魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第34話 嵐の来訪者と、瞬神の指導

翌朝。魔都の紫色の空が、微かな夜明けの光を孕み始めた頃。

七番組寮の外には、魔防隊の次代を担う精鋭たちが顔を揃えていた。

羽前京香率いる七番組の隊員たち。

そして、六番組組長・出雲天花、副組長の東八千穂、隊員の若狭サハラ。

 

「えーと、食事の準備は……皆さんの分と、夜一さんの分も含めて、全部で11人分ですね」

 

優希は、エプロン姿のまま指折り数えて確認した。黒嶺真護の分については、彼は現世の地下道場で夜ごろまで修行のため、食事は不要だ。

 

「温泉の準備も頼むぞ、優希。五番組との合同訓練に加えて、今回は夜一さんの特別指導も入る。皆、かつてないほど汗をかくし、かなり動くからな」

 

「はい、任せてください!」

 

京香の指示に、優希が元気よく答える。

隣で天花が、ふわりと微笑んだ。

 

「ふふっ。優希くんの料理、楽しみだなー」

 

「家事なら任せてください!」

 

「うん…私は稼ぐよ」

 

「稼……!」

 

「来るぞ!」

 

京香が空を見上げ、短く警戒の声を上げた。

 

ビュオオオオオオッ!!!

 

突如として、七番組寮の周囲の空気が激しく渦を巻き、鼓膜を劈くような突風が吹き荒れた。

 

「うわっ!? な……なんだあれは!?」

 

優希が思わず腕で顔を覆う。

風の勢いは凄まじく、周囲の砂利を巻き上げながら、遥か彼方から一つの「巨大な竜巻」が、猛烈なスピードでこちらへと向かってきていた。

 

「近づいてきますよ!」

 

「相変わらず、派手な移動手段よね」

 

「あれで巻き込み事故ゼロなんじゃから、驚きじゃ」

 

優希がパニックになる横で、日万凛と八千穂の東家姉妹は、呆れたように、しかし慣れた様子でその竜巻を眺めていた。

 

「五番組だ」

 

京香が呟くと同時に、竜巻がスッとその勢いを弱め、霧散した。

土煙の中から、三人の人影が姿を現す。

 

「こんちゃー☆」

 

一番手前に立っていたのは、五番組組長『蝦夷夜雲(えぞ やくも)』だった。

毛先にメッシュの入ったショートヘアー。魔防隊の制服を大胆に着崩したへそ出しルックが特徴的な、スタイルの良い女性。

明るくノリの良い性格で、他人との距離感が異様に近い。一人称は「夜雲さん」だ。

 

「今日はよろしくねー」

 

彼女の後ろに続いて現れたのは、五番組副組長『五木カイコ』と、隊員の『所山サキ』だった。サキは無口で、ペコッと小さく頭を下げる。

夜雲は挨拶もそこそこに、すぐさま京香と天花の間へと滑り込み、二人の肩に馴れ馴れしく腕を回した。

 

「ん〜っ! 相変わらず引き締まった身体……素敵よ、京香。そして天さんは……最近、なんか色気が増したね? いい恋でもしてるの?」

 

夜雲が甘い声で囁くが、京香と天花は全く表情を変えずに、ピシャリと夜雲の手を弾き飛ばした。

 

「相変わらず、スキンシップが好きだね」

 

「変なところ触ったら、指を折るぞ」

 

天花のジト目と、京香の殺気を帯びた警告。

しかし夜雲は「あはは、怖い怖い」と笑うだけで、全く堪えた様子はなかった。

少し離れた場所からその光景を見ていた優希は、

(組長3人が揃うと、絵になるなぁ……すごいオーラだ)と感心していた。

その時、夜雲の豊かな胸を、背後からガシッと鷲掴みにする者が現れた。

 

「ひゃうっ!?」

 

「かっかっかっ。いい声で鳴くではないか、小娘」

 

夜雲が変な声を上げて振り返ると、そこには褐色の肌に橙色を基調とした身軽な格好の女性――四楓院夜一が、ニヤリと金色の瞳を輝かせて立っていた。

 

「夜一さん。今日はよろしくお願いします」

 

京香が姿勢を正して一礼する。

夜雲は、突然胸を揉まれた驚きよりも、目の前に現れた夜一の圧倒的なプロポーションと美貌に目を奪われていた。

 

(巨乳……褐色……美人……! 決めた……! この人も、夜雲さんのハーレムに入れる!)

