魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第35話 結ばれる風、交錯する剣

翌朝。七番組寮の外では、澄んだ空気が張り詰めていた。

前日の激しい合同訓練を終え、出雲天花率いる六番組の面々は、次のスケジュールである十番組への合流のために出発していった。

 

「さて……ワシも、真護を扱きに行くとしようかの」

 

見送りを終えた四楓院夜一は、首をコキリと鳴らすと、迷うことなく寮の中へと入っていき、真護の自室に設置された簡易的な門(クナド)を通って、現世の地下修行場へと姿を消した。

真護は朝早くからすでに修行場へ向かっており、結局この数日間、自室でゆっくり休む間もなく修行と家事に明け暮れている。

 

「訓練する組が、どんどん入れ替わっていくんですね」

 

残された優希が、遠ざかる六番組の後ろ姿を見送って呟く。

現在、七番組寮の庭には、羽前京香率いる七番組と、蝦夷夜雲率いる五番組の面々だけが残っていた。

 

「ああ。あの得体の知れない八雷神が、どう動いてくるか分からない。いつ敵が固まって動いてきても対応できるように、各番組間での連携と実戦経験は、今のうちに積んでおかねばならないからな」

 

京香が腕を組み、厳格な表情で答える。

「そうだねー」

 

その横から、夜雲がニシシと笑いながら京香の肩に腕を回した。

 

「というわけで、まずは夜雲さんは京香と『致す』から、皆も訓練始めてー」

 

「……その言い方はやめろ!」

 

京香は即座に夜雲の腕を振り払い、腰の刀の柄に手を当てた。

 

「まずは、手合わせでもするか?」

 

「うーん……」

 

夜雲は、京香の殺気にも全く動じることなく、顎に手を当てて考え込んだ。

 

「その前にさ。京香の能力、『スレイブ』って……他の人にも貸出できるんでしょ?」

 

その言葉に、京香の眉がピクリと動いた。

 

「……総組長から聞いたのか。まったく……真護の存在といい、あの人は口が軽すぎる」

 

「あはは、ちょい前にね。どうせ、そのうち全組長が知ることになるんじゃない? ……だからさ、夜雲さんも、一回その貸出ってやつを試してみたいなーって」

 

夜雲が、優希の方をチラリと見てウィンクする。優希はビクッと肩を震わせた。

 

「ダメだ。お前は違う組だ。貸出には私が主としてサポートしなければならないし、いざという時に私が支えきれなくては──」

 

「その点は大丈夫だってば」

 

夜雲が、自信満々に胸を張る。

 

「昨日から合同訓練して、連携はかなり密になったでしょ? それに、総組長も『面白いから試してみなさい』って言ってたし」

 

「くっ……あの人は、どこまで現場を引っ掻き回せば気が済むんだ」

 

京香は舌打ちをし、険しい顔で優希を見た。

 

「この能力は、使役の後に必ず奴隷(優希)に『ご褒美』が必要になる」

 

「全然大丈夫だよ! 夜雲さん、そういうの得意だし! それに、もし私と優希くんで、今までにない特殊で強力な形態が作れたら、これからの醜鬼殲滅に絶対役立つと思うんだよね!」

 

夜雲の言うことにも、一理ある。

未知の脅威である八雷神と戦うためには、手札は一つでも多い方がいい。もし夜雲の風の能力と優希の力が合わされば、空を制する強力な戦力になるかもしれない。

 

「……仕方ないか」

 

京香は、不本意そうに息を吐き、優希に顎で合図をした。

優希は少し緊張しながらも、夜雲の前へと進み出た。

 

「じゃあ、よろしくね、優希くん!」

 

夜雲は自身の能力『常闇の舞踏団(ナイトストーム)』で微風を起こし、ふわりと宙に浮くと、そのまま優希の背中に軽やかに飛び乗った。そして、鎖(繋がり)をギュッと握りしめる。

