魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第23話 魔防隊組長会議

七番組寮の朝は、いつも通りの穏やかな空気から始まるはずだった。

ダイニングでは、退院したばかりの東日万凛や駿河朱々、そして大川村寧たちが部屋着姿でくつろぎ、食後のティータイムを楽しんでいた。

しかし、その平穏は、軍服に身を包んだ羽前京香の鶴の一声によって打ち破られた。

 

「優希! お前も組長会議に同席しろ!」

 

「えっ!? 俺も!?」

 

皿洗いをしていた優希は、手からスポンジを落としそうになりながら振り返った。

魔防隊の全組長が集う最高意思決定機関。そんな雲の上の会議に、ただの寮の管理人(兼・奴隷)である自分が呼ばれるなど、前代未聞だ。

 

「総組長からの急な指名だ! 日万凛、留守を頼んだ」

 

「はい、承知しました」

 

日万凛が真剣な顔で頷く横で、寧が不思議そうに首を傾げた。

 

「なんで優希さんも呼ばれたんでしょうね、朱々さ……」

 

寧が隣を見ると、そこには魂が抜けたようにスライム状に「ぐでーん」とテーブルに突っ伏している朱々の姿があった。

京香が留守の間に優希を陥落させるという、彼女の完璧な『恋の兵法』が、総組長の気まぐれによって開始前にへし折られたのだ。

 

「朱々さん!?」

 

「どどど、どうすれば!? 息してないよ!?」

 

優希が慌てふためく中、京香は短く言い放った。

 

「朱々は放っておけ。お前は外行きの服に着替えてくるだけでいい。急げ」

 

「は、はいっ!」

 

優希は慌てて自室へと駆け込み、支給されているフォーマルな服に着替えた。

再びエントランスに戻り、慌ただしく靴の紐を結ぶ優希を見下ろしながら、京香は厳しく忠告した。

 

「天花と同じく、組長勢は皆キャラが濃いぞ! 気後れするなよ!」

 

「はい!」

 

覚悟を決める優希だったが、京香の次の言葉は、その覚悟に冷水を浴びせるようなものだった。

 

「それと……最初に警告しておく。山城総組長とは、絶対に目を合わせるな」

 

「え? なんか能力的なものですか……?」

 

「そうじゃない。……気に入られると、厄介だからだ」

 

京香の声音に混じった、確かな警戒と微かな畏怖。

いつも毅然としている京香にそこまで言わせる「総組長」とは、一体どんな人物なのか。優希はゴクリと固唾を飲んだ。

 

魔都の防衛の要、魔防隊本部のエントランスは、広大で冷やりとした空気に満ちていた。

重厚な会議室の扉の前までやってきた二人の前に、一人の女性が立ちはだかっていた。

壁に背中を預け、指先で器用に軍帽をくるくると回している、ヤンキーのような風貌の女性。二番組組長、『上運天美羅(かみうんてん みら)』だ。

 

「よぉ、京香ァ。おせーぞ」

 

鋭い眼光。隠しきれない凶暴なオーラ。

優希は、彼女から発せられるビリビリとしたプレッシャーに圧倒され、思わず京香の背後に隠れるように身を縮めた。

 

(た、確かに目を合わせると危険な雰囲気……! この人が、山城総組長……!)

 

「違う。あれは総組長じゃない」

 

「えっ?」

 

京香の冷静なツッコミに、優希は拍子抜けした。

美羅は帽子を被り直すと、獰猛な笑みを浮かべて京香の胸ぐらを掴まんばかりの距離までガッと詰め寄った。

 

「お前! 仇を討ったそうだな! おめでとうだコラ!」

 

「美羅……」

 

「だが忘れんな! 俺の方が強ェ! 次の総組長は、この俺だ!!」

 

「違うな。次の総組長になるのは私だ」

 

火花を散らす二人。しかし、美羅はすぐに京香から視線を外し、背後にいる優希をギロリと睨みつけた。

 

