魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第14話 交差する思想

「あははははっ! いやぁ、傑作! 本当に傑作だよ!」

 

狂気を含んだ歓喜の笑い声が、血塗られた洞窟に木霊した。

上空に浮かぶ八雷神・紫黒は、細切れになった鬼童丸の死骸を見下ろし、腹を抱えて笑っている。

その両目には、怒りや悲しみといった感情は一切ない。ただ、自分の用意した玩具が、予想外の壊れ方をしたことに対する純粋な娯楽の光だけが宿っていた。

 

「人間が醜鬼を飼い慣らすだけでも異常なのに、まさか真っ向から角を受け止めて、最後は剣術で切り刻むなんてね! おまけにそっちの黒いお兄さん、君の力は本当に醜鬼の枠に収まってないよ」

 

紫黒の視線が、天鎖斬月を構える真護と、荒い息を吐く優希へと向けられる。

 

「面白いなぁ。君たち、本当に面白い男たちだ。今日はもう十分楽しんだし、あの子たちも手に入れたから……帰ることにするよ」

 

紫黒が指を鳴らす。

瞬間、彼女の背後の空間が泥のように歪み、底知れない闇のゲートが開いた。

 

「待てッ!!」

 

真護が瞬歩で斬りかかるが、紫黒はその黒い刃をすり抜けるようにして、幻影のように闇へと溶けていく。

 

「また遊ぼうね、面白い男の子たち♪」

 

甘ったるい声だけを残し、魔都の神は完全にその気配を消し去った。

後に残されたのは、血の匂いと、圧倒的な蹂躙の爪痕だけ。

 

「八雷神は!?」

 

鬼童丸を討ち果たし、残心をとっていた京香が鋭く振り返る。

 

真護は舌打ちをし、黒い刀をだらりと下げた。

 

「悪い。あいつは逃がしちまった」

 

「……いや、責めるつもりはない。あの怪物たちを相手に、よく生き残った」

 

京香が刀を鞘に納めた、その直後だった。

ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

足元の岩盤が、不気味な地鳴りを上げ始めた。

壤竜の放った規格外の踏み込みによる衝撃波と、京香や真護たちの放った超常の力の激突。それに耐えきれなくなった洞窟の構造が、ついに限界を迎えたのだ。

 

「チッ、崩れるぞ!」

 

真護が叫ぶ。

天井から、巨大な鍾乳石や岩の塊が雨のように降り注ぎ始めた。

その落下地点には、先ほどの衝撃波で気を失って倒れている日万凛、八千穂、サハラ、朱々の四人がいる。

 

「日万凛!!」

 

京香が駆け出そうとしたが、距離が遠すぎる。

巨岩が、無防備な少女たちを押し潰そうとした――その刹那。

 

にょん

 

空間が歪み、倒れていた四人の姿が掻き消えた。

巨岩は空しく地面を砕き、土煙を上げる。

 

「え……?」

 

優希が目を丸くして振り返ると、崩落の安全圏である洞窟の入り口付近に、四人の隊員たちが寝かされていた。

そして、その傍らには、先ほどの青羽との戦いで重傷を負い、気絶していたはずの六番組組長・出雲天花が膝をついて荒い息を吐いていた。

 

彼女の能力『天御鳥命』による空間移動だ。

 

「天花さん! なんで戻って……!」

 

優希が驚きの声を上げる。

自身のダメージも限界のはずなのに、仲間を救うために力を振り絞ったのだ。

天花は、ふらつく体を壁に預けながら、土に汚れた顔で優希に向かってふわりと微笑んだ。

 

「家庭内のことだから……当然だよ」

 

「えっ……」

 

その言葉を聞いた瞬間、優希はポカンと口を開け、真護は内心で激しく突っ込んだ。

(家庭内? 何言ってんだ……?この人)

 

真護は、あまりに重すぎる天花の愛情に若干の戦慄を覚えつつも、すぐに意識を切り替えた。

 

「う……ん……」

 

瓦礫の下から、青羽が呻き声を上げて目を覚ました。

 

「青羽さん! 無事か!」

 

真護が駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。鬼童丸の裏切りの一撃を受けた体はボロボロだったが、人型醜鬼の驚異的な生命力でなんとか命は繋ぎ止めていた。

 

「ここはもう保たないわ。全員、私の空間で……!」

 

天花が最後の力を振り絞り、空間のゲートを開く。

真護は青羽を担ぎ、優希は京香と共に気絶した仲間たちを抱え、全員が崩れ落ちる洞窟から間一髪で脱出した。

魔都の荒野を一望できる、切り立った崖の上。

紫色の風が吹き抜ける中、一行はようやく一息ついていた。

天花は完全に体力を使い果たし、京香の肩を借りてぐったりと座り込んでいる。

 

「まさか……鬼童丸があんなにやばい醜鬼だったとはね……」

 

