小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録   作:エコノミック・アニマル

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7話

 かつては田んぼだったのだろう。

 すすきヶ原の草むらは側道に造成工事のための飯場が建てられて、既にブルドーザーが帆布を被されて置かれている。

 それでもまだ、つかの間の憩いの場だ。

 学生帽に学ランズボンにボタンシャツを泥だらけにした中学生達が、草野球のボールをなくして未だに探し回っていた。

 立ち尽くす出木杉の足元を、ブーブーとウシガエルが梅雨の水たまりを求めて這っている。

 あばらとなった農家の土間の陰で、もぞもぞと動く姿があったが、出木杉の意識は遠のくばかりで、気づく様子はない。

 ボールを探し当てた泥の一団が使い込みのグローブと野球バットを携えて帰宅していく。

 見計らってか、あばら屋の破れ障子で、灯ったろうそくが影法師を作った。

 

 帰宅客を必要な稼ぎだけ運び終えたブルーバードの個人タクシーが、夕方に乗せた不可解の少年がいないことを祈って戻ってきた。

 しかし、野っ原で立ち尽くしていたあの少年は、3時間経っても、その場で屈する姿に変わっただけだ。

 いよいよまずいと思った素っ気なしの運転手が、グローブボックスから取り出すナショナルランプを携えて降りたその時だった。

 

 気配なく現れた黒い神父服の集団が、茫然自失の出木杉英才を取り囲む。

――唱えている。

 何を唱えているかわからないが、神父の装束からして、おそらくはラテン語だろう。

 銀に輝く得物を握る一人が振り向いたのでナショナルランプを投げつけた。

 死に物狂いでタクシーに戻って急発進させる。しかし、あまりの急ですぐにエンストした。

 振り向くだけで追ってはこない。

 それに気が付かない恐慌状態の運転手が、2速に入れたまま回すセルモーターで強引に前進させる。

 いよいよ切り替えたガソリンが点火し、後ろタイヤを激しく空転させる。

 握りしめたハンドルの制御がとれずに右左と蛇行してゴミバケツや防火水槽にぶつかりながら、タクシーは駅方面へ爆走していった。

 

 腰には十字架めいたダガー。ライフルらしきつや消しの長物、銀細工の美しい幅広に作られたロングソード。

 僅かな雲間の鋭いばかりの夕月の下でこれが御業とばかりに、出木杉へよく掲げられて、これを断ずる間際だった。

 

