魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第2話 黒月、魔都を駆ける

数十年前、突如として日本各地に出現した異界の門。その先には東京都ほどの広大な空間が広がっており、人類はその地を『魔都』と名付けた。

しかし、神は人類に――いや、女性にのみ恩恵を授けた。

魔都に実る『桃』。これを口にした女性は特異な能力を得て、魔都に巣食う怪物『醜鬼』に対抗しうる力を手にする。

一方で男性には何の力も与えられず、男女のパワーバランスは逆転。女尊男卑の社会構造が形成された。魔防隊と呼ばれる女性兵士たちが戦い、男は守られるだけの存在。それがこの世界の常識だ。

通常、魔都への門は管理されているが、稀に突発的に発生する『魔都災害』により、一般人が巻き込まれることがある。

黒嶺真護もまた、その被害者の一人だった。

だが、彼は特異だった。魔都の瘴気に蝕まれ、本来なら理性を失うはずが、人型醜鬼として覚醒し、あろうことか男性でありながら能力を発現させたのだ。

その力が、今、魔都の荒野で荒れ狂っていた。

 

「ハァッ!!」

 

鋭い呼気と共に、真護の姿が消失する。

いや、消えたのではない。視認不可能なほどの超高速移動。

瞬きの間に数体の醜鬼の背後に回り込み、その手に握られた漆黒の日本刀が一閃される。

ズンッ!

遅れて大気が裂ける音が響き、醜鬼たちの胴体が滑るように両断された。断面が焼け焦げ、再生する間もなく霧散していく。

 

「ふぅ……」

 

真護が息を吐き、能力を解除する。

戦闘時に纏っていた、ボロボロだが威厳のある黒い着物――死覇装が粒子となって消え、元の簡素な服に戻る。

男性が能力を使うだけでも異常だが、能力発動に伴い服装まで変化するのは、存在しない。その原理は全くの不明だった。

 

「まだまだ! 動きが硬いよシンちゃん!」

 

頭上から飛来した影が、真護のいた場所にクレーターを作る。

土煙の中から現れたのは、和倉青羽。真護の幼馴染の姉であり、この隠れ里のリーダー格である人型醜鬼だ。

 

「勘弁してくれよ青羽さん……もう朝から百体は斬ったぞ」

 

「魔防隊とやり合うなら、その百倍は来てもおかしくないんだよ。ほら、次はコイツらが相手だ!」

 

青羽が指笛を吹く。

ズシン、ズシンと地響きを立てて現れたのは、二体の巨獣だった。

一頭は、巨大な熊のような醜鬼。ココが手懐けたペットの一体だ。

もう一体は、額に一本の角を生やした大柄な醜鬼『鬼童丸』。

 

「グルルルゥ……」

 

「ブオオオオオ!!」

 

殺意こそないが、闘争本能剥き出しのプレッシャー。

真護は苦笑しつつ、再び意識を集中させる。

 

「……了解」

 

右手に黒い力が収束する。

卍の鍔を持つ細身の黒刀が現れ、同時に真護の纏う空気が鋭利な刃物のように変質した。死覇装の裾がはためく。

 

「行くぞ!!」

 

鬼童丸が剛腕を振り下ろす。岩をも砕く一撃を、真護は真っ向から受けず、刃を滑らせて受け流す。

同時に、背後から熊が爪を振るう。

真護は地面を蹴り、空中に逃れた。

 

「『月牙』……!」

 

刀に黒い高密度のエネルギーを纏わせる。

彼は本能でその技の名前を知っていた。誰に教わったわけでもない。魂に刻まれているかのように。

 

「……天衝ォ!!」

 

振り下ろされた刃から、三日月型の漆黒の斬撃が放たれる。

空間ごと削り取るような禍々しいエネルギー波が、鬼童丸と熊の足元を爆砕した。直撃すれば消し飛びかねない威力を、寸前で逸らすコントロール。

爆風に煽られ、巨獣たちがたじろぐ。

その隙を見逃さず、真護はトップスピードで懐に飛び込んだ。

 

