魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第40話 神の視座と、白き異端の証明

数日後。魔防隊本部、大会議室。

長大な長方形の重厚なマホガニー製のテーブルが部屋の中央に鎮座し、上座に座る者の権力を絶対的なものとして知らしめる構造となっていた。

張り詰めた空気の中、魔防隊の頂点たる各番組の組長たちが席についている。

上座――一番奥の席で、十番組組長兼、魔防隊総組長の山城恋は、手元のノートパソコンの画面を退屈そうにスクロールしていた。画面には、先日行われた各番組の合同訓練の詳細なデータと成果が羅列されている。

 

「……なるほど。合同訓練の成果は数字にも明確に出ているわね。今後も定期的にやっていくとしましょう」

 

恋はパタン、とノートパソコンを閉じ、テーブルに集う組長たちを見渡した。

 

「特に、五番組、六番組、七番組の基礎能力の向上は顕著ね。……流石、あの『瞬神』の指導を受けただけのことはあるわ」

 

その言葉に、羽前京香はビクリと肩を震わせた。

 

(なぜ、夜一さんが現世から来て指導していることまで知っている……!?)

 

極秘裏に進めていたはずの特訓だ。だが、京香はすぐに思考を放棄した。目の前の絶対者にとって、隠し事など最初から無意味なのだと悟ったからだ。

しかし、その事実を知らされていなかった他の組長たちは黙っていなかった。

バンッ!!とテーブルを叩き、二番組組長の上運天美羅が身を乗り出す。

 

「はっ!? あの夜一さんにか!? テメェら、いつの間にそんなズルい真似してやがったんだコラ!!」

 

獰猛な牙を剥く美羅。かつての二番組組長であり、自身の前任者でもある伝説の武闘派の登場に、美羅が嫉妬と興奮を露わにするのも無理はない。

そんな騒ぎの中。

長テーブルの端で、一人だけ尋常ではない震え方をしている少女がいた。三番組組長、月夜野ベルである。

 

(ひぃぃぃっ……!! すっっっごく機嫌悪そう……!)

 

ベルは、山城恋の顔を見て、本能的な死の恐怖を感じ取っていた。表面上はいつも通り微笑んでいるように見えるが、その奥底でドス黒い何かが渦巻いているのが、小動物的な勘で分かってしまうのだ。

 

(空気だ、私は空気になろう……! 呼吸も止める勢いで気配を消して、絶対に目をつけられないように……!)

 

ベルは「スン……」と表情を無にし、背筋を丸め、背景の壁と同化するかのように息を殺した。

恋は、美羅の騒ぎを冷たい視線で一瞥して黙らせると、スッと京香の方へ向き直った。

 

「和倉優希は? 今日の会議に連れてくるよう、指示したはずよね?」

 

その静かな問いかけに、会議室の空気が一段階冷え込んだ。

六番組組長の出雲天花は、頬杖をつきながら内心で舌打ちをした。

 

(優希くん……完全に気に入られてしまったかな……これは色々厄介だね)

 

先日、恋は優希を自身の能力で暴走させ、徹底的に痛めつけた。にもかかわらず、再び彼を要求してくるということは、彼を完全に自分の「お気に入りのおもちゃ」として認定した証拠だ。

京香は、恋の視線を真っ直ぐに受け止め、毅然とした声で答えた。

 

「十番組との訓練で、憔悴しきっています。……あれでは何もできません」

 

「……」

 

京香の言葉の裏にある「これ以上、私の奴隷を玩具にはさせない」という強い抗議の意志。

隣に座っていた五番組組長の蝦夷夜雲が、クスクスと笑いながら小声で茶化した。

 

「あはは。大変だねえ、奴隷ちゃん」

 

「……そう。彼が来られないのは残念だわ」

 

恋は、特に怒る様子もなく、淡々と次の標的へと話題を移した。

 

「なら、黒嶺真護は?」

 

「……部屋の外に待機させています」

 

「入れてちょうだい」

 

京香が短く通信機に合図を送ると、会議室の重厚な扉がゆっくりと開かれた。

 

「どうも」

 