「おい、噂の舎弟よ……。お前、"死ぬ"ぜ……?」

 

「えっ!?」

 

あまりに唐突な死の宣告。

優希の背筋が凍りついた、次の瞬間。

美羅はスッと優希の足元にしゃがみ込んだ。

 

「靴紐が緩んでんだよ」

 

チャチャッ、と。

彼女は目にも留まらぬ速さで、優希の解けかかっていた靴紐を固く結び直した。そして立ち上がると、優希の胸元をポンと叩く。

 

「魔都じゃ、僅かな隙がドエレー危ねえんだ! ピッ!としろ!!」

 

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

見た目は凶悪だが、実はとても面倒見が良い。優希は姿勢を正しながら、彼女の不器用な優しさに感謝した。

美羅が「じゃあな」と奥の会議室へ消えていくと、今度は会議室の扉の前で、別の少女がウロウロと歩き回っているのに出くわした。

青い髪をツインテールにした小柄な少女。三番組組長、『月夜野ベル』だ。

 

「ベル。会議室へ上がらないのか?」

 

京香が尋ねると、ベルはビクッと肩を震わせ、涙目で振り返った。

 

「む、無理ですぅ……! 私、怒られますぅ……!」

 

彼女が率いる三番組は先日、八雷神の一角である紫黒と遭遇し、手も足も出ずにボコボコにされていた。なんの功績も上げられなかったため、今回の会議で山城総組長から容赦ない「いじめ(という名の詰め)」に遭うと、本気で怯えているのだ。

 

(こ、こんな組長もいるんだ……)

 

極端すぎる強者たちの個性に、優希は魔防隊という組織の奥深さ(とカオスさ)を肌で感じていた。

重厚な扉が、バンと開かれる。

広大な会議室には、すでに魔防隊の頂点に立つ『組長』たちが集結していた。

一番組組長『多々良木乃実』。

二番組組長『上運天美羅』。

恐る恐る入室する三番組組長『月夜野ベル』。

五番組組長『蝦夷夜雲』。

六番組組長『出雲天花』。

七番組組長『羽前京香』。

八番組組長『ワルワラ・ピリペンコ』。

九番組組長『東風舞希』。

そして──。

さらに奥、一番大きい玉座のような椅子に座る女性。

十番組組長兼、魔防隊総組長、『山城恋』。

優希は、京香から「目を合わせるな」とキツく警告されていたにもかかわらず、その圧倒的な存在感と、玉座が浮いているという異常な光景に、興味本位でチラッと視線を向けてしまった。

その瞬間。

恋の瞳が、真っ直ぐに優希を捉えた。

ドクン。

心臓を直接鷲掴みにされたような、得体の知れない悪寒。

 

「皆、会えて嬉しいわ」

 

恋は、優希からスッと視線を外し、極めて自然な、花が綻ぶようなニッコリとした笑みを浮かべた。

 

「さぁ、組長会議、始めよっか」

 

その底知れない笑みと共に、魔防隊の未来を決する会議が幕を開けた。

 

「まずは、一番組の人事からね」

 

恋の進行で、一人の年老いた女性が立ち上がった。

前・一番組組長であり、京香や木乃実の師匠でもある、『冥加りう』だ。彼女は現在、副組長という立場に身を置いている。

 

「世代交代のお知らせを。アタシは、組長を降りた」

 

「りうさんなら、まだ現役で"踊れ"ますよ」

 

美羅が敬意を込めて声をかけるが、りうは豪快に笑い飛ばした。

 

「ハッ、魔防隊は激務だ。最前線は、若い者が組長やってた方がいいんだよ」

 

りうはそう言うと、隣に座っている小柄な少女――多々良木乃実の頭を、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。

 

「ほら、挨拶しな」

 

「押忍っ!! 多々良木乃実です!!」

 

木乃実が勢いよく立ち上がり、体育会系特有の元気な声で一礼した。

 

「高校生と若輩者ですが、一生懸命頑張ります!! 宜しくお願いします!」

 

