魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第5話 姉の暴走、恋人の宣戦、黒き守護者

「ん……う……?」

 

和倉優希が意識を取り戻した時、最初に感じたのは温かく湿った感触だった。

頬を、首筋を、何かが這い回っている。

 

「ぺろ……れろ……んっ……」

 

「うわっ!? な、なんだ!?」

 

優希が飛び起きると、目の前にはあどけない少女の顔があった。銭函ココだ。彼女は優希の体に跨り、満足そうに口元を拭っている。

 

「あ、起きた!傷、全部治しといたよ!」

 

混乱する優希の視線の先、岩壁に寄りかかっていた和倉青羽がニカッと笑った。

 

「目が覚めたか、優希。久しぶりだねぇ」

 

「姉ちゃん!? 生きてたのか!?」

 

再会の喜びも束の間、青羽は優希を抱きしめるでもなく、淡々と事情を説明した。ここが人型醜鬼たちの隠れ里であること。自分たちが魔防隊とは相容れない存在であること。

そして、波音やココが人間だった頃、魔防隊に見捨てられたり、理不尽な扱いを受けたりして強い恨みを持っていること。

 

「ここにはもう一人、頼りになる男がいるんだけど……今は縄張りの見回りに行かせちまっててね。戻ったら驚くだろうなぁ」

 

青羽は遠くを見つめながら言う。その表情には、優希への愛情と、魔防隊への敵意が混在していた。

 

「姉ちゃん、俺は……」

 

「帰さないよ。あんな女の奴隷になんて、させてたまるか」

 

青羽の声は固かった。

だが、その平穏は長くは続かなかった。

ズズズズズ……!

突如、隠れ里全体が揺れた。

敵襲だ。

 

「チッ、嗅ぎつけられたか! 優希、ここで待ってな!」

 

青羽は鬼童丸を呼び寄せ、外へと飛び出した。

里の外では、すでに戦端が開かれていた。

七番組組長・羽前京香と、六番組組長・出雲天花率いる合同部隊。

京香は『無窮の鎖』の契約による「ご褒美」の未精算分――つまり優希とのパスを利用し、正確に居場所を特定していたのだ。

 

「蹴散らしなさい! 優希を取り返すわよ!」

 

戦場は混沌を極めた。

波音と特殊醜鬼たちが防衛線を張るが、魔防隊のエリートたちの連携は完璧だった。

 

「『東の辰刻(ゴールデンアワー)』!」

 

六番組副組長・東八千穂がポーズを決める。

時間が5秒間巻き戻る。

波音が放った奇襲は無効化され、その隙を七番組副組長・東日万凛が見逃さなかった。

 

「『青雲の志(ラーニング)』――フルバースト!!」

 

日万凛が銃火器を一斉射撃する。

波音の操る醜鬼たちが一瞬で蜂の巣となり、吹き飛ばされた。

ココと『熊童子』もまた、巨大化した駿河朱々と、強化状態に入った若狭サハラによって制圧されていく。

 

「くそっ……なんて強さ……!」

 

波音が膝をつく。

道が開けた。

その先にある洞窟の前、待ち構えるのは最強の姉・和倉青羽と鬼童丸。

 

「優希!! 無事か!?」

 

京香が叫ぶ。

その隣で、天花がスッと前に出た。彼女は空間操作能力『天御鳥命(アメノミトリ)』を操る六番組組長であり、優希に一方的ながら強烈な好意を抱いている。

 

「京香ちん。あの人は私に任せて」

 

天花は優雅に歩み寄り、青羽に向かってニコリと微笑んだ。

 

「初めまして。これから優希くんとお付き合いすることになります、出雲天花です。――お義姉(・・・)さん」

 

その言葉は、宣戦布告にしてはあまりに場違いな、しかし確信に満ちた「家族への挨拶」だった。

ピキッ。

青羽の額に青筋が浮かぶ。

 

「……はぁ? 付き合う? お義姉さん?」

 

ゴゴゴゴゴ……と青羽の髪が逆立ち、殺気が膨れ上がる。

 

「……ぶっ潰す!!」

 

組長同士の激突。

その余波だけで周囲の岩盤が砕け散る。

 

「組長!!」

 

日万凛、八千穂、朱々、サハラの四人は、加勢するために洞窟の奥へと走った。

だが。

ドォォォォォン!!