「遅いッ!」

 

峰打ちによる二連撃。

鬼童丸と熊が同時に膝をついた。

 

「勝負あり!」

 

審判役の波音の声が響く。

真護は着地と同時に膝に手をつき、荒い息を吐いた。能力を解除すると、ドッと疲労が押し寄せてくる。

体中には、回避しきれなかった擦り傷や打撲が無数に刻まれていた。

 

「……はぁ、はぁ。キッツ……」

 

「うんうん、いい感じじゃん。破壊力もスピードも上がってる」

 

青羽が満足げに頷き、倒れた鬼童丸の頭を撫でて労う。

真護はその場に座り込んだ。死ぬことはないが、痛いものは痛い。

 

「あーあ、ボロボロだねぇシン兄」

 

そこへ、トテトテと小走りで近づいてくる影があった。

銭函ココ。小柄で活発な、少女の人型醜鬼だ。

 

「ココか……わりぃ、また頼んでいいか?」

 

「もっちろん! シン兄は特別だからねー!」

 

ココは屈託のない笑顔で真護の隣にしゃがみ込むと、真護の腕にある深い切り傷を覗き込んだ。

彼女の能力は、自身の体液による治癒。

ココは躊躇いもなく真護の腕を掴むと、その傷口に顔を近づけ――

ぺろり。

 

「うっ……」

 

温かく湿った感触が傷口を這う。

傷口が塞がる際の熱と、ココの舌の感触に、真護は思わず身を固くした。

背徳感と言うべきか、奇妙な感覚だ。だが、ココ自身に邪念は一切ない。彼女にとってこれは純粋な「手当て」であり、仲間への親愛の情だった。

 

「ん、んっ……。はい、こっちは治ったよ! 次はほっぺた!」

 

ココは真護の顔を両手で挟み込むと、頬の擦り傷を丁寧に舐めとっていく。

至近距離にある少女の顔。人型醜鬼とはいえ、その容姿は愛らしい少女そのものだ。

 

「お、おいココ、ちょっと近いって……」

 

「じっとしてて! 動くと治らないでしょ!」

 

真護がたじたじになっていると、遠くで見ていた波音が呆れたようにため息をついた。

 

「よくやるわね、あの子も。男の体液なんて汚らわしいのに」

 

「まーまー、ココはシンちゃんに懐いてるからねぇ。それにシンちゃん、いい匂いするし」

 

「……青羽、あなたまで何を言ってるの」

 

青羽はニヤニヤと笑いながら、治療を受ける真護を眺めていた。

真護は孤児院育ちで面倒見が良く、家事も完璧にこなす。戦闘訓練の後はこうして食事を作り、幼いココの相手をし、青羽や波音の要望に応える。

この異形のハーレムのような状況において、彼は奇妙なほど馴染んでいた。

 

「よしっ! ピッカピカに治ったよ!」

 

ココが満足げに顔を離す。傷跡一つなく再生した肌を見て、真護は感謝の意を込めてココの頭を撫でた。

 

「サンキューな、ココ。いつも助かる」

 

「えへへー、もっと頼っていいんだよ!」

 

嬉しそうに目を細めるココ。

真護は立ち上がり、自身の掌を見つめた。

傷は癒えた。力も増している。

 

(青羽さんと互角に渡り合うには、まだ足りない。もっと速く、もっと鋭くならなきゃいけない)

 

優希と再会するために。

そして、この行き場のない仲間たちを守るために。

真護は再び、漆黒の刃をイメージする。

 

「さぁ、休憩終わりだ。青羽さん、次はあんたが相手だろ?」

 

「望むところだ! アタシの蹴りについてこれるかな?」

 

青羽が獰猛な笑みを浮かべて構える。

魔都の空の下、黒き死神と白き鬼の演舞が、再び始まろうとしていた。

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