深々とお辞儀をする新しい一番組組長。

りうは、その背中を誇らしげに見つめ、ニヤリと笑った。

 

「木乃実は、アタシが手塩にかけて鍛えに鍛えた、秘蔵の弟子さ。数年経てば、総組長になる逸材だ。それは確かだよ」

 

「姉弟子として、うかうかしてられませんね」

 

京香が、静かな対抗心を燃やして微笑む。

だが、京香の心の中には、別の感情が渦巻いていた。

りうの顔を見るたびに、どうしても思い出してしまう。木乃実の前に、りうの「秘蔵の弟子」であり、血を分けた孫であった一人の青年のことを。

冥加海燕(みょうが かいえん)』。

誰よりも明るく、誰よりも強く、泥にまみれながらも仲間を守るために戦い抜いた男。

もし彼が女性に生まれて、桃の能力を得ていたなら。

間違いなく、彼こそがこの魔防隊の頂点に立ち、総組長として皆を引っ張っていく存在になっていたはずだ。

その太陽のようなカリスマ性は、優希の幼馴染である黒嶺真護の背中にも通じるものがあった。

 

(総組長か……あの人がもし女性に産まれていたら……。いや……もうあの人は、いない……)

 

京香は、微かに胸を締め付ける喪失感を、静かに心の奥底へと沈めた。彼が遺した誇り高き意志は、今の京香の刃にしっかりと受け継がれているのだから。

 

「フフッ。まぁ、総組長はずっと私だけど」

 

感傷を切り裂くように、玉座の上の山城恋が、コロコロと無邪気に笑った。

その笑顔の裏にある絶対的な自信と傲慢さに、ベルはブルブルと震えながら内心で祈っていた。

 

(き、機嫌良さそう……! どうか、このまま私に話を振られず、何も起きませんように……!)

 

「いーヤァ!! 次の総組長は俺っスね!!」

 

「いやいや、この夜雲さんが皆を統べるセンスもあるよ?」

 

美羅と夜雲が、恋の言葉に真っ向から反発して名乗りを上げる。

一方で、天花は頬杖をつきながら、背後に直立不動で立つ優希をチラリと見ていた。

 

(それにしても……山城総組長はどうして、優希くんをわざわざこの会議に呼んだのかな?)

 

「総組長になるのは私だ」

 

京香も負けじと静かに、しかし力強く宣言する。

 

「次からは、総組長は代々『東家』が務めます」

 

九番組組長・東風舞希が、冷徹に言い放つ。日万凛と八千穂の母である彼女の瞳には、東家の誇り以外のものは映っていない。

八番組組長・ワルワラは、その騒ぎを無言で、ただ静かに見つめているだけだった。

 

「フフフ。皆やる気で頼もしいわ」

 

己の玉座を狙う猛獣たちの牙を前にしても、山城恋の笑顔は微塵も崩れなかった。

むしろ、その牙の鋭さを楽しむかのような、絶対強者の余裕。

優希は、組長たちの背後で両手を後ろに組み、直立不動の姿勢を崩さないように必死だった。

 

(和やかなのに……なんか、死ぬほど怖いんですけど!)

 

魔都の最前線を張る、人類最強の女たちのエゴと誇りが激突する空間。

八雷神という真の敵が迫る中、魔防隊の巨大な歯車は、恐るべき狂気を孕みながら静かに回り始めていた。

 

「さぁ、組長会議、始めよっか」

十番組組長兼総組長、山城恋。

彼女が宙に浮く玉座の上で優雅に微笑んだ瞬間、会議室内の空気が一段と張り詰めた。圧倒的なカリスマと、逆らうことすら許されない絶対的な支配のオーラ。

優希は、背筋を凍らせながら直立不動の姿勢を保つことしかできなかった。

一番組の世代交代の挨拶が終わり、和やかな、しかしヒリつくようなプレッシャーが漂う中、恋は小さく息を吸い込んだ。

 

「では本題よ」

 

