小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録 作:エコノミック・アニマル
「やあやあ、日々クソゲーをハントしては極めんとするサンラクこと『陽務楽郎』くん?」
――それは、ペンシルゴンと同じ『猫の悪魔』を飼っている。
「そっちも、異世界な女騎士ちゃん達との邂逅は愉しんでいるかい? 『天音永遠』ちゃん?」
――それは、あたしと違うのに『同じ声』を発している。
「……で。あんな馴れ合いのオママゴトはそろそろさ、見るの飽きたから済ませてくれない?」
――それは、自らSAOを臨んで焦がれ、痛みと直結する死の直面に歓喜する異常の女。
上弦月にはまだ足りない曇り空の月光が、スレンダーの肢体に纏う漆黒のボディースーツの、小丘な主張に影を落とす。
被る帆布縫のチェストリグにはプレス打ちの湾曲マガジンをほどほどに入れ、東側規格のF1手榴弾を留めている。
「いやいやー。一方的に知っているので驚くかと思ったけど、案外そこまででもないのかねー」
――吊り気味の猫目に群青を光らせて、愉快愉快と悦んでいやがる。
ポニーテールの根元を団子に盛って縛る黒髪美女の日焼け頬には、赤いトライバルタトゥーが刻まれた。
細身の右股に揃える56式カラシニコフは、空挺仕様の金属ストックを折り込んだままだった。
代わりに果物ナイフみたいな銃剣をつけている。
「わりぃが。ガキん頃に読んでいたし、アニメだって見ているんだ。で、そっちも俺らをそんなとこだろう。だから知ってんのはお互い様だぞ」
「おやおや。それはさ。まるでこのあたしこそが、アニメのキャラだって言う素振りじゃないのさ」
「実際そうなんだよ『ピトフーイ』」
56式カラシニコフの先でギラつく銃剣を狙い、サンラクが下から電光石火で突っ込んだ。
素手で掴んで自身に引きずり込むようにして、女から得物をもぎ取る。
難なく手放すピトフーイの華奢をそのまま蹴り飛ばす。
瞬発に対する間合いを、助走を防ぐためにあえて短く取る。
ナイフを突き立てるピトフーイにペンシルゴンの刃槍がすかさず袈裟斬りをかける。
躱されることで距離詰めを防ぐうちに、サンラクは56式カラシニコフを奪取した。
マガジン側に折り込まれた金属ストックを乱雑に回転させて広げると、軽く衝撃を入れてラグの噛み合いを感じ取った。
安全状態のセレクターをすかさず一番下まで下ろし、コッキングレバーを半分引いて装填を確かめてから、CQBへ移行する。
宙に激しく舞う刃槍を決めて構え直したペンシルゴンが、あばら屋を背にピトフーイの横手を陣取った。
毒鳥が止まって囀っている。
「ひどいなー。こちとら最初の挨拶だしって結構配慮してんだよ??」
「その配慮や存在そのものが、人格から信用から全部問題だらけだっつってんだよ」
上裸の肩に金属ストックの冷たさを感じるサンラクが、畳まれたままのタンジェントサイトにピトフーイを捉える。
「このAKはどこで手に入れたんだ。持ち込み品にしちゃあ、随分リアルに使い込まれてるじゃねえか」
黄色い大クチバシから吐き捨てた。
「最初の最初で拉致ってきた勢力があったんだ。脱する時に一通り餞別させたのさ」
つや消しの黒い刃を音もなく下手に構え直す。
「で。その工作員はせいぜいボコかすぐらいで、ちゃんと生きてんだろうな?」
鳥頭に宿る鋭い赤瞳が、サンラクとは思えないほどに嫌悪の敵意に満ちている。
「そりゃ、もちろんだよ。だって相手はこのSAOのNPCだし?? 別にNPC殺してもその程度で白バイは来ないだろうけどさ。ま、一緒に捕まってた奴に邪魔されたのもあるよ? でも思えば、余計なヘイトは後々邪魔になるからね」
――こんな間合いじゃ、機微でも動けば即時に銃弾か、銃剣か刃槍が自分を裂く。
「いやいや、あんたらの舐めプを期待してたのが悪かったね」
「こんなクソSAOの世界で舐めプできるほど、こちとら余裕ねえんだよ」
「おーこわっ。サンラク君、本当に高校生? そこのスズメ女と同じでさ、設定だけってわけないよね??」
「黙れ」
