魔都の死神   作:アレクサンドル三世

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第9話 神の降臨、黒き死神の怒り

洞窟内の空気は、奇妙なほどに弛緩していた。

先ほどまでの殺し合いが嘘のように、魔防隊と人型醜鬼たちの間には、どこか呆れたような空気が漂っている。

離れた場所で頭を抱えている黒い着物の男――黒嶺真護へと視線を移す。

 

「男の人型醜鬼……そうか、この男がお前の言っていた友人か」

 

「そうです! 黒嶺真護! 俺の幼馴染です!」

 

優希は縛られたまま、必死に頷いた。

京香は鋭い眼光で真護を観察する。ボロボロの衣服、しかしその奥に秘められた尋常ではない膂力と霊的エネルギー。

日万凛や八千穂といったエリート隊員たちと四対一で対峙し、生き延びているだけでなく、無傷でこの奥深くまで同行してきたのだ。

 

(本当に何があるかわからないとは思っていたが……男の人型醜鬼とは。それに、日万凛達と一緒にここへ来たということは、皆を言葉で説得したか、あるいは……力で抑え込んだか)

 

京香の戦術眼が、真護の「底知れなさ」を正確に測り取っていた。

しかし、当の「底知れない男」は今、まったく別のベクトルで凄まじいエネルギーを消費していた。

 

「アンタ何考えてんだよ! 優希拉致ってくるなんざよ! 魔防隊と全面戦争する気か!?」

 

真護は顔を真っ赤にして、和倉青羽に説教をかましていた。

さきほどまでの死神のような冷徹さは微塵もなく、完全に「度を越したイタズラをした姉を叱る弟」の図である。

 

「別にいいじゃない。シンちゃんも優希と会えて嬉しいでしょ? 結果オーライってやつだよ!」

 

「オーライじゃねえよ! 一歩間違えたら全員生き埋めだぞ!」

 

悪びれる様子のない青羽に対し、真護はクソデカ溜息を吐きながら天を仰ぐ。

そのやり取りを少し離れた場所から見ていた優希は、思わず遠い目をした。

 

(あぁ……苦労してたんだな、真護……)

 

昔から、青羽は豪快で型破りな性格だった。その度に割を食うのは、面倒見の良い真護だったのだ。

魔都という地獄に落ち、異形の姿に成り果ててもなお、真護は「青羽に振り回される苦労人」のポジションから抜け出せていないらしい。優希は親友の不憫さに、ほんの少しだけ涙した。

だが、この弛緩した空気を、京香が凛とした声で引き締める。

 

「……そこまでだ」

 

組長の威厳を纏った声に、真護も青羽も口を閉ざす。

京香は倒れた天花を背に庇いながら、青羽に向かって真っ直ぐに告げた。

 

「お前たちが優希の家族や友人であることは理解した。……今退くなら、見逃してやる」

 

それは、魔防隊の組長としては破格の譲歩だった。

本来なら醜鬼は問答無用で殲滅対象である。だが、天花の意思、優希の存在、そしてこれ以上の戦力消耗を避けるための、京香なりの冷徹かつ合理的な判断だった。

しかし、青羽は不敵な笑みを崩さない。

 

「アタシらが暴れるのは変わらないわよ」

 

「……仲間も消耗している。もう一人は戦闘の意思なし。投降するか?」

 

京香の視線が、満身創痍で『熊童子』に寄りかかる波音とココ、そして戦う気配のない真護に向けられる。

戦力差は明白だった。

日万凛、八千穂、朱々、サハラも再び武器を構え、青羽たちを包囲する形をとる。

圧倒的な不利。それでも青羽は、鼻で笑って言い放った。

 

「冗談」

 

ピリッ。

再び、洞窟内に極限の緊張感が走る。

真護が「おい、青羽さん!」と止めに入ろうとした、その刹那だった。

 

『──やぁ、降臨だよ』

声が、した。

 