優希の身体が青白い光に包まれ、獣の姿へと変貌していく。

しかし、その姿は京香や日万凛、寧の時とは全く異なっていた。

全身を純白の『羽毛』が覆い、背中には、まるで猛禽類のような巨大で美しい『翼』が生え揃っていた。骨格は極限まで軽量化され、空気抵抗をなくすための流線型のフォルム。空を駆けるための、鳥類の究極進化系のような姿。

 

『無窮の鎖・鳳翼(スレイブ・ほうよく)』。

 

「翼……」

 

京香が、その見事な変身を見て思わず感嘆の声を漏らす。

 

『ちょっと、試してみます!』

 

優希は、背中に乗る夜雲の方へ顔を向け、力強く翼を広げた。

 

「あくまで貸出だぞ! あまり遠くへは行くな!」

 

「分かってるってば! 夜雲さんは借りパクしないよー!」

 

バサァッ!!

優希が力強く地面を蹴り、巨大な翼を羽ばたかせると、二人の身体は一瞬にして魔都の紫色の空へと舞い上がっていった。

その直後。

七番組寮の玄関の扉が開き、現世の地下道場へ行っていたはずの黒嶺真護が、タオルの汗を拭きながら出てきた。

その手には、いつも通り浅打の状態の刀が握られている。

 

「あれ? 優希はどこ行ったんだ? さっきまでいなかったか?」

 

「真護か」

 

京香が、空の彼方へ消えていく優希たちを見上げながら答える。

真護の姿を見た五番組副組長のカイコと隊員のサキは、初めて間近で見る「人型醜鬼」に、思わずビクッと身体を強張らせ、警戒して身構えた。

 

「よお。アンタら、五番組の人だろ? 俺は黒嶺真護だ。よろしくな」

 

しかし、真護がごく普通の、気のいい青年のように軽く挨拶をしてきたため、二人は拍子抜けして顔を見合わせた。

 

(中身は……本当に、普通の男の子なのね……)

 

カイコは緊張を解き、「あ、はい。五木カイコです。よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。

一方、空高く舞い上がった優希と夜雲。

 

『おおおおお!! すっげえ!! 飛んでる!!』

 

優希は、初めて自力で空を飛ぶ感覚に興奮し、歓喜の咆哮を上げた。眼下には、紫色の空に包まれた魔都の荒涼とした大地が広がっている。

 

「あはは! やっぱり、空を飛ぶのは最高に気持ちいいよね!!」

 

夜雲も、優希の背中のフサフサの羽毛に顔を擦り付けながら、上機嫌で笑う。

しかし、彼女はふと、現実的なことを口にした。

 

「でもさ、ただ空を飛ぶだけなら、夜雲さんの風の能力(ナイトストーム)で事足りてるんだよねー」

 

『それって、風の操作ですよね』

 

「うん。竜巻起こして空飛んだり、敵を切り刻んだり……あとは、女の子のスカートを色々捲ったり♡」

 

『…………』

 

優希は、背中の組長のセクハラ発言を華麗にスルーし、前を見据えた。

 

『夜雲さん。……目一杯、速度出してみていいですか?』

 

「もちろん! オッケー!」

 

夜雲がサムズアップすると、優希は翼を限界まで後方に畳み、一気に急降下からの加速を行った。

ギュンッ!!

空気を引き裂く轟音と共に、優希の身体が砲弾のように空を駆け抜ける。

 

「おおっ! なかなかの加速! じゃあ、これに夜雲さんの能力を合わせれば!」

 

夜雲は、優希の加速に合わせて『常闇の舞踏団』を発動させた。

優希の翼の周囲に、強力な追い風の気流を生み出し、空気抵抗を完全にゼロにする。

 

(すげえ……! この風に乗れば、もっと……もっと速く飛べる!)

