魔都の空が、決戦の朝を告げるように薄明るく白み始めていた。
四楓院夜一から『己の力を正しく畏れよ』と教えを授かったあの日から、五日間。
東日万凛は、自分自身の心と、その手に宿る暴力性と徹底的に向き合い、静かに、しかし確かな覚悟を研ぎ澄ませてきた。
そして迎えた『東の晩餐』の当日。
七番組寮の玄関前には、緊張感と静かな闘志が入り交じる空気が漂っていた。
「……それじゃ、行ってくるわ」
いつも通りに結い上げた髪。魔防隊の制服に身を包んだ日万凛の表情には、かつてのような迷いや怯えは微塵もなかった。彼女の背後には、主である羽前京香と、共に戦う和倉優希が控えている。
寮の外には、すでに見届け人として同行する六番組組長・出雲天花と、日万凛の姉である東八千穂が待機していた。
見送りに立ったのは、留守番を任された大川村寧、駿河朱々、そして黒嶺真護の三人だ。
「優希、あんま無茶すんなよ──」
真護は、ジャージ姿の優希の肩をポンと叩き、ふと苦笑して言葉を継いだ。
「──っても、そりゃ無理か。お前は使役されて、最前線で身体張る側だもんな」
「あはは……まぁ、頑張ってくるよ。日万凛の晴れ舞台だしね」
優希は、少しだけ引き攣った笑いを浮かべながらも、力強く頷いた。
真護は、自身の首の後ろを掻きながら、皆を見渡して頼もしげに笑う。
「ま、寮の家事やらなんやらは全部オレたちに任せとけ。帰ってきたら、美味い飯食わせてやるよ」
「頼もしいね、真護くん! 寧ちゃんと朱々ちゃんも、よろしくね」
天花がふわりと微笑みかけると、寧と朱々も元気よく「いってらっしゃいませ!」「ひまりん、ユッキー、頑張ってね!」と手を振った。
「では三人とも、留守番は頼んだぞ。……行くぞ、日万凛、優希」
「はい!」
京香の号令と共に、一行は魔都の荒野を踏み出し、東家本家のある『多摩川クナド』へと向かって歩き出した。
現世の東京と魔都を繋ぐ巨大な結界門の一つだが、驚くべきことに、そのクナドから『徒歩0分』という異常な立地に、魔防隊の歴史と権力を象徴する巨大な和風建築――東家本家の屋敷が鎮座していた。
広大な敷地は分厚い塀に囲まれ、門前には東家の家紋が重々しく掲げられている。
その巨大な玄関先で、一行は足を止めた。
見上げるほど立派な門構えを前に、日万凛の顔が微かに強張るのを見て、姉の八千穂がポンと肩をすくめた。
「昔を思い出すのう、日万凛」
「……やめてよ。ロクな記憶ないんだから」
日万凛が忌々しそうに顔を背ける。
落ちこぼれとして蔑まれ、逃げるように飛び出したこの実家。立派な門構えを見上げるだけで、息が詰まるような圧迫感が蘇ってくる。
「ふむ。緊張するなら、姉の手を握っておれ」
八千穂は、妹を気遣うように、少し照れくさそうに自分の右手を差し出した。
しかし、日万凛はジト目でその手を見つめ、ピシャリと言い放つ。
「バカにされるわよ。これから殺し合いみたいなことするのに、姉妹で手を繋いで入場なんて」
「む……それもそうじゃな」
八千穂が少し残念そうに手を引っ込めようとした、その瞬間だった。
「ほれ、ならばワシが握ってやろう」
スッ、と。
八千穂の右手を、横から伸びてきた小さな手が、ギュッと力強く握りしめた。
「え?」
「なっ!?」
日万凛と八千穂が同時に横を向く。
そこに立っていたのは、全く気配を感じさせずにいつの間にか現れていた、一人の『少女』だった。
濃紺のセーラー服に赤いネクタイを締め、その上からダボッとした大きめのベージュのニットカーディガンを羽織っている。足元は茶色のローファー。髪は黒く、黄色いカチューシャで前髪を上げ、後ろは二つのお下げ(三つ編み)に結っている。
そして何より特徴的なのは、その人を射抜くような鋭く吊り上がった『黄色の瞳』と、口元に浮かべた不敵で傲慢な笑みだ。