その場にグロックナイフを泥地に落としてピトフーイは、両手をひらひら広げてからゆっくりと頭の上に乗せる。
だが、声色は何も変わらず、悦んでいる。
「今PKされるにはちょーと早すぎるし、7割ぐらいはあんたらのズルだから、このまま逃がしてくれない? ここでゲームオーバーは勘弁願いたいけれど??」
「不気味の限りね。悪いけど、拘束するよ」
「しょうがない。このピトフーイ様が求めるのは、いつだってどうあったってSAOだから、これに文句を言うのがおかしいさ。そうだよね、アーサー・ペンシルゴン?」
戦慄するペンシルゴンが指笛を甲高く鳴らし、あばら屋のアリューシアとクルニを呼び起こした。
寝ボケを抓られたエムルの拘束魔法で麻痺と拘束を同時にかけた上、チェストリグの一通りを外し、ペンシルゴンの手で目隠しが結ばれる。
56式カラシニコフを構えたままのサンラクの監視をもって、クルニに担がれるピトフーイがあばら屋に入る。
腐れ床に敷かれる座の中心に、借り猫と化した『SAO狂』を静かに置いたのだった。
「丁寧痛み入るね。騎士クルニ・クルーシエル」
「黙るっす」
事情を聞くより先んじて、気配からの警戒が強すぎるクルニだった。
ニヤつくピトフーイを言葉で突き刺したうえで、ペンシルゴンが追加で渡すバンダナで猿ぐつわを作って噛ませた。
「ペンシルゴン、彼女は?」
「ピトフーイ。リアルじゃ大人気な清純歌手だけど、正体はハンドルネーム通りの猛毒鳥だ。この世界にほっとくと死人がわんさか出るよ」
ペンシルゴンの最悪を極めている険しい表情に、くつわされようと余裕のピトフーイ。
帯剣のアリューシアは思慮し、これの処置を考える。
輪座から外されて破れ壁の脇に置かれる出木杉に、とたとた駆けつけるエムルが「しばらく待つのですわ」と厳命する。
「こいつを知っている側から言わせてもらうと、情報源として使おうなんて甘っちょろく考えないほうが良い」
ドスめいた銃剣と7.62mmの銃口を、無力化されたピトフーイになお突きつける。
緑布のスリングベルトで支える腰溜めに移り、引鉄から人差し指だけを離したサンラクが、それでも鳥頭の眉間に極限の嫌悪を作っている。
蒼瞳を閉じて澄まして開く。取り替えたろうそくの火に照らされる彼女のチェストリグが目につき、両手で開いた。
「グレネードとかは外して表に置いておいたが、気をつけろよ。こいつは普通にスーサイドトラップをカマしてきやがる」
「そこまで無茶ではない」
生えたイモムシ状態のピトフーイがケタケタ笑っている。
「黙れ」
この毒鳥をペンシルゴンは蹴り殺したいぐらいだが、出木杉を前にそれは駄目だと理性を効かせた。
アリューシアの白くしなやかで、きめ細やかな左手は、剣ダコなどまったく認めないほど完成されている。
長い人差し指と中指の先腹が、床に広げられる人民解放軍制式の56式チェストリグの荒い製縫を辿りあげた。
オリーブドラブな帆布である以上の異状を確かめる。
まだマガジンの残るポーチの蓋や留め具に何の引っ掛かりもないことをよく確認する。
慎重を特に配してゆっくりと開いて、完全装填された金属マガジンをゆっくりと持ち上げる。
「これが、連射弩弓の鏃。……ですか」
ダブルカラムに収められる7.62mmのライフル実包の薬莢が、薄く塗布された油によって、歪んで照っている。
「あたしも、マジモンは初めて見るよ」
アリューシアの置いたマガジンをペンシルゴンも確かめるために手に取る。
サイコロのように手の内で転がすと、「思った以上に重い」と感想して、元に置いた。
「底に何かありますね」
「ブービートラップかもよ」
「罠にしては仕掛けが小さすぎます」
マガジンポーチの底をゆっくりと指で探るアリューシアが小さな輪を感じると、再三確かめた上でゆっくりと取り上げた。
「で、こいつどうするよ」
重たい56式カラシニコフを構えたままのサンラクが、立ち上がるペンシルゴンに問う。
「どうするもこうするも抱え込むのはひどいリスクだ。さすがに警察へ突き出そう」
ペンシルゴンの白い視線を感じたのか、目口を塞がれるピトフーイが見上げて振り向いた。
