが入っており、そのウチの1本の竿を手に取ると半ば強引にハジメに握らせてきた。
「コチラが最近でたウチの新しい商品でーす!
Leone 623XUL!かなり柔らかいしなりを持ちながらもキャスト時に芯のブレがない最高のブランクスを持っている一品ーッ!
お求め安いリーズナブルな価格帯でありながら、その性能は他社の倍以上の価格帯のロッドを凌駕する作りとなっておりまぁぁぁす!どうぞ、振ってみてくださいッ!!」
訳がわからないながらも勢いに負けて「は、はぁ...」と苦笑いしつつ軽くヒュンヒュンと竿を振るハジメ。
あー、これがいい竿なのか....
......。
........。
............。
いや、悪い竿がどんなのか分からないからいきなりいい竿持たされても違いが分からないのよ。
そう思っている間に狩野はハイエースの車内から黒いリールを手に取ると、その目をあかねの方へと向けてパッ!と手渡ししてきた。
「黒川さん、コチラが当社の新作のリールとなっておりまぁぁぁす!Dante 2000SHGでぇぇすッ!親会社のカルカノから受け継がれた最新技術のハイメカニカルドライブとインフィニートギアを搭載しており、最高の巻き上げを実現しております!!どうぞ、お手に取って巻いてみてくださァァい!!」
ハイメカニカルドライブ...?
インフィニート...え、なに?
訳がわからないとポカーンとなりそうになるのを抑えながらもリールを受け取り、クルクルと巻いてみる....
....。
.........。
.................。
いや、分からない。
普通のリールがどういうのか知らないから分からない。が、そんなあかねの心境とは裏腹に狩野の方は前のめりになりながらも「どうですか!?どうですか!?」と聞かれると分からないながらも「い、いいと思います...」と苦笑い混じりに答えると狩野の方は更に色々と言ってきた。
「でしょ!でしょー!当社自慢のハイエンドリールなんですよぉぉぉ!
この巻き感とタフな性能で突然大物が掛かったなんて事態にも対応してくれますよぉぉぉ!」
「そ、そうなんですね....」
「はいッ!しーかーもー...!?
しかも、しかも、なーんーとー!?
うちのハイエンドモデルながら、このシックでクールな見た目と性能で1万円台で買えてしまいまぁぁぁすッ!普通なら考えられませんよ!!」
狩野とあかねのやり取りを見ていたハジメ...そんな彼の脳裏に浮かび上がったのは昨日に紹介してくれた雷田から電話で聞いたひと言だ。
"レゼの代表、僕の同級生なんだけど...
なんていうか、悪いヤツじゃないけど変態気質なところあるから気をつけて"
変態気質ってコレのことかぁー.....!?
竿を持ちながらも頭を抱えそうな心境になるハジメ。恐らく、苦笑いしながらリールを巻いているあかねもそんな心境だろう。そんな中、いかにも釣り人な格好をした狩野同い年ぐらいの細身の男が歩み寄ってきた...今にもため息をつきそうな表情で「社長」と狩野を呼ぶと静止させるようにこう呼びかけた。
「ゲストの二人、困ってる。そんなにガッツかないで」
男に言われてようやく自分がどれだけ暴走していたか我に返る狩野。内心助かった...とホッとしている二人に対し、改めるように狩野から男についての紹介が始まった。
「こちら、沼山プロ。僕よりも釣りが上手い今回の指導役」
腕を組みながらクールに「よろしく」と答える沼山プロに対し、そのままパンッと仕切り直すように手を叩く狩野。そこから「よーし」と言ってはこう提案してきた。
「じゃあ、あまりダラダラ話すのもなんだし...準備しますか!」
そこから、しばらくして...
