小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録   作:エコノミック・アニマル

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13.『温泉ロープでいい湯だな』

 昭和41年6月25日、土曜日の朝を迎えた。

 赤黒ランドセルの小学生達が連れ立っていく。

 昨日まではなかったボロボロの初期型スバル360の停まる無人の飯場を横目に、わいわいと登校していく。

 ……あばら屋の風見鶏と化したサンラクが「土曜日だろ?」と不思議がっている。

 そんなあばら屋の中では、がちゃがっしゃーんと乱暴が起こっている。

「えっちーーーー!!!!!」

「男子禁制ーーーー!!!!!」

「出ていきなさいーーーー!!!!!」

「ですわっーーーー!!!!!」

 

「オレはプロゲーマーだ」

 そう、覚悟を決めて再ログインを果たしたオイカッツォは、うら若き乙女達の怒罵声と物理投擲を受けた。

 とうとう、あばら屋から雑に叩き出されたのだった。

「なんなんだよ、ったく……」

 もはや鈍器と化している錆まみれの江戸包丁にビビりつつも、オイカッツォが立ち上がる。

「オイカッツォさん、身体はその……大丈夫ですか?」

 縁側に体育座りで出木杉が出迎えた。

 井戸端のコンクリに立ちイモムシとなってグースカ寝ているボディスーツの女を、複雑な目をして見張っていたようだ。

 出木杉を背に厳重に閉め切られた雨戸のわずかな隙間から、湯気とほのかな硫黄臭が立ち込める。

「出木杉が色々出してくれたんだよ。で、ここ撤収するんで、あいつら風呂入ってる」

 オイカッツォが納得と同時に、降りてきて説明するサンラクへ呆れ果てた顔を隠さなかった。

「で、あれは何だ」

「ピトフーイ」

「……マジかよ」

「マジだ。実際やばいぞ」

 不在中のあらましをサンラクから雑に受けるオイカッツォは追求をもうやめた。

 未造成の耕作放棄地を一通り見渡してから、縁側の出木杉の隣にどかんと座る。

「あんまり難しい顔するんじゃねえよ、出木杉」

「それはそう、なんですけど」

 くつわをされようと満足そうな寝言と、目隠しの下で呑気な寝息を立てているピトフーイ。

 そんなド級の危険物を見張り続ける出木杉が、それすらも、うわ空で曇り顔だ。

 オイカッツォは後ろ頭に両手を組んだその横目にじっと見た。

「ところであの白バイ警官さ、お前こそ大丈夫だったんかよ」

「大丈夫だったって、何がです?」

「なにって、四次元ポケット」

 出木杉の目が白黒と驚愕に染まっていくのに、オイカッツォは「まずった」と確信した。

「そのポケットから何か変な筒を出して撃ってたろ。今だって風呂出してるわけだしさ」

 必死で取り繕うオイカッツォに、「空気砲のことですか?」と、出木杉は不審するまでで留めた。

「ラジオは持ち込み方に問題があったみたいです。だからはじめからボクの持ち物扱いのポケットは大丈夫です」

 右手に四次元ポケットを広げて見せる。

――やっぱこれ、ドラえもんの四次元ポケットだ。

 出木杉一人だけがこのクソゲーに入れられたそうだが、だとしたら他の連中はどうなったんだ……?

 経緯や周辺を想像して、オイカッツォの少女アバターへ裂くような悪寒が走る。

 当の出木杉はぐーすかSAO狂人から目を外し、梅雨明けかけた天気雨の空を見上げたので、オイカッツォもつられる。

 訓練を終えて入間基地へ帰投するF-86Fの銀色2機編隊が、上空2000mを貫いていった。

 