「ここが使えなくなるぞ。アリューシアはいいのか?」
ペンシルゴンに向いていたサンラクが、広げた所持品内容から持ち主のピトフーイに視線を戻すアリューシアに確認する。
「そろそろ潮時です。夜闇に乗じて北の閑散部まで退却します。クルニ、撤収用意」
「はいっす」
騎士団長アリューシアの命令によって、ロングソードを鞘に戻したクルニが頭のリボンを揺らした。
あばら屋の使用部分を確認と処理に出ていく。
「せめてこの世界の衣服に着替えることができればよいのですが」
「そこは出木杉君に頼りましょう。あの子のポケットにはその類のひみつ道具もあったはずだ」
置かれているばかりの出木杉に、ペンシルゴンとアリューシアの視線が移った。
――エムルちゃんが小さい兎体で制止しようと、ひどく考え込んでいる。
ピトフーイの出自を知っているのか。
ピトフーイを拉致拘束していた勢力について背景を無駄に思慮しているのか。
――それとも、その勢力からの脱走に協力したという邪魔者が何だと探っているのか。
「どうしても確認するべき事柄があります」
ペンシルゴンに目配せしたアリューシアが、射殺を待つ捕虜のように膝立ち状態で麻痺拘束される、ピトフーイのくつわを解いた。
「余計な毒を吐くならば、子どもの前であっても斬り捨てます。すでにあの少年は、私達が敵を斬殺するのを確と見てしまっている」
「おーこわいね。立派なもんだよ騎士団長『神速のアリューシア』?」
「斬りますよ」
――剣聖ベリルから賜った餞別の剣が、「守りたければ『死の鳥』を斬り伏せろ」と語りかける。
……それであってもレベリオ騎士『アリューシア・シトラス』として、そんな『死の鳥』に訊問の必要が優先される。
本気を見たのか、ピトフーイは囀るのをやめる代わりに、「早くしろ」とアリューシアへじっと見上げた。
「拉致拘束から逃げる際に協力したという『邪魔者』とは、ロングソードを豪に振るう高身長の金髪青年ですか?」
屈するアリューシアがピトフーイに示しているポーチ底から出てきた金の指輪には、『広げん金鷹の青い盾と交わされる相互の剣』が美しく細工される。
「あなたの脱出に協力した騎士ヘンブリッツ・ドラウトとは、どこで別れました?」
井戸にコンクリの蓋を戻して戻ってきたクルニが、詰問中のヘンブリッツの名に身を張らせた。
ピトフーイの首筋に当たるアリューシアの剣は一切の躊躇なく、塵の入るような隙間も少ない。
「いやはや、あれは凄まじい豪剣だったよ。回転一太刀の剣圧でロシア人だかのでっかい体躯が5人も吹き飛ぶんだもん。あれが異世界の基準なら、昭和41年どころか21世紀でも現代兵士の大半が、何もわからないで死んでいるね」
ケタケタのピトフーイは、群青瞳を見開いて喜んでいる。
「で、どこで別れました?」
ブレることなくアリューシアが繰り返す。
「川崎から大田区に入る直前の第二京浜と、府中道路の交差点でタンクローリーの事故あったでしょ。あれであたしのパクった車から飛び降りて以来、本当に知らないし。だいたいその指輪も、助手席で窮屈そうに指をほぐしている時そのまんまで外して出ていったからね。あれを近接で殺せるほどあたしは強くないよ」
エムルの魔法でピトフーイを昏倒させて安全を確認する。
一呼吸をつけたアリューシアが関東道路地図を広げている。
地図は、くたびれたペンシルゴンが「あげるよ」と、アリューシアに譲渡された。
見張りをサンラクとクルニに手をひらつかせて任せると、和箪笥の引き出しに背をつけて休むのに突っ伏す。
――出る直前に示してくれた、カワサキの市の『ダイニケーヒン』なる幹線街道の事故地点は、現在のススキガハラからは直線で20km南、道なりなら30kmというところ。
自動トロッコの線路が近場まで伸びているから、その乗り方がわかるなら急行したい。
銀髪を掻いてから髪飾りのズレを整えるアリューシアが、エムルの抓りでやっと意識が現実に向く出木杉に訊ねる。
「お友達の不思議なポケットに、この服を変える魔道具か、この国で怪しまれない着替えはないかしら?」
そう、屈んで優しく訊ねるのだった。