小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録 作:エコノミック・アニマル
地上げから久しく、荒れてもなお機能している赤水銀の温度計は、6月末の梅雨明け間近にしては18度という寒冷を示している。
かつてはすすきヶ原一帯を治めていた豪農のあばら屋とて、昭和41年6月24日金曜日の朝霧から逃れることはない。
『コケコッコー』
「いていていてッーてめーら集団でずるいぞ、ぐあッー!!!!!!!!!」
「ほぎゃあああですわッーーーーーー!!!!!」
緊張感も情緒の欠片もない男と小兎の雑な断末魔で、出木杉は飛び起きた。
うとつく胡座から瞬発したアリューシアとクルニが、反射神経のまま直した雨戸を蹴り倒した。
案の定馬小屋で藁まみれの半裸鳥頭がエムルを巡って野良鶏どもとつつきあっている。
「んあ? あーおはよ」
真っ先に熟睡に落ちたペンシルゴンが一同に呑気な挨拶をかけながら、刃槍すら持たず後に続く。
多勢に伏せさせられる鳥頭サンラクに対して「卵は潰さないでねー」と満面の笑顔だ。
「あのペンシルゴン……あなたは本当にあの男の仲間なのですか?」
「ん? あれは奴隷……もとい忠実なしもべ……いやいやゲボク?」
「……次の夜はこちらへ入れましょう。あまりに哀れです」
碧瞳を点にしたアリューシアが信じられないとばかり、ひとまずペンシルゴンへ通告したのだった。
ペンシルゴンが出した目覚まし時計の液晶デジタルが8時を告げる。
一同が凝視する中で極めて厳密に分けられた残り1つのアンパンは、全部出木杉に与えられることなった。
「ボクは最悪、月島へ帰ればどうとでもなるので」
そう出木杉は断るも、外道のペンシルゴンも含めた年長者全員が認めなかった。
保護者としての庇護意思と威圧を放ったがために無下にできず、細かくちぎれた欠片を申し訳なく、味も感じず食べていく。
「おまたせっすー。産みたてほやほやを茹で卵にしたっすー」
頭のリボンが湯気を含んで折れる、汗だくのクルニが囲炉裏横にザルを置く。
大きい卵を巡ってサンラクとペンシルゴンがジャンケンした上で決闘へ突入する。
平均的な1個を剥いたアリューシアが、白身や黄身の完熟硬化をよく確認した上でほくほくと頬張る。
ヘーゼルナッツの魔法ローストの入っていた小袋底のカスを剥いた卵に振りかけるクルニが、味気なさそうに食べるエムルにも空小袋を渡した。
「ありがとうなのですわー」
ペコペコ下げる兎頭をクルニが撫で回す。
目覚まし時計が30分を指した。
「お前ら随分と呑気だな」
ログインしてきたオイカッツォが、インベントリア経由で出したソニーブランドの防災ラジオを置いたのだった。
「あんた、これどうやって持ち込んだの?」
さすがのペンシルゴンも怖い顔でオイカッツォを詰める。
「フルスクラッチアバターをアップロードするのと同じ要領だよ。つまりはこれ、ラジオの形と機能がついたスキン扱い。中身はシャンフロのほうで捕まえといた適当な雑魚のテイムモンスター、オブジェクトは適当にネットから拾った。他にも役立ちそうなのを一通り揃えたぜ」
「あっきれたー。それ、チートじゃない」
「ゲームのほうがふざけているんだから、これぐらいのズルは『便秘』レベルの仕様だろ」
――オイカッツォがホームグラウンドにしている便秘こと『ベルセルク・オンライン・パッション』の格闘ゲーは、バグが大前提の何でもありでヒャッハーカオスが成立している。
悪びれもしないオイカッツォは電源スイッチを押す。
オートチューニングを押して、手近の放送を拾わせた。
「何の魔道具なんです?」
