小説ドラえもん 出木杉英才の異説回帰録   作:エコノミック・アニマル

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8話

 鶏が一番を競って鳴いている。うるさいどころか鼓膜が破れる勢いだ。

――近い。なら卵なり肉なり、食べられるやもしれない。

 銀髪の女騎士アリューシアが夢から目覚めて、背でうとうとする亜麻色癖っ毛のクルニを静かに横へと寝かせていく。

 出木杉もまだ丸まって寝入っている。

 今一度周囲を確認するのに抜剣して広縁から隔てる雨戸を開ける。

 朽木と変わらない物干し台の下で、青い毛をした鳥頭の半裸男がぶっ倒れていた。

――1羽のカラスが鳥頭の立派な胸筋を啄いている。

 ……不味いと思ったのか、このカラスはクチバシを上げると「アホー」と鳴いて飛び立っていく。

 井戸から滑車の回る音が止むと、ガラガラチャッポンと引きずる音が近づいてくる。

 ……建付け悪い雨戸と障子を同時に閉めるも、あばら屋の老朽がアリューシア・シトラスの現実逃避を許さない。

 戸枠ごと外へ倒れ、とうとう邂逅が果たされる。

「ぎゃあああああああああああああああああ」

 鶏より甲高い少女声がそこら中に響いた。

「このオンボロ、まさかの騎士の屯所ですわ! 逃げなきゃですわ!! 飛んで火に入る夏の虫ですわ~ッ、サンラクさん!!!」

 白目を剥いてうつ伏せる鳥頭の周囲を、シルクハットをアクセントにつけた小さな白兎が忙しなくうろつく。

 とにかく鳥頭を起こそうとポンポン叩いている。

 ……よほどの過労か、この鳥頭はうなされるだけで動かない。

「むむむ……かくなる上は、このエムルがサンラクさんをお守りしなければ……!!」

「ちょちょ、ちょっと待ちなさい!!!」

 異形に対するあまりのツッコミ量と、愛くるしい白兎が発動しかける何かの魔法の禍々しさにアリューシアは恐れ慄いた。

 とにかくこのエムルに対し敵意はないと、抜いた愛剣をその場で静かに置いた上で両手を上げた。

 

 半壊した馬小屋に野良の鶏が雌雄一緒に群れで住み着いていた。

 特にお腹を空かせたクルニが、中にはアウトの卵を10個も回収する。

 出木杉が選別してOKを出した7個を茹で卵にしようと、壁に掛けられていたボロうちわをよく扇いで、かまどの火を起こしていた。

 土間の台所をクルニに一任した出木杉も、状況把握にとても苦悩するアリューシアの隣に並んで正座した。

 対面する小兎エムルが後ろでうなされている鳥頭サンラクに対して「早く起きないものか」とばかり時々振り返る。

 それでも目の前の味方に対し、断片的に経緯を漏らしていった。

――1週間前、つまり6月15日から今日まで。

 仲間の悪質な冗談がきっかけで、現地の狩人が執拗に追いかけ回している。

 ギルドを介して噂になったのか、名声を得るためにその数が日々膨れ上がっているのだという。

……昭和41年に、ギルド? 狩人って??

 現実味のない羅列に対し出木杉はまったく咀嚼ができずに当然理解できなかった。

 しかしアリューシアには、この異常な昭和よりは自分の世界に近い要素を確認し、目を瞑って情報と思考の整理に集中した。

「みんな、ご飯できたっすよー。なんと茹で卵っすよ! 塩が見つからないのがつらいっすけど」

 湯気るザルには、茹で上がった7個の鶏卵が熱々と載っている。

 僅かな硫黄臭が気づけになった鳥頭半裸男が「あのクソゲーマタギがああああああああ!!!!」と再起動する。

 目をガチギレに見開き、弾けたバネのように飛び起きたので、クルニが怯んでザルを落としてしまった。

 