 風見鶏をやめて縁側にどかりと並んだサンラクの鳥頭が、眉間をより険しくしてぴくぴくとしている。

「いまさらサンラク、女なんてこんなもんだろ。自分の妹なり見て思わねえのか」

「それはそうだけどよ」

――風呂場と化すあばら屋の中で「きゃっきゃうふふ」と楽しんでやがる。

 「ちょっとペンシルゴン、揉まないで」「クルニちゃんのが大きいわね」と嬌声まで……。

 ……いやらしさより、理不尽と焦燥のほうが男子2名で勝っている。

 目口は塞がれても耳は健在な目覚めのピトフーイが、それでも動けないイモムシ肢体でケタケタ笑った。

「ここ普段は遊び場くせえんだけどよ。カッツォが落ちた午後になっても、誰もきやしなかったんだ」

「あー、そりゃ。やばいホームレスが住み着いてるって噂になってっかもな。それにここ、小学校が目の前だし」

 オイカッツォは縁側の端に敷かれるグルメテーブルかけへ、出木杉の麦茶に次いでオレンジファンタの500ml缶を頼んだ。

 オレンジ一色の大きな飲料缶のステイオンタブにごつめの少女指をかけ、カシュリと開けるとちびちび飲む。

「それに俺だって早く風呂入りて―よ。たまに拭いてるったって今日で10日だし、自分でもわかるんだよ」

 サンラクが鳥頭で自分の筋肉半裸をくんすか嗅ぐ。

 オイカッツォが「ばっちい」と仰け反って、さすがの出木杉も顔を引きつる。

「しょーがねえだろう。お前やペンシルゴンと違って、俺はログアウトできねえんだからさ」

 10代男子の不潔コントがそんなに面白いのか、ピトフーイが笑い袋のようにケタケタしている。

 切実が嘲笑われたサンラクが立ち上がった。

 嫌がらせとしてピトフーイに自分の体臭を嗅がせようとしたところで、あばら屋の玄関戸を開けたのが湯気を纏うアリューシアだった。

「へ、へんたい……!」

「サンラク、否定できねえぞ」

 風呂上がり女子達による投擲対象がサンラクになる様子を、呆れるオイカッツォは出木杉の目を塞いで見せなかった。

 

 風呂化のひみつ道具と一緒に借りた着せかえカメラとペンシルゴンのコーディネートにより、女騎士2人は、日本の服……というよりは、ほとんど21世紀現代の最新流行を着こなしていた。

「いやー。騎士の胸当てまで一緒だとすごく蒸し暑かったから、これ楽でいいっすね」

 フリルのふわふわ揺れる白ブラウスに黒のプリーツスカートのクルニが、いつもの青リボンをピンと整えてから、のぼせかけのエムルをブラッシングする。

「楽なのはいいけれど、なんだか落ち着かないわ」

 タイトなホワイトデニムに青ビスチェのアリューシアも、精巧な細工のされる騎士の胸当てと畳んだ騎士服を携える。

「大丈夫なんか?」

 地雷系クルニとカジュアルアリューシアを指すオイカッツォが、ペンシルゴンに疑問符をあげている。

「だって元の良素材を誤魔化しきれないんだもん。この時代に揃えたらかえって怪しまれてすぐバレる。だったらいっそ外国人の旅行者か、みしろ族を思わせとけばいいでしょ?」

 そう言うペンシルゴンは、あえて昭和41年を謳歌した。

――パステルピンクでまとめるノースリーブの開襟ツーピース、薄いタイツにスリッポンを履いて、同じ色の太縁丸サングラスに飾りのないクロッシェという着こなしは、それでもカリスマトップモデルの天音永遠であることを証明し続けている。

「次は男湯だからな。大浴場を出木杉とカッツォの3人で満喫させてもらうぜ」

「このアバターでお前と入るわけねえだろ」

「……出木杉、行こうぜ」

 消沈するサンラクがペンシルゴンから着せかえカメラを受け取って困惑の出木杉とあばら屋へ入った。

「どいつもこいつもなんなんだよ!!」と乱暴に玄関戸を閉めたのだった。

 

 サンラクの鳥頭がただの装備品だったのに出木杉は驚愕しつつ、求められるままに頭髪をよく洗い、程良い温泉で流していく。

 しかしこのサンラクを着せかえカメラでどのように撮影しても……サンラクのツッコミ嵐の中でオイカッツォが描いたゴールドライタンな鋼鉄筐体であったとしても、10秒すれば弾け飛んだ。