 あばら屋の破れ障子が外れた雨戸ごと飛んだかと思えば、この神速剣は瞬く間に剣手の大半を斬り伏せた。

「君、起きて!! ぼーとしてちゃ駄目っす!!!」

 胸当てぐらいしかない白銀の騎士鎧を纏う亜麻髪の娘が、身を挺して出木杉を守る。

 迫ってきた中年神父を銀髪ロングの女騎士が、自前の剣で突き刺し、いなす。

「クルニ、一点突破! 援護を!!」

「りょーかいっす!!」

 血振りの必要もないほど巧みに剣捌く涼しげの銀髪女騎士だった。

 クルニと呼ぶ亜麻髪へ一瞬振り向いてから、十字に相互して突っ込んでくる神父の左にそのままカウンターを与える。

 翻した柄を立て直し再び正と構えてから、膨張する包囲の穴を探すも、まだ甘いようだ。

「君はこの場で伏せていて。合図したらあの砦へ走るっす!!」

 起き上がった亜麻髪が、小学校の真新しい鉄筋校舎を指して、意識を戻された出木杉に命じた。

 倒された神父が落とした装飾ばかりのロングソードを奪って、銀髪の後ろをカバーする。

「後ろ、数えて」

「ざっと15、両翼に間合いの外。連射の弩弓持ちばかりっす」

「前方は10。同じく弩弓兵ばかり、間合いの外に陣取っています。――あの少年と違って、私たちについては捕縛するつもりがあるみたいです」

 前に踏み込めば神速剣の餌食とわかったのだろう。

 つけ剣された変な連射弩弓――ベレッタM1938A短機関銃を腰溜めした一人が、やれるところをまったく撃たずに体当たりしようと吶喊するのを確認している。

 銀髪女騎士は剣を整えてから、伸ばしきる腕のまま視線を守って水平まで下ろす。

 左右の敵影にも、その腕と視線を保ったまま距離を精確に測っていく。

 涼しい碧の眼が一瞬だけ瞬きすると、彼女の中に敵配置が頭上された。

――死角を確認できないあばら屋は除くとして、南西の汚泥まみれの水路のある方角なら比して破れやすい。

 少年は、クルニの足元ざっと3メートル左前。言われるままずっと伏せって顔色はわからない。

 しかし常識に照らし合わせれば、恐怖でひどく強張っているはず。

 なにせ10歳くらいの少年だ。当然戦場慣れはしていない。

 強張っているとなれば恐怖で暴れるかも知れない。

 これは突破するより殲滅が現実的か……。

 

――師ベリル・ガーデナントから受け取った餞別の剣は、大立ち回りの連続で本来なら刃毀れしてもおかしくない作りの安い中古にもかかわらず、『神速のアリューシア』は力量をもって、そんな安い剣の毀れの一つとも釈すことはない。

 騎士入り10年しても釈さず使い続け、死闘しても折れるどころか刃毀れなく使い続けられる。

 ……それだけ、レベリオ騎士団を預かったこのアリューシア・シトラスは強いと、彼女はその手を締めて確かめた。

 その計算をもって殲滅戦に切り替えた。

「敵性をすべて殲滅します!!」

「りょーかいっす!!」

 敵の得物だからと存分な力を利かせすぎたロングソードが突っ込んできた一人を袈裟斬りにすると半端で折れてしまった。

 レベリオ騎士クルニ・クルーシエルの感覚では『軽すぎる儀礼用の装飾品』を言い訳にするしかないほど、脆い。

――1週間前の戦闘を踏まえて、このアリューシアの神速剣の間合い外を保つのなら、それだけ大ぶりに立ち回り包囲を断絶させる。

 アリューシアの瞬発力に対して、連射弩弓たるベレッタM1938Aの照準も射線も追いついていない。

 神速を可視範疇まで落とした上で切っ先を大きく払い、間合いに入れば迂闊な引き方をする前に突き込んでいく。

「残り7!」

「7で間違いないっす!!」

――始め30余から四半刻でたった7。

 戦争ならとっくに全滅判定だ。こちらの世界でも変わらない知識と思いたい。

 ここで引かないのなら、黒衣の彼らは本当に狂っている……。

 アリューシアは先日のミュイの姉や、グレン王子に対する襲撃の一連経過を思い出す。

 世界が変わろうとも変わらない歪を、どう受け取るべきかと考える寸前で、彼らは少なくとも目的ありきだと理解した。

 折れたロングソードで大げさに薙ぎ払い続けていたクルニに対して、恨めしいともいずれは神罰だとも宣告するような澱む視線の数々。

 ……露つく雑草を身引きに数度掻いてから、すっと、そのものの気配が消えた。

 斬り殺したはずの亡骸をいつの間に回収したのか、遠くに停められていた数台のランドローバーが、車列を組んでゆっくりと発進していった。

「団長、あたしらも退却っすか?」

「今は動かないほうが得策です」

 耕作放棄の原野を一通り見渡した。

 そして、敵勢力の戦死者回収判断や外縁に広がる住宅地の配置からアリューシアが「安全」と判断した。

 泥地のえぐれるほど這いつくばった出木杉にクルニが駆け寄って、「もう大丈夫っすよ~」と起き上がらせた。

 

