酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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バカにして

 再度訪れた三等地は、相変わらずのみすぼらしさと不衛生な汚臭を呈していた。ソヴァはできる限り目の前の光景から意識を外しつつ、隣を歩くエステルに声をかける。

 

「来てみたはいいものの……。まずは相手の居場所を突き止めるところからですよね」

 

 彼女は手にした地図を広げる。そこには三等地の地理が記されていた。ソヴァたちが捕らえた男たちから得られた証言や、目撃情報などから推測される要所には朱色の印付けがされている。

 

「って言っても、ここって管理から外れた区画だからさ。久しぶりに来たら道変わってるとか割とあるんだよねえ」

「だからこそ、拠点を構えるにはちょうどいいってことなんですかね」

「まあ大丈夫。おおまかな道までは変わんないし、最近来たばっかだから。とりあえず一番近いとこから調査してみよっか」

「……いやに積極的ですね。悪いものでも食べました?」

「私をなんだと思ってるのさ」

 

 意外そうに眼を丸くするソヴァに、エステルは笑みを引き攣らせた。いつの間にか尊敬の念は最底辺まで落ち込みつつある。これではいけない。先輩としての矜持を取り戻すべく、エステルはごほんと咳払いをして。

 

「ソヴァちゃん? 私だって手をこまねいてたわけじゃないんだよ? こう見えて、秘密裏に調査を進めてたんだあ」

「そういえば。ここで捕らえた男たちも、『最近この辺を嗅ぎまわってるやつ』がどうとか言ってましたね。……それってもしかして」

「そう! 何を隠そうこの私、三等地内で独自の調査を行っていたのだ!」

「おお! で、成果は!?」

「良い雰囲気の酒場を見つけたよ。みんなフレンドリーで、食べるとハッピーになれるお菓子をくれるの」

「いや絶対危ないやつ! というか神隠しに関する調査じゃないんですか!?」

「うん」

「うん、ではなく! そんなこと調べてどうするんですか、もう」

 

 あっけらかんと頷くエステル。最底辺だと思っていたバロメーターはさらにマイナス方向へ。刺すような痛みを訴えるこめかみを押さえ、心底呆れた様子のソヴァを励ますように。

 

「まあまあ。そのおかげで地理にはちょっと詳しくなったし。とりあえず順に進めていこうよお」

「なんで私が宥められてるのか納得はいきませんが……」

 

 提案自体は正当なものだ。ソヴァはエステルに疑わしげな視線を送る。しばし逡巡して、観念したかのようにため息をつく。

 

 彼女は帝都に来て日が浅い。ただでさえ土地勘がないのに、大通りから外れた場所などなおさらだ。それに、こうして言い合っているうちに取り返しのつかない状況に陥る可能性だってある。まだ少し釈然としない表情ながらも、エステルの道案内に従うことにした。まだ少し、いや、かなり不安だったが。

 

「よーし、それじゃあしゅっぱーつ!」

「本当に大丈夫ですよね……?」

 

 意気揚々と号令をかけるエステルのあとに続く。ソヴァははじめふらふらと酒場にでも連れて行かれることを危惧していたが、意外にもそんなことはなく。

 

 珍しく真面目な彼女の道案内と地図を頼りに、いくつかの拠点を見て回りはしたものの。なかなかそれらしい痕跡は見つからなかった。

 

 そして、あるいは徒労に終わるのではと覚悟し、周囲が橙色に染まってきたころ。2人はある建物の前で足を止める。

 

「ここが最後のポイントです。……でも、この感じじゃあ」

「使われてるとは思えないよねえ」

 

 そこにあったのは、今にも倒壊しそうな廃墟然とした建物だった。とはいえ、三等地においては特に珍しくもない光景だ。当然鍵などついているはずもなく、壊れかけた蝶番のドアは異様な軽さでもって開いた。

 

「ホントにこんな場所に手掛かりがありますかね? 不用心すぎる気もしますが」

「いやー? 割とありうるんじゃない?」

「重要な拠点なら、見つからないよう厳重に隠すんじゃ」

「魔族ってナチュラルに人間のこと舐めてるからねえ。意外とテキトーかもよ?」

「それにしてもですよ」

 