どう見ても、少しガラの悪い生意気な女子高生。
しかし、彼女から放たれるその場を支配する絶対的なカリスマ性は、九番組組長である風舞希をも遥かに凌駕していた。
「東の晩餐に、よう来たのう!」
少女が、カラカラと快活に笑う。
「海桐花様!」
「いつの間に……!」
日万凛が息を呑み、一歩後ずさる。
彼女こそが、東家現当主であり、魔防隊の元・総組長。そして、日万凛と八千穂の祖母にあたる絶対的権力者――『東海桐花』であった。
彼女の能力『東の星霜(うたかた)』。
それは、周囲の動植物から生命力を吸い取り、自身の肉体を若返らせる。生命の理を弄ぶ恐るべき力だ。彼女が女子高生のような若々しい姿を保っているのも、その規格外の能力の恩恵である。
「ほんに可愛いの〜、八千穂。お前は東の宝じゃあ」
海桐花は、孫娘である八千穂の腕にギュッと抱きつき、自分の頬を八千穂の頬にスリスリと擦り寄せた。見た目は女子高生が姉に甘えているようだが、中身は孫を溺愛する大婆様そのものである。
しかし、海桐花のその鋭い黄色の瞳は、八千穂を撫でながらも、密かに日万凛の佇まいを冷徹に査定していた。
(……やはりの。……あの
海桐花は内心で満足げに頷きつつ、八千穂の腕から離れた。
「日万凛も……ほれ、そこに」
八千穂が慌てて日万凛の方を指差す。
海桐花は、ゆっくりと日万凛の方へ顔を向けた。その瞬間、先ほどまでの溺愛する祖母の顔から、魔防隊の頂点に君臨した『冷酷な支配者』の顔へと、空気が一変した。
「……魔防隊を、辞めるつもりはないようじゃな」
海桐花の声が、重く低く響く。
「……がっかりした?」
日万凛が、祖母の威圧に負けじと、強く睨み返した。
海桐花の口角が、ニィッと吊り上がる。
「成長を示せば、問題ないぞ。……さもなくば、東の名を汚す前に、ワシが直々に『対策』するがの」
ゴウッ!!!
海桐花の全身から、周囲の空気を凍りつかせるほどの、途方もないプレッシャーが放たれた。母・風舞希の殺気すらも凌駕する、歴史と血塗られた実力に裏打ちされた本物の『死の宣告』。
日万凛が息を呑み、優希が思わず身構えた、その時だった。
「あー、海桐花サ〜ン。各ポイントへのゲートの準備、終わりましたよ───って、おや?」
極度の緊張感に包まれた玄関先に、間の抜けた、ひどく場違いな声が響き渡った。
門の奥から、扇子をパタパタと扇ぎながら歩いてきたのは、深緑の作務衣に下駄履きの男――浦原喜助だった。
「お取り込み中でしたか?」
「喜助か。……ご苦労」
海桐花は、放っていたプレッシャーをスッと霧散させ、つまらなそうに鼻を鳴らした。
浦原は今回、この広大な東家本家の敷地内で行われる『東の晩餐』において、参加者たちをそれぞれの戦闘舞台(バトルエリア)へとランダムに転移させるための「簡易門(クナド)」の作成と調整を、海桐花から直接依頼されて出向いてきていたのだ。
「……また、お前か」
京香が、額に手を当てて深い溜息を吐いた。魔防隊の重要局面に、なぜかいつもこの胡散臭い男が入り込んでいる。
海桐花は、浦原から視線を外し、今度は日万凛の背後に立つ京香と天花をジロリと睨みつけた。
「お前らも、過保護じゃのう。見学しにくるとは」
「厳しい儀式だと聞いてますし。ウチの可愛い副組長の晴れ姿、見届けないわけにはいかないですからね」
天花が、飄々とした笑顔でさらりと返す。
「日万凛は、私の大事な部下ですから」
京香もまた、一歩も引かずに堂々と答えた。
二人の組長の揺るぎない態度を見て、海桐花は「ふん」と鼻で笑った。
「安心せい。妙な真似はせぬ。……なに、この浦原喜助という男は胡散臭くて腹黒いが、この神聖な場において、特定の誰かに有利になるような小細工をするような下劣なやつではないわ。正々堂々の勝負じゃ」