 

夜雲が密かに欲望を燃やす一方で、八千穂はゴクリと固唾を飲んで緊張していた。

 

(このお方が……あの伝説の瞬神、四楓院夜一殿……! 東家が唯一、実力で後塵を拝したという四楓院の現当主……!)

 

同じ名家出身として、夜一から放たれる規格外の覇気に、八千穂は本能的な畏怖を感じていた。

 

「よし、優希。お前は持ち場につけ。寮内の掃除と、食事の準備だ」

 

「はいっ!」

 

京香の命令を受け、優希が寮内へと戻ろうとする。

それを見た夜雲が、不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ? 京香、あの男の子は使わないの? 能力の『スレイブ』、見せてくれないの?」

 

「後日、みっちりやるさ。今日は基礎能力の底上げがメインだ」

 

京香が素っ気なく答えると、夜雲は意味深な笑みを浮かべて「ふ〜ん」と優希の背中を見送った。

一方、五番組副組長のカイコは、夜一の元へと歩み寄り、深く一礼した。

 

「お久しぶりです。四楓院……元組長」

 

「おお、カイコか」

 

夜一は、かつての部下であるカイコを見て目を細めた。カイコは、夜一が二番組組長を務めていた時代に五番組として在籍していたので面識がある

 

「お主なら、順当に組長になっておると思っておったが……このチャラチャラした小娘に、その座を譲ったか」

 

「ええ。私よりも、彼女の方が前衛としての才能は優秀ですから。私は治癒の裏方で十分です」

 

カイコが控えめに微笑む。

その横では、日万凛が五番組のサキに向かって、能力の使い方について熱心に質問をしていた。

日万凛の能力『東の青雲(ラーニング)』は、他人の能力を学習し、自身の力として使うことができる。彼女がよく戦闘で使用する「強力な銃火器を呼び出す能力」は、元々このサキの能力『武装小町(バンバンバン)』を学習したものなのだ。

夜一は、改めて今日集まった隊員たちの顔触れを見渡し、腕を組んだ。

 

「さて……まずは、お主らの能力の特性を、ワシに教えい」

 

夜一の言葉に、各人が自身の能力を申告していく。

羽前京香。『無窮の鎖(スレイブ)』。

奴隷にした生命体の力を限界まで引き出して使役する能力。

東日万凛。『東の青雲(ラーニング)』。

他人の能力を学習し、自身の力としてストック・行使することができる。

駿河朱々。『玉体革命(パラダイムシフト)』。

自身の身体の大きさを自由に変えられる。

大川村寧。『きっと見つける(プロミス)』。

遥か遠くの出来事や、隠された対象を見つけ出す、所謂千里眼の能力。

出雲天花。『天御鳥命(アメノミトリ)』。

空間を操作し、自身や他者を別の場所へ転移させる能力。

東八千穂。『東の辰刻(ゴールデンアワー)』。

時を5秒だけ戻すか、あるいは時間を停止させることができる。

若狭サハラ。『怒れる羊(クレイジーシープ)』。

あらかじめ定めた分数(制限時間)だけ、自身の身体能力と破壊力を爆発的に強化する。

蝦夷夜雲。『常闇の舞踏団(ナイトストーム)』。

風を操作し、竜巻や真空の刃を生み出す能力。

五木カイコ。『織女星の繭(ミラクルケア)』。

対象を繭で包み込み、あらゆる傷や欠損を治癒する能力。

所山サキ。『武装小町(バンバンバン)』。

自身の身体の一部を、銃火器や重火器に変形させる能力。

全員の報告を聞き終えた夜一は、ふむ、と一つ頷いた。

 

「なるほどの。千差万別、実に面白い能力の数々じゃ。……じゃが、能力(桃)に頼りすぎるのは三流の証じゃぞ」

 

夜一はそう言うと、自身の着ていた上着をバサリと脱ぎ捨てた。

現れたのは、背中と両肩が大きく露出した、特殊な戦闘服。

 

「ワシの力を見せてやろう。ワシの能力……いや、これは鍛錬によって身につけた『術』じゃ」

 

夜一が、スッと両腕を構えた。

その瞬間。

バチィィィィィンッ!!!