パチンッ。

恋が長く美しい指でスナップを鳴らす。

すると、円卓の中央に設置された投影機から光が放たれ、三つの立体的なホログラムが浮かび上がった。

 

「八雷神と称した、この未知の敵について」

 

恋の言葉と共に表示されたのは、優希も直接その恐怖を味わった、魔都の神々の姿だった。

一体目は、『紫黒(しこく)』。

漆黒と紅を基調とした、どこか退廃的な美しさを持つ着物風の衣装を纏った女性。頭には赤いリボンのような髪飾りが結ばれ、紫がかった艶やかな長い黒髪が背に流れている。特徴的なのはその帯だ。顔のような奇妙な装飾が施された金色の帯からは、禍々しい紫色の蛇のような触手が無数に蠢き、伸びている。その整った顔立ちには、人間を玩具としか思っていないような、余裕と残虐性が入り混じった笑みが浮かんでいた。

 

二体目は、『壤竜(じょうりゅう)』。

豊かな白い髪を逆立て、頭部からは樹木の枝のような立派な角が生えている。耳はエルフのように尖り、その肌は深い褐色。女性的なボディラインでありながらも、引き締まった腹筋と逞しい四肢を持つ戦士の体躯だ。胸元や腕、そして脚部には黄金に輝く装甲を纏い、背中からは純白の巨大な翼が生えている。その威風堂々たる姿は、まさに空と大地を統べる竜のようだった。

 

三体目は、『雷煉(らいれん)』。

見上げるほどの巨躯を持つ男。その顔の上半分は、悪魔の角のような突起を持つ不気味な白い仮面で覆われている。白と黒のツートンカラーに色分けされた道着のような装束を身に纏い、筋肉の隆起した太い腕には金色の装甲が輝いている。仮面の下の口元は、戦いを楽しむような好戦的な笑みの形に歪んでいた。

 

そのホログラムを見上げながら、五番組組長・蝦夷夜雲が、頬杖をついた。

 

「へえ……こんなに可愛いのに、人を滅ぼす存在とはねえ」

 

八雲の視線は紫黒に向けられていた。敵の恐ろしさよりも、その造形美に興味を惹かれているようだ。

恋は、夜雲の呟きを意に介することなく、淡々と説明を続ける。

 

「この黒髪(紫黒)は、三番組を蹂躙し」

 

その言葉に、三番組組長の月夜野ベルが「あぅ……」と悲鳴のような声を漏らし、体をビクッと震わせた。

 

「この巨体(壤竜)は、六番組と七番組の隊員たちを病院送りにしたわ」

 

京香と天花の表情が、同時に険しくなる。日万凛や八千穂たちが受けた屈辱と傷の重さを、彼女たちは決して忘れてはいない。

 

「ただ、コイツ(雷煉)に関しては、天花が直々に滅しているわ」

 

「……確実に死んだとは言い切れません。空間ごと削り取りましたが、あの異常な生命力です。どこかで復活している可能性は高いと思います」

 

天花が冷静に補足する。

恋は玉座の上で足を組み替え、冷たい笑みを深めた。

 

「大事なのは──」

 

恋は、己の白く細い首に手を当てると、そのまま横にスッと引いた。

首を切るジェスチャー。

 

「組長なら、神だろうと倒せるって点よ」

 

会議室に、静かな衝撃が走った。

八雷神がどれほど強大であろうとも、魔防隊の組長クラスであれば確実に討ち取れる。それが、総組長としての絶対の自信であり、部下たちへの暗黙の命令だった。

 

「八雷神が来たら、組長が自ら最前線に出て交戦する。これを徹底ね」

 

その言葉に、一番組の新組長である多々良木乃実が、ダンッと勢いよく立ち上がった。

 

「分かりました! やっつけて見せます!」

 

元気いっぱいの、一点の曇りもない真っ直ぐな返事。

恋は「クスッ」と楽しそうに笑った。

 

「いい返事。その調子よ。───ただ」

 

恋の瞳が、スゥッと細められる。

獲物を品定めするような、冷酷な光。その視線の先には、小さく縮こまっている三番組組長がいた。

 

「不安な組があるのよね」

 

ビクッ!!