 鳥頭の言うことをアリューシアもクルニもエムルでさえも理解に及ばない。

 代わりに出木杉がよくよく質問を重ねていく。

「つまりサンラクさんにとって、ここはフルダイブのゲームの中ってことですか?」

「まあ、早くからこれガチ昭和じゃねえかと勘ぐっちゃいたんだ……が」

 サンラクは出木杉の顔や体躯を改めて見て出木杉だと認める。

「こんなレベルまでごった煮になってんのか。だとしたら収拾どころか、恐ろしいな……」

 出木杉はサンラクの不可解に眉間を険しくする。

 取り繕ったサンラクは、それでも現代基準で話せる相手だと安堵して、この身の上を具体的に説明していった。

「とどのつまり、俺だけソードアート・オンラインみたいなログアウト不能に陥ってんだよ。しかも別ゲーのαに参加したつもりが、なんでかメインのゲームのアバターになってっし、そのゲームのNPCのエムルもついてきてるし。同じく参加した2人はなんら問題なくログアウトできてんのにさ。……で、現実の身体は意識不明だそうだ」

――意識体のみが、この世界に閉じ込められている……。

「ではこれは、魔法による幻惑か、あるいはもっと高度な、禁忌ともいえる所業ですか? あなたは生贄に?」

 アリューシアは読解を事実ベースに正そうと、胡座のサンラクへ差し込んだ。

「俺のこれは遊び最中のおもちゃの事故か人為の事件が続いているだけだ。あんたの懸念する魂の禁忌とかそんなんじゃねえし、本当の魔法とかでこうなったんじゃねえ。……とは思う」

 サンラクにとってもこの1週間、さながら西部劇の賞金稼ぎと化した昭和の中堅マタギ30人を主な相手にしてきた。

 ……理解不能が過ぎる事象も出会いも多すぎて、盤面を割りたいほど苦慮していた。

 これで一つ、出木杉の中で確定された部分がある。

――事象そのものに共通はない。おそらくは共通の因果がイベントホライゾンを突破するための整合性を、それぞれの仕様で用意した。

 もちろんパラドックスを考えれば、どうあっても結果がそこに繋がるのだから、短絡な犯人探しはお門違いになる。

 だが……整合性のかかり方に強弱があるとみえる。

 アリューシアさんとクルニさんは、間違いなくベリルさんと同じ世界から同時に来たという騎士さんだ。

 3人は道場の扉を開けた瞬間に闇に吸い込まれたという。

 それに対して、このサンラクさんは遊んでいる最中のフルダイブ事故であり、身体そのものは現代の現実に残っている。

 そして自分は、時空間上での特大な大嵐で、イベントホライゾンを突破。

 ……出木杉の手持ち知識では、時空や因果律のあれこれに具体的な変数を当てて証明することは適わない。

 しかしもしこれが自然災害ならば、明言できる共通が一部でもあって、取り込まれているはずだ。

 これではあまりに、それぞれに対して都合よく則しすぎている。

 ……人為的な禁忌としか捉えられないが、それは結論を急く情動から至るただの跳躍だ。引っ込めなければ。

 

 考え込む出木杉の小鼻を、クルニがむにっと摘んだので出木杉は我に返った。

「どんなに頭が良くったって、子どもがそこまで考え込むのはよくないっす。今はまっすぐシトラス団長を信じて、それから、帰れるチャンスを待つっすよ」

 頭のリボンをピンと整えるクルニが、サンラクの懐に収まるハテナマークだらけのエムルの垂れ耳を見た。

 我に返ったエムルが大きな垂れうさ耳の毛並みをよく繕う。

 決したアリューシアはサンラクに対して、頭を下げて要請する。

「お連れの2人と引き合わせてはくれませんか。彼らが一番、本事態を外側から俯瞰できているとみえます」

「そのつもりで俺もメール送ったんだが、あいつらちゃんと見てんのかわからんな」

 ただの空間を具体的に操作している素振りのサンラクは、既読のつかない送信済みメールに対して鳥頭を逆立たせた。

 

