魔都の死神   作:アレクサンドル三世

12 / 14
第12話 並び立つ漆黒

「ココ! 波音!」

 

黒嶺真護の悲痛な叫びが、崩落した洞窟内に虚しく響き渡った。

だが、その声が届くよりも早く、絶望的な神の力は無慈悲な決断を下す。

 

「目的は達した。帰るぞ」

 

壤竜は、事も無げにそう言い放った。彼の太い両腕には、漆黒の蛇に命と霊力を吸い取られ、完全に意識を失った波音とココの体が、まるでただの荷物のように抱えられていた。

 

「待てッ! 逃がすかよ!!」

 

真護が『天鎖斬月』を握り直し、神速の踏み込みで壤竜へと肉薄する。しかし、壤竜の周囲の空間がぐにゃりと歪み、彼自身の姿と、囚われた二人の少女の姿が、ノイズが走るようにして空間の彼方へと掻き消えてしまった。

刃は空を切り、真護は舌打ちと共に着地する。

 

「あーあ、行っちゃった」

 

上空から、無邪気で残酷な声が降ってくる。

宙に浮遊したままの紫黒は、逃げるどころか、むしろこの戦場を特等席で楽しむ観客のような笑みを浮かべていた。

 

「僕はちょっと残ってくよ。あの醜鬼、かなりの強個体だし」

 

紫黒の視線の先には、紫色の蛇に噛まれ、青羽への忠誠を失って完全に「野生」へと戻った一本角の醜鬼――鬼童丸が、けたたましい咆哮を上げていた。主であった青羽を吹き飛ばし、破壊衝動のままに暴れ狂うその姿は、まさに魔都の生み出した純粋な脅威そのものだ。

 

「それに──」

 

紫黒の瞳が、三日月のように細められ、漆黒の装束を纏う真護へと向けられる。

 

「あの不純物が混じった醜鬼が、どんな戦いをするか楽しみだしね。人間の男のくせに、そんな力を持ってるなんてさ」

 

真護は奥歯を強く噛み締めた。

家族同然の仲間を奪われ、青羽は重傷を負って倒れている。圧倒的な力を見せつけられた上で、見世物として品定めされている屈辱。

だが、怒りに呑まれて我を見失うほど、真護は愚かではなかった。彼は孤児院で育った。帰る場所を持たない彼にとって、魔都で出会い、共に食卓を囲んだ青羽やココ、波音たちは、紛れもなく守るべき「家族」だった。だからこそ、ここで感情任せに突っ込めば、残された者たちまで失うことになると冷静に理解していた。

その真護の背後で、静かに、しかし火山が噴火する前触れのような、途轍もなく重く熱い感情が膨れ上がっていた。

 

「……あいつ……」

 

七番組組長、羽前京香。

彼女の視線は、宙に浮く神・紫黒でもなく、漆黒の死神・真護でもなく、ただ一点、咆哮を上げる鬼童丸の姿にのみ縫い付けられていた。

忘れもしない。忘れることなどできるはずがない。

かつて、平和だった彼女の故郷を火の海に変え、愛する家族を、大切な友人を、無慈悲に引き裂き、踏みにじり、喰い殺した元凶。

あの忌まわしい一本の角。

憎悪という言葉すら生ぬるい、どす黒い怨念が京香の心を焼き尽くそうとしていた。柄を握る彼女の手は、怒りで白く、小刻みに震えている。

 

「京香さん……」

 

その傍らで、拘束を解かれた和倉優希が、京香の横顔を痛切な思いで見つめていた。

優希には痛いほど分かった。普段は厳格で冷静な彼女が、今、どれほどの悲しみと怒りをその細い肩に背負っているか。自分を奴隷として扱う主であり、同時に誰よりも尊敬する女性。その彼女の魂の叫びが、優希の胸を締め付ける。優希の瞳にもまた、仇敵への強い怒りが燃え上がっていた。

 

「優希」

 

京香の声は、ひどく低く、しかし鋼のような決意に満ちていた。

 

「私たちで、屈服させる」

 

その言葉に、一切の迷いはなかった。

優希は深く、力強く頷いた。

優希は片膝をつき、京香の華奢な右手を両手で優しく包み込むと、その手の甲に恭しく、誓いの口付けを落とした。

 

『無窮の鎖!!』

 

バチィィィィッ!!