ベルの肩が、これ以上ないほど大きく跳ねた。

 

「ベル。三番組が情けないのは、組長である貴方の責任よ」

 

「す……すみません……っ」

 

ベルは涙目で俯き、今にも泣き出しそうだった。

恋は、まるで慈母のような優しい声で、しかし悪魔のような宣告を下した。

 

「だから、この会議の後……私が、貴方を直々に特訓してあげる」

 

「え!?」

 

ベルが絶望に満ちた顔で顔を上げる。

山城恋の特訓。それは、死よりも恐ろしい地獄を意味していた。

 

「安心して。銀奈の結界の中なら……どんな『無惨な怪我』をしても、元通りに治るから」

 

底知れない笑顔。

ベルは「ハァ……ハァ……」と荒い息を漏らしながら、ガタガタと全身を激しく震わせ始めた。治るからといって、痛みがなくなるわけではない。むしろ、治るからこそ、死ぬ寸前までの苦痛を延々と味わわされるということだ。

その異様な空気を切り裂くように、京香がスッと挙手をした。

 

「総組長。議題が一つあります」

 

「あら、京香。何かしら?」

 

「敵が未知の神である以上、魔都への被害が拡大する前に、迎撃ではなく、こちらから討って出る『全滅させる攻めの作戦』に変えるべきだと進言します」

 

京香の提案は、八雷神の拠点を叩き、後顧の憂いを絶つという極めて戦術的なものだった。同時に、それは囚われている波音やココを救い出すための、京香なりの布石でもあった。

しかし、恋はつまらなそうにため息をついた。

 

「却下よ」

 

「……理由は」

 

「魔都も、八雷神も、まだ我々にとって未知な部分が多すぎるわ。下手に攻め込んで被害を出すより、襲ってくる敵を確実な陣形で迎撃する『カウンター型』にする。それがセオリーよ」

 

恋は、己の実績を盾に、京香の言葉を切り捨てた。

 

「現に、私が総組長になってから、魔都災害による被害は激減しているわ。それが、私のやり方が正しいという何よりの証拠よ。……発言は以上?」

 

「……はい」

 

京香は静かに手を下ろした。

これ以上食い下がれば、恋に不信感を抱かれる。天花もまた、無言で京香と視線を交わした。

陰陽寮が魔防隊上層部と繋がり、非人道的な人体実験を行っているという疑惑。それをこの場で告発しても、山城恋という絶対権力者の前では握り潰されるか、最悪の場合、青羽や真護たちの存在が露呈し、彼らが標的にされる危険性が高まる。

京香と天花は、この会議において陰陽寮の議題は完全に避け、恋に警戒される前に、独自のルート(浦原喜助など)を使って秘密裏に調べる方法を模索していたのだ。

 

「では、次ね」

 

恋の視線が、京香の背後に直立不動で立っている優希へと向けられた。

 

「そこの男の子について」

 

「彼は、京香の能力を発動させるために必要な存在。いわば『装備品』だと思って頂戴」

 

総組長からの、あまりにも身も蓋もない紹介。

優希は一歩前に出て、緊張で声を裏返らせながら一礼した。

 

「わ、和倉優希と申します! 七番組で管理人もやらせてもらってます! よろしくお願いします!」

 

その初々しい姿に、天花が「フフッ」と嬉しそうに微笑み、パチパチと拍手を送る。

すると、九番組組長の東風舞希が、興味深そうに目を細めた。

 

「あら、可愛い子ね。……私も男の子、一人くらい欲しかったわ」

 

「え……」

 

優希は目をパチクリとさせた。

美しいその姿は年齢は天花や京香たちより少し上にしか見えない。

 

「風舞希さんは、八千穂や日万凛の母親だぞ」

 

京香が小声で教えると、優希は心の中で(お、お若い!!)と盛大に突っ込んだ。魔防隊の組長たちは、色々な意味で規格外すぎる。

その時だった。

バンッ!!