 

「あはっ!! 夜雲さんを超える速度だ!!」

 

風と翼。二つの力が完全に同調した瞬間、優希の速度は音速を超えた。

超音速で魔都の大地をスレスレに滑空する二人。その圧倒的な風圧と衝撃波だけで、その辺に群れていた野生の醜鬼たちが、悲鳴を上げる間もなくあっという間に切り刻まれ、細切れの肉片となって吹き飛んでいった。

数分後。

魔都の岩場に、優希がドスッと着陸した。

同時に、貸出の時間が限界を迎え、青白い光と共に優希の身体が元の人間の姿へと戻る。

 

「はぁ……っ、はぁ……!」

 

優希は、着地した瞬間に膝から崩れ落ち、激しい息切れを起こした。

 

「完全に……ガス欠だね。しょうがないよ。あんな無茶苦茶な加速したんだから……」

 

優希は、荒い息を吐きながら、自身の新たな形態の特性を自己分析していた。

 

(機動力と最高速度は圧倒的だけど……その分、スタミナの消費が激しすぎる。継続力とパワーが低いから、実戦での取り扱いはかなり難しいな……)

 

優希が思考を巡らせていた、その時だった。

「んっ……?」

 

優希の隣に立っていた夜雲の身体が、突然、彼女自身の意志とは無関係にビクッと動いた。

そして、夜雲の手が、自身の着ていた魔防隊の制服のボタンへと伸び、ゆっくりと外し始めたのだ。

 

「おっ? これが京香の言ってた……『ご褒美』ってやつがスタートしたみたいだね」

 

夜雲は、抵抗するどころか、むしろ楽しそうに自身のシャツを脱ぎ捨て、豊かな胸の谷間と、引き締まったへそ出しの腹部を露わにした。

 

「えっ!? ちょ、夜雲さん!?」

 

優希が顔を真っ赤にしてパニックになる。

 

「さーて……男の子のご褒美ってのは、どんな感じなのかな……? 夜雲さんに、たーっぷり教えてよね♡」

 

夜雲が妖艶な笑みを浮かべ、優希に覆い被さるように距離を詰めていく。

魔都の岩場で、二人きりの秘密のご褒美の時間が、静かに幕を開けた。

 

その頃、残された七番組寮のグラウンド。

 

「真護。ちょうどいい、私の相手になれ」

 

木刀の素振りを終えた京香が、真護に向けて本物の刀を抜き放った。

 

「いいぜ。向こう(修行場)でたっぷり休んできたからよ。体も軽いしな」

 

真護は不敵に笑い、右手に握った浅打に左手を添えた。

 

「卍解!!」

 

静かな呼称。

その瞬間、真護の身体が漆黒の死覇装とコートに包まれ、刀が卍の鍔を持つ黒い刃へと変化する。

しかし、昨日までと決定的に違う点があった。

卍解した瞬間に吹き荒れていた、あの『爆発的なエネルギーの無駄な放出』が、完全に消え失せていたのだ。

全ての霊力が、真護の体内に高密度に圧縮され、一滴たりとも外へ漏れ出していない。圧倒的な静寂の中に、底知れない暴力が秘められている。

 

「……行くぞ!」

 

京香が地を蹴る。

ガギィィィィィンッ!!!

京香の刀と、真護の天鎖斬月が激突し、凄まじい火花が散った。

その光景に、日万凛、朱々、寧、そして五番組のカイコとサキまでもが、驚きに目を見開いた。

 

「流石、あの夜一さんに鍛えてもらっているだけのことはあるな。……力の無駄が完全に消え、太刀筋が格段に見違えている」

 

鍔迫り合いの中、京香が賛辞を送る。

しかし、真護は余裕の笑みを浮かべながらも、冷静に自身の立ち位置を理解していた。

 

「いや……剣術そのものに関しては、アンタの足元にも及ばねえよ。ただ、俺の身体能力と霊力で、無理やり食らいついてるだけだ」

 

激しい剣戟の音が、魔都の空に響き渡る。

二人の組長クラスによるハイレベルなスパーリングは、見ている隊員たちにとって、何よりの生きた教材となっていた。

 

 

時は遡り。

夜一が真護の部屋を通り、現世の地下修行場へ降り立った時のこと。

 

「なんじゃ、休んどるのか」

 

夜一が地下空間を見渡すと、そこには汗だくになって岩の上に座り込む真護と、その横で扇子を扇いでいる浦原喜助の姿があった。

 

「ええ。やはり、彼の虚化の修行は、アタシだけの知識ではどうにも限界がありましてね。……なので、"あの人"を呼びました。ここに来るまでには、かなり時間がかかりますけどね」