 ヘーゼルナッツの塩かけローストは1食毎に小分けして常帯していたのがもう残り2食だ。

 頭のリボンがくたくた萎れる騎士クルニ・クルーシエルは「あんな戦闘のあとで、今回ばかりは足りないっすよー」と泣かずとも嘆いた。

 それは騎士団長アリューシア・シトラスとて嘆きたかったがお腹を空かせるだけだろう。

 無心をもって、さながらリスの如くナッツを細かに齧っていく。

 火打ちしてつけた囲炉裏火を3人で囲う。

 ファンタジーRPGから飛び出てきたような2人の美女騎士のひもじい様子に、そんなに食べ物がないのかと出木杉は驚愕した。

 しかし深考してみれば『生活環境から文化から違いすぎて、敵性対応や食べ物の識別から全部不明瞭』が根本なのだろうと結論に至る。

 ……小銭入れに残る300円余で、スーパーの安い弁当か、せめて菓子パンぐらい買えるかな。

 タクシー代で180円なら、当時のアンパンとかいくらなんだろう。

「さて……。あなたのお名前を、まだ聞いていなかったのだけれど」

 湯呑の白湯をそっと置きアリューシアは改めて、襲われていた出木杉の素姓を聞こうとしている。

 とても澄んだ蒼い瞳を敵意も険しさもなく、正しくあれと向けた。

「出木杉英才といいます。あの多分、あなた達2人と同じような境遇で、1966年に……」

「1966年?」

「この時代の正確な西暦年です。この国の暦だと昭和41年で、今は6月22日」

「西暦……ショウワ……今日が、6月22日。ここはトーキョー国のススキガハラという土地だそうだけど、聞いたことがないし、砦に庶民の子どもがたくさん通っていて、あれはもしかして学院なのかしら……だとしたら」

 アリューシアは考え込んだきり取り留めがつかなく、次の質問がなかなか出てこない。

 白湯と袋底の塩気で空腹を誤魔化し終えたクルニが、アリューシアから次ぐ。

「あの黒だかり……あたしらに対してははじめから捕まえようとして何度か撃退を繰り返すだけだけど。なんで君に対してはいきなり殺人剣を振るったのか、心当たりはないっすか?」

「ない、です」

「心当たりもそうなんすけど、あの乗り物にお金払って乗りつけて……。もしかして、まさか……こんなボロ屋が宝物庫だったりとか??」

 冗談めいてクルニは戯けるも、出木杉には素通りで自分の空腹が鳴るだけだった。

 区切りをつけたアリューシアが思考を本筋へ戻して、再び出木杉へ立つ。

「デキスギはこの国の人かしら?」

「……はい。53年後の未来に、今この場所に家があるはず。……だったんです」

――この時代の、彼らの2歳を思い出す。のび太君、しずか君、スネ夫君、たけし君の、もうわかるだけの特徴ぶりを思い出す。

「ああっ、ごめんなさいっす」

 あんじたクルニが出木杉の俯く顔に、自分も屈んで目を合わせる。

「団長、この子に今はこれ以上」

「ええ……。ごめんなさい」

 放棄された囲炉裏に焚べられる木炭の、僅かな橙を一点、アリューシアは見つめる。

「今日は遅いから休みましょう。デキスギも」

 そう言って胡座を掻き、そのまま愛剣を抱く。

「あたしらが全力で守るっすから、安心して眠るっすよ!」

 自前のツヴァイヘンダーを騎士団の道場に置き去りにしてしまったクルニが、代わりに狂戦士達の退却で残った別の無傷なロングソードを手に取った。

 出木杉に見せつけるため鞘のまま天井へ掲げる。

 

 そうして2人の女騎士は互いに背を預けて静かに瞑り、今はアリューシアが寝息を立てる。

 囲炉裏を介した向かい側でかかれる出木杉の寝息を不寝番のクルニが、ろうそくの揺らぎにエメラルドと輝く丸い瞳と、澄まされた聴覚で確した。

 10歳くらいの出木杉は、差し出されたアリューシアのマントで全身を包んで、生まれる前の胎児のように――。

 

 遠くを通う武埼新宿線で最終電車の汽笛が、静けさのあまりにここまで聞こえる。

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