 室内に足を踏み入れると、古びた床がぎいときしんだ。底が抜けたりはしないかとおそるおそる部屋の中心まで歩みを進める。

 

 最低限残された家具から生活の痕跡は感じられるものの、室内は夜逃げでもしたかのように空っぽであり、壁に沿って置かれた物置棚には食器の一枚すら残されていなかった。

 

 そんながらんどうの部屋の中で、一つの机が目に留まった。その他の粗末な家具に比べると不釣り合いに思えるほどしっかりした造りの机だ。必然それに違和感を覚えたソヴァが机に近づく。

 

「これだけやけに新しいような……。あれ?」

「なんかあったー?」

「メモ書きみたいなものが……『この引き出し開けるべからず』?」

「うわ。あからさま」

 

 ソヴァが引き出しを開けようとしてみると、強い抵抗を感じて手が止まる。どうやら鍵がかかっているらしかった。

 

 ――わざわざここに鍵をつけるくらいなら最初からドアにカギを掛けとけばいいのに。そう思いつつ腕に力を込める。すると、ぱきりと小気味のいい音が響いて、引き出しは意外にもすんなり開いた。

 

 引き出しの中にはまたしてもメモ書きが一枚残されていた。摘まみ上げて内容を確認すると。

 

『バカは見る^^』

 

 ソヴァは無表情のままためらいなくそれを破り捨てた。背後からのぞき込んでいたエステルが、そら見たことかといわんばかりに肩をすくめて。

 

「ほらね? 舐められてる」

「これが魔族の仕業とかむしろ信じたくないんですが。今時子供でもこんなイタズラしませんよ」

 

 くしゃり。バラバラになった紙片を握り締め、怒りに肩を震わせながら言う。久方ぶりに故郷を滅ぼされたときの激情が心に去来するのを感じていた。

 

「……はあ。もういいです。本当にただのイタズラならそれに越したことはありませんし」

「だねえ。他に何もなさそうなら、次の場所に移ろっかあ」

「ですね……って。何を悠長に飲んでるんですか。先輩もちゃんと調べてください」

「はーい」

 

 早くも調査に飽きはじめていたエステルが懐から一升瓶を取り出し、呑気に口をつけた。呆れたソヴァの叱責には間延びした空返事を返して、千鳥足でふらふらと室内を歩き回る。

 

「ってもねえ。他に調べられそうな場所なんて……」

 

 そもそも物がほとんどないんだから調べ甲斐がない。エステルがやる気なさげに物置棚に手をついて寄りかかろうとした瞬間。

 

「――んえ?」

 

 くるり、と。物置棚が不意に半回転して、隠された通路を露にした。返ってくるはずの手ごたえはなく、空を切るような感触。すっかり全体重を預ける気でいたエステルは、予想外の出来事に間抜けな声を漏らすことしかできなかった。

 

「オワーーーーッ!?」

「せんぱーい!?」

 

 支えを失ったエステルの体が、スローモーションで地面と水平に倒れていく。やがて哀れな酔っ払いは、情けない叫びとともに物置棚の背後に空いた暗闇の中へと消えていった。

 

 ソヴァがぽっかりと開いた穴の中を覗き込んで声を掛ける。その声はどこまでも反響して、この先が遥か深くまで続いていることを予感させた。

 

「隠し通路……!? 先輩! 私も行きます!」

 

 彼女は一切の迷いなく、後を追って暗闇に飛び込んだ。

 

 

「――ぐえ」

 

 滑り落ちる勢いそのままに、大地と熱烈なキスをしたエステルがうめき声を上げる。そのまま潰れたカエルのごとくうつぶせに突っ伏して動かなくなってしまった。『0点 0点 0点』――。審査員がいれば、そう点数を付けただろう。

 

 果たして、どれほどの距離を下って来たのか。時間にしてみればほんの数瞬だった気もするし、虚を突かれたせいか永遠のようにも感じた。

 

 ややあって、エステルが緩慢な動作でのそりと起き上がる。目じりに薄く涙を溜め、赤く腫らした鼻先をさする彼女が眉根を寄せてぼやいた。

 

「いてて……。まさかあんなところに隠し扉があるとは……。私だからよかったものの、他の人が滑り落ちたら痛いじゃ済まないっての」

「ああああ――――」

「この声……?」

「と、止まれませーん!」

「へ――うぎゃ!?」

 

