―数日後 ベリッシモ本社 CEO室
白と金色で統一された室内に入ろうとコンコンと誰かがノックしてきた。受付を通じて誰が来るのか察しがついていた井出は玉座とも言える椅子に座りながらも「どうぞ」と促すと「失礼します」と告げて入ってきた...番組プロデューサーの鏑木だ。
彼の顔はどこかいつになく不安そうにも見える...
というのも、基本的に本社に呼び出された時は碌な目に遭わないからだ。
だが、何が悪いかはイマイチ分かっていない...
強いて言えばあかねの炎上の一件で星野アクアに一杯食わされたこと。だが、それ以降は視聴率もしっかり取れてる上にSNSでもかなり盛り上がってる状況...故に本当に分からない。
考えても分からない鏑木は単刀直入に井出に問いかけることにした。
「それで...今回は僕にどのような御要件でしょうか?」
質問に対して鼻でフッと笑うようにする井出。ここからは激しく叱咤する可能性があると秘書の斎藤にジェスチャーで部屋から出るように伝えるとスゥー...と感情を押さえ込むように深呼吸した。
「まだ分かりませんか?"お猿さん"。学はある方だと思っていただけに残念ですねぇ」
「っ...ええ。強いて言えば星野アクアに炎上の件で一杯食わされたことでしょうか。しかし、それ以降も数字はしっかり取れてますし...」
まだ分からない様子の鏑木に対し、眉間にシワを寄せる井出。バッと机の引き出しを開いたかと思えばホッチキスで纏めたある資料を投げつけるように彼に渡した。
「えっと、これは...」
「ここ一カ月の当社の株価です。貴方が数字で語るのであれば...コチラも数字で語らせて頂きます」
説明を聞きながらもペラッと資料を確認する鏑木...月初めから上昇傾向だった株価が"ある日"を境に急に下降になったのが見ていて分かる。
そして、その"あの日"というのは...
あかねの炎上のキッカケになったあの事件が放送された日だった。
「こ、これは...!?」
「まだお分かり頂けませんか?なら、猿にでも分かるように一から説明しましょう。
被害者の鷲見ゆきがこの日していた化粧品、事故とは言え凶器となってしまった黒川あかねのネイル...全て当社の看板商品になります。これによりネガなイメージが付き、株価が落ちた...
つまり、アナタは炎上を引き起こすような真似をさせて飼い主である我々の顔に泥を塗ったということになります」
呆気に取られた様子の鏑木...
そんな彼に喝を入れるように鋭い目を向けながらもテーブルにガンッ!と拳を叩きつけた井出がキツい口調で彼に叱咤の言葉を浴びせた。
「恥を知りなさい!愚か者!!」
この言葉にビクッと驚いたような反応を見せる鏑木。
井出は足を組んで机の上に乗せるようにしながらもそのまま語り続けていく。
「この1週間前に当社から新商品が発売されて上り調子だった株価を下り傾向まで追い遣ったのです。損失額のことを考えれば、当社がスポンサーから下りる理由には充分なり得るかと」
「そ、それは...!」
「ええ、そうです。当社がスポンサーから下りれば今ガチは来シーズンどころか今シーズンすら放送しきれるか危うくなりますからねぇ。その上、アナタのプロデューサー能力不足が原因で番組がお釈迦になったなんて噂が広まったら...貴方自身も業界ではやっていけなくなるでしょう。
御愁傷様です、ミスター鏑木」
そう言いながらも引き出しから葉巻を手にとって自ら火をつけて吹かし始めた井出。そのまま鏑木に背を向けるように180°椅子を回す...まるで"その顔を見せるな"と言わないばかりに。鏑木の方は珍しく焦った様子で頭を深々と下げて「も、申し訳ありません...!」と謝罪した。
「そ、それだけはどうか...!」
必死に伝えようとする鏑木...そんな彼に対し、井出は数秒ほど間を空けるようにする。
そして、沈黙を打ち破るようにオッホッホ...!と笑いながらも葉巻を口から離しながらも椅子を180°回して再び鏑木と向き合った。
「..."なーんちゃって"。私もいきなりそんなことをするようなド畜生ではありませんよ。
ミスター鏑木...貴方に起死回生のチャンスを与えましょう。番組内でコチラの企画を組み込んで下さい」
そう言って引き出しから先程とは別の資料を手に取る井出。先程とは違い、片手で普通に鏑木に渡すと彼はペラペラと資料を読んで驚いたような表情を浮かべた。
「お、お言葉ですがこの規模の撮影となるとウチの予算では...!?」
「その辺りに関しては全てコチラで引き受けますので、ご安心を...撮影機材や人員もコチラで用意致します」
その言葉を聞きながらもペラッと資料のページを捲る鏑木...
