魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第4話 邂逅

あれから、半年という月日が流れた。

魔都の空は変わらず紫色に淀んでいるが、その下で生きる者たちの運命は大きく動き始めていた。

黒嶺真護は、隠れ里の裏手に広がる岩場で一人、黒刀を振るっていた。

 

『天鎖斬月』。

 

その漆黒の刃は、半年前とは比べ物にならないほどの鋭さを帯びている。

超高速機動に体が適応し、瞬歩(しゅんぽ)のごとき移動術はもはや呼吸をするかのように自然に行えるようになっていた。身体能力も向上し、単純な腕力なら人型醜鬼の中でも上位に食い込むだろう。

 

「……ハァッ!」

 

一閃。

巨大な岩が音もなく両断され、ズレ落ちる。

断面は鏡のように滑らかだ。

力はついた。誰もが認めるほどに。

だが、真護の心には常に重たい鉛のようなものが沈殿していた。

 

(オレは……どうなりたいんだ?)

 

刀を納め、自身の掌を見つめる。

人型醜鬼として覚醒した自分。男でありながら異能を得た特異点。

もし優希と再会できたとして、どうする?

「よぉ、久しぶり。オレ、化け物になっちまったけど元気か?」とでも言うのか。

それとも、このまま人知れず魔都の闇に消えるのが正解なのか。

どうシミュレーションしても、全員が笑い合える「ハッピーエンド」が描けない。

自分が異物であるという事実は、どれだけ強くなっても変わらないのだから。

 

その頃――。

運命の皮肉か、和倉優希もまた、数奇な運命を辿っていた。

魔都災害に巻き込まれ、彷徨っていたところを魔防隊七番組組長、羽前京香に拾われたのだ。

だが、それは単なる保護ではなかった。

 

「『無窮の鎖(スレイブ)』!」

 

京香の能力により、優希の肉体は変貌する。

全身を覆う有機的な装甲、肥大化する筋肉、そして理性を繋ぎ止めるための首輪と鎖。

男には能力が発現しないというこの世界の理(ことわり)を覆す、異形の姿。

 

「グオオオオオオッ!!」

 

咆哮一閃。

優希の姿をした『奴隷』は、瞬く間に数十体の醜鬼を肉塊へと変えた。

その背には主である京香が跨っている。

彼女が手綱である鎖を引き、命令を下すことで優希の潜在能力は限界を超えて引き出される。

圧倒的な暴力。破壊の化身。

しかし、その瞳の奥には確かな理性が宿っていた。彼は獣になってもなお、人を守るためにその力を振るっていたのだ。

そして数日前、事件は起きた。

七番組の隊員達がクレーター内にいる醜鬼たちを殲滅している時

 

だが、その支配的な戦場に、異物は唐突に現れた。

 

「――パーティに混ざりに来たよ!」

 

ドォォォォン!!

轟音と共に着地したのは、巨大な一本角の鬼『鬼童丸』。

そしてその肩に優雅に腰掛ける、白髪の女性。

 

「グルルルゥ……!」

 

「あら……強いわね、ここの連中は」

 

青羽は眼下に広がる魔防隊の布陣を見下ろし、不敵に微笑んだ。

だが、京香の視線は彼女ではなく、その乗り物に向けられていた。

かつてないほどの殺気が、京香の全身から噴き出す。

 

「ようやく会えたな……!一本角!!」

 

ギリリ、と刀の柄がきしむ音がする。

京香の故郷を滅ぼし、家族を、友を奪った宿敵。その憎き仇が目の前にいる。

冷静沈着な指揮官の瞳が、復讐の炎で揺らめいた。

 

「あら貴方。そんな呼び方されていたの、鬼童丸」

 

「醜鬼に乗る貴様は何者だ!?」

 

京香が叫ぶ。

対する青羽は、懐から無造作に「桃」を取り出した。

 

「あえて言うなら……魔防隊と戦う者、かな」

 

カプッ。

青羽は躊躇なく桃にかじりついた。

京香の目が驚愕に見開かれる。

 

(魔都の桃!? 能力を得るために食べるものだが……一人一つが限界のはず。それを、おやつのように……あいつ、何者だ?)