 背後から聞こえた悲鳴に振り返る。エステルの目の前の土壁には、人1人が通れるくらいの大穴がぽっかりと開いていた。

 

 ――ここから落ちてきたのかな? そんな考えがよぎった瞬間、大穴からソヴァが弾丸じみた速度で射出されてきた。魔法の弾を向けられることはあっても、人間ミサイルを食らった経験などない。

 

 腹部に強烈な衝撃が襲い掛かる。さしものエステルもこれには反応できなかった。頭から突っ込んできたソヴァとともに、再度情けない声を発しながらもんどりうって倒れる。

 

 しばしの沈黙。そして、ようやく状況を飲み込んだソヴァが勢いよく顔を上げて。

 

「あああ、先輩! すみません!」

「だ、大丈夫大丈夫……。ソヴァちゃんに怪我はない?」

「それはありませんけど……」

「ならよかった。これで心残りなく成仏できる」

「先輩!?」

「と、冗談はこれくらいにしておいて」

 

 ソヴァの心配に反して、エステルは思いのほかぴんぴんしていた。弾みをつけ、ひょいと立ち上がった彼女が改めて周囲を見回す。

 

 抜け道を滑り落ちてきた先には、広い空間が広がっていた。天井は高く、幅も数人が十分に通れる程度で、以前訪れた帝都北部のダンジョンよりさらに二回りほど広い。

 

 こんなところで大規模な工事が行われているなんて噂は聞いたことがないし、公共事業だとすれば都市の外れに大穴をあける意味が分からない。税金の無駄遣いだと暴動が起こりうる。

 

 そもそも出入り口が隠されていたくらいだ。これで何も感じない人間がいるならば、そいつはラブコメの主人公適性がある。そんな状況だった。

 

「逆に、臭い過ぎて罠っぽくすら感じるねえ」

「ニコレット先輩のとこで毒対策の魔道具を借りるついでに、消臭スプレーも貰ってきたんですけど使います?」

「比喩だよ比喩! 怪しすぎて違和感あるってこと」

「ああ、そういう……。調べてみないことには何も言えません。とりあえず進んでみましょう」

「そだねー」

 

 眼前には先の見えない空洞が広がっている。地下空間はずっと奥まで続いているらしかった。お互い、十中八九ここが当たりだと思いつつも、ひとまず先に進むことにした。

 

 かつ、かつ、と洞窟の中に靴音が反響する。地下らしく空気は湿っており、カビだかコケだかの土煙に似た臭いが不快さを掻き立てる。しかし、ソヴァは『ニコレット先輩の研究室よりはマシな臭いだな』と思っていた。慣れてしまっていいものなのか。

 

「――あれ?」

「ん? どうしたの、って。この匂い」

 

 しばらく進んでいると、不意にソヴァが足を止める。それに気付いたエステルが一瞬疑問符を浮かべるが、すぐにその理由に思い当たった。

 

 空気に混じる甘い匂い。それを敏感にを感じ取ったソヴァが目を閉じ、鼻に意識を集中させる。ややあってまぶたを開いた彼女は、確信のこもった口ぶりで。

 

「これって、例の『安息香』の匂いに似てませんか?」

「ぽいね。ま、これで依頼と無関係だったらそれこそびっくりだけど」

 

 エステルが肩をすくめる。地下空間は迷いようのない一本道だ。変に匂いのもとを辿ろうとせずとも、単純に歩みを進めていけばよかった。

 

 まっすぐな通路の先。その側方には、脈絡なく掘られた窪みがあった。駆け寄って、窪みを覗き込んだソヴァが顔をしかめる。そこには、一山いくらで売られる魚のような格好で、意識不明の人間が重なり合った状態で放置されていた。

 

「なっ……。何ですかこれ!?」

「うわー……。これはまた……」

「こんな……。っ、大丈夫ですか!?」

「ソヴァちゃん、不用意に近づかない方が」

 

 さしものエステルも、緩んだ笑みを消して絶句する。それだけ異様な光景だった。

 