そこには撮影機材などが書かれていたが、今ガチの撮影では使用しないような驚くようなモノばかりが書かれていた。
「最新の赤外線追尾ドローンに、360°カメラ...!?それも1台のみならず、数台...!!?」
「ええ、そうです。人員もウチのモータースポーツ部門のプロモーションを手掛けるチームです。
彼らはかつて、フォーミュラーやWRCでプロモーションを手掛けたこともある人員もいる最高のチームです」
ペラペラッ...と確認するように資料を読み続ける鏑木。
そんな彼の決断の背中を押すように井出はフッ小さく笑ってから立ち上がり、彼の隣まで歩み寄ると肩をガシッと掴んだ。
「番組の趣向に合うかどうか、不安なのでしょう?
ですが...どんなものにも時には変革というものが必要になります。今こそ、その時ではありませんか?ミスター鏑木」
そう言われては少し間を空けるようにしてからコクリと頷く鏑木。
持っている資料のプロジェクト名は....
"Bellissimo GYMKHANA for YOKOHAMA Habaor"
表紙には五十嵐ハジメの顔写真が添付されていた。
・
―夕方 ハジメの借家
薄暗い室内でつまみやら何やら乱雑に置かれ、ビールの空き缶があちこちに散らばってる状態。そんな中でハジメはうつ伏せになるような形でソファーで横になっていた...やけ酒だ。普段はこんな倒れるほど飲むようなことは絶対にしない。
そんな中で彼のスマホがピロピロッ!と急に着信をキャッチした。まるで起きる前のゾンビのようにグイッと手を伸ばしてスマホを手に取り、うつ伏せの状態から仰向けになるようにして掛けてきた相手を確認...真奈美からだ。しかも、ビデオ通話だ。
スマホを向き合うように構えて応じてみると彼女はスパイラルの商談室にいた。その横には奥山もいる。
「―ハジメくん、大丈夫?」
「っ、あぁ...大丈夫」
「―顔赤いけど、もしかして...呑んじゃってる?まだ時間的に早いと思うけど...」
「っせーな、いいだろ。未成年飲酒でもないし、飲酒運転するわけでもないし」
ふらつきながらもスマホを持ちながら立ち上がり、痛てて...と頭を軽く押さえるようにするハジメ。アルコールのダメージが響いているようだ。
乱雑に置かれたつまみの袋やビールの空き缶を避けるように足を踏み、台所まで移動。ガラスのコップを手にとって水道水を注ぎ、一気飲み。ふぅ...と安堵するように小さく息をつくと真奈美の方が別の面で心配するような言葉を掛けてきた。
「―これでいいの?ホントに」
「いいのって...?」
「―あかねちゃんのこと」
その一言に固まるハジメ。
それと共に浮かび上がったのは...歩道橋で後ろからアクアに抱き締められるようにして助けられた彼女の姿だ。
結局のところ、自分は何も出来なかった...真奈美という人物を使って彼女を気に掛けるように実家に時折顔を出したが、それでも彼女のことを救えなかった。
自分は彼女の相手に相応しくない...星野アクアこそが適任だ。そう思うと自嘲染みた笑みを浮かべながらもこう答えた。
「いいよ、別に。アクアこそが彼女に適任...SNSでも"アクあか"とかってタグで今ガチは持ちっきりなわけだし」
「―良くないよ、ちっとも」
諦めたような言葉を述べるハジメに対して真剣な眼差しでそう告げてくる真奈美。彼女はそのまま自分の考えを語り始めた。
「―あのアクアって男、あかねちゃん自身のことは全く見てないよ。強いて言えば、見ているのは彼女が演じてる別の影...それに、最近のアプローチの仕方も胡散臭い」
「胡散臭い?」
「―そっ。簡単に言えば結婚詐欺とか、そういう類の似たような何かを背景に感じる...危ないことに巻き込もうとしてるかも」
「危ないことって...どういうこと?」
「―分からない...でも、この感じはほぼ間違いないと思うよ。視聴者や出演者は鈍感過ぎて気づいてないみたいだけど、私や奥山さんは見抜いたよ」
真奈美だけでなく奥山まで...そんな状態になってたなんて知らずにいたハジメは思わず固まってしまった。そんな彼の背中を押すように真奈美の隣で黙っていた奥山が一言述べた。
「―ハジメ、彼女の本当の笑顔はあの日の笑顔だ...その笑顔を守れるのはお前だけだ、悔いがないように動け」
「悔いがないようにって...もうやれることなんて」
師匠の小柏の言葉もどうせ上手くいかないだろう...自分はそういう道を歩く奴なんだ。そう思い込んでそう答えていると、"ピンポーン"と突然、玄関のチャイムが鳴り響いた。
誰なんだ...?