 正午を僅かに過ぎた頃合い、梅雨は弱まって、天気雨になっている。

 帝王無線の黄色いタクシーが、いすゞ・ベレルの不具合満載ディーゼルの黒い排気を撒き散らす。

 そして、造成工事の飯場前に停まった。

 金髪を左右に縛る日焼け筋肉質の外国人少女が支払って降りた。

 怪訝をあらわにする運転手はそれでも渡された小銭を硬貨ケースに分けてから、客扱いの帳簿に書き込んでいく。

「潜伏するならここらだろう」

――相次ぐ目撃情報から、練馬区に入ったのは確定だ。

 あんな変態の極まったアホの姿や、時間の経過から考えても、これ以上都内へ進むのは考えにくい。

 無人の飯場を越えた造成前の耕作放棄地を歩く。

 少年ともとれる少女の低い声色が、人の気配のする崩れかけのあばら屋を見つける。

「うわなにこれこわい」

 ドン引きだ。

 それでも、しょうがないので戯けて誤魔化した。

 深呼吸を1拍かけて、渾身して大声を張り上げた。

「こーん、にち、わー!!! 昭和のマタギを狂気に湧かせてジュマンジされている『怪奇人間キジバト』こと鳥頭のサンラクくんいますかーッ!!!!!」

 案の定、腐った床を抜かして半裸の鳥頭が殴りに出てきた。

「てめえとペンシルゴンが焚き付けたんだろうがい!!!! メールの返信ぐらいしやがれってんだ!!!」

「そのメールが一切来ねえからわざわざ仕事と飯クソ寝る以外の時間をこんなとんでも昭和SAOにログインして課金してまで探してたんだろうが!!! サンラク、てめえこそ送信を確認してから並べたクソ言えよゴルァ!!!」

 サンラクの猪突から巧妙に組まれていくスキルの数々を、格ゲー主体で活動するフルダイブプロゲーマーとして軽く躱していくオイカッツォ。

 このじゃれ合いを見たアリューシアが、彼女……正確には彼を、サンラクの同行者か、少なくとも同類と認めた。

 鞘のままの剣で神速して両者を分かち、特にサンラクへ涼しい碧を鋭く向ける。

「少年達、話が進まないので後にしていただけます?」

「あ、ハイ」

 サンラクの返事を確認してから、今度はオイカッツォに碧を向ける。

「あ、ハイ」

 オイカッツォも返事して、アリューシアに従う。

――世界レベルに至るフルダイブゲーマー同士のスキル発動ステゴロ喧嘩を、生の身体能力で止めた銀髪女騎士。

 特にオイカッツォが恐れ慄いた。

 

 瀬村家の掃除を脱走してから、すでに1日が経った。

 ベリルさんも佐々木さんも心配しているし、瀬村のおばあさんはきっとカンカンだろう。

「デキスギ君、どうしたんすか?」

「どうかしたのですわ?」

 あばら屋の外で変態めいた追加2人と、飛び出して場を制したアリューシアが取りまとめていた。

 「団長に任せれば大丈夫だろう」

 放っといたクルニが、抱きかけたエムルと一緒に、曇っていく出木杉を再び覗く。

 囲炉裏の燻りを一点見つめる出木杉が避けようとする。

 だが下から見上げるエムルを避けたところで、クルニが面と向かってくる。

 出木杉は観念して吐き出した。

「ここに来るまでの1週間、僕を保護してくれた人がいたんです。その人達を置いて、ここに来ちゃったんで」

「あちゃー……。それ、はじめに言わないのも悪いっすよー」

「そうですわ~」

 ぬいぐるみなエムルを優しく床に置いたクルニが、雨戸の外れた縁側から見える天気雨の明るさで、およその時刻を考えた。

「悪いけど帰るのは待つっすよ。その代わり、あたしも行って一緒に謝るっす」

 クルニはとても申し訳なさそうだ。

 出木杉は「仕方がないですよ」と同意したのと同時に、空腹がぐーときつく鳴る。

「……ついでにその人にお願いして、あたしも親切にあやかるっす」

 頭のリボンがまた萎々で、今度は顔色もかなり悪い。

「多少持ち合わせあるので、近場の店で買ってきます」

「お金あるならそれも早くに言うっすよぉー、どうかそのお金を今は貸してほしいっすー……」

――いくら非常食として魔法加工されたヘーゼルナッツのローストで、どのように栄養やカロリー摂取が成立していようと、そもそもの体積が足りていない。

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