 

青羽は口元の果汁を拭いながら、まるで世間話でもするように話し始めた。

 

「ところでアタシの弟を知らない? 特徴は……そうね、世界で一番イケメンなんだけど」

 

ムシャムシャと桃を咀嚼しながら、彼女の独演会が始まった。

 

「私の弟はねぇ、小さい頃からお姉ちゃんっ子で、よく後をついてきてたわ」

 

青羽の頬が、桃のせいか、それとも妄想のせいか、ほんのりと赤らむ。

 

「『将来はお姉ちゃんと結婚する』とか毎日言っていたものよ。可愛かったなぁ……。それでも少し大きくなってくるとやんちゃになってきてね」

 

一方、スレイブ化して京香の足元に控えていた優希は、困惑していた。

 

(何をブツブツ言っているんだ……? 弟がどうとか……結婚?)

 

敵の戦意があまりに希薄で、拍子抜けしてしまう。だが、油断はできない。あの巨大な鬼は本物だ。

 

「顔も最高の美男子だけど、それだけじゃないの。家事もどんどん上手くなってってね。掃除に洗濯、料理まで完璧! 飴と鞭で鍛えた甲斐があったわ! 本当にどこに出しても自慢の弟――」

 

「グオオオオオオオッ!!」

 

その時、空気を読まない巨大な野生の醜鬼が、青羽の背後から咆哮を上げて襲いかかった。

感動的な(?)姉弟の思い出話に水を差された青羽の表情が、一瞬で修羅と化す。

 

「今私が……弟について喋ってるでしょ!!」

 

ズバァンッ!!

青羽の髪が槍のように伸び、背後の醜鬼を容赦なく串刺しにした。

さらに髪を変形させて押し潰し、その核を抉り出すと、鬼童丸へと放り投げる。鬼童丸はそれを空中でキャッチし、ボリボリと咀嚼して力を増した。

優希は戦慄した。

 

(仲間じゃなかったのか……! いや、仲間だからこそ喰って強化か!? なんてデタラメな強さだ!)

 

「隙ありッ!!」

 

京香が地を蹴る。

青羽が弟語りに夢中になっている今が好機。

鋭い斬撃が青羽の首を狙う。

ガキンッ!!

 

「おっと、危ないねぇ」

 

「お前が総大将か!?」

 

「半分正解だけど。……貴方、魔都について何も分かってないのね! この呪いに満ちた世界を!」

 

青羽がカッと口を開ける。口腔内にエネルギーが収束していく。

京香は直感的に危険を察知した。

 

(まずいッ!)

 

京香は優希の背を蹴り、大きく後方へ跳躍して距離を取る。

しかし、そのビームが放たれることはなかった。

青羽の視線が、京香の足元――スレイブ化した優希に釘付けになったからだ。

 

「醜鬼じゃない……え……?」

 

青羽の動きが完全に止まる。

白く変貌し、鎖に繋がれた獣。

だが、その魂の波長は、間違いなく彼女が探し求めていた最愛の弟のものだった。

 

「そんな事が……まさか……鬼童丸、行くよ!」

 

「!?」

 

青羽は攻撃を中断し、鬼童丸と共にその場から離脱を図った。

動揺を隠せないまま、一度態勢を立て直そうとしたのだろう。

だが、京香にとってそれは「逃亡」であり、何より「宿敵を取り逃がす」ことだった。

 

「貴様らぁ!! 背を向けるのか!!」

 

京香の理性が弾け飛んだ。

脳裏に蘇る、炎に包まれた故郷の記憶。

逃げ惑う人々を、背後から無慈悲に蹂躙した一本角の姿。

 

「いいだろう!! 逃げる村人を後ろから襲った報いだ!! 同じ目に合わせてやる!!」

 

「京香さん!?」

 

優希が主の異変に気づくが、京香の声は止まらない。

 

「来い! 優希!! 奴らを殺す!!」

 

鎖が強く引かれる。

命令は絶対だ。優希の体は強制的に鬼童丸を追おうとする。

だがその時、視界の端で駿河朱々が別の醜鬼の群れに囲まれ、窮地に陥っているのが見えた。

 

「きゃあっ! ちょっと、数が多いってば!」

 

京香は周りが見えていない。

このまま鬼童丸を追えば、朱々は見殺しになる。

 

「何をしている!! 優希! 追うぞ――」

 

「ッ……!!」

 

優希は、主の命令に逆らった。

鬼童丸への追撃を放棄し、朱々の方へと方向転換する。優希の剛腕が、朱々に群がる醜鬼を粉砕した。

 

「大丈夫か!? 朱々ちゃん!」

 

その間にも、青羽と鬼童丸は砂塵の向こうへと姿を消していった。

標的を見失った京香は、肩で息をしながら立ち尽くす。

やがて、彼女はゆっくりと拳を握りしめ――

ゴッ!!

