魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第11話 八雷神と死神

「あ、ぁ……」

 

ココの小さな悲鳴と、波音のくぐもった呻き声が重なった。

紫黒の放った漆黒の蛇が、二人の首筋や腕に深く牙を突き立てていた。単なる毒ではない。生命力と霊力を根こそぎ奪い取る呪いの牙。

 

「青羽、姉……ごめ、ん……」

 

ココの焦点が定まらなくなり、その小さな体が力なく崩れ落ちる。波音もまた、己の能力を強制解除された反動と蛇の毒牙により、白目を剥いて完全に意識を刈り取られていた。

 

「ココ!!波音!!」

 

青羽の悲痛な叫びが響く。だが、悲しんでいる暇などなかった。目の前にいるのは、圧倒的な力を持つ絶望そのものだ。

 

「よくも……よくもアタシの家族を!!」

 

青羽の瞳が怒りに真っ赤に染まる。

 

「熊童子!鬼童丸!やっちまいな!!」

 

青羽の咆哮を合図に、二頭の巨大な醜鬼が雄叫びを上げて壤竜へと突進する。岩盤を砕くほどの質量を持った巨獣の突撃。

それに呼応するように、魔防隊の面々も動いた。

日万凛、八千穂、サハラ、朱々。彼女たちは百戦錬磨のエリートだ。目の前に現れた『八雷神』が、今まで戦ってきたどんな醜鬼とも違う、次元の違う化け物であることを肌で察知していた。

 

「コイツらは……ヤバい!全力でいくわよ!!」

 

日万凛が右腕のガトリングを唸らせ、ありったけの銃弾を掃射する。

 

「『怒れる羊(クレイジーシープ)』!!」

 

サハラが限界まで自身を強化し、熊童子の横をすり抜けて超高速の飛び蹴りを放つ。

朱々も再び巨大化し、八千穂はいつでも時間を操れるよう印を結びながら援護に回った。

人と、人型醜鬼と、巨大醜鬼。

種族の壁を超えた、本来ならあり得ないはずの総力戦。

全方位からの、息もつかせぬ波状攻撃。

しかし、その中心に立つ壤竜は、表情一つ変えなかった。

迫り来る銃弾の雨も、巨獣の爪も、サハラの蹴りも、彼にとってはそよ風と大差なかったのだ。

 

「……鬱陶しいな」

 

壤竜は、ただ右足を高く上げ――ドン、と。

力強く、地面へと踏み込んだ。

ただ、それだけだった。

何か特別な技名を叫んだわけでも、魔術的なエネルギーを放ったわけでもない。

ただ己の圧倒的な身体能力による『踏み込み』の物理的なエネルギーのみ。

 

ドッゴォォォォォォォン!!

 

洞窟全体が、ひしゃげた。

踏み込んだ地点を中心にして、大気が爆発したかのような凄まじい衝撃波が全方位へと発生した。

 

「なっ――!?」

 

日万凛の放った銃弾が空中で静止し、そのまま弾き返される。

サハラの強化された肉体が、見えない巨大な壁に激突したかのようにひらがえる。

巨大化した朱々でさえ、その質量を無視されてボールのように吹き飛ばされた。

熊童子の巨体も、悲鳴を上げる間もなく宙を舞う。

 

「ぐっ、おおおおおッ!?」

 

卍解状態の『天鎖斬月』を構え、超高速の領域にいた黒嶺真護でさえ、例外ではなかった。

咄嗟に黒刀を盾にして衝撃に耐えようとしたが、まるで巨大なトラックに正面衝突されたような規格外の圧力が彼を襲い、そのまま数十メートル後方へと吹き飛ばされた。

地面を激しく転がり、壁に激突してようやく止まる。

土煙が晴れた後、そこに立っていたのは壤竜と、宙に浮く紫黒だけだった。

日万凛、八千穂、サハラ、朱々。魔防隊の誇る精鋭たちは、全員が壁際や地面に叩きつけられ、完全に気を失っていた。

意識を保っていたのは、後方にいて被害を免れた羽前京香と、彼女に庇われた和倉優希。

そして、刀を杖にしてフラフラと立ち上がった真護だけだった。

絶望。

その二文字が、真護たちの脳裏に重くのしかかる。

だが、まだ心が折れていない者がいた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

土煙の中から、ボロボロになった和倉青羽が立ち上がる。

白髪は土に汚れ、体中から血を流し、足元は生まれたての小鹿のように震えていた。それでも、彼女の瞳の奥にある闘志だけは消えていなかった。

家族を守る。その一念だけで、彼女は無理やり体を動かしていた。

 

「もう一度……!!」

 

青羽は、血を吐きながら叫んだ。

自身のすぐ近くで、衝撃波に耐えきり立ち上がっていた一本角の醜鬼を見据える。

 

「やるわよ!鬼童丸!!」

 

最強の矛である鬼童丸との連携攻撃。それが最後の希望だった。

しかし。

ズガァァァッ!!

 

「え……?」

 

青羽の視界が、天地を逆さまにして回転した。

何が起きたのか、一瞬理解できなかった。

凄まじい痛みが腹部を貫き、彼女の体は錐揉み回転しながら宙を吹き飛んでいた。

激突。

 

「がはっ……!?」

 

岩壁に叩きつけられ、血の塊を吐き出す青羽。

薄れゆく意識の中で彼女が見たのは、他でもない――頼れる相棒であるはずの、鬼童丸の姿だった。

鬼童丸は、その巨大な一本角を青羽へと振り抜いた姿勢のまま、獰猛な瞳で彼女を見下ろしていた。

主への忠誠など欠片もない、野生の醜鬼の冷酷な目。

 

「あははははっ!傑作だね!」

 

上空から、紫黒の無邪気な笑い声が降ってきた。

紫黒の指先には、小さな漆黒の蛇が巻き付いている。

 

「この鬼はね、今僕の蛇に噛まれて、自分を取り戻したんだ」

 

「……な……に?」

 

「醜鬼の中でも、一本角は特別に強い個体だからね。こんな狭い隠れ里で、人間に飼われるなんて勿体無いじゃないか。だから、本来の『暴れるだけのバケモノ』に戻してあげたのさ」

 

紫黒の言葉が、青羽の心を容赦なく抉る。

圧倒的な力による蹂躙。

そして、信頼していた仲間の強奪と裏切り。

物理的なダメージ以上に、精神への致命傷だった。

 

「……く!」

 

青羽は悔しさに唇を噛み切り、そのまま力尽きてガクリと首を垂れた。

意識が、闇へと沈んでいく。

 

「青羽さんッ!!」

 

「姉ちゃん!!」

 

真護と優希の絶叫が虚しく響く中、紫黒は神としての絶対的な余裕を見せつけ、楽しそうに微笑んでいた。

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