会議室の重厚な扉が、勢いよく開け放たれた。

飛び込んできたのは、息を切らせた情報処理班の備前銀奈だった。

 

「恋サマ!! 緊急事態です!!」

 

「どうしたの、銀奈」

 

「こ、この魔防隊本部の外周に……無数の醜鬼の群れが迫っています!! かつてない規模です!」

 

その報告に、会議室の空気が一変する。

 

「ひぃっ!? しゅ、醜鬼の大群……!?」

 

ベルが恐怖で顔を青ざめさせ、ガタガタと震えながら座り込んだ。

そんなパニック状態のベルに、スススッと近づいていく影があった。五番組組長の八雲だ。

 

「リラックスして、ベルたん!」

 

八雲は、怯えるベルの後ろから抱きつくと、なんの躊躇いもなくその手をベルのスカートの中へと滑り込ませた。

 

「ひゃうっ!? や、夜雲ちゃん!?」

 

「んー? どうしたのー?」

 

さらに、もう片方の手でベルの胸元を揉みしだく。

神聖な組長会議の場、しかも緊急事態の報告の真っ最中に繰り広げられる、あまりにもフリーダムなセクハラ行為。

 

「ほらほら、組長が勢揃いしてるんだからさ〜。怖がる必要なんて、ぜーんぜんないよ?」

 

「わ、わかったから……! 放してぇ〜!」

 

顔を真っ赤にして涙目で訴えるベル。

その一部始終を真正面から見てしまった木乃実は、顔を茹でダコのように真っ赤にし、声にならない悲鳴を上げながら両手で目を覆っていた。(でも、指の隙間からバッチリ見ている)

 

「……静かにしなさい」

 

恋の低く、冷たい声が響き、夜雲も渋々といった様子で手を離した。

恋は、玉座の上で冷ややかにモニターを見つめていた。

 

(どんな敵だろうと、この私の魔防隊本部を襲うなんて……万死に値するわ。敵襲のリーダーは、私直々に罰してやる)

 

「木乃実と美羅、夜雲と風舞希は迎撃へ! 他は、ここに残って敵の出方を見るわよ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

一番、二番、五番、九番の組長たちが、恋の号令と共に凄まじい速度で会議室を飛び出していく。

バタンッ!と扉が閉まり、静寂が戻りかけた会議室に、今度はゆっくりと、足音を忍ばせるようにして入ってくる影があった。

 

「あーあ。なんの騒ぎですのん? ベルちゃん」

 

糸のように細い目。銀色の短い髪。

そして、どこか人を食ったような、胡散臭い笑みを浮かべた女性。

三番組副組長、『市木銀乃(いちき ぎんの)』だ。

彼女は、魔防隊の制服の袖に両手を入れたまま、飄々とした関西弁で歩み寄ってきた。

 

「あ、ギンちゃん……!」

 

ベルがすがるような目で銀乃を見る。

 

「今ね、醜鬼の大群が本部を襲ってきてるって……!」

 

「へえ、醜鬼の大群がねぇ」

 

銀乃は、糸目のまま会議室のモニターに映る無数の点(醜鬼の反応)を眺め、クスクスと肩を揺らして笑った。

 

「そら怖いわぁ。……でも、あの飛び出していった四人の組長はんが相手なら……瞬殺やろね」

 

その言葉には、一切の緊張感がなかった。

むしろ、これから始まる一方的な蹂躙劇を、どこか楽しみにしているかのような冷たさがあった。

魔防隊本部を強襲した醜鬼の群れ。

その背後にいるのは八雷神か、それとも別の何者か。

優希は、背筋に冷たい汗を流しながら、これから始まる戦いの行方を固唾を飲んで見守っていた。

緊迫した空気が張り詰める会議室。各組の組長たちが円卓を囲む中、ふらりと現れた人影が、その重苦しい空気を間延びした声で破った。

 