内心疑問を抱きながらも「すいません、一旦切ります」と告げて通話を切って玄関に移動...
ガチャッとドアを開けるとそこには思いも寄らない来客の姿があった。
ベリッシモのCEO、井出辰美だ。後ろには秘書も引き連れている。
「い、いでででで...!?」
あまりにも唐突の訪問から尻餅をつくようにして驚くハジメ。おかげで先程まで頭が痛くなるほど響いていたアルコールも一気に抜けてしまった...そんな彼をオッホッホと野太い笑い声をあげながらも見ていた井出は彼に片手を差し伸ばして身体を起こしていく。
「大丈夫ですか?ミスター五十嵐」
「え、えぇ...まあ」
「突然の来訪、申し訳ありません。にしても...アルコール臭いですねぇ、アナタ。もしや、もう呑まれましたか?」
「ま、まあ..."ちょっと"だけ」
「"ちょっと"?嘘をおっしゃい、"物凄く"ですよねぇ?」
図星の指摘に思わず目を逸らすハジメ。そんな彼の肩にポンッと手を置いた井出はそのまま語り続けた。
「やけ酒、というヤツですか...私も若い頃、ミスなどをした時によくやったものです。ですが...酒に当たったところで過去は変えられません。過去は何をしようが変えようがありません」
過去は変えられない...そのことを聞いてあかねを救えなかった記憶が頭の中を駆け巡り、表情を曇らせるハジメ。そんな彼の背中を押すように井出はンフッと小さく笑みを浮かべながらも更に語り続けた。
「しかし、未来を変えることはいくらでも出来ます。進むべきはずだった道もいくらでも、自分の手で変えられることが出来ます。
人は運命という言葉を容易く使います。
しかし、そんな綺麗事は自分の手次第でどんな方向を変えることが出来るのです...良い方にも、もちろん悪い方にも」
そう言って背中を見せるようにする井出...そのまま顔だけ向けるようにするとあることを促した。
「五十嵐ハジメ...アナタにチャンスを与えます。
アナタにしか出来ない...大仕事です。詳しいことは場所を移して話しましょう」
・
―しばらくして、国道1号線沿いの喫茶店
何処にでもあるチェーン店の奥のテーブル席を陣取るハジメと井出。上座に座る井出の傍には秘書がついているような状態...お互いにホットコーヒーを注文するも、今回は飲食が目的ではない。会談が目的。
頼んでから間もなくしてコーヒーが来るも互いに手はつけない...そんな中で井出の方から「どうぞ」と言われてハジメは軽く会釈をしながらも恐る恐る手をつけて一口だけ飲んでから単刀直入に問いかけることにした。
「それで...自分にしか出来ない仕事っていうのは、一体?」
その質問を聞いて待ってましたと言わないばかりに笑みを浮かべる井出。それと共に彼の隣にいた秘書の斎藤が資料を提示してきた...鏑木にも見せたあの資料だ。
"Bellissimo GYMKHANA for YOKOHAMA Habaor"
ジムカーナ...
一般的にはパイロンを立てた仮設コースをどれだけ速く走れるかという自働車競技のことを指すが、ここでは違う言葉として使われていると察したハジメ。
その使われ方は封鎖した道路でドリフトなどをして魅せるような走らせ方をしていくものだ。ただ単にドリフトするだけでなく、周囲にある街に建てられたポールやベンチ、更には路面電車などありとあらゆるギミックを使って魅せるような動きで走らせていく...
簡単に言ってみれば、
"公道であらゆるモノを利用して車でダンスを踊る"というようなものだ。
確かにこれなら知識がない一般層にも受けが良さそうだ...だが、ハジメには一つ懸念があった。
「自分...ドリフトは専門外ですが?」
不安そうにそう言うハジメ。そんな彼に対し、井手はコーヒーを一口飲んでから彼の背中を更に押すようにこう告げた。
「先程も申し上げた通り...これを活かすも殺すもアナタ次第。出来ないと言って負け犬の地位で居続けるか...それとも挑戦して勝利を勝ち取り、王の座に座るか。
全ては...アナタ次第ですよ、五十嵐ハジメ」
「ですが、車は....?」
「心配なさらず、最高の車を手配しております」
そう言うと秘書の斎藤が別の資料を手にとってハジメに見せる。すると...彼は思わず目を見開くようにして驚いた。
「こ、この車って...!?」
「当社のモータースポーツ部門がフォーミュラードリフト向けに来シーズン導入予定の車両です。オートサロンにも展示されたものです。
GRヤリスをFR化し、エンジンを80スープラの心臓でもある2JZに載せ換えた代物です。HKSのキットで排気量を3.4Lにボアアップ、タービンはギャレット製G35-1050Gタービン...
