IF 〜もしもあの時〜   作:マグウェル

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第一幕 HEART BEAT act.7

 

 

―放送終了後 黒川あかね自室

 

 

収録後はゆきの気配りもあって丸く収まったが、問題の放送を見た視聴者達は黙るはずもない。

ベッドの上で体操座りの状態で恐る恐る番組終了後の公式アカウントの投稿をスマホで確認したあかねだったが、彼女に対する激しい批判の数々に思わず顔を青褪めてしまう。

 

 

 

 

"こんな暴力女起用するなんて、どーかしてるわ"

 

 

 

"親がしっかり教育しないからこうなるんだろ"

 

 

 

"自分だけ注目されたいからって我儘やりすぎ"

 

 

 

"噂だと翌日、ゆきぽ撮影だったらしいよ!コイツ、ホント迷惑しか掛けないよね!"

 

 

 

 

 

首を絞められるような苦しい感覚になりながらも恐怖からか手を震わせるあかね。

 

 

本当にいけないことをしてしまった...

 

取り返しがつかないような一線を越えてしまった...

 

 

その思いで胸が一杯一杯になりながらも指を震わせながら自分のアカウントを開き、謝罪文を打ち込んでいく...

 

謝れば許してくれるはずだ。

 

 

だが...その考えを世間は許してはくれなかった。

 

 

 

 

 

"なに許して貰おうと思ってんの?自己中女"

 

 

"まだ息してたのか、アバズレ"

 

 

"お前なんか居なくなればいいのに"

 

 

"謝れば済むと思ってんの?"

 

 

"さっさと消えちまえ"

 

 

 

瞬く間に自分の投稿に吸い寄せられるように集められた批判の声に更に首を絞められるような感覚に陥ったあかね。

恐怖からか「ひっ...!」と思わず声を上げながらもスマホを落としてしまう。

 

 

苦しい...

 

 

逃げたい...

 

 

その思いからかその場にあった毛布を乱雑に被るあかね。

 

 

 

 

 

「(誰か...助けて...!)」

 

 

 

 

 

そう胸の内から叫びたくなる...

 

だが、誰かに助けを求めたところでその誰かをも炎上に巻き込んでしまう恐れもある。それ故に親にも相談できない...

 

 

どうしよう。

 

 

そう思ってる最中、スマホがピロンッと何かをキャッチした...毛布から少し顔を出しながらも床に落とされたスマホの画面に目を向ける。ハジメからだ。

 

 

 

"大丈夫?"

 

 

すごい短い文...だが、その文は救いの手を差し伸べようとする希望の光にも思えた。

 

しかし、その救いの手も自分が掴んだら光が消えてしまうかもしれない。

 

 

今の自分は関わる者全てを不幸に陥れる存在だ。

 

 

再び逃避するように毛布を被る...すると、今度は部屋の外から声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「―あかねー、御飯よー!」

 

 

 

 

 

声の主は彼女の母親からだった。

 

本心を言えば打ち明けたかった...

だが、打ち明けたところでそう簡単に解決出来ないだろう。それに自分のせいで自分の親の責任について問い詰めるようなコメントもあるぐらいだ...そんなの知られたくない。

 

込み上げる思いを押さえながらもグッと握り拳をつくったあかねはドア越しに答えた。

 

 

 

 

 

「ごめん、お腹空いてない....」

 

 

 

 

 

振り絞るようにして声を出すと再び毛布の中で逃避するように蹲るあかね。

 

 

これでいいんだ、これで...

 

 

自分だけが悪い。

 

 

だから、自分一人だけ抱え込めば誰にも迷惑掛けることはない。

 

これでいいんだ。

 

 

 

ストレスからか空腹や眠気も全く感じない。

 

それと共にこんなことをふと思ってしまった....

 

 

 

 

 

"ここから消えてなくなってしまいたい"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―チューニングショップ スパイラル

 

商談室

 

 

いつも賑やかな雰囲気で行われていた3人で横並びに座っての鑑賞会も今回ばかりは重苦しい雰囲気だった。

 

あかねが暴力沙汰を自ら起こすような存在じゃないということはハジメどころか真奈美や奥山も十分知っている...

 

 

気まずい雰囲気の中で頭を抱えるようにする奥山...