自分の顔面を、思い切り殴りつけた。

京香は赤くなった頬をさすりもせず、自嘲気味に呟いた。

 

(……何をしているんだ私は……。怒りに我を忘れて、大事な部下を失うところだった……)

 

優希の判断が正しかった。

復讐心に囚われ、指揮官としての責務を放棄しかけた自分への戒め。

京香は顔を上げ、凛とした表情を取り戻した。

 

「優希! 朱々と日万凛の安全を確保した後、残った醜鬼を殲滅するぞ!」

 

「はい!」

───────────────────

「……で、それが優希だったって?」

 

隠れ里の居住区。

真護は、夕食の支度をしながら呆れたように言った。

手には包丁、前掛けをしたその姿は、数時間前まで『天鎖斬月』を振るっていた死神とは思えないほど所帯じみている。

 

「そうだよ! あれは絶対に優希だった!! 間違いない!」

 

青羽がバンとテーブルを叩く。興奮冷めやらぬ様子で、鼻息も荒い。

 

「いやいや……あいつが魔防隊に? しかも戦ってたんだろ? 優希は男だぞ。能力なんてあるわけないし、ましてやそんな巨獣に変身するなんて……」

 

「姿は違ったけど、あれは優希だよ!」

 

真護は味噌汁の味見をしながら、青羽の主張を頭の中で整理する。

この世界で男は無力。それは絶対のルールだ。

自分のような例外(人型醜鬼化して能力発現)がいる以上、優希にも何かが起きた可能性はゼロではない。

だが、魔防隊が男を戦力にするだろうか? あの女尊男卑の組織が?

 

「シンちゃんは見てないから分かんないんだよ! あの目! あのおどおどした感じ! なのに妙に芯が強いところ! あたしの可愛い弟に瓜二つだったんだから!」

 

青羽は身を乗り出して力説する。

「それに……なんかこう、ビビッと来たんだよ。姉の直感ってやつ?」

 

「直感かよ……」

 

根拠としては弱すぎる。

だが、青羽の「優希愛」は本物だ。

真護は、かつての日常を思い出す。

優希が少しでも元気がなければすぐに察知し、いじめっ子がいれば物理的に排除し、愛情表現としてプロレス技をかける。

アイアンクロー、コブラツイスト、ジャーマンスープレックス。

優希の悲鳴と、青羽の高笑い。それは和倉家の日常風景だった。

 

(そういやこの人、結構なブラコンだもんなぁ……)

 

青羽の優希に対する執着と感知能力は、ある意味で特殊能力に近いものがある。

もし、本当にあの日見た化け物が優希だとしたら?

魔防隊に使役される「奴隷」として生きているとしたら?

 

「……もし、それが本当に優希だったとして」

 

真護は火を止め、真剣な眼差しで青羽を見た。

 

「あいつは魔防隊側にいる。オレたちは人型醜鬼。……敵同士だぞ」

 

その言葉に、青羽の表情から笑みが消える。

彼女は静かに目を伏せ、しかしすぐに顔を上げてニヤリと笑った。

 

「関係ないね。優希があんなところでこき使われてるなら、あたしが奪い返すだけだよ。可愛い弟をいじめていいのは、姉であるあたしだけなんだから」

 

その理屈はどうかと思うが、迷いのない瞳だった。

真護はため息をつきつつ、どこか救われたような気分になった。

ハッピーエンドが見えないと嘆いていた自分とは違う。

この人は、力づくでもハッピーエンドをもぎ取るつもりだ。

 

「……分かったよ。じゃあ、まずは飯食って作戦会議だ。腹が減っては戦はできねーだろ」

 

「おっ! 今日のメニューは何!?」

 

「山菜と謎肉の炒め物だ。毒見はしたから大丈夫だ」

 

真護が皿を並べると、奥からココと波音も匂いにつられてやってくる。

食卓を囲む異形の家族たち。

もし、優希が本当に魔防隊にいるのなら。

遠くない未来、戦場で再会することになるだろう。

その時、自分はどちらに刃を向けるのか。

魔防隊か、それとも――。

真護は自身の胸元、死覇装の下にある心臓の鼓動を感じながら、静かに箸を手に取った。

止まっていた時間が、再び動き出そうとしていた。

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