いや、「声」という物理的な音波を超えた、脳髄に直接響くような、甘ったるくも禍々しい響き。

その瞬間、空間の温度が一気に数十度下がったかのような錯覚に陥った。

真護の全身の産毛が逆立つ。

京香も、日万凛も、八千穂も、全員が言葉を失い、声のした「上空」――崩落してぽっかりと空いた洞窟の天井を見上げた。

紫色の淀んだ空を背に、二つの影が浮かんでいた。

一人は、和服のような装束をし、楽しげな笑みを浮かべる小柄な影。

もう一人は、褐色の肌で長身の女性の姿。感情の一切を排した冷徹な顔立ちの影。

八雷神(はちらいじん)。

『紫黒』と『壤竜』。

魔防隊のデータに存在しない、魔都における絶対的な「神」の勢力。

通常の醜鬼とは次元が違う、真の絶望が、そこに顕現していた。

 

「なっ……!?」

 

京香が刀を抜くよりも早く、事態は動いた。

上空にいたはずの屈強な影――壤竜の姿が、かき消えた。

ドムッ!!

重い衝撃音。

真護が瞬きをした次の瞬間には、壤竜はすでに地面に降り立っていた。

そして、その両腕は――。

 

「がっ……!?」

 

「あ、ぐ……!」

 

左右の大きな掌で、青羽と波音の首を、それぞれ軽々と鷲掴みにしていた。

 

「青羽さん!! 波音!!」

 

真護が絶叫する。

速い。あの青羽が、そして波音が、反応すらできずに首を取られている。

壤竜は、もがく二人の首を締め上げながら、冷酷な声でポツリとこぼした。

 

「いい生命力だ。念のため、このまま持って帰ろうか」

 

「放せェッ!!」

 

真護が浅打を抜き放ち、トップスピードで壤竜の懐へと飛び込む。

だが、その切っ先が壤竜に届くより早く、真護の目の前に紫色のノイズが走った。

 

「あぁ、コイツはダメ。不純物が混じってるから」

 

いつの間にか、小柄な影――紫黒が真護の目の前に浮遊していた。

紫黒が指先を軽く振るう。

たったそれだけの動作で、不可視の巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が真護を襲い、彼は後方へと数十メートル吹き飛ばされた。

 

「ぐはっ……!!」

 

「真護!!」

 

岩壁に激突し、血を吐く真護。

その圧倒的な暴力の前に、八千穂が銃を構えたまま震える声で叫んだ。

 

「コ、コイツら……仲間ではないのか!?」

 

人型醜鬼の青羽たちを攻撃したのだ。魔防隊の仲間、あるいは醜鬼同士の内ゲバか。

状況が理解できない八千穂に対し、紫黒は心底不愉快そうに眉をひそめ、すぐにまた無邪気な笑顔に戻った。

 

「そんな中途半端な奴らと一緒にされちゃ困るなぁ」

 

紫黒は両手を広げ、まるで舞台俳優のようにクルリと宙でターンを決める。

その体から放たれるプレッシャーは、先ほどまでの真護の卍解すら霞むほどの、絶対的な『格』の違いを見せつけていた。

 

「僕たちは八雷神! 醜鬼達を束ねる存在さ! 神様だから崇めていいよ♪」

 

狂気を孕んだポップな宣言。

それは、この場にいる全員への「死刑宣告」に等しかった。

 

「がはっ……、ふざけんな……!」

 

瓦礫の中から、真護が立ち上がる。

額から血を流しながらも、その瞳には漆黒の炎が宿っていた。

家族同然の仲間が、目の前でゴミのように扱われている。

孤児院の頃から、彼は絶対にそれだけは許せなかった。

 

「優希……そこから動くなよ」

 

真護の全身から、青白い霊力が間欠泉のように噴き上がり始める。

それは、魔防隊との戦いで見せたものとは比べ物にならない、本気の殺意だった。

 

「……オイ、そこの自称神様」

 

刀を前に真っ直ぐ構え、左手を添える。

紫黒が「ん?」と小首を傾げた。

 

「オレの大事なモンに触れて……生きて帰れると思うなよ」

 

洞窟の空気が、軋むような音を立てて悲鳴を上げる。

魔都の神と、黒き死神。

真の絶望を前に、黒嶺真護の真価が問われようとしていた。

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