「一言多いッスよ、海桐花サン。アタシはいつだって誠実な技術屋ッス」
浦原が扇子で顔を隠しながら苦笑いする。
そのやり取りを見て、京香は自身の刀の柄に手を当て、力強く頷いた。
「完全な実力勝負……ならば、心配ないです」
京香は一歩前に出ると、日万凛の小さな肩をガシッと力強く掴んだ。
「日万凛は、強い」
一切の疑いを持たない、主からの絶対的な信頼。
その言葉の熱さに、日万凛の瞳の奥が熱くなり、彼女は「組長……!」と嬉しそうに、そして誇らしげに顔を上げた。
海桐花は、その主従の強い絆を、黄色の瞳で静かに観察していた。
(ほう……。東が、今後の魔防隊の未来において、親交を結ぶに価する組織であるか否か……。この晩餐、羽前京香という女の『器』もはかれるというものじゃの)
東の次代を決める晩餐は、単なる一族の争いに留まらず、次期総組長候補である京香たちの真価を問う試金石でもあった
東家本家の威風堂々たる玄関先で、一行は東家の現当主であり、魔防隊の元・総組長である東海桐花の出迎え――という名の、強烈な威圧――を受けていた。
ピンと張り詰めた空気を和らげるように、六番組組長の出雲天花が、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて一歩前へと進み出た。彼女の手には、現世の有名デパートの包装紙に包まれた、上品な紙袋が提げられている。
「こちら、心ばかりの品ですが」
天花は、袋の中から美しい和柄の箱入りの菓子を取り出し、恭しく海桐花へと手渡した。魔防隊の重鎮に対する、六番組組長としての完璧な根回しとご近所付き合いのスキルである。
「おお!」
それまで冷酷な支配者の顔をしていた海桐花の黄色の瞳が、途端にパァッと子供のように輝いた。
「これ、此方の好物♪ 天花はいつも気が利くのう!」
海桐花は、威厳も何もなく箱をバリバリと開け、中に入っていた高級な饅頭を一つ取り出すと、嬉しそうにパクリと頬張った。
「もぐもぐ……うむ、美味い! 絶品じゃ!」
そのあまりにも無邪気な様子と、底知れないプレッシャーの落差に、和倉優希は完全に戸惑っていた。彼は、隣で静かに控えている羽前京香に、こっそりと耳打ちした。
「あ、あの……京香さん。この方が……?」
「ああ。日万凛と八千穂の祖母君だ」
京香が短く答えると、饅頭を咀嚼していた海桐花が、ピクッとウサギのように耳をそばだて、優希の方をジロリと見た。
「なんじゃ、坊主。ワシの若さと美貌に見惚れたか? 大婆様などと堅苦しい呼び方は好かん。『海桐花ちゃん』でいいぞ、坊主!」
海桐花は、饅頭を持ったまま、ニシシと悪戯っぽく笑ってみせた。
優希は、引き攣った愛想笑いを浮かべながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
目の前にいるのは、魔防隊の歴史を作ってきた生きた伝説だ。能力『東の星霜』によって生命力を吸い上げ、若返っているとはいえ、その外見は完全に生意気な女子高生である。
紺色のセーラー服に赤いネクタイ、そして黄色いカチューシャで前髪を上げ、黒髪を二つのお下げにしているその姿。
優希は、心の底から思った。
(……ここに、真護がいなくて本当によかった)
もし、あの口の悪い幼馴染がここにいて、この大婆様の姿を見ようものなら。
『は!? ババアじゃねえか! いい歳こいてセーラー服着てんのかよ、痛えな!』
などと、絶対に、百パーセントの確率で暴言を吐き出していたに違いない。そうなれば、東の晩餐が始まる前に、真護もろとも自分たち七番組がこの場で消し炭にされていただろう。
「さあ、外で立ち話もなんじゃ。中へ入るが良い」