最大トルクは130キロ、最高出力は1000馬力超え...
並の人間では普通に走らせるのも困難なモンスターマシンです」
ハジメの驚きように説明してからクックックッ...!と笑う井出。そのまま両手を組むようにして更に彼の背中を押そうと一言告げた。
「この車をアナタに任せるということは...それだけアナタを信頼しているということでもあります。
戦いなさい、五十嵐ハジメ。
それが...私が望む貴方の理想の姿です」
・
―翌日、横浜 ベリッシモ所有の港
ジムカーナに向けての打ち合わせが始まった。
ベリッシモ側のスタッフがハジメを取り囲むようにして協議を開始。
そして、片隅には今ガチの撮影班も...本番後に公式のアカウントでその裏側を上げるためだ。
まずは現場を見ながらもある程度、どう演出していくか練り上げていく...
5分という制限時間で素人にも受け入れやすいように軽いドラマパートを入れての三部制にしようと結論付けられる。が、三部目を考案している際にある課題にぶつかった。
人員が足りないのだ。
「どうする、うちのモータースポーツ部門じゃコレだけのドライバーを確保出来ない」
「外部から呼ぶのはどうですか?」
「外部から...?他所の看板背負っているドライバーを呼ぶってか?無理だよ、そんなの通るわけ...」
「なら、一般から呼ぶのはどうですか。どこも看板は背負ってない」
「一般人からだって?無理無理、ドライビングの技術的にそんな...」
「なら、魅せ方を変えるだけです。三部目のここのドリフトの演出を半分にカットして...その分、加勢する台数を倍にしていく。技術とかじゃなしに、目であっと驚かせるような演出に...」
ハジメの意見になるほどと言わないばかりに頷くスタッフ達。しかし、冷静になったスタッフの一人が苦笑いしながらもこう指摘した。
「そうすると、俺が昔見たカーアクション映画の演出そっくりになるが....もしかして」
「あ、バレましたか。かなり意識して考えました」
「やっぱりな」
ハハハッ!と盛り上がる現場...そこから方針を固めると次は人員確保に乗り出した。
・
―チューニングショップ·スパイラル
駐車場にて奥山の鶴の一声で集められた常連客たち...
予想以上に集まってきたその数を見て招集した奥山やそれを要望したハジメも思わず目を見開くようにして驚いていた。
「こうも集まるとはな...予想の倍以上だぞ」
少し驚いた様子を見せる奥山に対し、常連客の一人一人が我こそはと言わないばかりに前に出て名乗り上げた。
「前にアンタからドライビング教わったからな。その借りを返しにきた!」
「俺は貸し借りとかないが、プロに貸し作れるなんて今後の人生でそうないだろうからな。だから手伝ってやる」
「こう見えて昔、D1の地方戦で表彰台に上がったこともあんだ。ガキどもに腕を見せてやるよ」
任せろと言わないばかりに次々に名乗り出てくるドライバーの熱意に押されっぱなしのハジメ。最後に最後尾からひょっこりと姿を見せた真奈美が両手を振るようにして出てきた。
「もちっろん、私も協力するよ!久々に86クンでドリフトしたいし!!」
熱量にただただ感謝するハジメ。
深々と頭を下げては震えるような声でこう述べた。
「ありがとうございます...心強い味方が沢山いて感謝しかありません」
・
―数日後、横浜 ベリッシモ所有の港
本番に向けての練習が進んでいく...
Bellissimoの大きなステッカーが派手に貼られた白いGRヤリスでドリフトに挑むハジメ。しかし、1000馬力というパワフル過ぎるパワー、じゃじゃ馬とも言える操舵感に苦戦を強いられていた。
「(っ、ステア操作とアクセルワークで気を抜くと滑って欲しくないタイミングで滑り始める...!難しすぎる、これ...!!)」
何度も何度も行ったり来たりを繰り返して練習を重ねる...妙なタイミングで滑り始めたり、そこから制御しきれずに滑り過ぎてハーフスピンのような形になったり....