突如、彼女たちの進路に黒い影が落下した。

もうもうと立ち込める土煙。

その中から現れたのは、黒い着物――死覇装に身を包んだ、一人の男だった。

 

「……ワリィけど、こっから先通すわけにはいかねえな」

 

黒嶺真護。

見回りから戻った彼は、事態を察知し、即座に介入したのだ。

手には、まだ卍解していない、浅打の刀が一振り。

 

「男……? 人型醜鬼なの?」

 

日万凛が眉をひそめる。

この世界において、男は守られる存在。戦場に立つなど言語道断であり、ましてや魔防隊の前に立ちはだかるなど自殺行為に等しい。

 

「男だからって容赦しないわよ。そこを退きなさい」

 

「死にたくなければここを通せ。さもなくば撃つぞ」

 

八千穂が銃口を向ける。

真護は刀をだらりと下げたまま、静かに首を振った。

 

「通さねえって言ったはずだぜ。……それに、オレもあいつらに借りがあるんでな」

 

「交渉決裂ね。行くわよ!」

 

日万凛の号令と共に、四人が同時に動いた。

 

「『玉体革命(パラダイムシフト)』!」

 

朱々が体を巨大化させ、質量任せの拳を振り下ろす。

真護はそれを紙一重で回避するが、その着地地点にはすでにサハラがいた。

 

「『怒れる羊(クレイジーシープ)』!!」

 

強化されたサハラのタックル。

真護は刀の腹で受け流そうとするが、想像以上の重さに数メートル吹き飛ばされる。

 

(……重いッ! これが魔防隊か……!)

 

ただの力押しではない。連携が洗練されている。

体勢を立て直そうとした真護の視界に、無数の銃口が映った。

 

「『青雲の志(ラーニング)』――『武装小町(バンバンバン)!」

 

日万凛が展開した銃火器から、弾幕が放たれる。

真護は刀を振るい、弾丸を弾き落とすが、数が多すぎる。

 

「チッ……!」

 

防戦一方。

まだ『天鎖斬月』にはなっていない。卍解もしていない状態の刀では、『月牙天衝』のような広範囲攻撃は撃てない。

接近して斬るしかないが、この四人の連携は隙がない。

 

「そこだ!」

 

真護が一瞬の隙を突いて日万凛の懐に飛び込む。

速い。

日万凛が反応できないほどの速度。

刃が日万凛の首元に迫る――その瞬間。

 

「『東の辰刻(ゴールデンアワー)』!!」

 

世界が反転する。

八千穂がポーズを決め、時間を巻き戻したのだ。

 

「なっ……!?」

 

真護の意識はそのままだが、体だけが数秒前の位置に戻されている。

斬ったはずの感触が消え、目の前には銃を構え直した日万凛がいた。

 

「『東の大辰刻(プライムタイム)』! お前の動きは読めておるわ!」

 

八千穂の能力は、時間を操る。

たとえ真護がどれだけ速く動こうと、時間を戻されれば意味がない。さらに『東の大辰刻(プライムタイム)』を使えば、代償としてインターバルは増えるが、10秒もの時間を操作できる。

 

「ぐぅっ……!」

 

戻された無防備な体に、日万凛の至近距離射撃と、朱々の巨大な蹴りが直撃する。

真護は岩壁に叩きつけられた。

口から血が溢れる。

 

「はぁ……はぁ……なるほどな。時を止めるに、コピーに、巨大化に、強化……。厄介な能力ばっか揃えてやがる」

 

真護はよろりと立ち上がる。

着物は破れ、体には銃創と打撲。

だが、その目は死んでいなかった。

 

「やっぱり男ね。頑丈なだけが取り柄かしら?」

 

日万凛が冷たく言い放つ。

彼女たちにとって、男は非力な存在。これだけ攻撃を受けて立っていること自体が異常だが、それでも脅威とは見なしていない。

それが、真護にとって唯一の勝機だった。

 

(……ナメられてる。だからこそ、チャンスがある)

 

真護は刀を構え直す。

今のままでは勝てない。

相手は百戦錬磨のプロフェッショナルたちだ。力任せの突撃も、単純なスピードも、対策されてしまう。

ならば、どうする。

 

(優希を取り返しに来たってことは、あいつらは優希の仲間……なのか? いや、青羽さんがキレてたってことは、ロクな扱い受けてねえのか?)

 

思考を巡らせながら、真護は深く息を吸った。

まだ卍解は温存する。ここで切り札を見せれば、奥にいる組長クラスに警戒される。

まずはこの通常状態で、この鉄壁の連携を崩さなければならない。

 

「……へっ、魔防隊ってのはもっと頭が硬い連中かと思ってたが……意外とえげつない戦い方するじゃねえか」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ。さあ、降伏なさい」

 

真護の瞳が鋭く光った。

 

「断る。……こっからは、少し本気で走らせてもらうぜ」

 

真護の全身から、青白いオーラが立ち昇る。

天鎖斬月がなくとも、彼自身の身体能力は本物だ。

時間を戻されるなら、戻される前に「終わらせる」ほどの速度で動くしかない。

あるいは、時間を操る術者を最初に潰すか。

 

「来るわよ! フォーメーションC!」

 

少女たちの掛け声と共に、再び戦いの火蓋が切って落とされた。

黒き死神と、魔都の乙女たち。

常識外れの男の戦いは、ここからが本番だった。

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