海桐花がクルリと踵を返し、屋敷の奥へと案内を始めた。
磨き上げられた黒光りする板張りの廊下。静寂に包まれた広大な屋敷内には、幾つもの掛け軸や甲冑が飾られ、名門東家の血塗られた歴史と権力の重みを感じさせる。
やがて一行が通されたのは、屋敷の最奥にある、途方もなく広い板間の大広間だった。
そこには、すでに今回の『東の晩餐』に参加する面々が集結していた。
「揃っておるようじゃな」
海桐花が広間の上座に歩み寄る。
広間に整列していたのは、東家の血を引く八人の精鋭たち。
まずは、直系の四人。
九番組組長であり、日万凛たちの母である『東風舞希』。
その隣に立つのは、風舞希の長女であり、八千穂と日万凛の姉にあたる『東麻衣亜(まいあ)』だ。彼女は、紺色を基調とし、赤い縁取りと金のボタンが施された軍服風のタイトなワンピースを身に纏っている。豊かな胸元が強調されたグラマラスな体型と、知的でクールな黒髪のロングヘア。そして、その冷たい黄色の瞳には、冷徹な理性を象徴するような銀縁の眼鏡が掛けられていた。
そして、六番組副組長の『東八千穂』と、七番組の『東日万凛』。
対するは、分家筋から選抜された四人の実力者たち。
その中で一際異彩を放っていたのが、分家である『東誉(ほまれ)』であった。
彼女は、黒い紐で編み上げられた過激なブラトップに、短すぎるミニスカートという、魔防隊の規律を無視した極端に肌の露出が多い格好をしていた。ツンツンと外に跳ねた独特の黒髪を二つ結びにし、首には黒いチョーカー。そして、その好戦的でサディスティックな黄色の瞳が、獲物をねめ回すように参加者たちを舐め回している。
「ふむ。直系四人、分家筋四人。計八名、滞りなく集まったようじゃな」
海桐花が、参加者たちを見渡して満足げに頷いた。
「これより、東家次期当主を決める儀式『東の晩餐』のルールを説明する。……と言っても、難しいことは何一つない」
海桐花は、ニィッと口角を釣り上げた。
「儀式は、広大なこの敷地内に特別に用意された結界領域を用いた『バトルロイヤル形式』で行う。最後まで立っていた者、ただ一人が、次期当主の座を手にする」
広間の空気が、一気にピリッと張り詰めた。
「戦闘不能、あるいは『ギブアップ』を宣言した時点で失格となる。……命までは取らぬよう結界で保護はしてあるが、手足の一本や二本が吹き飛ぶ覚悟はしておくことじゃな。親兄弟、本家分家、一切の情けは無用。己の力のみで、すべてを捻じ伏せよ」
「バトルロイヤル形式かぁ……」
日万凛が、小さく息を吐きながら呟いた。
一対一のトーナメントではない。誰が誰を狙うか分からない、最も過酷で予測不可能なサバイバル戦だ。
その時。
日万凛の背後から、ひどく耳障りな、粘着質でねっとりとした声が響いた。
「とりあえず……落ちこぼれシバいて、波に乗ろっか……日万凛ィ……」
振り返ると、肌の露出が多い分家の女――東誉が、舌舐めずりをしながら日万凛の背後に立っていた。
彼女の黄色の瞳には、明らかな侮蔑と、加虐の愉悦が渦巻いている。
「……」
日万凛は、無言で誉を睨み返した。
「覚えてるかぁ?」
誉は、日万凛の耳元に顔を寄せ、毒を吐き出すように囁いた。
「昔、アンタがまだこの屋敷にいた頃……散々、この私に泣かされたよなぁ? 少し痛めつけただけで、すぐピーピー泣いて、姉の影に隠れるだけの無能なゴミ虫。……トラウマだらけのこの場所に、よくノコノコと帰ってこれたわ。マゾなのか、てめえ」
誉の言葉は、ただの挑発ではない。日万凛の心の奥底にある、最も惨めで弱かった時代の傷口を的確に抉り、戦う前から精神をへし折ろうとする陰湿な攻撃だった。
その様子を少し離れた場所から見ていた八千穂が、ギリッと奥歯を噛み締めた。
(おのれ、誉……日万凛を愚弄しおって……!)