 制止するエステルの声を振り切って、ソヴァが人の山に近づく。下敷きになっている人間はともかく、それ以外ならまだ息があるかもしれない。彼女が大声で呼びかけると、わずかにだがうめき声が上がった。見れば、目はうつろながらも死んではいないようだった。

 

「魔術か、魔道具か。意識が混濁してるみたいだねえ」

「とにかく、一刻も早くここから連れ出して――」

「……っと。そりゃ、すんなりはいかないかあ」

 

 エステルのぼやきに、何が、と言いかけて。2人の頭上に影が差す。

 

「ああ? なんでこんなとこに人間がいやがる……って、そのピンク頭。もしかして、お前が勇者エステルか?」

 

 地面を揺らす低い声に振り返ると、常人の倍はあろうかという体躯の人馬が彼女たちを射殺さんばかりに見下ろしていた。丸太のように太い腕の先には、それこそ大木にも等しいサイズの大斧が握られている。

 

「あれ。私ってそんなに有名人? サインいる?」

「気を使ってくれなくていいぜ。そうだな、首ひとつで十分だ」

 

 人馬――人間たちが言うところのケンタウロスが、肩に担いだ斧を大仰に振るう。たったそれだけの動作で前髪を乱すほどの風が起こった。

 

 自らを遥かに上回る巨体に睨み据えられながらも、エステルは相変わらずの軽口を叩く。対するケンタウロスも彼女のことを知っているらしかった。豪快な体躯と裏腹な、嫌味ったらしい口調だった。

 

「そういや、試作品を持たせた人間が勇者に捕まったとかいう話だったな。それでここが嗅ぎつけられたか」

「うん。そんなとこ」

「敵にすると鬱陶しいのに、手駒にした途端役に立たなくなるな」

「あー。そういうことあるよね」

「上からはせっつかれるわ人間どもは使えねぇわ、おまけに勇者までお出ましなんてな。全く胃が痛いぜ」

「牛の胃って4つもあるんだし1つぐらいダメになってもよくない?」

「全部使うの! スペアとかじゃねえから!」

 

 ケンタウロスが声を荒らげる。単なるツッコミですら人によっては腰を抜かしそうなほどの轟音だ。ソヴァは思わず耳を塞ぐ。

 

 よくもまあ、普段通りの調子で会話できるものだ。ソヴァは胸中に感心を覚えていた。ケンタウロスの怪力は一般にも広く知られるところであり、目の前の存在が発する威圧感は尋常のものではない。

 

 それでもなおへらへらと赤ら顔のままでいられるのは、勇敢なのか怖いもの知らずなのか。あるいは、彼女にとって恐れるに足らない相手だというのか。外からそれをうかがうことはできなかった。

 

「いちいち神経を逆なでする野郎だ」

「野郎、は男性をののしって使う言葉だから誤用だね」

「ねえホントお前マジでウザい」

 

 とうとう我慢の限界に達したらしいケンタウロスがギャル並みの語彙力で。彼は小さく舌打ちをして大斧を肩に担ぎ直すと、ぶるんと鼻を鳴らし、前足で地面をかく。

 

 臨戦態勢に入り、今にも飛び掛かってきそうな気配があった。ケンタウロスは強面にどう猛な笑みを浮かべ、品定めするかの如く眼前の勇者2人を見やる。

 

「まあいい。ここで勇者を殺しておけば、これまでの失態をチャラにして釣りが返ってくるくらいだ。特に勇者エステル。お前の首がありゃ次の魔将にだってなれる」

「あげたいのはやまやまなんだけどねえ。まだ多少は使い道があるっぽいから」

 

 エステルが一歩前に歩み出し、剣の柄に手を掛ける。桜色の髪を揺らす後ろ姿が、ソヴァの目にはいつかの光景と重なって見えた。

 

 口ではふざけていても、その瞳にはもはやおどけた色はない。せめぎ合う両者の魔力が、空間を歪めているように幻視させた。

 

「個人的な恨みはないが――俺のために死んでくれ」

「あはは。今時そんなプロポーズ流行んないよお?」

「……訂正だ。やっぱ今恨みできたわ」

 

 アリが像と人の大小を見極められないように、相対する両者どちらが優れているかなどソヴァには分からない。少なくとも舌戦ではエステルが勝ってそうだが。

 

 しかし、なぜだろうか。不思議と不安はなかった。

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