小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録   作:エコノミック・アニマル

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――父がプレステを買ってくれない厳しい思い出。

――母がドラゴンクエスト7を買ってくれた思い出。

――画家の夢を諦めた経緯。

――今に至る家族と、過ごしてきた時代の流れ。

 

 出木杉英才の求めに応じて、のび太のパパ・野比のび助はよく語っている。

 子どもスマホの録音が同時になされる中で、持ち主の源しずかも箇条して、のび助の人生を書き留めていく。

 

 2019年4月29日、改元を間近にしたゴールデンウィーク『昭和の日』。

 野比家の応接間が久しぶりに開けられて、のび太のママが3人分のカルピスをお盆に運ぶ。

 で、当の息子が一番興味薄げに薄らまなこなのを目の当たりにして、丸眼鏡の奥を強張らせた。

「では野比さんのおうちは、代々このすすきヶ原に住まわれていたと」

 出木杉英才はノートを確かめて、よく聞いた。

「そうだよ。具体的には僕の爺さん、つまりはのび太の曽祖父の代から、この家の土地かな」

「ずっと借家だけど」という、寝ぼけでカルピスを飲む野比のび太の脳内注釈はさておく。

 しずかはノートを捲って自分の父の証言と照らし合わせたりして、すすき々原の歴史に添え書きを加えていく。

 この町の歴史が1950年代末からのニュータウン化より以前もそこそこ古いことがわかったところで、ノートを閉じた出木杉は、ソファから立ち上がってのび助に一礼した。

「いやいや、僕なんかの人生も聞いてくれて、なんだか申し訳ないね」

 のび助は照れで頭を掻きながら、掃き出し窓から見える、もう5月の陽気を見上げた。

「いい天気ですよね」

「そうなんだけどね」

 野比家の今年も、たとえ改元を迎える年のゴールデンウィークとて、どこも出かけない。

 

 タイムマシンの定期点検を終えたドラえもんが23世紀から帰ってきた時、身内の見栄や雑っぷりに調べる宿題を終えられない骨川スネ夫とジャイアンこと剛田武が野比家に押しかけた。

 部屋主ののび太を差し置き出木杉としずかへ半ば強引に写しをせがんでいた。

 当然、出木杉は頑としてお断りだ。

 しかししずかに対する揺すぶりと、のび太のとても迷惑そうな顔に、譲歩が出かけていた。

 ドラえもんは経緯がわからず、しずかに訪ねる。

「へえ、この町の歴史を住んでいる人に聞いて調べる宿題!」

「ゴールデンウィーク中に調べて発表しなさいって」

 しずかも正直、せっかくの連休に対して過大が過ぎると腹が立っている。

「うちのママもパパもおじさんもめちゃくちゃだよ。すーぐに骨川家のあれこれに話がとっ散らかって」

「お前なんか良いほうだい。うちなんて『昔からここで店やってた。いつから? 知らないね。そんなことより店番しな』だぞ!」

 スネ夫とジャイアンが自分の親に極めて苦言を呈している。

「確かに」と、そんなでは宿題にならないとドラえもんも呆れた。

 しかし出木杉も「自分の宿題は自分でやるべきだよ」とギリギリ譲らない。

「ねえドラえもん。タイムテレビでも貸してあげてよ」

 いい加減一人で昼寝に興じたいのび太が、出木杉に掴みかかるスネ夫とジャイアンを指さしてせがむ。

 ドラえもんは考えるのに俯くと、足元の時空間で漂う整備されたタイムマシンを見て思いつく。

「そんなことよりさ、実際に昔へ行ってみない? ボクもタイムマシンの調子を確かめたいしさ」

 ドラえもんが引き出しの縁をぽんぽん叩き、のび太達5人を誘った。

 

