小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録   作:エコノミック・アニマル

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9話

 電柱に取り付けられたスピーカーが18時の時報を鳴らす。

 まだ陽はあるのに月見台の銀座商店街は店じまいをはじめて、代わりに飲み屋の赤提灯が所々でかけられた。

 

 はじめは本格的に調理したかった出木杉だったが、あばら屋の台所状態や手持ち金額で諦めた。

 結局固形物は、叩き値の10円アンパンとジャムパンを、売れ残りの5個しか手に入れられず。

 せめて牛乳を買おうとしたが、めぼしい店はすべて閉まった後だった。

――これじゃ、アリューシアさんもクルニさんも、栄養失調で体調悪くするな。

 シャッターを閉めかけた薬局に立ち寄った。

 まとめ売り1300円だけのリポビタンDは真っ先に諦め、カウンターより向こうの陳列棚を見上げる。

「ボク、何が欲しいんだい?」

 白衣を着た冴えない中年店主がみるからに「さっさと閉めたい」と渋い顔をしている。

 陳列棚とカウンター向こうの出木杉とを交互に見て急かす。

 ……奥の座敷ではテレビだろうか、『ナショナル10人抜きのど自慢』と題して素人の歌声を放ち始めている。

「100円で、何か滋養のあるものってあります?」

 決めあぐねた出木杉の求めに、店主がごそごそ棚下から肝油ドロップの小さい缶を取り出す。

「値札は150円だけど100円でいいよ」と言うのでそのまま買い、閉め出されたのだった。

 

 月見台の駅前まで出向く買い物を終えた。ここまでだとあばら屋まで帰路は50分。

――その中間、駅寄りにのび太君の家があって、あばら屋の向こうに学校がある。

 いつもの遅刻は彼だけのせいではないのかもしれない。

 ボロボロの買い物かごに菓子パン5個と、カワイ肝油ドロップの小さい缶だけというあまりにもな内容を確認すると、出木杉は再び堪えた。

 いまさらグリコのキャラメルを加えようかと思うが、焼け石に水にもほどがあるし、売るような店は全部閉まっていた。

 蛍光灯の自動式に更新されたばかりの街路灯がすすきヶ原住宅街の砂利道を灯し始める。

――途中で電話ボックスを見つけたが、住み着いた事務所どころか瀬村家の電話番号も知らないから、連絡の取りようもなかった。

 だからといって帰れるだけのお金も食べ物になった。

 それは最悪、警察に駆け込んで連絡してもらえればいい話だが。そうなればおそらく……。

「おーい、そこの君!!」

 警官かと思ってびくつくも、振り返ると会社帰りの野比のび助だった。

「息子の命の恩人なんだ。うちの母も家内もお礼がしたくて、探したんだよ」

 出木杉の両手をぐっと握りしめて感激しながら、問答無用で家へ連れて行こうとしている。

「あの」

 タイムパラドックスだとか以前に、出木杉はその事態ではないと手を解いて、謝ってから断る。

 のび助が出木杉の手脇にあるボロ籠を見た。

「お使いの途中。こんな遅くに……君、ここらの子なの?」

 深く聞いてくるので「ごめんなさい」と逃げたのだった。

 