短い挨拶と共に部屋に入ってきたのは、漆黒の死覇装に身を包み、浅打の刀を提げた白髪の青年――黒嶺真護だった。

その姿を見た瞬間、組長たちの間にどよめきが走った。

噂に聞いていた『人型醜鬼』。それも、単独で醜鬼の群れを殲滅し、あの山城総組長の攻撃を生き延びたという異常な存在。

 

「はっ! デマじゃなかったのかよ!」

 

美羅が、獰猛な笑みを浮かべて真護を値踏みする。

背景と同化していたはずのベルも、思わず目を丸くして彼を見た。

 

(うわぁ……肌が白い……。本当に醜鬼なのに、人間の形をしてる……)

 

真護は、魔防隊の頂点たる化け物たちから一斉に突き刺さる鋭い視線を浴びても、全く臆することなく、堂々と胸を張って京香の斜め後ろに立った。夜一の地獄のしごきに比べれば、視線で殺されることなどない。

恋が真護を見下ろした。

彼女がここに彼を呼んだ理由は、この特異な存在を魔防隊のトップ層に「共有」し、同時に釘を刺すためだ。

 

「皆、よく見ておきなさい。これが人型醜鬼よ。……そして」

 

恋の瞳から、スッとハイライトが消え失せた。

 

「もしコイツが、自我を失って暴れるようなことがあれば……その時は、殺しても構わないわ」

 

「総組長!!」

 

京香が、弾かれたように立ち上がり、叫んだ。

総組長のお墨付きで「殺害許可」が出たということは、今後、真護が少しでも不審な動きを見せれば、他の組長たちが問答無用で彼を討伐する大義名分を得たということだ。

恋は、冷徹な視線を京香に向けた。

 

「貴女にも言っているのよ、京香。……飼い犬の首輪の管理は、主の責任よ」

 

「…………ッ」

 

京香がギリッと奥歯を噛み締めた、その時だった。

 

「オレは、そうはならねえよ」

 

真護が、静かに、しかしよく通る声で宣言した。

彼は総組長の圧倒的な圧力を正面から受け止めながら、決して目を逸らさずに言葉を紡ぐ。

 

「あんたらの敵になったりもしない。俺はただ、護りたいもんのためにこの力を使うだけだ」

 

その揺るぎない眼差し。魔都の闇に呑まれかけた魂を、必死に繋ぎ止めようとする強固な意志。

京香は、少しだけ肩の力を抜き、他の組長たちに向けて真護の現在の実力と有用性について説明を始めた。(当然、浦原から聞かされた『霊力』や、彼の中に潜む『虚』という爆弾の存在については完全に伏せている)。

 

「彼は現在、現世の地下道場で四楓院夜一殿の直接指導を受けており、組長クラスに匹敵する力を身につけつつあります。八雷神という未知の脅威に対抗するため、彼を七番組の戦力として組み込むことは、必ず魔防隊の利益になります」

 

京香の説明を聞き、最初は目が丸くなっていた組長たちだったが、その驚きは一瞬で消え去った。

彼女たちは、一騎当千の実力者たちだ。口先だけのごまかしなど通用しない。だが、真護から放たれる静かで重厚なオーラ――無駄な霊力が一切漏れ出ず、極限まで研ぎ澄まされた刃のような気配――を感じ取り、京香の言っていることが嘘や誇張ではないと、本能で理解したのだ。

一番組組長、多々良木乃実が、真護の立ち姿を見て小さく息を呑んだ。

 

(確かに……。あの真っ直ぐな瞳と、ブレない体幹……ちょっと雰囲気は、兄弟子に似てるかも……)

 

彼なら、魔防隊の刃として共に戦えるかもしれない。

組長たちの間に、真護という存在を(警戒しつつも)黙認するような空気が形成されていった。

その後、会議は本来の議題へと移った。

八雷神の目撃情報(いまだに魔都の深淵に潜んだままで、新たな動きは無し)や、能力を持った特殊醜鬼に関する情報共有などが手短に行われ、定例の組長会議は解散の運びとなった。

 

「それじゃ、今日の会議はここまで。……あ、そうそう」

 

恋が、最後に思い出したようにニッコリと微笑んだ。

 

「ベルは、居残りね」

 

ビクゥッ!!!

