酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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バカはどんな回復薬でも治らない

 ソヴァ・キリオスは新人勇者だ。

 

 共和国の辺境で生まれたソヴァは、農業を営む実家の手伝いをしながら幼少期を過ごしてきた。しかし、安寧な日々は唐突に終わりを迎える。

 

 彼女の住む街を魔族が襲ったのである。街は一夜のうちに炎に包まれ、優しかった両親も、花冠を送り合った親友も、焼きたてのパンをくれた隣人も、全てを失った。

 

 しかし、彼女を襲った悲劇は、この世界における平凡な一幕に過ぎなかった。共和国はもとより山脈を隔てて魔族領と接する地理的な最前線。それに加え、両者の対立は近年苛烈さを増している。

 

 まさしく一触即発の爆弾が巻き起こした、火の粉のひとかけら。その程度の悲劇。

 

 そんなありふれた地獄に、一人の女戦士が現れた。桜色の髪を持つ女戦士は街を襲う魔族を一刀のもとに切り伏せ、戦火を断ち切って見せた。

 

 その姿に焦がれた。彼女が誰なのか調べた。帝国に存在する、『勇者制度』に登録された人物だと知った。

 

 それから9年の月日が流れる。ここ、帝都アルカリアの地に立つソヴァ・キリオスはもはや、無力な町娘ではない。

 

 死に物狂いの努力の末、ついに登用試験を最優の成績で通過したのが半月前。彼女は名実ともに、世界有数の戦士――『勇者』となった。短く切りそろえられた黒髪の隙間からは、意思と情熱に燃える瞳が覗いている。

 

 そして今日が、記念すべき彼女の初任務の日であった。

 

「なぁ、今日の号外読んだか?」

「ああ、また行方不明者が出たって話だろ? なにかと物騒だよなぁ」

 

 すれ違った男二人の会話に一瞬足を止める。が、すぐにまた歩き出した。

 

 やがてソヴァはとある酒場にたどり着く。年季を感じる扉の向こうからは、愉快気な笑い声が聞こえてくる。

 

 ソヴァは大きく息をついた。彼女自身知らぬ間に、門戸に掛けた両の手が震えていた。

 

「……ううん。こんな調子じゃダメ。あの人には、カッコいい姿を見せるって決めてたんだから」

 

 一人つぶやいて心を落ち着かせる。大丈夫、脳内でなら何度も再会した。何度も話して、何度も褒めてもらった。

 

 勇者エステル・チモール――。この扉の先に、憧れがいる。

 

「今、会いに行きます」

 

 意を決して扉を引く。常人を超越した勇者の身体能力をもってしても、その扉はやけに重々しく感じられた。

 

 店内を覗き込む。酒場にいる誰も振り返らず、ソヴァが入って来たことにさえ気付いていないようだった。客の視線は、最奥のテーブル席に座る女性に注がれていた。

 

 心臓が大きく跳ねた。桜色の長髪は艶やかで、目元には柔和な笑みを浮かべている。ソヴァの目に映る彼女の姿は、あの日と何も変わらないどころか、記憶の中のそれよりずっと美しい。

 

 演説でもしているのだろうか。彼女の口元がゆっくりと開いて。

 

「でさあ! 記憶失くして目が覚めたらさ――なんと王都のルシエ像のてっぺん! あの優男が掲げてる剣にぶら下がって爆睡してて! あのときばかりは流石に禁酒しようかと思ったよね!」

「ははは! 勇者様ともなると酔った勢いで国境越えちまうのかよ! で、禁酒はどうしたんだ!?」

「もちろんするわけないでしょお! マスター、もう一杯――いや、いーっぱい持ってきて!」

 

 只今、魔族との関係悪化中。帝都内でも勇者に呼び声がかかるような案件が起こっているさなか。

 

 勇者エステルは、赤ら顔でバカ騒ぎに興じていた。

 

 

 

 

 ――これは夢? いやいや、現実のはず。だよね? ソヴァは自分の頬を思い切りつねってみる。

 

 クソ痛かった。力加減を知らない彼女は、熱を帯びた頬をさすりながら目の前の状況を改めて整理する。

 

「こんな昼間からお酒……? 勇者ってそんなに暇でいいの……?」

 

 ソヴァは店先で立ち尽くしていた。開け放たれたままの扉からは陽光が差し込み、外からは商いにいそしむ市民の声が聞こえてくる。

 

 帝国には安息日の概念も存在するが、生憎今日はド平日。魔族魔獣の侵攻に至っては休まるときなどない。

 