 あばら屋の広い周囲をゲンジボタルの黄緑光が飛び回る。

「こっちの水は甘いぞ」

 サンラクとオイカッツォとエムルが囃して、草むらを駆け回って遊んでいる。

 アリューシアとクルニと――サンラクの連れらしい黒髪の女性が、ホタル舞の幻想に浸って縁側に並んで座っている。

 女騎士どちらかのえげつない空腹鳴りで、彼女達は苦笑と羞恥に崩れていく。

「デキスギ。おかえりなさい」

「おかえりっすー。何を買えたっすか?」

 目の良いアリューシアが気がついて、大型犬のようにクルニが駆け寄ってくる。

 申し訳なさそうな出木杉がボロ籠の中を見せると、クルニはすかさずアンパンを取って大口で食べ始めた。

「はしたないわよ、クルニ!」

「だって団長、1週間ロクに食べてないじゃないっすかー。この程度で餓死しないたって、それと我慢は別っすよ」

「それは、そうですが……」

「ほら団長も! 知らない味っすけど、甘くて美味しいっすよ?」

 アンパンを頬張るクルニがアリューシアにおもむろに取ったジャムパンを差し出す。

 受け取ったアリューシアが柔らかいパン生地を確かめるように指で揉む。

 上品に一口すると、もう止まらずその場で食らいついてしまった。

「おい出木杉ィ。買い出しにいくなら、オレからも金出したんに」

 自己紹介はしていないはずだが……オイカッツォが馴れ馴れしく出木杉に寄って籠を覗く。

「なんだい、やっぱり金なかったのかよ。人に頼るぐらい覚えとけ」

 その貧相ぶりに呆れて野次った。

「君が出木杉英才君?」

 縁側に屯していたファンタジー姿の黒長髪のモデル美女だ。

 出木杉の姿を詳細に見定めて「うん、これは本物だな」と小さく溢す。

「あ、何でもないよ。こっちの話、こっちのー、あはははッ」

 出木杉が追求する前に下駄な笑顔で掻き消した。

「あたしはアーサー・ペンシルゴン。シャングリラ・フロンティアのゲームで、サンラク君が属するクラン『ヴォルフガング』のリーダーだよ。よろしくねー出木杉君」

――このペンシルゴンさんは口調といい所作といい、とにかく軽い。

 が、親しみやすいというより、内なる腹黒さが滲み出てきている感じがする。

『警戒しなければならない悪い大人』

 出木杉がペンシルゴンに予感するのを見たアリューシアが、頬にパンカスや苺ジャムをつけたまま強く咳払いをした。

 

 肝油ドロップの一粒をろうそく火にかざして訝しげに摘むアリューシアに、出木杉が「タラやサメの重たい脂肪分をドロップにしたこの国の栄養食です」と説明する。

 その手で恐る恐る毒味で噛むと、子ども向けのいちご味が広がったのか、冷ややかに凛としていた表情が随分と蕩けた。

 そんなアリューシアの普段では考えにくい様相にクルニが安心して「すごく粘っこいっすね」と試食する。

「懐かしいわねー。子どもの頃に小学校で買わされてさー、2粒食べると鼻血出るぞーって脅されたっけか」

 ペンシルゴンがまだ小さき可憐な姿の自分を思い出す。

「あらあらーペンシルゴンさん、いつの時代のお生まれですー??」

「俺ら若い世代は、そんなことありませんでしたけどっー???」

 特に同齢だろうアリューシアの冷たい目線の中で、24歳ペンシルゴンは、オイカッツォとサンラクの顔面を間髪なく腐れ床に叩き込んだ。

「死ぬことはないけれど、一度に食べるとゲリピーしちゃうから気を付けてね」

 そう女騎士達と、こぼれた分を頬袋に蓄えようとしたエムルに忠告する。

「団長。……このトーキョー国、やっぱりおかしいっす」

「わかっているわクルニ。文化の相違はもちろんだけれど、どう考えたって技術体系から異なって、その進歩も著しい……」

 肌で感じていたクルニの困惑はわかる。アリューシアとて1週間、隠匿生活ながらも一通りを観察してきた。

――騎士団長という王国官僚の目からも、生まれの商家の娘の目からしても。

 この異国は、レベリス王国とは比べ物にならないほど、人口や経済規模からして強大だ。

「驚いているところ、なお驚かせることになって悪いんだけどさ」

 ヘーゼルナッツの入っていた革小袋にそれぞれの分を詰めたアリューシアとクルニに、サンラクのメールを受けペンシルゴンが買ってきた昭和40年版の関東道路地図を広げた。

「この国の地図ですか?」

「このニッポン国の、首都トーキョーのある、カントーって地方の地図」

 アリューシアは碧瞳を見開いて、こめかみに冷や汗が伝る。

――この地図が収められるカントー一つで、レベリス王国の全領土に匹敵している。

 それが47……ペンシルゴンは途中で「66年なら46か。沖縄まだ返還されてないし」

 現代知識から訂正する。

 それであってもこんな規模を国土とする大国の、広大な首都ど真ん中に投げ出されたという事実が、下手をすればレベリス王国への侵攻発端になりえることをアリューシアは危惧していく。