事前に用意されたウェアに着替え、釣り道具を一式持たされた二人。ハジメはオレンジ、あかねは青のウェアに着替えた状態...二人とも釣具よりも自分たちが着ているウェアに興味を示していた。
「なんかスゴいオシャレ...!」
「もっと漁師が着るような地味なやつかと思ってた...」
「二人が着てるのはレゼのアパレルのウェアだよ。
最近は道具だけでなく、服もオシャレにっていうのが業界共通の認識でね」
そう言いながらも羽織っていたジャケットを脱ぐ狩野。
しかし、そのまま裏返してその場で着始めた...ジャケットが一気にポケットがいっぱいついたウェアへと変わったのだ。そのまま帽子とサングラスを着用し、一気に釣り人感が出るような格好へと変貌を遂げた。
「え、なんですかそれ...!?」
「あぁ、これウチの目玉商品のウェアでね。
出張先とかで釣りしたい人向けに作ったスーツ型のリバーシブルウェアだよ。なるべく荷物は嵩張らせたくないけどちゃんとした格好でやりたいって人向けに作ったやつでね。ちなみにガッツリと撥水加工されていてちょっと雨降ったぐらいじゃビクともしないよ。いま着てるズボンもインナーも全部ウチのアパレルで撥水加工されてるから」
そこから投げ方等の軽いレクチャーを終えてからカメラマンを引き連れるようにし、四人で釣り場へと移動...木々が生い茂る自然の香りが漂う中、貸し切り状態の50mプールほどの大きさの生け簀の前に到着する。透き通るようなほど綺麗な水質...目に見える範囲の魚たちを眺めていると狩野の方から改めて説明が入った。
「てなわけで、お二人にはエリアトラウトにチャレンジしてもらおうと思いまーす!」
「エリアトラウトっていうのは...?」
「生け簀に放たれたトラウト...もとい、マス類の魚をルアーっていう疑似餌を使って釣るゲーム!
君らの指導役である沼山プロは他の釣りにも手を伸ばしながらもこのエリアトラウトで表彰台に上がった実績もあるプロだよぉー!」
二人でスゲーと言わないばかりに沼山プロを見ると彼は既にキリッとした目つきで釣り竿を構えていた。そんな中で貸し出されたルアーケースの中身を確認する二人...どれにするか悩んでる中、沼山プロが横から確認しつつもアドバイスを送ってきた。
「朝一は派手めな色のスプーンを投げるのをオススメします」
「スプーンっていうのは...?」
「平ぺったいカラフルな鉄の板みたいなルアーだよ」
ああ、これかと赤と金色に染められたそれらしきものを手に取ったハジメ。それに対して「んー...」と悩んだあかねは直感からか、表面が青いメタリックで裏目が黒く染められたスプーンを手に取った。
「よーし、じゃあ皆同時に投げようか」
狩野の言葉に頷きながらも構えるハジメ。
せっかくだからあかねにカッコいいところ見せよう等と内心思いながらも「せーの!」の合図と共に力を名一杯に竿を振った...
が、
ハジメが放ったルアーはボトンッ!!という大きな水音と共に竿先の真下に落ちた。
あまりの水音と衝撃からか、見える範囲でのほほんと泳いでいた魚たちが急に驚いていてザーッ!!と去ってしまった。
....あれ?
思ってたのと違う。
隣にいたあかねは10mほどは飛ばしているし、狩野や沼山プロはもっと距離を飛ばしている。あまりの違いに全員がリールを操作する手を止めながらの苦笑いの表情でハジメに注目していた。
「あー、これは...」
「指から糸を離すタイミングが遅いかもしれない」
狩野と沼山プロが苦笑い混じりでそう呟く中、ハジメは恥ずかしそうに顔を真っ赤かにしている状態。あかねがクスリと笑うと自分の竿を置いて彼の後ろから手を取るようにして教え始めた。
「ハジメくんは...多分竿を振り切ってから糸を離しているからそうなるんだと思う。大体これぐらいの角度で糸から指を離すといい感じに飛んでいくと思うよ、私もそうやって投げたから」
スタートから嫌な予感を感じつつも「そ、そっか」と彼女からのレクチャーを聞いているとカメラマンがさっきよりも寄ってきた。
彼らにとっては欲しい絵が撮れたのだろう...