 勇者は世界平和のため、日夜を問わず奔走しているとばかり思っていたソヴァにとって、明るいうちから飲んだくれているこの人物が勇者だなんて信じられなかった。

 

「……んー?」

 

 ようやく、酒場にやって来た少女の存在に気が付いたらしい。間延びした声とともに、薄桃色の髪をした女性がソヴァへ視線を向ける。

 

 女性の動きにつられて酒場の客全員が同じ方向へ振り向いた。一瞬のうちに注目の的となったソヴァ。彼女の背筋がピンと伸びる。

 

「なんだなんだ、見ない顔だなぁ!」

「嬢ちゃん、酒場は初めてか? なら一杯おごってやるよ! マスター、この子にエールひとつ!」

「バカお前。未成年だったらどうすんだよ」

「ああ? 今時そんな細けぇこと気にしてるやついねーだろ」

「ああ、なんでお前がアホなのかよく分かった。ガキの頃から飲んでっからだな」

「んだとテメェこの野郎!」

 

 快活な叫び声が、2往復、3往復。あっけに取られているうちに話がどんどん進んでいったかと思えば、勝手に客同士で喧嘩を始めた。

 

 何だこの空間は。あまりにも自由で騒々しくて、滅茶苦茶だ。

 

 ぎゃーぎゃーと喚く酔っ払い2人に対し、カウンターの内側に立つ大柄な男が怒声を浴びせる。

 

「おいお前ら! 暴れんな! せっかくの客が逃げたらどうする!?」

「……ご心配なさらず。私は客じゃないので」

「あん?」

 

 おそらくマスターだろう彼を手で制して。ソヴァは一直線に最奥のテーブル席へ早足で進む。好奇の目が次々に向けられるが、まるで眼中にないような様子で客の間をすり抜けていく。

 

「あっははは! そこだ、行けぇ! ……ああ違う! 目を狙うんだってば!」

 

 ソヴァは桜色の髪を持つ女性の前に立つ。なおもドリンクを飲み下しながら、やけに実践的な野次を飛ばす彼女。

 

「……あの」

「あはは……。ん、私? どーしたのぉ? 何か用?」

「うわ酒くさ……」

 

 近づいただけで感じるアルコールの匂いに眉をひそめたソヴァは、息を止めた状態で尋ねる。

 

「一応。いっっっちおう確認なんですけど。貴女が勇者エステルさん……で、合ってますか?」

「そうだよお。当代きっての大勇者、エステル・チモールとは私のことだあ!」

「うそだああああ!」

「なになに? 急に叫んだりしてえ、もしかして君もう酔ってる?」

 

 ソヴァが悲痛な叫び声を上げ、膝から崩れ落ちる。いたいけな少女の夢が崩れる瞬間すらエステルにとっては酒の肴に過ぎなかった。ズレたツッコミをかましつつ、空になったジョッキを琥珀色の液体で再度満たす。

 

 人違いであって欲しいという願いが大量に込められた問いかけは、無情にも。

 

 間延びした、呂律の回らない声によって肯定されてしまった。

 

「私の英雄が……。理想の勇者像が……」

「そこ昨日ジルくんがゲロ吐いたとこだよお」

「ふざけんなよもお!」

 

 ソヴァが這いつくばっていた場所を指さし、とんでもないことを抜かすエステル。踏んだり蹴ったりの彼女は半泣きのまま飛び起きる。そのはずみで勇者の超人的なステータスが突風を巻き起こした。

 

 その動きを目で追うことが出来たのはおそらく、店内に1人だけ。

 

「ありえない……」

「にゃ?」

「あり得ません! 貴女には勇者としての自覚が足りません! 昼間っからこんなところでだらだらと……! 何てものを飲んでるんですか!?」

神酒ネクタル(HPMP全快させるやつ)。これ二日酔いも一緒に治癒してくれるからお得なんだあ」

「マジでなんてもん飲んでんですか貴女!?」

「度数が強いから水割りがおすすめだよお」

「割るなああああ!」

 

 目にもとまらぬ速さでエステルの手からジョッキを奪い取る。――神酒ネクタル。あらゆる傷を癒すとされる伝説級のアイテムだ。ともすれば数滴で家が建つとさえ言われる代物を薄めて飲むなど正気の沙汰ではない。

 

 せめてストレートで飲めよ。いやまあ、どこも怪我していないのに嗜好品として楽しむこと自体かなりおかしなことなのだが。先ほどから驚きの連続でソヴァの感性はショートしかかっていた。

 

「あう。返してよお。それがないと私生きてけないんだよお」

「ネクタルがないと生きていけないような重症者には見えませんけど!?」

「そう見えるかもだけど、中が……」

「え……。まさか内臓に重大な病気が……?」

「肝臓」

「やっぱただのアル中じゃん!?」

 