「ひとまず地図を見てよ」

 固まるアリューシアを見たペンシルゴンが、その意識の先を地図上に戻させた。

 アリューシアには表記される施設記号がわからなくとも、南で頻繁に行き交っている巨大な自動トロッコの線路だとはわかった。

 武埼新宿線を頼りに杉並区の『鷺ノ宮』『下井草』『井萩』『上井草』とペンシルゴンは順に指をさしていく。

 続く『上石神井』から北東のわずかへ指をずらす。

「ここが一応、このあばら屋の推定位置、……なんだけどさー」

 ペンシルゴンが困り笑顔で出木杉に振り向いた。……案の定、青ざめて固まっている。

「地形がぜんぜん違うっすよ?」

 日本漢字を読めないクルニが、それでも自分の記憶と実際の地形を整合してから指摘する。

「そうだね。実際、地名も月見台じゃなくて上石神井になってるし、あたしの覚えでも『上石神井』のはずなんだよ」

「カミシャクジイ?」

 アリューシアが、異言語の地名を尋ねる。

「この国の言葉で北だったりお偉いの席を意味する『上』に、『石』の『神』様と続けて『井』戸ってことは水汲み場所。つなげるとそういう意味の地名」

 大学時代からの文学親友の受け売りを真似た。

 ペンシルゴンはアリューシア達に文字を分解して由来を示していく。

「つまり……どういうことっすか?」

 クルニがペンシルゴンの言い淀む確信を問うた。

「原因はわからないけれど、本来あるべき『カミシャクジイ』が『ススキガハラ』に置換されている。しかも住民の誰もが気がつかず、そのまま生活を継続できている」

 まったく理解はできないが、アリューシアの吐き出しが現状の最もな回答だと、ペンシルゴンは頷いた。

「だから、うかつに接触するのは考えものだよ」

 硬直した出木杉の肩をペンシルゴンが掴んで揺らす。

「デキスギ君、大丈夫ですかー?」

 心配するエムルが垂れ耳をしょげて顔色を伺った。

 出木杉は完全に自問自答と複雑怪奇な事象解析のために、意識が彼女達に向いていなかった。

「おい、デキスギ!!」

 シロアリの食った腐れ床から頭を抜くことのできたオイカッツォが一喝に背を全力で叩いて、出木杉がはっと目覚めた。

 顔を掴んでから自らに向けさせると、造形の整う意志の強い金瞳と出木杉のつぶらな黒瞳が衝突する。

「オレもまだ何らわかっちゃないが、嫌な感触があっから警告しておく。深く考えてドツボったらコンボ決められっぱなしで相手の思うままだ」

 ペンシルゴンと2人の女騎士と、出木杉の足元で困惑するエムルや、やっとクチバシを突き刺さった床から抜くことの出来たサンラクにも強く発する。

「お前らもそうだ。今はログアウトできるまで逃げるのに専念しろ。こんなクソバグにマジレスするほうがおかしいんだからな。特にペンシルゴン、サンラクに続いてログアウト不能になったらこちとら後味悪くてたまったもんじゃねえぞ!!」

 

 打ち捨てられた大正時代のあばら屋農家に不釣り合いな電子アラームが鳴り響く。

 ペンシルゴンが左手首のコンソールを叩く。

「もう10時だ。仕事に響くしお肌にも当然悪いし、そろそろ寝ましょう」

「不寝番を立てる必要があります」

 アリューシアが床に置いたバスタード丈の愛剣を取った。

「そうだね。その黒衣の狂戦士集団が寝息立てた頃合いに夜襲してきて、リアルPKしかねないし。あたしも今夜は付き添うわ」

 業物な刃槍を魔法のように取り出すペンシルゴンの佇まいに、クルニが「頼もしいっすね」と感心する。

 そして拾い物のロングソードの手触りを不安げに確かめた。

「オレもうあのクソゲーマタギ相手するのやだ」

 体育座りで隅に縮こまるサンラクをペンシルゴンがそのまま戸外に出してしまう。

「あんたは男、しかも半裸鳥頭のド変態極まるクソゲーマー。あたしだけならともかく、アリューシアちゃんとクルニちゃんもいる場で同衾は許さないから」

 そして、閉めた。

「えと、出来杉君はもちろん大丈夫だけど。だったらカッツォちゃんは?」

「うーん、微妙」

「おい」

 プライドにヒビが入りそうなオイカッツォと、サンラクを憐れむエムルが、それぞれの感情を出しながら自発的に出ていく。

 ……半壊した馬小屋の中で、夜目で起こされた野良鶏に突かれながらマシな状態の藁を集めているサンラクの半裸を見、あからさまな嫌悪を顔に浮かべる。

「オレはまだログアウトできるんだった。明日まで生きてろよサンラク」

「あ、ちょ、カッツォてめええ!!!」

 藁まみれのサンラクを無視したオイカッツォは光に包まれ消えてしまう。

 エムルだけが「サンラクさん、このエムルは味方ですー」と懐に収まったのだった。

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