しかし、ハジメにとっては嫌な予感しか感じない幸先が悪いスタートとなってしまった。そして、その幸先悪いスタートはズルズルと引き摺るような形になってしまった。
全員ポンポンと釣ってる中、ハジメだけ全く釣れないのだ。
狩野は比較的にポツポツと言った様子で沼山プロに関して言えば毎投のように釣れている。
あかねですら3匹ほどは釣れている状態だ。
「わー、釣れたー!」
ネットに入った30cm近いサイズのニジマスを興奮しながらも見てはカメラの方に向けるあかね。
いいな、俺もそれやりたいと言わないばかりに彼女を見ていたら沼山プロに「釣れないと思ったらすぐにルアー変えたほうがいいですよ」と言われてルアーを変更するハジメ。
すると、ようやくここに来て魚がきた。
「よし...!」
虚無の時間が終わったと思い、興奮した様子で竿を振り上げた状態でリールを巻いていくハジメ。
....しかし、
あと3メートルと言ったところでスコンッと抵抗感が一気に無くなってしまった。
逃げられたのだ。
「えぇ!?な、ナンデェ...!?」
「あー、バラしちゃったかー....」
「エリアトラウトに使う針って他の釣りに使う針と違って返しが無いので抜けやすいんですよ。多分強引にやり取りし過ぎたかもしれません」
「無理に引き寄せようとしないでお魚さんに合わせるようにやり取りしてみて、大丈夫!次はきっとうまくいくよ!」
全員から励ましの声が飛んで来るものの、虚しさでトホホ状態になってるハジメ。気づいたら死んだような顔になっている。開始から2時間ほど経った状況、毎投のように何かしらあった反応もすっかり落ち着いてきた。
「あー、お昼前の釣りづらい時間になっちゃったみたいだね」
タダでさえ釣れてないのに釣れない時間なんて、洒落にならないぞ...
内心そう思いながらもルアーを変えようとボックスの中を漁るハジメ。細長い湾曲した魚みたいな形のルアー、その中でもクリア感があるワインレッドのようなカラーリングのものに注目すると何となくで手に取ってみる。すると、偶然にそれを見ていた沼山プロが手に取ったルアーを見ては「おっ」と言葉を漏らした。
「そのルアー、いいチョイスですよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。とにかくデッドスローでゆっくり巻いてください。大体、リールのハンドルを5秒で1回転するぐらいのイメージで...」
「そんなんで釣れるんですか?」
「釣れるよー、イライラさせて威嚇で食べさせるカンジだね。
君にも分かるようなイメージで伝えるとーそうだなぁ...
高速道路走ってる時にさ、時々追い越し車線で異常なぐらいゆっくり走ってる車見るでしょ?あれって後ろについてるとすっごいイライラするでしょ?」
狩野からの例え話...あー、スゴい分かる。
本気で急いでる時にやられると叫びたいぐらいの衝動に駆られるやつだ。なるほど、それをやるのか。
そう理解しつつも改めるようにキャスト。
5秒に一回転、5秒に一回転....とにかくゆっくり、ゆっくり。
すると...
ゆっくりと糸が動くような違和感とが出たかと思えばジリリ!!と糸が急に向こう側に向けて走り始めた。
「っ、よし...!!」
グイッ!と竿を立てて合わせてから巻いていくハジメ。
大きく撓る竿...幾ら巻いてもコチラへと寄るような雰囲気がない。
間違いない、大きい。
リールからギュインッ!ギュイィン!!と今日聞いたことがないような音が鳴り響いている。全員が自分の釣りを止めて彼に注目した。
「大きい!慎重にね!!」
「デカい、巻いて!巻いて...!」
「網持ってくるね!」
全員に応援されながらも糸を巻き続けると魚の方がヘバッてきたのか徐々に寄ってきた。近づいてきたのは50cm以上はあるような魚体、間違いなく今日1の大物だ。
そして...長い戦いの末にあかねが持ってきたネットの中にその魚体は収められる。ニジマスと比べてやや黒っぽい魚体の魚を見て狩野がその名前を呟いた。
「これは...ロックトラウトだね」
「ロックトラウト?」
「うん、ニジマスとイワナを掛け合わせたハイブリッド魚種だよ。このサイズだと多分サーモンみたいな赤身でメチャクチャおいしいよ」
「せっかくだから写真撮ろっ」
そう言われてネット越しに魚を持った状態でレゼ側が用意したカメラでパシャリと1枚撮影。
修行僧のように難しい時間帯を乗り越えて獲った一匹が故に反動が大きい。
ヤバい、釣りって楽しいかも....