 ジョッキを高く振り上げ、床に叩きつけようとして――そっとテーブルに置いた。もとより小市民の生まれであるソヴァ。今でこそ寝食に困っていないとはいえ、超高額アイテムを粗末に扱うほどの度胸はなかった。

 

「うぇへへへ、私のお酒~」

「もうほとんど残ってないじゃないですか。ああ、なんてもったいない……」

「で? 誰キミ」

「……はっ。忘れるところだった。ってか今聞きます、それ?」

 

 居住まいを正し、咳ばらいを一つ。自分はこんなバカげた問答をするためにやって来たのではないと。色々言いたいことはあるが、ひとまず本来の目的を果たさねばならない。

 

「申し遅れました。先日『勇者』としての認定を受けました、ソヴァ・キリオスです。よろしくお願いします」

「新人ちゃんかぁ! 通りで若いと思ったあ。いいなーお肌ピチピチで」

「? 先輩も十分若いですよね。登録情報によればにじゅっ――」

「マジでごめんなさいホントにあのそれダメです。酔いが醒めるから。やめてください」

 

 先ほどまでの間延びした口調はどこへやら。やけに早口かつ明瞭な発話でもってソヴァの続く言葉を封じ込める。ほんの一瞬だが、間違いなく素面に戻っていた。

 

「……はぁ。なんでそんなこと知ってるのお?」

「規則に基づいて、協力者に関する資料を請求しただけですよ?」

「ああそう……」

 

 勇者といえど結局はただの人間。魔族討伐を始めとして、当然任務で命を落とすことだって往々にしてあった。

 

 そうした危険を避けるため、勇者同士は協力して任務に当たることが推奨されている。そのためのネットワークも確立されており、帝国軍務省に申請を届けさえすれば協力相手のプロフィールを入手することもできた。

 

「プライバシーより命の方が大事かもだけどさ……。こっちに教えてくれるくらいあってもいいよねぇ」

「本題に入っても?」

「うん。どおぞ」

 

 長い長い前置きだった。ソヴァは両手を腰の後ろに回し、両足のかかとを揃えた帝国式の直立姿勢で。

 

「ひと月ほど前から帝都で起こっている、失踪事件をご存じですか?」

「ああ、『神隠し』?」

「……アインセム教徒ではないんですね。王国出身と聞いていたので、その表現は避けたのですが」

「まあね。もう帝国で暮らした時間のほうが長いし」

 

 ひらひらと手を振って、気にすることではないとアピールするエステル。ソヴァにとってもそちらの方が気が楽だったので、遠慮なく口馴染みのある言い方を優先した。

 

「その神隠しの詳細を調査せよと、皇子殿下よりお達しです」

「げ、依頼(クエスト)かあ。やだなあ」

 

 エステルはこれ見よがしに顔をしかめる。それに対し、ソヴァは不思議そうに。

 

「嫌って。なんでですか? 皇子殿下直々の依頼(クエスト)となれば、得られる経験値はかなりのものになります。レベルを上げるにはまたとない機会ですよ」

「それが問題なんだよねぇ」

 

 ――依頼(クエスト)。隣人愛を謳う女神アインセムが生み出したとされる、特異なルール。

 

 例えば、モンスターを倒したとする。当然普通に倒したとしても経験値は貰える。が、それが他人からの頼まれごとであった場合――得られる経験値がわずかに上昇する。このシステムが依頼(クエスト)である。

 

 そして、先人によって依頼(クエスト)に関する様々な研究がなされた結果。依頼の解決が及ぼす影響が大きく、影響を受ける人数が多いほど、上昇する経験値量も多くなることが解明された。

 

 ここで依頼主について考えると、相手はいずれ帝都臣民すべてを預かる皇子殿下。その依頼を解決したとなれば、影響を受けるのは帝都に住むほぼ全員。となると、一人当たりの上昇量はわずかだとしても、それらの総和は馬鹿にできないほどになる。

 

「私たち勇者はある程度の特権と引き換えに、皇族からの依頼(クエスト)は原則拒否できない規則になっています。それこそ、止むに止まれぬ事情がない限りは」

「知ってるよお」

「……ちなみに、酔っているからは理由になりませんからね」

「……」

「まさか本当にそれで乗り切るつもりでした?」

「そ、それこそまさかだよお」

 

 冷汗を流しつつ弁明するエステルに、冷ややかな視線を向けて。そもそもソヴァにとって、勇者として任務し当たることができるというだけで誉れ高いことだ。それだけに、目の前で渋っているの彼女の考えが理解できなかった。