完全に気配を消し、背景の壁になりきっていたはずのベルの身体が、これ以上ないほどに跳ね上がった。

 

(な、なんでえぇぇぇぇぇっ!? 私、今日一言も喋ってないのにぃぃぃっ!?)

 

まさか話しかけられるとは微塵も思っていなかったベルは、ガタガタガタガタッ!と、まるで冬山の遭難者のように激しく震え出し、涙目で玉座の上の絶対者を見上げた。

恋は「後でたっぷりお話ししましょ♡」と楽しそうに笑っている。他の組長たちは「南無」と心の中で合掌し、足早に会議室を後にしていった。

重苦しい会議室を後にした、京香、天花、そして真護の三人。

魔防隊本部の長い廊下を歩きながら、ふと天花が口を開いた。

 

「ねえ、京ちん」

 

「ん?」

 

「優希くんは……貸出、出来るようになったんだね」

 

その言葉に、京香の歩みがピタリと止まった。

先日、五番組の蝦夷夜雲、そして十番組の山城恋に優希の『無窮の鎖』を貸し出した件だ。天花も、その報告を会議のデータで見て知っていたのだ。

 

「会議でも言ったが、優希は憔悴している!」

 

京香が、反射的に声を荒らげた。自分が主導権を握れない状態での貸出が、どれほど優希を傷つけ、すり減らすか。京香自身が一番痛感しているのだ。

 

「うん……疲れていたね。可哀想に。……何かあれば、六番組も全力でフォローするから、今はゆっくり休ませてあげて」

 

天花は、京香の怒りを優しく受け止め、穏やかな笑みを浮かべた。

その意外な反応に、京香は少しだけ毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。

 

「……てっきり、私にも貸せと、しつこく言ってくるかと思ったぞ」

 

天花は優希のことが大好きだ。隙あらば優希の部屋に忍び込もうとし、事あるごとにアプローチを仕掛けてくる。貸出機能が解禁されたと知れば、真っ先に飛びついてくるのが彼女だと思っていたのだ。

しかし、天花は小さく首を横に振った。

 

「興味はあるよ。前に私から提案したしね。……ただ、焦る事はないかなって」

 

天花は、廊下の窓から見える魔都の紫色の空を、何か遠くの愛おしいものを見つめるような、ひどく大人びた表情で見上げた。

 

「もう……あの頃の関係じゃないから。優希くんと私は」

 

ただの一方的なアプローチから、互いの命を預け合い、心を通わせた特別な関係へ。

だからこそ、彼が傷ついている時に無理強いはしない。彼が本当に自分を必要としてくれる時まで、静かに待つことができる。天花の言葉には、そんな深い愛情と余裕が滲み出ていた。

斜め後ろを歩いていた真護は、二人のやり取りを聞いて内心で首を傾げていた。

 

(……なんか、すげえ意味深だな。やっぱ、優希のやつ……この人と完全にデキてんのか……?)

 

幼馴染が、いつの間にかこんな超絶美人の組長と深い関係になっているかもしれない事実に、真護は少しだけ複雑な気分になった。

その時だった。

彼らの行く手を遮るように、廊下の前方から一人の女性が歩み寄ってきた。

 

「羽前組長。少し、お話があります」

 

凛とした、しかしどこか冷たい響きを持つ声。

そこに立っていたのは、九番組組長――『東風舞希(あずま ふぶき)』であった。

一切の隙を感じさせない所作。冷徹なまでに整った美貌。そして、背後に背負った「東家」という圧倒的な看板の重圧。

真護は、彼女の顔を見てハッとした。

 

(この人が……日万凛と、六番組にいた八千穂ってやつの……母親か……!)

 

目元や、凛とした佇まいが、確かに日万凛たちと似ている。

しかし、彼女から放たれるプレッシャーは、娘たちとは比べ物にならないほど鋭く、冷たいものだった。

 

「東組長。……私に、話とは?」

 

京香が、警戒心を隠さずに問い返す。

風舞希の鋭い視線が、京香を通り越し、背後に立つ異形の青年――真護を真っ直ぐに射抜いた。

魔防隊の精鋭たる東家の当主と、魔都の禁忌である人型醜鬼。

静かなる廊下で、新たな火種が燻り始めようとしていた。

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