「ラジオって言って、この日本じゃ声を遠隔に飛ばせる技術があるから、それの応用で報道に使ってんの」
ペンシルゴンの雑把をアリューシアは咀嚼し「頼るべき情報源」と理解する。
現代技術で砂嵐がかなり抑えられている。
デジタルメーターが遡っていくラジオはNHK第二をキャッチした。
小学1年対象の音楽教育番組か。
『でーんでんむーしむし』
モノラル音割れの歌声に合わせて、サンラクが上半身を左右に振る。
オイカッツォがまたオートに任せるとすぐNHK第一を拾う。
今度は健康番組だ。ぜんそくをテーマに当時の知識で進行される。
結局どの局も時間が悪いのか、生活相談なトークショーばかりだ。
ラジオに向かって眉間の険しいアリューシア。
ペンシルゴンが「昼時になればニュースになるから」とよく宥めた。
しかし呑気は許されなかった。
「団長、機械馬の鼓動がするっす」
立ち上がるクルニのリボンがふさりと伸びる。
抱えられていたエムルが飛び出して「何の音ですの??」とキョロキョロしている。
「原付か?」
「じゃねえだろ。もっと大排気量だ。したってこんな場所に、バイカーがわざわざ来るかよ」
オイカッツォと見合わせてから立ち上がるサンラクが、宙から双剣を出して土間の破れ壁に控えた。
オイカッツォも別の破れに臨戦する。
「この音……」
出木杉は明瞭に覚えがある。
時空間で聞いた、空冷2ストローク独特のバタついた高回転の甲高いエンジン音……、
「アリューシアちゃん」
雨戸の隙間から静かに覗くアリューシアに、刃槍を構えるペンシルゴンが様相を聞く。
「白革ベルトに黒尽くめの革ジャケット……先日の狂戦士ではなく、機械馬を扱うこの国の交通衛兵に見えます」
「顔、見える?」
――交通衛兵。つまり白バイ警官だとして、こんな梅雨明ける初夏に冬の革ジャンはおかしい話だ。
「白い兜の下は……、ッ!!!」
アリューシアは、その顔が確認できないことを、――正確に言えば、黒いバグウィンドウが乱発されるようなぐちゃぐちゃぶりに恐れる。
それでも静かに抜剣し、「怪異」と断じた。
空冷347cc2ストローク、熱にうだつアルミシリンダーを震わせていたヤマハ・R1エンジンの鼓動を止める。
白バイを左から降り立った。
泥地に差したサイドスタンドを軽く蹴ってロックし、再度蹴って確認する。
堂々ではないが躊躇いもない足取りであばら屋の玄関戸に立つ。
革手袋に人差し指を作って呼び鈴ブザーを何度か叩いてから、鳴らないことがわかるとドンドンとノックを繰り返す。
破れ壁から無音で表に出たサンラクが、かまどの越す土壁の隙間からペンシルゴンに目配せを送る。
ハンドサインを得たサンラクは、忍び足で玄関手前へ。
『怪異』の侵入を待つ。
長くしなやかな一本鞭を握りしめるオイカッツォが、サンラクとは対する縁側の影に控えた。
――入ろうとすれば足払いに鞭を振い、スタンが決まって崩れたら、そのまま縛り上げる。
ペンシルゴンとクルニが囲炉裏のくすぶる上がりでそれぞれの得物を構える。
玄関戸横の暗がりに、アリューシアが息を沈めた。
――前の2人に気を取られるのを見計らって、後ろから瞬発して真っ先に首を刎ねる。
得体のしれない『怪異』に騎士の誇りを示せるほど、今は余裕がない。
オイカッツォの出た破れ壁のそばに置かれた出木杉が、念じて四次元ポケットをまさぐる。
――空気砲が出てきたので右手にはめ、防災ラジオを確保する。
囲炉裏に置かれたままエムルだったが、何か出来ないかと静かに慌てるが、ペンシルゴンが「何もするな」とサインする。
――止められたエムルだったが、それでも頭の魔法ページを必至にめくり続ける。
増強のアッドスペルの重ねで即麻痺レベルのスタンビートを唱え始める。