 

優希の肉体から、目も眩むような閃光が弾け飛んだ。

それは、凄まじいエネルギーの奔流となって周囲の瓦礫を吹き飛ばし、洞窟の崩落した天井から見える魔都の空を、禍々しくも美しい紅蓮に染め上げた。

衝撃波によって岩塊が重力に逆らうように宙に浮き上がる中、光の中から姿を現したのは、圧倒的な暴力と美しさを兼ね備えた「獣」だった。

 

それは、白亜の装甲に包まれた異形の巨獣。

隆起した分厚い筋肉は、滑らかで硬質な白い外殻に覆われており、強靭な四肢には魔都の地を蹴り砕くほどの力が宿っている。その純白の胸元や肩口には、まるで怒りの炎が直接刻み込まれたかのような、鮮烈な赤い紋様が浮かび上がっていた。

腕部は太く逞しく、手には鋭く尖った純白の爪。下半身は濃褐色の衣服のようなもので覆われ、荒々しい戦士の風格を漂わせている。

最も特徴的なのはその頭部だ。流線型の白銀の兜を思わせる頭部には、前方に鋭く突き出した嘴のような角と、側頭部から伸びる棘が備わり、その奥で金色の瞳が鋭く光を放っている。

太い首には頑強な鋼鉄の首輪がはめられ、そこから伸びる太い鎖の先――手綱を握るのは、主である羽前京香だ。

 

「行くぞッ、優希ッ!!」

 

京香は、紅蓮に燃える空と浮遊する瓦礫を背に、白亜の獣の背に跨っていた。

金色のエポレットが輝く濃紺の軍服。赤いラインが彼女の凛々しさを際立たせ、黒いサイハイブーツが獣の背をしっかりと挟み込んでいる。

彼女の長く美しい白髪が、下から吹き上げる熱風に煽られて激しく乱舞していた。

右手に握られた白銀の日本刀が、空の赤を反射してギラリと輝く。

その表情は、復讐の鬼と化した烈女そのもの。口を大きく開き、裂帛の気合と共に、仇敵へと刃を向ける。

獣と化した優希もまた、言葉を介して主の怒りに応えた。スレイブ化しても意思疎通が可能な彼の魂は、完全に京香のそれとシンクロしていた。

鬼童丸と、スレイブ状態の優希&京香。

積年の恨みが交差する、宿命の激突。紫黒が楽しそうにその開戦を見守る中――。

 

「待てよ、組長さん」

 

張り詰めた空間を切り裂くように、低く、しかしよく通る声が響いた。

紅蓮の空の下、白亜の獣の隣に、漆黒の風が舞い降りる。

『天鎖斬月』を右手に下げ、コートの裾をはためかせて歩み出たのは、黒嶺真護だった。

 

「オレも居んの、忘れてねえよな」

 

真護は、視線だけで京香と優希にそう告げた。

その瞳には、先ほどまでの呆れたような色はない。あるのは、静かに燃える漆黒の殺意だけだ。

 

「真護……」

 

獣の姿の優希が、幼馴染の名を呼ぶ。

真護は、倒れ伏している青羽を一度だけ振り返り、そして正面に立ちはだかる鬼童丸と、宙に浮く紫黒を見据えた。

 

「組長さんには、そいつ(鬼童丸)に譲れねえ因縁があるのは分かった。でもな……オレもやるぜ」

 

真護は刀の柄を強く握りしめる。

 

「オレは孤児院上がりでな。血の繋がった家族なんて最初からいねえ。だからこそ……この魔都で出会って、こんな化け物になっちまったオレに飯を食わせて、笑いかけてくれたあいつらは……オレにとって、家族みてえなもんだ」

 

真護の脳裏に、青羽の豪快な笑い声や、ココの無邪気な笑顔、波音の呆れたような顔が浮かぶ。

たった1年。されど、彼にとっては暗闇の中で見つけた、かけがえのない光だった。

 

「それを傷つけられて、大切なモンを攫われて……ただ黙って見てるわけにはいかねえ……!」

 

大気が震える。

京香と優希の放つ闘気と、真護の放つ死神の霊圧が交じり合い、洞窟の残骸を吹き飛ばしていく。

復讐に燃える魔防隊の主従と、家族を奪われた黒き死神。

立場の違う彼らが今、紅蓮の空の下で完全に肩を並べた。

 

「……足手まといになったら、切り捨てる」

 

京香が前を向いたまま、冷たく言い放つ。

 

「へっ。そっちこそ、オレの足引っ張んじゃねえぞ、お姫様」

 

真護が不敵な笑みで返す。

 

「アハハハハ! いいね、いいね! 最高の余興だ!」 

 

紫黒が両手を叩いて歓喜する。

 

「グルルルゥゥゥゥッ!!」

 

野生に還った鬼童丸が、大地を砕いて突進を開始した。

 

「優希! 黒嶺!」

 

「「応ッ!!」」

 

白亜の猛獣と、漆黒の閃光が、同時に地を蹴った。

神の眼前で繰り広げられる、復讐と奪還の反逆劇。

常識を覆す共闘が、今、破滅の音と共に幕を開けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。