 

 うんうん唸っていたエステルがぱっと顔を上げる。そこには神妙な面持ちが浮かんでいた。真剣そのもののまなざしを受けたソヴァの胸が少し弾む。

 

「私にはレベルを上げられない、止むにやまれぬ事情があるんだよ」

「そんなことがあるんですか?」

 

 レベルは基本的に上げ得である。ステータスの向上に加え、戦乱の時代においては高レベルと言うだけである種の社会的名誉を得ることができた。それを拒絶する理由。ソヴァの聡明な頭脳がフル回転し、ひとつのおとぎ話に行き当たる。

 

 とある、強くなり過ぎた大英雄の話。人知を超えたレベルを持ち、周囲と隔絶した力を手にしたその英雄は、耐えがたい孤独に襲われたという。

 

 もしかして、彼女もそうなのかと。改まった態度で口を開く勇者エステルの言葉に、ソヴァはじっと耳を傾ける。

 

「レベルを上げるじゃん?」

「はい」

「ステータスが上がるじゃん」

「はい」

「で、抵抗力のステータスも一緒に上がる」

「そうですね」

「アルコールが効かなくなるんだよ」

「ぶっ殺しますよ?」

 

 物騒な言葉を放ち剣の柄に手を掛けるソヴァ。エステルは椅子からずり落ちながら慌てふためいた様子で。

 

「わあああ!? 待って待って、暴力反対!」

「つまり、何ですか。レベルを上げると酒が楽しめなくなるから、依頼(クエスト)も断りたいと。そう言いたいんですね?」

「まぁ、端的に言えば?」

「……」

 

 数秒の沈黙ののち、ソヴァは剣の柄から手を放す。

 

 放した、というよりはむしろ。はち切れそうな感情を押し込んで、震える手。それが剣の柄から滑り落ちたといったふうだった。

 

「ふぅ……」

「もういいです」

「へ?」

 

 エステルが安堵の吐息を漏らした瞬間、突き放すかのような冷たい声が空気を切り裂く。酒場を満たす喧騒と熱気の、対極。

 

 失望の色を露にしたソヴァが身をひるがえし、エステルに背を向ける。そのまま振り返ることなく、背中越しに言い放つ。

 

「協力要請は取り下げます。どうぞ、ごゆっくり」

「ちょ――」

「では」

 

 引き留めようとした指先が空を切る。それだけ言い残して、ソヴァは足早に酒場を出た。あれだけ騒がしかった店内がやにわ静かになる。

 

 全く嵐みたいな少女だ。突然やって来たかと思えば、後に沈黙を残して去る。だが、それこそ彼女の美徳なのだろう、と。

 

 エステルは酒精の混じる息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。視界がぐらりと揺れ、世界がひっくり返ったかのような錯覚を覚えた。

 

 その場で床を数度踏みしめる。今歩いている場所が雲の上ではないと、働かない頭をどうにか納得させて。

 

「マスター! お代ここに置いてくね~」

「おい、エステル! ……多すぎだ。こんなものいらん」

「そーお? お酒回りすぎて数えらんないや。ま、迷惑料ってことで」

「フン。お前に掛けられた迷惑料だというなら、全く足りんがな」

「ええ!? そんなあ!?」

 

 ががーん、と。擬音が付きそうなほど大袈裟なリアクションをとるエステルに、マスターは手で追い払う仕草をする。

 

「早く行け。追いつけなくなるぞ」

「そんなにナマってないですー。マスターこそ最近お腹出てきたくせに」

「出て行けロクデナシ!」

「やばば」

 

 地雷を踏み抜いたらしい。マスターが声を荒らげる。それなり以上にガタイの良い大男が怒鳴りつける様はなかなか迫力があった。実際に怒気を向けられたわけでもない客の一人が震えあがる。

 

 そうして、半ば追い出される格好でエステルは店を出た。カウンターに座っていた一人の男性客がマスターに尋ねる。

 

「なあ、大丈夫なのか? エステルのやつ、だいぶ酔ってるみたいだったけど」

「知らん」

「知らんって。ま、俺らごときが心配するような奴じゃないか」

 

 ふと浮かび上がった不安も、ジョッキを傾ければ霧散してしまう。ここはそういう場所だった。

 

「なんてった、史上最年少で魔将討伐に成功した勇者様だもんな」

「そうは見えねえけどな」

「ぎゃはは! 違いない!」

 

 事件も戦争も、過去も未来も。全部うやむやにして酒宴は続く。2人の勇者の間に生まれた不和すら、彼らにとっては酒の肴に過ぎなかった。

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