魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第7話 黒き死神の溜息

「優希を……助けに来た……!」

 

東日万凛の、魂を絞り出すような叫びが洞窟の入り口に木霊した。

その瞳は、死の恐怖に濡れながらも、決して目の前の黒き死神から逸らされることはない。

喉元に突きつけられた漆黒の刃。

ほんの数ミリ動けば、首が飛ぶ。

八千穂、朱々、サハラもまた、凍りついたように動けない。

世界が止まったかのような静寂。

誰もが、次の瞬間に鮮血が舞うことを覚悟した。

だが。

 

「……はっ?」

 

真護の口から漏れたのは、殺意でも怒号でもなく、間の抜けた疑問符だった。

 

「優希!? まてまてまて」

 

ピタリ、と真護の動きが止まる。

殺気が霧散する。

先ほどまで空間を支配していた、あの圧倒的なプレッシャーが嘘のように引いていく。

 

「もしかしなくても……お前らが探してるのって、和倉優希って奴か?」

 

「え……ええ、そうよ!」

 

日万凛が戸惑いながらも答える。

すると、真護は天井を仰ぎ、これ以上ないほど深い、深ーーい溜息をついた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ…………」

 

その溜息は、あまりに人間臭く、あまりに生活感に溢れていた。

真護は片手で顔を覆い、ガシガシと頭を掻く。

 

「あの人……マジかよ……。見回りに行かせてる間に、まさか拉致ってくるとか……」

 

「……は?」

 

日万凛たちは呆気にとられた。

目の前の男は、さっきまで自分たちを殺そうとしていた死神だ。

それが今や、まるで不始末をやらかした身内を持つ苦労人のような顔をしている。

真護はバツが悪そうに視線を戻し、日万凛たちの顔を見渡した。

 

「悪い。そりゃ完全にこっちが悪いわ」

 

シュゥゥゥ……。

真護が刀を下ろすと同時に、彼を覆っていた漆黒の装束と、異様な霊圧が解けていく。

ギザギザのコートも、黒い鎖も、卍の鍔を持つ刀も、全てが黒い粒子となって消え失せた。

後に残ったのは、ボロボロの着物を着た、ただの青年。

 

「なんじゃ? 戦う気は無いのか?」

 

八千穂だけは未だ警戒を解かず、銃口を向けたまま問う。

『東の辰刻』の構えは崩していない。これは罠かもしれない、という歴戦の勘が働いているのだ。

真護は両手を軽く上げ、降参のポーズを取る。

 

「ねえよ。てっきりオレは、アンタらがここを見つけて、オレ達人型醜鬼を討伐しに来た殲滅部隊かと思ったんだ。問答無用で撃ってきたしな」

 

「それは……そっちがいきなり降ってきたから……」

 

「まあ、そうだな。すまん。……ったく、青羽さんは何やってんだか……」

 

真護は再び頭を抱えた。

その姿には、敵意の欠片もない。

朱々が巨大化を完全に解き、呆れたように口を開く。

 

「なによそれ……。さっきまでの殺気はどこ行ったのよ」

 

「ほんとにねぇ。ただの保護者みたい」

 

サハラも肩の力を抜く。

四人は完全に毒気を抜かれてしまった。

魔都における「男」の概念、そして「敵」としての醜鬼の概念。そのどちらにも当てはまらない、あまりに常識外れな存在。

だが、彼が嘘をついているようには見えなかった。

日万凛はガトリングに変形させていた腕を元に戻し、改めて真護を凝視した。

ボロボロの衣服。

鍛え上げられた肉体。

そして、その瞳に宿る理知的な光。

 

「アンタ……一体、何者よ……」

 

日万凛の問いに、真護は真っ直ぐに向き直った。

 

「オレは黒嶺真護。今はこんなナリだが……元人間だ」

 

「元……人間?」

 

「ああ。一年前に魔都災害に巻き込まれてな。気づいたらこんな体になってた。……優希とは、ガキの頃からの幼馴染でな。まさかあいつが魔防隊にいるとは、夢にも思わなかったぜ」

 

黒嶺真護。

幼馴染。

そのキーワードが、日万凛の記憶の引き出しを強引に開けた。

かつて、優希が寮の管理人として働き始めた頃、ふと漏らした言葉がある。

『俺には姉ちゃんがいたんだ。強くて、優しくて……でも、6年前の災害で行方不明になって』

『それと、もう一人。兄弟みたいに育った幼馴染も、1年前にいなくなっちゃって……』

優希はその時、寂しそうに、けれどどこか誇らしげに語っていた。

その幼馴染は、誰よりも優しくて、誰よりも頼りになる男だった、と。

 

(まさか……この人が……?)

 

日万凛は目を見開く。

点と点が繋がった。

あの強さ。あの庇護欲。そして、優希への執着。

すべてが腑に落ちる。

 

「そう……あなたが、優希の言っていた……」

 

「あいつ、オレの話なんかしてたか? 死んだと思ってただろうに」

 

真護は照れくさそうに鼻の下を擦った。

その仕草は、とても魔都の怪物とは思えない、年相応の青年のものだった。

 

「……ええ。聞いていたわ。大切な友達だって」

 

日万凛の言葉に、真護の表情がふっと緩む。

そこには、先ほどの死神のような冷徹さは微塵もない。

ただの、友を想う人間の顔があった。

 

「そっか。……あいつ、元気にしてたか?」

 

「ええ。奴隷としてこき使われてるけど、元気よ」

 

「奴隷!? おい、やっぱ助けた方がいいんじゃねえかそれ!」

 

真護が再び色めき立つ。

その様子を見て、朱々がケラケラと笑った。

 

「あはは! 面白いじゃんコイツ! ねえ、あたし駿河朱々! よろしくねイケメンお兄さん!」

 

「あ、ああ……よろしく……?」

 

「あたしは若狭サハラ」

 

空気が、完全に変わった。

八千穂も、ようやく銃を下ろす。

 

「やれやれ。どうやら本当に敵意はないようじゃな。私様は東八千穂。六番組の副組長じゃ」

 

「……東……?」

 

真護が反応する。

 

日万凛がすかさず前に出た。

 

「私は東日万凛。七番組副組長よ。……八千穂の、妹」

 

「へぇ、姉妹で魔防隊か。エリートだな」

 

真護は感心したように頷く。

だが、今は悠長に自己紹介をしている場合ではない。

ドォォォォォォン!!

洞窟の奥から、凄まじい轟音と震動が伝わってくる。

岩盤が崩落し、土煙が吹き出す。

 

「うわっ!」

 

「な、なんだ!?」

 

「忘れてた!」

 

真護が顔色を変えて洞窟の奥を指差した。

 

「青羽さんが暴れてるんだ! あいつ、昔からキレると手がつけられねえんだよ!」

 

「組長たちも戦ってるんだったわ!」

 

日万凛も我に返る。

奥では、京香、天花、そして青羽と鬼童丸による、怪獣大戦争のようなバトルが繰り広げられているはずだ。

 

「行くぞ! 止めないと優希ごと生き埋めになる!」

 

「ちょっと! 仕切らないでよ! 行くわよみんな!」

 

真護と日万凛たちは、顔を見合わせ、同時に走り出した。

先ほどまで殺し合っていた者同士が、今は「優希を救う」という共通の目的のために並走する。

 

「出雲組長が『優希と付き合う』とか言い出したら、もう泥沼よ!」

 

「はあああ!? 何やってんだ優希の野郎!! モテすぎだろ!!」

 

真護の悲痛な叫びが、洞窟の闇に吸い込まれていく。

黒き死神と魔防隊の乙女たち。

奇妙な共闘が、幕を開けた

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