 

「あの人? ……ああ、彼奴か」

 

夜一は、すぐに合点がいったように頷いた。

 

「今、どこで何やっとるんじゃ?」

 

「さあ? それは教えてくれなかったッス。まあ、相変わらずどこかをフラフラしてるんでしょう」

 

「誰の話してんだ?」

 

息を整えた真護が、怪訝な顔で二人の会話に割り込んできた。

 

「アタシたちの古い知り合いで、ある分野のスペシャリストっスよ。まぁ、その人が来るまでには時間がかかりますんで……今日のところは、これでお開きにしましょうか」

 

浦原がそう言って修行を切り上げたため、真護は予想よりも早く七番組寮へと帰還することができたのだった。

現在に至る。

 

 

 

魔都の空に、謎の助っ人の到着を待つ静かな時間が流れていた。

虚化を完全に制御するための最後の鍵。それが誰なのか、真護はまだ知る由もなかった。

 

魔都の荒涼とした岩場。

音速を超える飛行から着陸し、優希の『無窮の鎖・鳳翼(スレイブ・ほうよく)』が解除された直後。

優希の身体を主として使役した五番組組長・蝦夷夜雲の身体が、彼女自身の意志とは無関係に、強制的な『ご褒美』のシステムへと突き動かされていた。

 

「おっ? 褒美ってやつがスタートしたみたい。さーて……男の子のはどんな感じなのかな……?」

 

夜雲は妖艶な笑みを浮かべながら、優希の前に立ち、自身の魔防隊の制服のボタンをゆっくりと外し始めた。

 

「えっ!? ちょ、夜雲さん!?」

 

優希が顔を真っ赤にして後ずさるが、夜雲は全く意に介さない。

スルスルと上着が脱ぎ捨てられ、健康的なへそ出しの腹部と、黒を基調としたセクシーなブラジャー姿が魔都の空の下に露わになる。豊満な双丘が、彼女の呼吸に合わせて艶かしく揺れていた。

 

「ふふっ……なんか、ゾクゾクしてきた」

 

夜雲は、自身の手のひらを見つめ、少しだけ小首を傾げて考え込んだ。

 

「なるほどね。……君に『お触り』するのが、今回のご褒美みたいだねー」

 

「お、お触りって……」

 

夜雲は、両手を優希に向けて「揉む」ようなジェスチャーをして、悪戯っぽくウィンクをした。

そして、彼女が指先をクイッと動かした瞬間。

 

「うわっ!?」

 

優希の着ていた上着のボタンが、目に見えない小さな『風の刃』によって、傷一つつけずにピンポイントで弾き飛ばされた。そのまま、一陣のつむじ風が優希の身体を包み込み、まるで器用な透明人間が脱がせるように、彼の上半身をあっという間に裸にしてしまったのだ。

 

「き、器用ですね……風で服を脱がせるなんて……」

 

「特訓したからねー。女の子のスカートをめくったり、服のボタンを飛ばしたりする、夜雲さん特製の風のコントロールだよ♡」

 

優希は、彼女が普段からその能力をどんな目的に使っているのかを察し、微妙な表情になった。しかし、夜雲はそんな優希の反応などお構いなしに、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 

「それに、触ってみて愉しかったら……奴隷ちゃんも、特別に夜雲さんの『ハーレム』に入れてあげる」

 

「ハーレム!?」

 

「そう! 魔防隊の、強くて凛々しい女の子達で、私だけの最高なハーレムを築くコトだから!!」

 

夜雲は、両手を広げて大真面目に己の野望を宣言した。

 

「すごい野心だ……」

 

「ふふん。その為の努力は惜しまないよ。五番組は献身的で協力的って、魔防隊でも評判なんだからね」

 

そう言いながら、夜雲は背中に手を回し、ブラジャーのホックをカチンと外した。

惜しげもなく、その豊満で柔らかな胸を完全に優希の視界へと曝け出す。

 

「うわぁっ!!」

 

「さーて、ご褒美の本番、いってみよーか」

 