八千穂は、妹を助けようと一歩踏み出した。自身の能力『東の辰刻』で時を戻し、一発誉の顔面をぶん殴ってから助け舟を出してやろうと考えたのだ。
しかし。
八千穂が介入するよりも早く。
「触んないで」
バシッ!!
乾いた音が広間に響いた。
日万凛が、自身の肩に触れようとした誉の腕を、力強く、そして一切の躊躇なく振り払ったのだ。
「あ?」
誉が、予想外の抵抗に目を丸くする。
「……昔のアタシなら、アンタの言葉に怯えて、泣き寝入りしてたかもしれないわね。でも」
日万凛は、怯えるどころか、かつて自分をいじめていた分家の女に向けて、真っ向から鋭い視線を突き刺した。
「アンタみたいな、他人の過去の傷を抉ってマウントを取ることしかできない奴は……魔防隊としても、東の人間としても、正真正銘の『腐れ女』だわ!」
日万凛は、スッと右腕を上げ、拳を固く握りしめて誉の顔の前に突きつけた。
「アタシは七番組で、組長や仲間たちと一緒に、本物の地獄を潜り抜けてきたの。……アンタみたいな下劣な女、心置きなく、ぶっ───飛ばす!!!」
凛とした、揺るぎない宣戦布告。
四楓院夜一のしごきに耐え、己の力を畏れる覚悟を決めた少女の魂は、もはや過去のトラウマごときで揺らぐほど柔なものではなくなっていた。
「てめえ……!」
誉の顔が、屈辱と怒りで朱に染まる。
(この落ちこぼれが……! 本番が始まったら、一番に泣き叫ばせてやる……!)
一触即発の空気が流れる中、広間の奥の襖がスッと開き、浦原喜助が姿を現した。
「はーい、皆様。お待たせしました。闘技場への転移門(ゲート)、準備完了ッスよ」
浦原の声で、参加者たちの意識が戦いへと切り替わる。
広間の奥に設置された八つの不気味な空間の歪み。これが、広大な結界内のランダムな地点へと参加者を転送する入り口だ。
「よし。各自、門を通れ。……晩餐の始まりじゃ」
海桐花の号令を受け、直系と分家の八人が、それぞれ無言のまま門へと向かっていく。
優希もまた、主である日万凛の背中を追って、同じ門へと足を踏み入れた。
参加者全員が門を通り抜け、広間から姿を消した後。
「さて。此方達は、特等席で見学と行こうかの」
海桐花は、見届け人として残った天花と京香を振り返り、屋敷のさらに奥にある「見学室」へと案内した。
そこは、壁一面が巨大な水鏡(モニター)となっており、結界内の各エリアの映像と霊圧の反応がリアルタイムで映し出される、最新鋭の監視ルームだった。
「あ、海桐花サン。アタシの仕事はこれで終わりなんで、ここらでお暇します」
浦原が、扇子をパタパタさせながら、出口の方へと向かって歩き出した。
「なんじゃ、喜助。お前が作った門じゃろう? 東の次代が決まる瞬間を、見ていかんのか?」
「ええ、まあ。結果は見えてますんでね。……アタシは、あの真っ直ぐな瞳の女の子(日万凛)が勝つ方に、全額ベットッスよ」
浦原は飄々と笑い、部屋から出ようとして、ふと足を止めた。
そして、京香の方へと振り返る。
「それはそうと、羽前サン」
「なんだ?」