真奈美の方はスマホでSNSをチェックし、あかねへ向けられた誹謗中傷の数々をゴミを見るような軽蔑の目で冷静に見ていた。

 

 

 

 

 

「...ヒドイな、相当追い詰められてたんだろうな」

 

 

 

 

 

「ホント、そうとしか思えませんね。スゴい純粋な心を持ったイマドキ珍しいぐらいのピュアな娘だったのに...番組側や所属事務所なんかから相当プレッシャー掛けられてたんでしょうね。にしても...この向けられる誹謗中傷の山、実際に自分が被害に遭ったわけでもないのにこうもムキになるなんて。17歳の女の子相手に一斉に攻撃して、恥ずかしくないのかな」

 

 

 

 

 

静かな室内で何時もよりもハスキーに響き渡る真奈美の声...そんな彼女の隣でハジメはDMであかねに直接メッセージを送ってじっと待っている。その姿に奥山の方が目を向けて「どうだ?」と問いかけると彼は静かに首を横に振った。

 

 

 

 

 

「...反応なし。既読すらつきません」

 

 

 

 

 

「そうか...無理に電話するのもアレだしな。待つしかないか」

 

 

 

 

 

助け舟を出すにも八方塞がりと言わないばかりの状況に参ったと言わないばかりにため息混じりに呟く奥山。しばらく重い沈黙続く中、それを破ったのは意外にもハジメだった。

 

 

 

 

 

「俺...この収録の前から相談持ち掛けられてたんです。どうしたら番組で目立てるかって」

 

 

 

 

 

「本当か...?なんて答えたんだ」

 

 

 

 

 

「そんなのお前らしくない、自分らしく振る舞えって。ただ...そんな綺麗事は助けにもなんにもならなかった。結局、彼女は番組側に良いように踊らされてこのザマ...そんな甘いアドバイスしか出せなかったって意味では、俺も誹謗中傷してるやつと変わらないかもしれません」

 

 

 

 

ハジメの言葉に「それは言い過ぎだろ」と理解出来ないような口調で発言する奥山。しかし、それでも自分の意見を曲げまいと彼の言葉に対して首を静かに横に振るようにしてからそのまま語り続けた。

 

 

 

 

 

「今回の一件で俺自身学んだことがあります。本当に溺れかけてる人間を助けるには安全圏からロープを投げるぐらいでは助けられない。こっちも溺れるぐらいの覚悟で突っ込まないといけないって」

 

 

 

 

 

彼女から助けを求められた時に自身の保身のことも無意識に考えていたということを後になって気づいたハジメ。

だからこそ学んだことだった...

何か決意を固めたように真っすぐとした眼差しをモニターに向ける彼に対し、奥山は若干呆れたような感情混じりに「お前...」と切り出してはこう呟いた。

 

 

 

 

 

「彼女を助けたいという気持ちは分かるが...自分に厳し過ぎる分、彼女に優しすぎる。その優しさを自分にも分けてやりな...いつか苦しい思いするぞ」

 

 

 

 

「まあ、それがハジメくんの良さでもありますけどね。奥山さん」

 

 

 

 

 

「確かに。でも、マジで何かあった時に洒落にならない...今のうちに自分の中でも逃げ道か何かつくった方がいい。いいか、ハジメ...人生の先輩としてアドバイスしてやったからな」

 

 

 

 

 

そう言い残すと立ち上がって自分の仕事を再開しようと商談室から出ていった奥山。そんな彼の姿が完全に退室したのを確認したハジメは真奈美に「なあ」と切り出すと彼女の方に身体を向けながらも真剣な眼差しで単刀直入に頼み込んだ。

 

 

 

 

 

「真奈美、あかねの一件...手伝ってくれるか?」

 

 

 

 

 

「もちろんだよ、私に出来ることはなんでもするよ!」

 

 

 

 

 

「ありがとう。明日からアイツん家行って状態確認するけど...俺も雑誌の取材とかドライビングスクールの講師の仕事やら立て込んでるから、俺が動けないときはお前に任せようと思う。いい?」

 

 

 

 

 

「いいよ!おっまかせー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

―数日後 夜

 

 

撮影にも学校にも行かずに部屋に引き籠もった状態になってしまったあかね。ここから出ると見えない何かに攻撃されるような気がしてままならない。

 

自分への誹謗中傷の嵐は収まるどころか加速する一方...