夜雲は、両手で顔を覆って目を逸らそうとする優希の背後へと回り込んだ。

そして、無防備な優希の背中に、自身の豊かな双丘をピタリと密着させたのだ。

 

「ひゃうっ……!」

 

優希の口から、情けない声が漏れる。背中から伝わってくる、信じられないほどの柔らかさと温もり。そして、夜雲から漂う甘い香りが、優希の理性を激しく揺さぶった。

夜雲は、背後から優希の肩に腕を回し、その耳元へと顔を近づけた。

 

「んっ……」

 

「あっ……!」

 

夜雲の形の良い唇が、優希の耳たぶを甘く、艶かしく噛み締める。

ビクッと優希の身体が震えると、夜雲はそのまま耳の裏側へと熱い息をフゥーッと吹きかけた。

 

「〜〜〜ッ!!」

 

優希の顔は、耳の先から首筋に至るまで、茹でダコのように真っ赤に染まり上がった。抵抗しようにも、ご褒美の強制力と、夜雲の絶妙なスキンシップのテクニックの前に、彼の身体は完全に硬直してしまっている。

夜雲は、優希の胸板を指先でなぞりながら、彼のはち切れんばかりに赤い横顔を間近で見つめた。

 

(んふふ。純情で、素直に反応してくれて……うん……可愛い)

 

夜雲は、魔防隊の凛々しい女の子たちとはまた違う、優希の「無防備な弟のような可愛さ」に、すっかり心を射抜かれていた。

 

「よしっ。決ーめた」

 

夜雲は、優希の耳元で、甘く囁いた。

 

「奴隷ちゃん……夜雲さんのハーレム入り、決定〜!!」

 

「ええっ!! お、俺、男なんですけどぉぉ!!」

 

魔都の岩場に、優希の悲鳴と、夜雲の楽しそうな笑い声が響き渡った。

それから数十分後。

七番組寮のグラウンドでは、京香と真護の激しいスパーリングが一段落し、隊員たちが休息を取っていた。

そこへ、空からフワリと舞い降りてきた二つの影があった。

能力を解除し、着替えを済ませてニコニコと満面の笑みを浮かべる夜雲と、魂が抜けたようにフラフラと歩く優希だ。

 

「あ、真護。帰ってたんだ」

 

優希が、疲労困憊の顔で真護に気づいて声をかけた。

 

「ああ。そっちも訓練終わったみたいだな。……その人が、五番組の蝦夷組長?」

 

「うん。蝦夷夜雲さんだよ」

 

真護が浅打の刀を肩に担ぎながら視線を向けると、夜雲は興味深そうに目を輝かせて真護へと歩み寄ってきた。

 

「へぇー! 君が真護君ね。……うんうん、奴隷ちゃん(優希)の可愛い感じとも違う、ちょっとワイルドな、いい男じゃん!」

 

「どうも。黒嶺真護です」

 

真護がぶっきらぼうに、しかししっかりと挨拶をすると、夜雲は真護の顔の近くまでグイッと顔を寄せた。

 

「なんか、妹や弟を安心して任せられる、『近所の面倒見のいいお兄ちゃん』的なオーラが出てるね! そういうの、夜雲さん嫌いじゃないよ!」

 

グイグイと距離を詰めてくる夜雲のハイテンションなノリに、

真護は内心で

(すげえ根明だなぁ、この人……羽前さんとは真逆のタイプだ)

と感心しながら、少しだけ顔を引いた。

 

「それはそうと」

 

夜雲は京香の方へ振り返り、今回の優希の『鳳翼』形態のデータについて真面目な顔で総括した。

 

「夜雲さんの形態は、燃費が悪い分、一撃離脱とか奇襲・強襲用かな! あの最高速度なら、敵の防衛線を一瞬で突破できるよ」

 

「ああ。誰よりも高速で飛行できることは、戦術に組み込んで覚えておこう」

 

京香が腕を組み、納得したように頷く。

すると、夜雲はニシシと悪戯っぽく笑い、隣にいた優希の背中を肘で小突いた。

 