 整備を終えたタイムマシンは、特にエラーも検出せずに快調だった。

 鼻唄のドラえもんがコンソールのAIに細かな背景を伝えて、具体的な遡行日時と場所を詰めていく。

『ソレデシタラ、1955年4月カラ、5年毎ニ下ッテイクノガヨロシイカト』

 出木杉は時空間の様子に見上げて、下を覗いて、物珍しく観察する出木杉をスネ夫とジャイアンが笑っている。

 久しぶりのタイムトンネルで、ふとのび太は思い出す。――ピー助を還した時を思い出す。

 ペガとグリとドラコをも思い出して、クルルとて元気にやっているかと杞憂する。

 しずかも、鉄人兵団の歴史を書き換えたリルルとピッポを思い出し、そんな2人にスネ夫とジャイアンまでセンチめく。

 しかし、出木杉には4人の思い出に共有はなく、操縦席に胡座するドラえもんの背を見るばかり。

 のび太達には馴染みのタイムマシンとて、出木杉にはまったく目新しい。

 

 コンソールから警報が鳴って「タイムパトロールの検問みたい」と、時速10年で遡行させていたタイムマシンを、ドラえもんは緩やかに停止させた。

 1999年8月14日、標準時で20時頃の座標。

 白い短胴の背高い潜水艦にミサイルをぽん載せしたようなタイムパトロール艇から隊員が低重力に降りた。

 権威に基づく手順通りに、ドラえもんの身分を確認する。

「何かあったんですか?」

「西暦1951年から92年の日本付近で大きな時空嵐が起こっていてね」

 ドラえもんの行き先が学習研究目的とわかった女性隊員が「悪いけど引き返して」と命じ、切符をドラえもんへ手渡す。

「ドラえもん」

「しょうがないよ。誘っておいてごめん」

 のび太の呆れにドラえもんも平謝るばかりだ。

「しょうがないわ。ドラちゃんのせいじゃないもの」

 しずかがのび太を宥める間にドラえもんがUターンし、21世紀へ帰還しようと再設定した瞬間だった。

 はじめに気がついたのはジャイアンだった。

 空気の流れなど感じる空間ではないはずなのに、本来行くはずだった過去の方へ風が引いているのを、頬で感じる。 

 次いで艇に戻ったタイムパトロール隊員が自動警報を受けてディスプレイを覗いた。

 すかさず顔面蒼白で「警告、前後10年のタイムマシンは衝撃に備えて!!」と拡声器と防護無線で叫ぶ。

 天幕がはためくような音がした。その時代の風が、時空間をよく揺すぶった。

「ジャイア~ン!」

 タイムマシンから滑り落ちるジャイアンの手首を、スネ夫がとっさに捕まえる。

 ドラえもんの座る操縦席で、警報の限りが鳴り響いてAIが大混乱の報告を繰り返す。

『現在紀元前524年、カラ西暦2782年、1253、432ンンンンン1966年4月29日座標設定キャンセル設定キャンセル時流混雑チャートエラー歴史断絶エラー昭和41年1号次元震マグニチュード無限大優先命令退避退避エラー世界線集束エラー次元壁溶解レベル7確認修復不能自動通報タイムパトロール応答ゼロ退避退避退避退避最優先命令退避地点不能安全装置時空汚染遮断急ゲ令和8年1号次元震同期同期平成31年6号次元震不能帰還不能警報警報警報訃報警報SOSOSOSOSOSOSOSOSOSOSOSSSSSSS再起動します再起動完了』