夜一の露出した背中と両肩から、目も眩むような高濃度に圧縮された白いエネルギー(鬼道)が、爆発的な勢いで噴き出した。

まるで、雷神が纏う光の衣。

圧倒的な霊圧の奔流に、京香たち組長クラスでさえ、思わず腕で顔を覆って後ずさった。

 

「『瞬閧(しゅんこう)』」

 

夜一の金色の瞳が、闘争の喜びに輝く。

 

「高濃度に圧縮したエネルギーを両肩と背に纏い、それを炸裂させる事で、鬼道を己の手足に叩き込んで戦闘を行う。……白打(格闘術)の最高術じゃ。その為、ワシの戦闘服には、エネルギーの暴発を防ぐために背中と肩の布が無い」

 

夜一は、纏った光の衣をシュゥゥゥ……と体内に収束させると、ニヤリと笑った。

 

「能力が破られた時、あるいは能力が使えぬ状況下で、最後に頼りになるのは己の肉体と基礎戦闘力じゃ。……では、地獄の特訓を始めるとかの!」

 

夜一の号令と共に、魔防隊の精鋭たちに対する、瞬神による情赦のないシゴキが始まった。

グラウンドでは、夜一が三人の組長(京香、天花、夜雲)を同時に相手取っての超高速スパーリングが展開される。

 

「遅い! もっと踏み込め!」

 

「甘いぞ、天花! 空間転移の出を読まれておる!」

 

「夜雲、風の操作に頼りすぎて体幹がブレておるわ!」

 

組長たちが泥にまみれて吹き飛ばされる中、副組長や隊員たちは、限界を超える筋力トレーニングと、夜一が用意した特殊な歩法(瞬歩の基礎)の反復練習に悲鳴を上げていた。

また、カイコや寧といった非戦闘・サポート系の能力者は、グラウンドの隅で坐禅を組む。感覚を研ぎ澄ますための精神統一の坐禅を行わされていた。

普段は隊員たちを指導する立場の組長たちでさえ、今日ばかりは一人の「生徒」として、夜一の圧倒的な武の前にひれ伏し、必死に食らいついていくしかなかった。

 

――その頃。

現世の地下道場では、黒嶺真護もまた、もう一つの地獄の真っ只中にいた。

 

「ルォォォォォッ!!」

 

「ハハッ! まだまだコントロールが甘いッスよ、黒嶺サン!」

 

浦原喜助が放つ、目にも留まらぬ斬撃と鬼道の連弾。

真護は、顔の半分に禍々しい『虚の仮面』を出現させた状態で、必死にそれらを天鎖斬月で弾き返していた。

虚化の制御。

それは、己の魂の内側で暴れ狂う「白き狂気(本能)」を、理性の力で抑え込み、その莫大なパワーだけを引き出すという、極めて危険で繊細な修行だった。

 

「グアァァァッ……!」

 

少しでも気を抜けば、仮面が顔全体を覆い尽くし、内なる虚に意識を乗っ取られそうになる。

そのたびに、浦原が的確な一撃を叩き込み、真護の意識を現実へと引き戻す。

 

「いいッスか! 虚を恐れるな! 支配するんス! あなたが王であることを、そのバケモノに分からせろ!」

 

浦原の厳しい声が響く。

 

「わかって……るッ!!」

 

真護は、自身の内側から湧き上がる破壊衝動を、奥歯を噛み砕くほどの精神力でねじ伏せ、黒い刀に漆黒のエネルギーを圧縮させていく。

 

(青羽さん……優希……待ってろ。絶対に……俺が、護れるようになるまで……!)

