魔都の死神   作:アレクサンドル三世

6 / 14
第6話 東の矜持、黒の絶望

東日万凛にとって、魔都とは「証明」の場所だった。

名家・東家の娘として生まれながら、その才能を認められず、家を飛び出したあの日。

彼女を拾い、その才覚を見出してくれたのは七番組組長・羽前京香だった。

魔防隊という実力主義の世界で、日万凛は血の滲むような努力を重ねてきた。桃の能力をコピーし、学習し、自身の技として昇華させる『青雲の志(ラーニング)』。その汎用性と戦術眼を武器に、副組長という地位まで上り詰めたのだ。

すべては、東家の人間を見返すため。

そして、自分を認めてくれた京香の期待に応えるため。

この世界において、「強さ」とは女性の特権だった。

男は守られるべき弱者であり、魔都の脅威に対抗できるのは桃を食べた女だけ。それが絶対的な真理であり、疑う余地のない常識だった。

だが。

 

(……なんなの、こいつは)

 

日万凛の額を、一筋の冷や汗が伝う。

目の前に立つ男――黒嶺真護。

ボロボロの着物を纏い、息を切らせているにもかかわらず、その瞳からは戦意が消えていない。それどころか、底知れないプレッシャーが滲み出ている。

八千穂の時間操作、朱々の巨大化攻撃、サハラの強化突撃。これだけの猛攻を受け、何度も致命傷に近いダメージを負いながら、彼は倒れない。

常識が、音を立てて崩れていく。

男が強いはずがない。男が能力を使うはずがない。

その「枠」に当てはめて考えていた自分が、愚かだったと認めざるを得ない。

日万凛は、震えそうになる右手を強く握りしめた。

カシャッ、ウィィン……。

『青雲の志』により、右腕がガトリングガンの形状へと変形する。冷たい金属の感触が、彼女の理性を繋ぎ止める。

 

「八千穂」

 

日万凛は、視線を敵から外さずに隣にいる姉の名を呼んだ。

かつては反発し、憎んでいた姉。だが今は、背中を預けられる数少ない戦友だ。

 

「なんじゃ?」

 

東八千穂もまた、その表情から余裕を消していた。

東の辰刻(ゴールデンアワー)』という時間を操る能力を持つ彼女でさえ、この男の異常性は肌で感じ取っていたのだ。時間を戻しても、戻しても、この男は学習し、適応してくる。まるで野生動物のような勘と、戦士としての経験則。

 

「この人は今までの常識は通用しない。今ハッキリとわかった」

 

「……ふん。そのようじゃの。私様も驚いたわ。魔都には未知の化け物がいるとは聞いていたが、まさか男の姿をしているとはな」

 

八千穂が銃を構え直す。

その後ろで、巨大化を解いた駿河朱々が、忌々しそうに髪をかき上げた。

 

「あーもう! なんなのよコイツ! しぶといし、強いし……」

 

「ほんとにねぇ」

 

若狭サハラが同意する。

だが、朱々はそこでふと、敵の顔をまじまじと見つめた。

 

「んで無駄にイケメンだし。腹立つわー。顔だけならユッキーより上じゃない?」

 

「朱々、今そんなこと言ってる場合!?」

 

日万凛が鋭く突っ込むが、その軽口が少しだけ場の空気を緩めた。

そうだ。相手が何者であろうと関係ない。

自分たちは魔防隊。魔都を守り、人を守る盾であり矛だ。

真護は、彼女たちの会話が終わるのを静かに待っていた。

浅打の刀身をだらりと下げ、しかしその切っ先は、確実に日万凛の急所を捉えている。

 

「話は終わりか? んじゃ、こっちから行くぞ」

 

その声は低く、重く、戦場に響いた。

空気が変わる。

物理的な風ではない。もっと重苦しい、濃密な霊子の圧力が、真護を中心にとぐろを巻き始めた。

 

「……来るわよ! 最大警戒!!」

 

日万凛が叫ぶ。

八千穂が時間を止める構えを取る。

朱々が再び巨大化の予備動作に入る。

サハラが闘争本能を全開にする。

だが、遅かった。

真護の行動は、彼女たちの予測の「外」にあった。

真護は、右手の刀を前に真っ直ぐに構えた。

そして、左手を右腕に添える。

 

ドクン。

日万凛の心臓が、早鐘を打つ。

本能が警鐘を鳴らしている。

『見てはいけない』『逃げなければならない』

生物としての根源的な恐怖。

真護の唇が動く。

 

「卍(ばん)!」

 

轟ッ!!