『診断結果:シュヴァルツシルト・ホライゾン突破。自力脱出不可能。救援可能性:0.00000000000000000再起動します再起動完了』

「助けてくれ!! 落ちる~!!!」

「待っててジャイアン、今引き上げる!!」

「スネ夫君、たけし君!!」

 千切れかけるスネ夫の腰に命綱を結んだ出木杉が、ジャイアンを引き上げようと必死に踏ん張るのび太へ加勢する。

「うわ、うわ、うわあドラえもーん!!!!!」

 3人かかりでやっと引き上げられたジャイアンが、礼も感謝も、息をつく暇もなく、ばしばしとドラえもんの頭を叩いた。

「ドラちゃん! 前、前ぇええええ!!!」

 蒼白のしずかが迫りくる巨大構造物を何度も指差して、計器ばかり注視しているドラえもんを揺らす。

 もはや博物館レベルの古い艤装が施された駆逐艦が、断末魔に等しい汽笛と警鐘と非常ブザーを同時に鳴らしながら目の前に突っ込んでくる。

 目が点になるまで張り詰めたドラえもんは力尽くで左へ緊急回避をかけた。

 すれすれを巨大な船体が轟音を伴って横切っていく。

「エルドリッジだ!!」

 『DE-173』の艦番号を見たスネ夫は、土気色の鳥顔で声を張り上げた。

 都市伝説に語られる第二次世界大戦中の駆逐艦だと出木杉は即座にわかった。

 しかし、各種警報で真っ赤になったタイムマシンを立て直そうとするドラえもんには聞こえていない。

 操縦席の背もたれにしがみつくのび太は、ふと勘じて上を見上げた。

――芋虫を模したタイムマシンが濁流に逆らって揺れている。

 フロントガラスの向こうには虫みたいな人みたいな何かが慌てていて、渦波をやっと振り切ると全速力で離脱していく。

 ダンベル形状のピンク色タイムマシンもエンジン外板を真っ赤にし、小型の船体をスピンさせながらも、どうにか脱出が叶ったようだ。

 しかしタイムパトロール艇は救難信号の花火を打ち上げながら、とうとう機関部を爆発させて、渦に引きずり込まれてしまう。

 バイザー頭の少年が操る木造のタイムマシンが、一旦は脱出できたところをドラえもん達を見つけて、救援しようと再び近づく。

「頑張れ~、今助けるぞ!」

 野球帽を被ったジャイアンのような少年が身を乗り出すが、向こうのタイムマシンは板を止めている鋲が飛んで、空中分解寸前だ。

「やめろ!! 引きずり込まれるぞ~!!」

 出木杉が身振り手振りで叫んで退避を促した。

 そうする両者を分つように黄色い旧型マイクロバスと、春日部ナンバーの緑色をした小型セダンが。

 波渦をもろともせず全速力で過去へと突っ込んでいく。

 もう天も地も定かにない空間に漂っていく。

 軋み歪んでいくF-14トムキャットばかりの巨大な飛行甲板では、39年前の米海軍クルーが頭を抱えて悶え苦しみ、異常が去るのを耐えている。

「ファイナル・カウントダウン!?」

 トムキャットの方向舵に描かれたジョリーロジャーを見たスネ夫は再び叫ぶが、もう誰の耳にも届いていない。

 彗星のように渦を回っていた『品川88も12-26』のナンバープレートがドラえもんの額に直撃すると、タイムマシンはとうとう制御を失った。

「ドラえも~ん!!!!!!!!」

 気絶したドラえもんからすぐさま代わるしずか。

 恐慌状態で身を寄せるのび太・スネ夫・ジャイアンを余所に、出木杉は場違いに「きれいだ」と目を細める。

 渦はオーロラのように幻想的で、その中心は黒ではなく真っ白が、倍々と膨張を続けていた。

 

 吹き荒ぶ大嵐の中に、轟くオートバイのエンジンの鼓動と、サイレンを聞いた。

 並列2気筒347ccの、ヤマハの古い空冷2ストエンジンが、バサバサと天幕を引きずって、それは甲高く呼んでいる。

 

――百姓昭明にして、万邦を協和す。

昭和41年は、ひたすらに栄光の前夜にあって、

虚ろと現つと永久に歩めん。

 

「出木杉!!」

「おい出木杉!!!」

「出木杉さん、しっかりして!!!」

「駄目だ出木杉くん!! それは――」

 

――世を揺らせ。世に轟け。

我が時代は栄光なり。

我が時代は永劫なれ。

少年よ、我が時にその身を叫べ。

少年よ、我が時ぞその身で生きよ。

 

『診断結果:シュヴァルツシルト・ホライゾン突破。脱出可能性:演算不可能。ダイバージェンス・プラスマイナス120パーセントガ溶解シ帰還地点ノ定義ガ不能。ヨッテ正常時空間ヲ上書キ再定義シ、診断モード解除。正規ニ戻リマス』

 

――輪舞曲、輪舞曲、輪舞曲、輪舞曲。

この虚ろぞ我が箱庭にあって、

巻かれる糸車の一つの繰りに、出木杉英才が輪廻と舞え。

 

「ボクに何を求めている」

 

――我が在りし証明。

我が完全の羨望。

彼我のいたる未来への序。

 

「過ぎ去った時代は、未来じゃない」

 

――いずれ、三千世界が挙げて喝采する。

完全を超越した完璧の時代が、昭和41年こそが至らんことを。

 

小説ドラえもん~出木杉英才の異説回帰録~

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