 

魔都と現世。

二つの場所で、それぞれの魂が限界を超えて削り合わされていた。

迫り来る八雷神という絶望を前に、彼らの強さへの渇望は、決して立ち止まることを許さなかった。

四楓院夜一という規格外の「瞬神」を迎えて行われた、七番組、六番組、五番組の合同訓練。

それは魔防隊の精鋭たちにとって、己の限界を強制的に引き上げられる、まさに地獄のような数時間だった。しかし、誰一人として脱落することなく、全員が泥にまみれながらも最後までその苛烈なメニューを食らいついてみせた。

そして、過酷な特訓を終えた彼女たちを待っていたのは、七番組寮が誇る広大な温泉(大浴場)だった。

 

「んん〜、疲れたぁ〜!! 疲れが取れる〜!」

 

もうもうと立ち込める真っ白な湯煙の中、駿河朱々が両腕を思い切り伸ばし、極楽浄土に辿り着いたような声を上げた。酷使して悲鳴を上げていた筋肉の繊維一本一本に、熱い湯が染み渡っていく。

 

「ふぅ……。それにしても、夜雲の風は一段と力が増してたな」

 

湯船の縁に腕を乗せ、羽前京香が深く息を吐きながら言った。彼女の視線の先には、五番組副組長の五木カイコがいる。

 

「ええ。夜雲本人はいつも通りおちゃらけて見えますけど……本気になれば、都市を丸ごと吹き飛ばせると思うわ」

 

カイコは、濡れた髪をかき上げながら、自身の仕える主の規格外の火力を冷静に評価した。

そのやり取りを、湯船の一番奥で肩まで浸かりながら聞いていた四楓院夜一が、カッカッカと楽しそうに笑う。

 

「昔と比べて、良い能力持ちが増えたの。ワシが魔防隊におった頃は、もう少し小粒な奴らが多かった気がするが……これも時代というやつか。あるいは、魔都の瘴気が濃くなり、それに呼応して『桃』の力も底上げされておるのかもしれんの」

 

瞬神の言葉には、長く魔都の歴史を見つめてきた者特有の重みがあった。

少し離れた洗い場では、東家の姉妹が並んで座っていた。

妹の東日万凛が、姉の東八千穂の背中を、スポンジで丁寧に洗っている。

 

「……あの異常なスキンシップと揉んでくるクセさえ無くせば、組長として心から尊敬するんじゃがの」

 

八千穂が、背中を流されながら深い溜息と共にこぼした。あいつ、とはもちろん五番組組長の蝦夷夜雲のことである。今日の訓練中も、隙あらば夜雲は八千穂や日万凛の胸やお尻を触ろうと虎視眈々と狙っていた。

 

「まぁ、今は組長たちが『対策』して下さったし、お風呂くらいはゆっくり入れるわよ、八千穂」

 

――その頃、七番組寮の大広間。

 

「よしっ、これで全員分だ!」

 

和倉優希は、エプロン姿のまま額の汗を拭い、ズラリと並べられた豪華な料理の数々を見渡して満足げに頷いた。

組長たちを含めた隊員10名分、そして夜一の分を加えた計11人分。激しい運動の後に必要なタンパク質と炭水化物をバランス良く取り入れ、なおかつ疲れた胃にも優しい味付けを心掛けた、優希渾身の疲労回復メニューである。

 

「あとは皆さんがお風呂から上がってくるのを待つだけだな……」

 

優希がエプロンを外そうとした、その時だった。

 

『ズリッ……ニョロニョロ……』

 

「……え?」

 

大広間の入り口の襖が僅かに開き、床を這うような奇妙な摩擦音が聞こえてきた。

優希がギョッとして振り返ると、そこには、太い縄で全身を簀巻きのようにグルグル巻きにされ、まるで巨大な芋虫かヘビのように床を這いずってくる蝦夷夜雲の姿があった。

 

「夜雲さん!? ど、どうしたんですかその格好!?」

 

優希が慌てて駆け寄ろうとすると、夜雲は床に転がったまま「こんちゃ☆」とウインクしてみせた。

 

「あはは、京香と天さんにやられちゃった。お風呂でみんなにイタズラしないようにって、問答無用で縛られてポイッてね」

 