青羽は、虚空を見つめながら自嘲気味に呟いた。

自分が手懐けたと思っていた。家族だと思っていた。しかし、神の一噛みで、それは容易く崩れ去った。

京香は、そんな青羽を静かに見下ろし、尋ねた。

 

「青羽。まだ暴動を考えているか?」

 

その問いは、魔防隊の組長としての冷徹な確認だった。もしここで「はい」と答えれば、京香は再び刃を向けなければならない。

だが、青羽は力なく首を振った。

 

「……その気はないよ」

 

彼女の声には、深い疲労と諦観が滲んでいた。

 

「集めた醜鬼も全滅した。ココと波音も、あのバケモノたちに攫われた。……アタシと真護だけじゃ、どうにもならないよ」

 

その言葉を聞き、真護は静かに息を吐いた。

シュゥゥゥ……と黒い粒子が舞い散り、卍解の力が解除される。漆黒のコートが消え去り、元の少し破れた死覇装の姿へと戻った。

体中が鉛のように重い。強大な力を振るった代償が、一気に押し寄せてくる。

 

「……でも」

 

青羽が、ギュッと拳を握りしめた。

 

「あの二人は、絶対に助けなきゃ……!」

 

涙声で訴える姉の姿に、優希は胸を痛めた。

京香は、少しの間沈黙した後、はっきりと告げた。

 

「暴動を起こす気がなければ、お前たちとは戦わん。……優希の姉である、お前を信じよう」

 

それは、醜鬼を殲滅対象とする魔防隊の理念からすれば、明らかな規律違反だ。しかし、京香の瞳に迷いはなかった。

天花もまた、京香の肩に寄りかかりながら、力強く頷いた。

 

「私もです。むしろ……お義姉さんには協力したいです」

 

「姉ちゃん、真護。魔防隊に保護してもらおうよ。組長たちなら、きっと何とかしてくれる!」

 

優希が必死に提案する。

これ以上、二人に危険な目にあってほしくないという弟としての純粋な願い。

しかし、青羽は悲しげに微笑み、首を横に振った。

 

「京香と天花は信頼できる。あんたを大事にしてくれてるのも分かった。……でも、組織自体が信頼できないんだよ」

 

「でも……今となっては、どうやって暮らしていくのさ!?」

 

優希が食い下がる

 

「隠れ里は他にもあってね。戦闘力のない子たちは、すでにそっちへ避難済みよ。これからは、私たちが皆の面倒を見る。ひっそりと、見つからないようにね」

 

その言葉に、優希は唇を噛むことしかできなかった。

真護は、優希の肩をポンと叩き、何も言わずにただ「……」と沈黙を守った。彼もまた、自分たちが「人間」の社会に戻れない異形であることを、誰よりも理解していたからだ。

天花は、少し考え込むように視線を落とした。

 

「……他に隠れる場所があるなら、保護されないのも選択肢の一つですね」

 

魔防隊の組長が口にするには、あまりにも不穏な発言だった。

青羽が怪訝な顔で天花を見る。

 

「あんたら、自分とこの組織がやばい組織って自覚あるの?」

 

「思想の問題です」

 

天花は、いつものおっとりとした口調の中に、微かな冷たさを滲ませて答えた。

 

「特に、魔防隊を束ねる総組長……彼女の思想は顕著です。国を思い、人類を守るという愛国心は本物で、私はそれを認めています。けれど、彼女の強さは同時に、大義のためならば少数の犠牲も選びかねない性格から来ているんです」

 

その言葉に、真護の背筋がわずかに寒くなった。

個人の感情を殺し、数字で命を天秤にかけるトップ。それは、家族や身内を何より大切にする真護たちにとっては、八雷神以上に恐ろしい相手に思えた。

京香もまた、腕を組んで眉間を揉む。

 

「……陰陽寮の行動が真実ならば、彼らと魔防隊上層部が談合している可能性はあるな。人体実験や、特異な個体の研究……。青羽や真護の存在を知れば、モルモットとして回収しようとする勢力が必ず動く」

 

「ええ」と、天花が自嘲気味に笑った。

 

「イザという時、私はお義姉さんを攻撃出来ませんでした。……優希くんの悲しむ顔が見たくなかったから。でも、総組長はやるでしょうね。いいとか悪いとかじゃなくて、あの人は、そういう人だから」

 

魔防隊という強大な盾。しかし、その内側にはどす黒い闇が広がっているかもしれない。

守るべき弟は、その組織のど真ん中にいる。

風が吹き抜け、真護の死覇装の袖がパタパタと音を立てた。

 

「……やっぱ、アンタらを束ねてる人ってのは、普通じゃねえよな」

 

真護はポツリとこぼした。魔都の神という純粋な悪。そして、人類を守るための歪な正義。

自分たち異形は、その狭間でどう生き残ればいいのか。

黒き死神は、新たな戦いの予感に、そっと刀の柄を握り直した。

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