結局この日はこの一匹しか釣れなかったハジメ。
しかし、仕事でありながらも充実した1日を過ごせたと満足していた。
・
―夜 群馬県 伊香保温泉
とある温泉旅館
仕事という名の実質釣りデートを終えたハジメとあかねがチェックイン。畳の和室に入り、浴衣に着替えて座り込むハジメに対し、あかねは小さく笑みを浮かべながらも彼の元へと歩み寄った。
「ハジメくん、どうだった?今日1日?」
「なんだかんだで楽しかったよ...仕事してる感ほとんどなかった」
「私も..普通にデートしてる気分だった。
また撮影された動画も後日上がるって言ってたし、釣れたお魚も捌いて送ってくれるって。いい人たちでよかったね、新しいスポンサーの人たち」
「ほんとにね。まあ、開始前の説明のときはどうなることかと思ったけど」
狩野の変態気質発動時の動きを思い出して苦笑いするハジメ...
そんな彼と一緒に反応するようにクスッと笑うあかね。少し間を空けてから座っている彼を後ろに立ったかと思えば、そのままそっと抱き締めてきた。
「やっぱり、私...君のことスゴい好きだな」
「え、なんで急に...?」
「昨日の階段から落ちそうになった時も一目散に駆けつけて助けてくれたし、今日も私にカッコいいところ見せようと思って必死に頑張ってたよね?
おかげで一匹だけど、今日釣ったお魚の中では一番大きいの釣ってた...
一途に守る姿も、粘り強く諦めない姿も...大好き」
その思いを伝えるようにギュッ...と抱き締める力を強くするあかね。ドキドキどころかバクバクと心臓が高鳴るような鼓動を感じるハジメ。顔も茹でダコのように真っ赤になっていた。そんな混乱している状況の中、あかねは更に浴衣を結んでいた帯を緩めて肌を露出して見せながらも耳元で吐息をかけるようにこう囁いた。
「私の思い...受け止めてくれる?」
「う、受け止める...って?」
声を震わせながらも確認するように問い掛けると外に備えられた個室用の露天風呂に目を向けるあかね。そのままハジメの浴衣の袖を手に取るとそっと引くようにしては天使にしては妖艶染みた笑みを浮かべながらもこう促してきた。
「いっしょにお風呂入ろ?」
お風呂...この誘いが言葉以上のことも意味する誘いだと理解するのは容易いことだ。流石のハジメもどうするのか察しがつきつつも間を空けるようにしてから「ああ、わかった...」と小さく頷いて答えた。
それからしばらくして....
風呂から出た二人。
綺麗に敷かれていたはずの布団のシーツがくしゃりと寄っている。
いつの間にか、毛布は畳に落ちていた。
脱ぎっぱなしの浴衣が、足元に重なっている。
互いに髪がいつもより乱れていたが、直す気にもなれなかった。
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―同時刻 斎藤真奈美の部屋
深掘れ!スタッフからの翌日の密着取材に関する通知を見てからノートPCをカタカタッと操作する真奈美。彼女が開いていたのは渋川市内のルートや定点カメラなどの位置情報だ。
時折、ストリートマップで気になった個所の実際の周辺状況などを開き、隅々まで確認。
画質が荒い部分は高画質化フィルターを掛けて確認するほど入念にやり込んでいく...全て星野ルビー対策で行なっていることだ。
「(来るなら来い、星野ルビー。アンタがなんかやろうとしてるのは分かってる)」
目につけた箇所を次々とマップを上に目印を打つと共に角度まで気にしているのか、矢印まで打ち込んでいる。ある程度出来上がったところでグイッと身体を伸ばしてはコピー機で印刷。まとめられた分厚いファイルにコピーされたマップを挟むとグイッと身体を伸ばしてため息がつきそうな表情で天井を仰ぐように見た。
「(それにしても..明日、入校式もあるっていうのにマジサイテー、面倒な手間増やさないでよ。
しかも、明日ハジメくんとあかねちゃん来るんでしょ...?ホントに余計なことしないで欲しいなぁ)」