「そこまでこだわりがあるんですか?」

「縛りプレイを強制されてるだけだ」

 仕方がないので同じデザインの腰布を量産してインベントリアに放り込んだサンラクが、井戸のコンクリ蓋に地図を広げた一行に呼ばれた。

 出木杉も会議に入った。

「お金は、あたしたちの初期装備にあるゲーム内通貨が多分大丈夫だから、これを分ければ電車ぐらいは乗れると思うけど」

「でも埼玉へ逃げたって、あっちじゃ何の策もねえだろう。それならタンクローリーの事故現場へ直行したほうがいい」

「カワサキだと未だニッポン衛兵による警戒が強いでしょう。何より都の中心に至るのはよりつらい」

 長期潜伏を想定するアリューシアの決めた撤退に、サンラクとペンシルゴンは反対だ。

「幸い、カッツォとペンシルゴンにゃここらの土地勘がある。なら手がかりのあるうちにデタトコ勝負に出るほうがいい」

「しかしですね……」

 決定に従うまでのクルニとエムルは縁側に座って、クッキーをつまみながら梅雨明け間近の曇り空を見上げる。

 ターボプロップの轟音を遠くに響かせてはるか上を北東へ飛んでいくYS-11を「大きな鳥っすねー」「そうですわー」と呑気だ。

「なあ出木杉。そのポケットん中に、移動に便利そうな道具はないのか?」

――どこでもドアか、せめてタケコプターか石ころ帽子が出ると良い。

 オイカッツォが期待して凝視する。

 四次元ポケットに右手を突っ込む出木杉が引き出したのは、大本命の『どこでもドア』だった。

 ピンクの大きなドア枠とそこそこの重量に出木杉がよろめくので、その小さな背をアリューシアが受け止める。

 半分出たドアをサンラクとオイカッツォが代わって「よっこいせ」と引き出すと、コンクリ敷に立てた。

「ただの扉単体にみえますが……」

 下から上へそして側面へと、アリューシアが確認していく。

「出木杉君、使い方はわかるかしら?」

 不自然がないようにペンシルゴンが出木杉に念を入れて質問する。

「多分ポケットと同じで、意識してドアノブを捻れば」

 出木杉がドアノブを握るのをペンシルゴンの左手が止めて、サンラクを呼ぶ。

「サンラク君。ものは試しで、例えば青木ヶ原樹海のど真ん中を思い浮かべて、開けてくれない?」

 ペンシルゴンのテストに「自分で確かめろよな」とサンラクはぶつくさだったが、恐る恐るドアを開けると青々と湿る原生林が広がっていた。

「じゃカッツォ君、念のためエムルちゃんと一緒に確認してちょうだい」

「たく……自分で行けよな」

 クルニが惜しげに差し出したエムルを受け取るオイカッツォが、つかつかとサンラクへ続いて、原生林の苔を踏んづけた。

「ガチの樹海だな」

「これが噂の青木ヶ原かー」

 キョロキョロ見渡していた2人を残してペンシルゴンがすかさずドアを閉じ、ノブの内鍵ボタンを押して施錠してしまった。

「ちょっと、ペンシルゴン!!?」

「ペンシルゴンさん!!?」

 この暴挙に、アリューシアと出木杉は愕然だ。

「だって警察よりクソゲーマタギのほうが厄介なんだもん。で、ターゲットになってるサンラク君には陽動で逃げ続けてもらう必要があるし。インベントリアにしばらくの物資を補給できたし、カッツォ君とエムルちゃんもついてるから大丈夫でしょ」

 アリューシアは怪訝と困惑と怒りともつかない表情で、抱えた頭をどうにか向けてこの外道へ再度確認する。

「本当にあの者達の仲間なのですか?」

「そうよ。あいつらはあたしのチュージツたるゲボク」

 後ろでイモムシ・ピトフーイが、ケタケタを越してゲラゲラ笑っている。

「……」

 信頼あっての鬼の所業だと強引に解釈したアリューシア。

「正直、勝手を知らないあなたたちのほうが心配なのよ」

 ペンシルゴンはため息をつき、飯場の方向とは反対に広がる耕作放棄地に目配せして注目させた。

――2ドア仕様の緑のランドローバー・シリーズ2Aが5台、側道に直列に駐められて無人の様子だ。

「マタギのジープでないけれど。あれはもしかして、アリューシアちゃん狙い?」

「我々は捕縛で済ませたいようですが、デキスギについては最優先の殺害対象のようです」

「じゃ決まりだね。そこの黒イモムシちゃんは連中にあげてしまおう」

 そう言い、不満そうな目隠しピトフーイへ右手をひらつかせた上で、ペンシルゴンがどこでもドアを開ける。

 出木杉より先行してギターケースとラシャの布袋に各々の剣を収めたアリューシアとクルニがドアの向こうへ、出木杉の後にペンシルゴンが続く。

 泥地を駆けるいくつもの音にすかさず閉めて施錠してから、どこでもドアを四次元ポケットに戻させた。

「ここがダイニケーヒンの幹線ですか?」

 アリューシアが左手をヒサシにして周囲を見渡す。

 木々の生い茂るばかり……梅雨明けの初夏の太陽が熱く眩しい。

「こんな山の中がそんなわけないでしょ」

 クルニが困惑して右往左往と振っている横で、場に不相応な着衣となったペンシルゴンがインベントリアから日傘を出した。

「話を聞かれて先回りされる可能性があるから、悪いけど繋ぐ場所を変えた。ま、半日ぐらいで一杯食わされたって川崎からも引き上げるだろうから、だったらあたしの手伝いを先でしてくれないかなーって」

「で、ペンシルゴン。ここはどこですか?」

「さっきの東京・すすきヶ原よりざっと500kmは西の地方」

「そこまで西って、関西ですか?」

「具体的には兵庫県の播磨地方、吉備高原の山の中だよ。60年先の現代だと播磨研究学園都市の造成される丘陵だね」

 出木杉には聞き覚えがある。ペンシルゴンに愕然だった感情を別思考へ移すとより険しくなり、周囲の草木を見渡していく。

――瀬村トメに連れ出された車中のラジオで、少女武装集団の惨殺が報じられていたのが、この西播磨だ。

「アリューシアちゃんから聞いたけれど出木杉君。月島に保護者がいるのはあたしも承知しているし帰したいのは山々なんだけど。でも君じゃないとわからないから、もうちょっと付き合ってもらうよ」

 13時の高い太陽を浴びるペンシルゴンが真剣の眼差しで、そう出木杉に通告したのだった。

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