これが、日万凛の言っていた組長たちの『対策』だった。夜雲の過剰なスキンシップ(セクハラ)から隊員たちを守るため、物理的に拘束して大広間に転がしておいたのだ。

 

「す、すぐ解きますね!」

 

「あ、いいよいいよ、そのままで。これくらいなら自力で抜けられるから」

 

夜雲はそう言うと、縛られた状態のまま「ふんっ!」と身体を捻った。

すると、彼女の柔軟すぎる関節と筋肉の動きだけで、頑丈に結ばれていたはずの縄がスルスルと解け、あっという間に夜雲は立ち上がってしまった。

 

「ぷはーっ、ちょっと肩凝ったかも」

 

「す、すごい……自力で縄抜けなんて……」

 

ドン引きしつつも感心する優希に対し、夜雲は服の埃を払いながら、悪びれる様子もなくヘラッと笑った。

 

「夜雲さんね、実家に妹がいーっぱいいるの。だから、稼ぐために魔防隊へ入ったんだよね。狭い家で妹たちとギュウギュウにくっついて暮らしてたからさ、誰かと肌を密着させるスキンシップに、全然抵抗がないのよ」

 

彼女の異常なまでの距離感の近さは、大家族の長女としての過酷(?)な生い立ちから来るものだったらしい。

夜雲は、大広間に並べられた美味しそうな料理の数々に目を輝かせ、その匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「ん〜っ! いい匂い! これ、全部君が一人で作ったの?」

 

「はい。口に合うといいんですけど」

 

「ショージキ……男の子は能力持てなくて、魔都じゃただ守られるだけの可哀想な存在だって感想しかなかったけど」

 

夜雲は、優希の顔を下からジッと覗き込んだ。

 

「君は、不思議と警戒心を和らげるのよね。……なんだろ、『弟オーラ』っていうのかな? 思わず甘やかしたくなっちゃうっていうか」

 

「お、弟オーラですか……あはは……」

 

苦笑いする優希に対し、夜雲は不意に声のトーンを一段階落とし、興味深そうに尋ねた。

 

「ねえ。君の他にもう一人いるんでしょ? ……『人型醜鬼』の、黒嶺真護くん、だっけ」

 

その名前が出た瞬間、優希の心臓がドクンと跳ねた。

真護の存在は、魔防隊の上層部には報告されているが、一般の隊員や、関係のない組長にまで広く知れ渡っているとは思っていなかったからだ。

 

「え? なんで、真護のことを知って……」

 

「総組長が言ってたよ」

 

夜雲は、あまりにもサラリと、この魔防隊の頂点に君臨する絶対者の名前を口にした。

 

(そ、総組長が!? 普通にペラペラ言ってるのか……あの人……!)

 

優希は内心で冷や汗を流しながらも、隠し立てしても意味がないと悟り、真っ直ぐに夜雲の目を見て答えた。

 

「……はい。真護は、俺の幼馴染です」

 

「幼馴染。へぇ、じゃあ昔から知ってるんだ」

 

「はい。口は悪いですけど、昔から誰よりも頼りになる、俺の大切な存在です。……今は、力をコントロールするために、別の場所で修行してますけど」

 

優希の言葉には、異形に成り果ててしまった幼馴染に対する一切の偏見も、恐怖もなかった。あるのは、ただ純粋な信頼と誇りだけだ。

夜雲は、優希のその曇りのない眼差しを見て、楽しそうに口角を上げた。

 

「へぇ。……それは、ますます会ってみたいねぇ。夜雲さんのハーレムに入れられるか、品定めしてあげなきゃ!」

 

夜雲は壁掛け時計に視線を移し、「おっと」と声を上げた。

 

「そろそろみんなが温泉から上がる頃だ! 急いで脱衣所に向かって、みんなの湯上がりのピカピカの裸を鑑賞しなきゃ!」

 

「えっ、ちょ、夜雲さん!?」

 

「ご飯、楽しみにしてるからね! またねー!」

 

夜雲は、嵐のように現れ、そして再び嵐のように大広間から風の如く飛び出していった。

残された優希は、「あの人……全然反省してないな……」と、これから脱衣所で巻き起こるであろう悲鳴を想像して、そっと同情の溜息を吐くのだった。

その頃、温泉の湯船では、まさに優希たちが大広間で話していた「人型醜鬼」の話題が持ち上がっていた。

 