「というわけで、最高速度と……『ご褒美』の検証のために、ちょくちょく試そうねぇ〜! 奴隷ちゃん♡」

 

「ひぃっ……!」

 

優希がビクッと肩を震わせる。

その露骨な夜雲の態度に、優希の主である京香が、ジロリと絶対零度の殺気を込めた目で夜雲を睨みつけた。

 

「優希は私の奴隷だ。気安く触るな」

 

「あはは、怖い怖い。京香は独占欲強いねー」

 

夜雲はケラケラと笑って受け流すと、ふと空を見上げた。

 

「んー、夜雲さんとしては、もうちょいここで皆と訓練したいところだけど……七番組は、ここから移動かな?」

 

「あぁ。私たちは、これから十番組と合同訓練だ」

 

京香の口から出た『十番組』という単語に、優希と真護の肩が同時にピクリと跳ねた。

優希の脳裏に、先日七番組寮へ真護を放り投げに来た、あの恐ろしくも美しい山城恋の顔が思い浮かぶ。

 

(……あの人と、訓練……?)

 

優希が青ざめる横で、日万凛が真剣な表情で言葉を継いだ。

 

「八雷神が大人しいうちに、今の魔防隊の最大戦力である総組長を交えて、合同訓練をやっておくみたいね。……あのバケモノたちに対抗するには、総組長との連携は必須だから」

 

日万凛の言うことは、痛いほど理解できる。

だが、山城恋という存在そのものが、ある意味で八雷神と同じくらい予測不可能で危険な存在であることを、優希も真護も肌で感じていた。

 

「そうか」

 

真護は、浅打を腰の帯に差し込みながら、ふぅと息を吐いた。

 

「総組長との訓練か。大変そうだな。……じゃ、オレは寮で、今日の夕飯の仕込みとか家事やっとくわ。皆、怪我しないように気をつけてな」

 

真護は、自分には関係のない話だと割り切り、そのまま七番組寮の玄関へと向かって歩き出そうとした。

先日、山城恋には完膚なきまでに叩きのめされ、左腕を斬り飛ばされたのだ。今の自分の実力では、彼女と訓練をしたところで「玩具」として弄ばれるのが関の山だと、真護は冷静に分析していた。

しかし。

寮の扉に手をかけようとした真護の背中に、京香の冷徹な声がストップをかけた。

 

「待て。真護、お前も来い」

 

「……え?」

 

真護が振り返ると、京香は非常に気まずそうな、しかし逆らえない重圧を帯びた顔で、腕を組んでいた。

 

「お前も一緒に十番組の訓練施設へ連れてくるようにとの……総組長からの、直接の『指示』だ」

 

「…………は?」

 

真護は、ぽかんと口を開けた。

 

「え? オレもか? なんでオレが、魔防隊のトップ同士の合同訓練に……」

 

「私に聞くな。総組長の気まぐれなど、誰にも読めん」

 

京香は深くため息をついた。

先日、恋は真護を放り投げていった際、『コイツを躾けときなさい』と京香に命じた。あの男の規格外のタフさと、自分に傷をつけた意地を、恋は相当に「気に入って」しまったのだろう。

 

「ウソだろ……」

 

真護の顔から、サーッと血の気が引いた。

夜一のしごきでようやく回復してきた身体が、無意識のうちに拒否反応を示して震えそうになる。

 

「俺、家事あるんだけど……洗濯物とか、風呂掃除とか……」

 

「家事は後でいい。……総組長の命令は絶対だ。拒否権はないぞ、真護」

 

「マジかよ……」

 

真護は、天井を……いや、魔都の紫色の空を仰ぎ見て、深い絶望の溜息を吐き出した。

優希もまた、真護の肩をポンポンと叩きながら、「……一緒に頑張ろうな、真護」と、同情の籠もった目を向けることしかできなかった。

かくして。

魔防隊の頂点にして絶対者、山城恋が待ち受ける十番組の訓練場へと、七番組の面々と共に、黒き死神・真護もまた足を踏み入れることとなったのである。

そこは、訓練という名目で行われる、気まぐれな神による『狂気の遊戯』の始まりの場所だった。

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