爆発的な霊圧が解放された。

地面が陥没し、瓦礫が舞い上がる。

視界が黒く染まるほどのエネルギーの奔流。それは魔都の瘴気とは違う、純粋で鋭利な「力」の塊だった。

 

「なっ……!?」

 

「なにこれ……重い……!」

 

朱々とサハラが、その圧力に耐えきれずに後退る。

日万凛でさえ、ガトリングを構える腕が鉛のように重く感じられた。

八千穂が歯を食いしばる。

 

「くっ……時間を……!」

 

八千穂が能力を発動させようとした、その瞬間。

 

「解(かい)!」

 

真護の声が、世界を切り裂いた。

ドォォォォォォォン!!

黒い土煙が、竜巻のように巻き上がる。

その中心に、闇よりも深い黒があった。

日万凛たちは、動けなかった。あまりの異質な光景に、目を奪われてしまったのだ。

やがて、風が止む。

土煙が晴れ、その姿が露わになる。

そこにいたのは、先ほどまでのボロボロの男ではなかった。

纏っているのは、漆黒のロングコートのような装束。ボロボロだった着物は、洗練された戦闘服へと姿を変えている。裾がノコギリの刃のようにギザギザと波打ち、風もないのに揺らめいている。

そして、その手に握られているのは、浅打ではない。

鍔が「卍」の形をした、全てが漆黒の日本刀。

柄尻からは黒い鎖が伸びている

 

「天鎖斬月」

 

真護がその名を告げる。

その瞬間、世界から音が消えた。

速い、などという次元ではなかった。

日万凛の動体視力も、八千穂の時間操作の思考速度も、すべてを置き去りにする「刹那」。

気づいた時には、目の前に黒い刃があった。

 

「――ッ!?」

 

日万凛の瞳孔が限界まで開く。

喉元、わずか数ミリ。

漆黒の切っ先が、彼女の皮膚に触れるか触れないかの距離でピタリと止まっていた。

一歩でも動けば斬られる。

息を吸うだけで喉が裂けるかもしれない。

そんな極限の死の恐怖が、日万凛の全身を支配した。

いや、日万凛だけではない。

背後にいる八千穂、朱々、サハラ。彼女たちの首元にも、目には見えない「死の線」が引かれたような感覚があった。

この男は、その気になれば一瞬で四人全員の首を刎ねることができたのだ。

それをしなかったのは、単なる慈悲か、それとも――。

真護は、刃を引くこともなく、静かに日万凛を見下ろしていた。

その瞳は冷徹だが、決して残虐ではない。深い知性と、何かを探るような光が宿っている。

 

「お前ら」

 

真護が口を開く。

その声は、卍解前よりも静かで、だからこそ恐ろしかった。

 

「一体何しにここへ来た?」

 

問いかけ。

ただそれだけの言葉が、重い鉄槌のように日万凛の心に響く。

殺しに来たのではないのか?

魔防隊を殲滅しに来たのではないのか?

いや、この男の目的は「排除」ではない。「守護」だ。

洞窟の奥にいる何かを、あるいは誰かを守るために、ここに立っている。

日万凛は、喉の奥が張り付くような渇きを覚えた。

恐怖で声が出ない。

だが、言わなければならない。

自分たちがここに来た理由。

命を懸けてでも成し遂げなければならない使命。

東家の娘として、いや、七番組の副組長として、ここで言葉を飲み込むわけにはいかない。

震える唇を、噛み締めて無理やり開く。

 

「優希を……」

 

掠れた声。

だが、日万凛は顔を上げ、真護の瞳を真っ直ぐに見据えた。

この黒き死神の圧力に屈することなく、その意志を言葉に乗せる。

 

「優希を……助けに来た……!」

 

その言葉が落ちた瞬間、真護の眉がピクリと動いた。

殺気が、ほんの僅かに揺らぐ。

 

「……優希を?」

 

真護が低く聞き返す。

黒い刀身に映る日万凛の顔は、恐怖に歪んでいたが、その瞳だけは決して折れてはいなかった。

それは、大切な仲間を想う、揺るぎない覚悟の光だった。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。