 

 

番組に関することだけでなく、遂には自分の過去を掘り下げて非難するようなネットニュースや生活拠点の特定までも動き始め、その流れに沿うように昔から付き添ってくれたファンですら自分を見放し始めた。

 

ストレスからかまともに睡眠も取れず、食事も喉を通らないような状況...時折、誰に言われているわけでもないのに自分に対する誹謗中傷が頭の中に響いてきて吐き気が襲いかかってくるような状況だ。

 

 

これ以上はもう持たない....

 

それに、これ以上自分が居たら本当に他人に迷惑がかかり兼ねない。

 

 

 

呆然としていると外からザーッという雨音が聞こえてきた...

 

そう言えば今日は雨だったっけ?

 

 

そう思いながらも立ち上がった時、ピロンッと自分のスマホが何かをキャッチした...ハジメからだ。

 

 

 

"一人で抱え込むな、打ち明けてくれ"

 

 

 

こんな自分でもまだ気にしてくれる人が居たんだ。

でも、これ以上生きていたらそんな人にも迷惑が掛かるかもしれない...その思いから手を震わせながらもスマホを手に取ると彼を呼び出す。

 

コールして2、3回目で早くも出てくれた。

 

 

 

 

 

「―黒川!大丈夫か?」

 

 

 

 

 

真っ先にそう聞かれるもその質問に対しては答えられない。答えてしまうと自分が今まで守ろうとしていたものが全て壊れてしまう気がしたからだ...でも、自分が今言える精一杯の言葉を伝えようと動かない口を必死に開けて語り始めた。

 

 

 

 

 

「五十嵐さん、貴方と真奈美さんだけでした。こんな状況になっても気にかけてくれたのは...」

 

 

 

 

 

「―当たり前だろ、あんな状態になったら誰だって...!」

 

 

 

 

 

「いいえ、本当にお二人だけでした。他の皆は、見て見ぬ振り...」

 

 

 

 

 

「―そんなことない!撮影に携わってたみんなお前のこと...!!」

 

 

 

 

 

「でも、それが一番正しいです。誰が見ても自分の保身のことを考えればそれが一番だと言えます」

 

 

 

 

 

「―なに言ってんだよ...!」

 

 

 

 

 

必死にネガな言葉を否定し続けるハジメに対して相変わらずだと絶望の状況でも思わず笑みを浮かべてしまうあかね。そして、少し間を空けるようにしてから一番伝えたかったことを伝えることにした。

 

 

 

 

 

「...ありがとうございました。貴方のような絵に描いたような真っ直ぐとした方と出会えて良かったです」

 

 

 

 

 

「―出会えてよかったって...お前、その言い方まるで..!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。

 

 

 

"さようなら"」

 

 

 

 

 

 

 

そう言い残して一方的に通話を切ったあかね。彼女は少し世界がぼやけて見えた時...あることに気づいた。自分は泣いているのだと。

 

こんな自分でも泣くことが出来るんだ。

 

 

内心そう思いながらも手の甲でスッと拭うようにすると次のステップに踏み出そうと重たい腰をゆっくりと上げた。そのまま傘も差さずに適当な靴を履いて外に出る...雨脚が強くなった気がする。でも、これぐらいのことでめげるほど自分の意思も弱いものではない。

 

 

食事を取っていなかったせいか、フラフラの足取りだ。

 

パシャッ、パシャッ...

 

雨が打ち付ける中で水溜りに足を踏み入れる度に鳴り響く水音。

 

 

この時間にこの天候...誰もいない。

 

自分の最後の道としては絶好とも言えるタイミングかもしれない。

 

 

そう思いながらも虚ろな瞳の彼女は歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―箱根 ハジメの借家

 

 

豪雨の中でNSXに乗り込むハジメ。

 

キーを差し、セルを回してヴァゥンッ!とエンジンを始動させる。矢のように降り注ぐ雨を気にせず、ウィーンとリトラクタブルヘッドライトを起こすとヴァァンッ!と咆哮のようなサウンドを響かせながらも猛スピードで走らせていく。

 

 

道中、Bluetoothで真っ先に連絡を取ったのは真奈美のスマホだ。大通りに合流したところでインカム越しに語り始めた。

 

 

 

 

 

「真奈美、黒川がヤバい!早く行ったほうがいい!」

 

 

 

 

 

「―えっ?ヤバいって...何が?」

 