「ちょっと、黒嶺サンに用があるんで……これから七番組の寮の方にお伺いしてもいいッスかね?」
その言葉に、京香の眉がピクリと動いた。
現在、七番組寮には寧、朱々、そして真護の三人が留守番をしている。
「……何をする気だ?」
京香の声音に、明らかな警戒の色が混じる。
浦原は、懐からゴソゴソと何かを取り出し、京香の目の前で軽く放り投げて見せた。
それは、銀色に鈍く光る、奇妙な呪文がびっしりと刻み込まれた『腕輪』だった。
「悪いことじゃないッス。……ちょっと、開発したものを、彼に『試す』だけですよ」
浦原は、その腕輪をキャッチし、目を細めて妖しく微笑んだ。
「擬似的に……彼を『人間の姿』に戻すことができるかもしれない代物ッス」
「なんだと……!?」
京香と天花が、同時に驚きの声を上げた。
人型醜鬼と化してしまった真護を、人間に戻す。それは、魔防隊の常識を覆す、とてつもない大発明だ。
「ただし」
浦原は、人差し指を立てて注意を促した。
「まだ完全な試作品ッス。……これが、どのくらいの時間作用するのか。そして、どこまでの範囲(姿だけなのか、内臓器官や細胞レベルまでなのか)を人間に戻せるのか。それは実際に彼に装着して、データを取ってみないと分からないんでね」
「……」
「ただこれ、黒嶺サン専用っス。彼の特異な霊力に作用させるものなんで」
京香は、腕輪を見つめたまま、沈黙した。
真護が人間の姿に戻れるのなら、彼が魔防隊や世間から「討伐対象」として命を狙われるリスクは大幅に減る。彼にとっても、青羽たちにとっても、これ以上の希望はないはずだ。
しかし、目の前の男は底知れない。どんな副作用があるか分かったものではない。
「わかった。……寮に入ることは許可する」
京香は、鋭い視線で浦原を睨み据えた。
「だが、余計な真似をして、留守番をしている私の部下たちや真護に危害を加えれば……私が戻り次第、容赦なくお前を叩っ斬る。いいな?」
「はいはい、分かってますよ。怖い怖い。……それでは、アタシはこれで」
浦原は、ひらひらと手を振りながら、見学室を後にしていった。
その一部始終を、特等席の椅子に深く腰掛けた海桐花が、静かに、そして興味深そうに聞いていた。
(ほう……『黒嶺』というか。……話に聞く、七番組が匿っておるという人型醜鬼じゃな)
海桐花の黄色の瞳が、妖しく細められる。
(あの絶望的な山城に傷をつけ、生還したという噂……どうやら、ただのデマではなさそうじゃな。羽前京香が、あれほどまでに必死に庇うほどの存在。……ふむ。東の晩餐が終わった後、少しばかり『ちょっかい』を出してみるのも一興やもしれんの)
見学室の巨大な水鏡に、結界内の各エリアの映像が次々と映し出されていく。
荒野、森、廃墟。
それぞれの場所にランダムに転送された八人の戦士たちが、静かに武器を構え、殺気を研ぎ澄ませていく。
「さあ、見せてもらうぞ。次代を担う、若き血の滾りをな」
海桐花が不敵に笑う。
東家の威信と、少女の意地を懸けた壮絶なバトルロイヤルが、今、静かに火蓋を切った