天才幼馴染の学び合い 作:ひまんちゅ
朝の廊下は、まだ眠りの名残を引きずっている。
けれど、2年A組の前だけは空気が少し違った。
「……また、掲示板の前に人だかり」
そう言って、少女は少しだけ口角を上げた。
黒髪を後ろでまとめ、制服の襟は乱れがない。視線だけがいたずらっぽい。
「結果発表って、人が集まるよね。文化祭より盛り上がってる」
隣を歩く少年は、眠そうな顔のまま、声だけは軽い。
背は高く、目元は柔らかいのに、時々ひどく鋭いことを言う。
掲示板の前に貼り出された順位表。
ざわめきの中心にいるのは、いつも同じ二人だった。
1位:橘(たちばな) 悠真(ゆうま)
2位:朝霧(あさぎり) 澪(みお)
「はいはい、定位置」
澪が言う。
「定位置って、電車の座席みたいに言うなよ」
悠真が笑いながら、紙面を指でなぞる。
「でも、周りは必死だよね。掲示板に“勝てる気がしない”って書いてあるみたい」
「勝てる気がしない、って思わせた時点で勝ち、っていう心理戦」
「悪役の発想」
「澪が言う?」
澪は肩をすくめた。
「私はただ、効率がいい方を選んでるだけ。たとえば、学校の授業より先に進むのも、効率」
「先生の授業、わりといいのに」
「“いい授業”と“自分の現在地に合う授業”は違う」
悠真は少しだけ真面目な顔になった。
この顔になると、周囲の空気が変わる。澪はその変化を面白がっている。
「じゃあ、今日の放課後。いつもの場所?」
「うん。図書室の奥。数学の“確率”の続き」
「確率かぁ。みんな苦手だよね」
「“確率”って、結局は数え方の話。数え方が整理できないから嫌いになる」
「その言い方、もう先生より先生」
澪は歩きながら、さらっと言った。
「じゃあ、悠真は何持ってくる? 私は“線形代数”の小話でも用意しとく」
「線形代数って、もう大学じゃん」
「受験数学と地続きだよ。行列が怖いのは“記号”のせい。中身は地味」
「澪が“地味”って言う時、だいたい地味じゃない」
二人の会話は軽い。
けれど、軽さの裏にあるものは、ずっと昔から変わらない。
幼い頃、同じ公園の砂場で遊んだ。
小学校のテストで並んで満点を取った。
中学校では互いのノートを見せ合って、気づけば高校でも同じ。
そして——時々、思うのだ。
“この二人、前世でも夫婦だったんじゃないか”
そんな噂が出るくらい、息が合う。
澪は、教室のドアを開ける前に小さく言った。
「ねえ、悠真」
「ん?」
「今日、放課後に“見学者”が来るかも」
「見学者?」
「この前、数学の補習で困ってた子。‘橘と朝霧に教えてもらうと理解できる’って、誰かが言ったらしい」
悠真はふっと笑った。
「じゃあ、丁寧にやるか。読者——じゃなくて、聴衆が増える」
「誰が読者なの」
「いや、なんか、そういう気分になるじゃん。澪と話してると」
澪は一瞬だけ、笑いを飲み込んだ。
「……変なこと言うね」
「前世で夫婦だったんだよ」
「その冗談、やめて。噂が強化される」
「でも否定しないんだ?」
澪は、教室に入る直前、背中越しに言った。
「否定する根拠も、肯定する根拠も、今はないだけ」
その言い方がずるい、と悠真は思った。
数学ガール、論理ガール、もしドラ、ソフィーの世界、言語学少女とバベルの塔のような、「楽しく学べる小説」を目指しています。