「あら師匠。来てたん?」

 

狐のように細められた糸目。薄い笑みを浮かべ、どこか飄々とした足取りで冥加りうに近づく銀乃

 

「相変わらずだね。お前は」

 

りうが呆れたように鼻を鳴らす。優希は、組長会議という最高峰の場に似つかわしくない、その掴みどころのない女性の雰囲気に戸惑い、隣の京香を見上げた。

 

「あの、京香さん。この人は……?」

 

「この人は市木銀乃。三番組の副組長で、私の姉弟子だ」

 

「姉弟子……!」

 

優希が驚いて目を丸くすると、銀乃はスッと首を傾げ、優希の顔を覗き込むようにしてニィッと笑った。

 

「よろしゅう、奴隷クン♪」

 

その背筋を撫でるような独特の関西弁と、見透かされるような視線に、優希は思わず姿勢を正した。

その時、会議室の壁面に設置された巨大なモニターに通信が入り、魔防隊本部周辺の映像が映し出された。

会議の裏をかくように、突如として魔都側から侵攻してきた醜鬼の群れ。しかし、すでに迎撃に出た四人の組長たちによって、事態は瞬く間に鎮圧されようとしていた。

 

『報告します! 敵は通常の醜鬼のみでした!』

 

モニターの中で、一番組組長・多々良木乃実が元気よく声を張り上げる。彼女の足元に転がっている醜鬼の死体は、鋭利で巨大な獣の爪によって無惨に引き裂かれ、絶命していた。

 

『全員泣かしたけど、次も来る。警戒っすね』

 

続いて通信に入ったのは二番組組長・上運天美羅。彼女の背後に積まれた醜鬼の山は、どれも顔面を含めて原形をとどめないほどボコボコに陥没しており、彼女の圧倒的な暴力の痕跡を物語っていた。

 

『たださぁ、何匹かの醜鬼は倒したら爆発したよ』

 

五番組組長・蝦夷夜雲が、面倒くさそうに首を鳴らしながら報告する。彼女の周囲に散らばる醜鬼の死体は、鋭い風の刃によって全身を細切れに切り刻まれていた。

 

『そういった能力を付与されたかと。裏がありますね』

 

最後に映った九番組組長・東風舞希が、冷徹な視線で周囲を警戒する。彼女が仕留めた醜鬼たちの死体には、まるでレーザーで撃ち抜かれたような無数の綺麗な円形の穴が空いていた。

 

「流石は組長陣。見事な制圧ですね」

 

モニターを観察していた銀奈が安堵の声を上げた直後、彼女の顔色が一変した。

 

「あっ……! お待ちください! 別ルートから敵影を5人確認! これは……醜鬼ではありません。人間です!」

 

モニターが切り替わり、本部の死角から侵入しようとする黒ずくめの女性たちの姿が映し出される。諸外国から潜入したテロリスト。彼女たちの狙いは明白だった。魔都の絶対的な力、『桃』の奪取である。

 

「あらら。虫が入り込んだみたいね」

 

玉座に座っていた山城恋が、ふわりと宙に浮き上がった。

 

「私が直接、お掃除してくるわ」

 

言うが早いか、恋の姿が掻き消える。

魔防隊本部の外壁。桃の保管区画へと忍び込もうとしていたテロリストたちは、突如として目の前に舞い降りた美しい少女の姿に息を呑んだ。

 

「何者だ! 撃て!」

 

テロリストのリーダーが叫び、各々が隠し持っていた異能を解放しようとする。

しかし。

 

「え……?」

 

「能力が……出ない!?」

 

テロリストたちは愕然とした。彼女たちが使おうとした特殊能力も、魔都の恩恵である桃の力も、恋を前にした瞬間、まるで電源を切られたかのように完全に沈黙(無効化)してしまったのだ。

 

「ふふっ」

 