しかし、何度か往復すると形になってきた。
一通り形になったところで一旦休憩しようと、車を停めて降りてきたハジメ。そんな彼に今ガチのスタッフ達が歩み寄ってきた。
「いい感じじゃん、これ本番も行けそうなレベルだと思うけど...」
スタッフの言葉を聞きながらもヘルメットを脱いだハジメは勢いよく首を振りながらもこう答えた。
「これで良いっていうなら、プロ失格ですよ。全然ダメ...角度もついてないし、勢いもない」
「でも、形にはなってると思うけど...」
「喫茶店でコーヒーを注文して豆が入った水出されたら、どんな気分になります?今の段階だとそのレベルなんです...俺はコーヒーを注文されたらしっかりとコーヒーを提供したいんです。それも美味しいコーヒーをね」
そうインタビューに答えながらも歩いていると別のところでは3部目に登場する協力者たちの練習風景が見える中でスポーツドリンクを手にしてゴクゴクと飲んでいると今ガチのスタッフが何かに気づいて去ると共に近づいてくる気配を感じて振り向くとそこには井出の姿が...
「どうも...」
「いい顔をしていますねぇ、五十嵐ハジメ。そんな貴方の頑張りに応えようと二つばかりプレゼントを用意致しました」
「プレゼント?」
聞き返している間に「来なさい」と促しながらも背中を見せて歩き始める井出...ハジメも恐る恐るついていくと裏手に到着。そこにはカバーが掛けられた1台の車が...井出がそのカバーに手を掛けて正体を明かすようにザッと引っ張った時、車の正体が明らかになった。
27のゼッケンが付けられた青いGRスープラ...
GTウィングやディフューザー、カナードなどが装着しているその車両に思わず驚きの表情を浮かべた
「こ、これ...!」
「1年前に貴方が名を上げることになった筑波アタックの時に使用されたGRスープラ...外観は当時と同じ仕様でドリフトしやすいように足回りやタイヤに変更を加えております。
ショップのオーナーに事情を説明したところ、是非とも提供したいとのことだったので...3部目で車種を変える予定でしたら、こちらを使用されてはいかがですか?」
感謝してもしきれずに身体を震わせるハジメ。そんな彼に追い打ちを掛けるように別のプレゼントが程なくして披露される...カツカツと靴音を鳴らして近づく一人のサングラスを掛けた男の姿。面と向かって話せるような間合いまで近づき、サングラスを外したその姿に再び驚いた表情を浮かべた。
その男は彼の師匠の小柏カイだった。
「か、カイさん...!?アメリカに出国したんじゃ...!?」
「いい感じのチケット取れなかったから時期をズラしたんだ。それに、馬鹿弟子のお遊戯会に付き合ってやるのも悪かねえってな...ほら、突っ立ってねえでリハやるぞ」
そう促されて再開された練習...
ライトアップされるような時間帯まで続いたが、充実した実りのあるものになった。
・
―今ガチ収録日
この日は遂にジムカーナをお披露目する本番だ。
今ガチメンバーはハジメ以外誰も知らない...半分ドッキリのような形で進行される。それ故、なるべく自然な流れにと番組は近場の水族館からスタート...
一人だけ緊張が走り、大水槽の前のベンチに座りながらもゴクリと唾を呑み込むハジメのもとにMEMちょが近づいてきた。
「ダイジョーブ?ハジめん。具合悪い?」
そう聞かれながらもスマホでチラッと時間を確認...そろそろ準備に差し掛かった方がいい時間だ。適当な理由をつけてその場を去ろうと立ち上がった。
「まあ...ちょっとトイレ行くわ」
苦笑いしながらも腹を押さえるようにしてその場から去ろうと歩くハジメ...その際にアクアとあかねが水槽の前で絡んでいるのが偶然目に入ってきた。
「ねえ、アクア!あのお魚大きいねっ!!」
手を引くようにして別の誰かを演じる彼女に「そうだな」と答えるアクア...その姿を見ると真奈美が以前言っていた結婚詐欺と似たようなニオイがするという言葉が脳裏を過った。それだからか分からないが、彼の奥にある冷めたい笑顔が一瞬見えた気がする。
それが本当なら...彼女を守るにはあの男から奪い取らなきゃらない。
そう決意が固まると緊張なんてものは何処へ吹き飛んでしまった。そして、裏口まで移動すると予定通りベリッシモのスタッフと合流...彼は目が合うなりハジメの肩をポンッと期待を込めるように強めに叩いた。
「...行こう」
「はい」
そう言って裏口から抜け出すハジメとスタッフ...その姿を有馬かなは不思議そうに見ていた。