 

 

 

 

「久々に通話できたが、口調からして自殺する気だ!早く止めないと...!」

 

 

 

 

 

「―えっ!?ウソ...!でも、今日はこんな嵐みたいな日だよ!こんな日にそんな...!!」

 

 

 

 

 

「今日みたいな日だからこそだ!お前が行かないなら俺一人だけで行く!!」

 

 

 

 

 

「―えっ、まってよ!行かないなんて言ってないよ!行くに決まってんじゃん!!」

 

 

 

 

 

「サンキュー、恩に着る!」

 

 

 

 

 

通話を一旦切って信号待ちで今ガチの面々に掛けようとスマホを操作...しかし、ここでスマホが突然強制的に終了してしまう。まさかのバッテリー切れだ。

 

 

 

 

 

「クソッ...!こんな時に!!」

 

 

 

 

 

シガーソケットに繋がれてる充電ケーブルを探そうとするが、ここであることを思い出した。今この車に載ってるケーブルは断線していて使えないのだ。後で変えようと思っていたのがここで足枷になるとは...思わず頭を激しくクシャクシャと掻いてしまった。

 

 

 

 

 

「くっそ...!」

 

 

 

 

ステアリングに拳をゴンッ!とぶつけながらも青信号を確認して再びNSXを走らせていく。

豪雨を切り裂くようにヴァァァンッ!!と響き渡るVTECサウンド...しかし、その会心を止めるかのごとくある問題が立ち塞がった。事故渋滞だ。

 

 

 

 

 

「なんだよ、こんな時に...!!」

 

 

 

 

 

焦りとイライラが募りに募る。

タダでさえ遠いのにこの事故渋滞は致命的とも言える。

赤いテールランプが並べられている列に並ぶようにNSXを停車させると必死の思いでステアリングを握り締めた。

 

 

 

 

 

「(頼む...早まるなよ....!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―歩道橋 

 

 

豪雨の中、ここまで歩いてきたあかね。

フラフラになりながらも手摺に足をかけ、その上に立つ...あとは跳ぶだけ。

 

下を見ると行き交う車たちが見える...ここから落ちれば確実に死ねる。

 

 

楽になれる、誰の迷惑も掛けずに。

 

 

 

そう考えると一瞬だけ豪雨が晴れたように見えた。

 

快晴、夜のはずなのに青く澄み渡った空さえ見える。

 

 

楽になった自分を想像してもう一歩と足を踏み出そうとした時、後ろからガッ!と誰かが引き寄せるようにして戻してきた。

 

 

あと一歩で楽になれたのに、邪魔をされた。

 

 

その思いからジタバタと暴れながらも「いや、離してッ!」と強く訴えかけた時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「俺だ、落ち着け...!」

 

 

 

 

 

その声にピタリと動きを留めながらも恐る恐る目を向けるあかね...声の主は星野アクアだった。雨合羽を羽織って抱き寄せるようにして助けたのだ。

 

 

 

そして、それから間もなくした時...

 

歩道橋の下からヴァァァンッ!というサウンドが聞こえてきた。音の主はハジメのNSXだ...車内から必死にあかねを探していた彼が見つけたのはアクアに抱き寄せられた彼女の姿だ。

 

 

 

 

 

「っ....!?」

 

 

 

 

 

路肩に車を寄せ、キィィッ!とスキール音を鳴らすように急ブレーキをしてその場に停車。

 

しかし、車から降りることは出来ない...

 

助かって良かったと喜ぶべきシチュエーションにも関わらず、彼の心を埋め尽くしたのは....

 

 

今まで感じたことのない喪失感だった。

 

 

 

 

 

「(おい、なんだよ。なんなんだよ、コレ...)」

 

 

 

 

 

今まで彼女を助けようとステアリングを握っていた手が震えているのが分かる...そして、それから間もなくして目頭が熱くなって視界がボヤケてしまった。

 

車内にいるため、雨に打たれているわけじゃない。

 

そして、自分では認めたくなかったが認めざるおえなくなってしまった。

 

 

 

自分は今、泣いている。

 

そして、黒川あかねに恋をしていて...

 

 

アクアが彼女を救ったことでその恋は実らないものだと察しがついてしまったのだと。

 

 

 

 

 

恋慕っているのに気付くと共に失恋してしまったと―

 

 

 

 

 

 

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