「……正直、アナタ達が嘘を言っているとは思えないけど……にわかには信じられないわ」

 

五番組副組長の五木カイコが、困惑したように眉をひそめていた。

治癒能力という生命の神秘に深く関わる彼女にとって、人間の理性を保ったまま醜鬼と化すなどという事象は、これまでの魔防隊の常識を根底から覆すものだったからだ。

 

「もう話が広がっているのか……」

 

京香は、不快げに舌打ちをした。山城恋が意図的に夜雲へ情報を流した意図は不明だが、隠し通せるものではなくなってきている。

 

「まあまあ、京ちん。隠してても仕方ないし」

 

天花が、お湯を手ですくいながら、カイコに向かって微笑んだ。

 

「彼、結構強いよ。なんせ、あの山城総組長を相手にして生き残ったんだから。……総組長と戦って生き延びた醜鬼なんて、彼ぐらいじゃない?」

 

その事実の重さに、五番組のサキが驚きで目を丸くし、カイコも息を呑んだ。

山城恋の力は、組長クラスでさえ束になっても敵わない絶対的なものだ。それを相手にして「生き残った」というだけで、その人型醜鬼の危険度と規格外の強さが証明されている。

 

「うむ。天花の言う通りじゃ」

 

黙って聞いていた夜一が、ザバァッと湯船から上半身を起こし、濡れた黒髪をかき上げた。

現在、現世の地下道場で真護に直接修行をつけている彼女の言葉に、全員の視線が集まる。

 

「ワシも今、あやつのシゴキを担当しておるが……あのタフさと、何より戦いの中での『吸収力の高さ』は、おそらくお主ら組長陣以上だろうの」

 

「……瞬神の夜一さんに、そこまで言わせるなんて……」

 

日万凛が、信じられないというように呟いた。

夜一は、真護の中に潜む『虚(白き本能)』の危険性については伏せつつも、彼の純粋な戦闘センスを高く評価していた。

 

「あやつは、どんなに打ちのめされても、次には必ず対応策を練って向かってくる。……魔都の瘴気にあてられたせいか、本能の部分が異常に発達しておるのじゃろうな。末恐ろしい小僧じゃよ」

 

常に厳しい修行をつけている夜一が、真護の実力を明確に認めた瞬間だった。

その言葉の重みに、大浴場にいた皆がゴクリと息を呑んだ。

男でありながら、魔防隊の精鋭たちを凌駕するほどのポテンシャルを秘めた存在。

張り詰めた空気の中、七番組最年少の大川村寧が、ふふっと無邪気な笑声をこぼした。

 

「でも、真護さん、すごく優しいんですよ。私が宿題してると、隣でずっと教えてくれるんです。なんだか、優希さんの他にもう一人、頼もしい『お兄ちゃん』ができたみたいで、私は嬉しいです!」

 

寧の純粋で温かい言葉に、張り詰めていた空気がふわりと和んだ。

どんなに恐ろしい力を持っていようと、彼は七番組寮で共に家事をこなし、笑い合う大切な仲間なのだ。

 

「……そうね。寧ちゃんの言う通りかも」

 

日万凛は、自分の胸に手を当てて、静かに目を閉じた。

そして、隣にいる姉・八千穂と視線を交わす。

 

(男に……それも、優希の幼馴染に、魔防隊のエリートである私たちが遅れをとるわけにはいかない)

 

東家の血を引く姉妹の瞳に、新たな闘志の炎が灯る。

 

「負けられないわね、八千穂」

 

「当然じゃ、日万凛。東家の名にかけて、あのような小僧に後塵を拝するなどあり得んからの」

 

女尊男卑の常識が覆りつつある魔都の辺境。

強大な八雷神の影が迫る中、彼らは互いに刺激し合い、時には背中を預け合いながら、己の限界を打ち破るための確かな一歩を踏み出していた。

湯煙の向こう側で、魔防隊の少女たちと異形の少年の絆は、静かに、しかし鋼のように強く結びついていくのだった。

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