山城恋は、うろたえる彼女たちの中央へと、まるで散歩でもするような軽やかな足取りで歩み寄った。

 

「子供の頃……ネットで辺境の地図を見て、ワクワクしていたわ」

 

恋は、絶望に顔を歪めるテロリストのリーダーの目の前で立ち止まり、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 

「『到達不能極(ポイント・ネモ)』って単語……浪漫があるわよね。そこに、何かがあるかもしれない」

 

恋は、トン、と。

細く白い人差し指を、リーダーの額にそっと当てた。

 

「見てきてくれる? 絶海の底を」

 

パチン。

指が弾かれたような小さな音が鳴った瞬間。

リーダーの女性の姿が、その場から完全に消失した。

転移させられた先は、光すら届かぬ深海数千メートルの到達不能極。

凄まじい水圧が全方位から襲いかかり、彼女の肉体は悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして人間の形を失った。骨も臓器もミンチのように圧縮され、ただの赤い肉塊となって絶海の底へと沈んでいく。

残された四人のテロリストたちは、リーダーが文字通り「消滅」した異常な光景に、恐怖で悲鳴すら上げられず、その場にへたり込んでガタガタと震えることしかできなかった。

 

「遅かったか……」

 

直後、スレイブ化して白い獣となった優希の背に乗った京香が、現場へと駆けつけた。

しかし、すでに戦闘と呼べるようなものは終わっていた。テロリストたちは戦意を喪失し、恋の前で完全に平伏している。

 

「相変わらずのようですね……総組長の能力」

 

京香は、手綱を握りしめながら、底知れない恐怖を隠すように静かに呟いた。

 

「万物を総核した、無限宇宙の全一」

 

あらゆる異能を無効化し、空間すらも超越する絶対的な力。

優希もまた、その美しくも残酷な総組長の背中を見て、背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような悪寒を感じていた。

 

(目を合わせるなと京香さんが言った意味が……痛いほど分かる……)

 

その頃、組長たちが次々と外へ出撃し、手薄になっていた会議室の扉が、静かに開かれた。

 

「おや……外が騒がしいと思ったら……襲撃か何かかな?」

 

そこに立っていたのは、長身に端正な顔立ちの男性。

魔防隊の全施設を管轄する責任者、藍染惣右介だった。

彼の目元を飾る四角いシャープなフレームの眼鏡が、会議室のモニターの光を反射して冷たく光る。

 

「あっ! 藍染管轄官!」

 

通信席に残っていた銀奈が、慌てて立ち上がり敬礼した。

藍染は、争いの気配など微塵も感じさせない、極めて穏やかな足取りで会議室の中へと歩み入った。

 

「すまない。会議資料に不備があってね。僕としたことが、見落としていたようだ。……申し訳ない。備前くん、これを」

 

藍染は、自身のスマートフォンを操作し、会議室のメインコンソールを担当していた銀奈のタブレットへとデータを送信した。

スクリーンに映し出されたそのデータは、外で起きている血生臭いテロリストの襲撃や醜鬼の死闘とはあまりにもかけ離れた、極めて事務的なものだった。

 

『各番組寮の生活費推移(水道・光熱費、食費、備品用費等)』

 

一円単位で正確に計算された、魔防隊の巨大なインフラを維持するための莫大な数字の羅列。

どんな超常の力を持つ組長たちであっても、食費や光熱費という「現実」からは逃れられない。藍染は、その現実という巨大な兵站の首根っこを、たった一人で完璧に握り、管理しているのだ。

 

「これで資料は完璧だ。……引き続き、会議の準備を頼むよ」

 

藍染は柔和な笑みを浮かべ、再び会議室の奥へと歩を進める。

外で振るわれる総組長の絶対的な力。そして、内で魔防隊の心臓部を掌握する管轄官の静かなる支配。

神を自称する八雷神すらも巻き込んだ、人類と魔都の巨大な狂気の渦は、彼ら「大人たち」の掌の上で、静かに、そして残酷に回り始めていた。

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