そうして各々が玄関戸を執拗に叩く異形の白バイ警官に対し、神経を研ぎ澄ませて戸の揺れを凝視すると、やがて蹴り倒された。
背に天気雨の白日光を得る白バイ警官の『怪異』が、意識のない、だが意思の確実な足取りをそのまま、あばら屋へ侵入を果たす。
オイカッツォの不発の鞭を躱したそのままの勢いでサンラクが『怪異』のブーツ足に蹴りを入れて払う。
しかし感触があるのに白バイ警官は何事もない。
滑りに滑って前面へ無防備を晒したサンラクにバトンタッチされたクルニが、遠心力に怪力を倍がけで込めたロングソードを大きく横薙いだ。
それは確かに胴に入って革着の感触があったのに、白バイ警官は何事もない。
ヘイトを稼ぐペンシルゴンが刃槍を派手に振るってから『シャドウ・ウェッジ』で影を突き刺す。
まったく反応のないまま前進を続けて土足で土間からあがる白バイ警官に対し、背後からアリューシアが神速して刺突する。
エムルのスタンビートが炸裂しようが、手応えはあるのにそこへ反映されていない。
「出木杉逃げろ!!」
「デキスギ君!!」
「デキスギ!!」
――溜めから炸裂した空気砲は、出木杉の認識では『怪異』を吹き飛ばしている。
だが瞬けば、何事もなく――。
「そいつの狙いはラジオだ!! ラジオをこっちに投げろ!!!」
意図に気がついたペンシルゴンの怒声で出木杉は我に返った。
迫る白バイ警官へ投げつけるように鳴りっぱなしの防災ラジオを、ペンシルゴンへ投げたつもりだった。
乱発されるバグウィンドウの奥に『過去の顔』を控えた白バイ警官が、難なく防災ラジオをキャッチする。
革手袋の両手に収められたラジオが閃光すると、ベースになったテイムモンスターだろう……1尾の大きな洞窟魚に戻った。
立ちはだかっていた白バイ警官は、恐慌寸前で過呼吸し、空気砲を暴発しかねない出木杉など見向きもせずに、破れ壁をくぐって外へ出る。
「いなくなるか?」
屋内の彼らが思っていたが矢先、激しい打撃音がして声色の低い少女の苦悶が執拗にあがったのだった。
白革ベルトにあった交機用の短い樫警棒が、追い詰められたオイカッツォに対してひどく打たれていた。
駆けつけたサンラクとクルニが剥がしにかかろうが、白バイ警官は何事もなく続けていく。
ペンシルゴンの刃槍柄で止められたアリューシアがその場で剣を整えて中段正面に構えた。
しかし『怪異』においてはあらかたの罰則の済んだ後のようだ。
白革ベルトから取り出した青切符の帳にノックし、先を出したボールペンを走らせてから、作法のようにくるりと回す。
無言の圧をもって、無傷で手折れているオイカッツォに署名を促している。
『魚臣慧』
意識の薄いオイカッツォが、圧のままプラスチックの細身を握らされると、指し示されるまま本名を書く。
写しを切って震える手で受け取るのを確認した白バイ警官は感情などまったくない。
鼓動を始めた白バイのサイドスタンドを軽く蹴ったそのままで、走り去っていく。
飯場のプレハブ前から側道に出るために灯る赤いブレーキ灯と、点滅する右ウィンカーと一緒につけられた『多摩い1129』のナンバープレートを、刃槍の構えを解いたペンシルゴンがよく焼きつけたのだった。
「おいカッツォ、大丈夫か!?」
「カッツォちゃん!」
縁側の下で唸っているオイカッツォの両脇に担いだサンラクとクルニ。
警棒で執拗に打たれた激痛で暴れられながらも、囲炉裏横へと、無傷のボロボロを運んでいく。
「HPは削れてねえ、デバフもかかってねえよ」
エムルが差し出すポーションを彼は乱暴に断るも、
「すまねえ。リアルで病院行く」
そう返事を待たずに宙のUIをログアウト操作する。
アリューシアが唖然とする眼前で光に包まれ消えていったのだった。