酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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その剣は高周波ブレードのごとく

「ソヴァちゃん。下がってて」

 

 ケンタウロスと正対し、ソヴァに背を向けたままエステルは言う。

 

 気遣うような、それは。言外に足手まといだと言われた気がして、反射的に否定が口をついて出る。

 

「なんでですか!? 私も――」

「他に仲間がいるかもしれないでしょ? 背中を任せてるんだよお」

「それはっ……」

 

 言葉の代わりに、ソヴァの喉奥で空気が詰まった。言い返そうにも、打ち負かすだけの反論は思い浮かばなかった。

 

 エステルの言うとおり、ここは敵の本拠地。いわばホームだ。一本道の洞窟然としたフィールドでは、仮に挟撃を食らえばひとたまりもない。

 

 その点において、役割を分けるということはある意味で正しい言い分だった。しかし、それが彼女を遠ざけるための口実だということもまた、容易に察せられる。

 

 ――自分では力不足なのか、と。痛感する一方で、彼我の実力差を見誤るほど未熟でもないからこそ、なおのこと自尊心が傷付けられた。

 

 民草を脅かす敵が目の前にいる。しかし、敵は自分よりも遥かに格上だ。自分一人ではどうにもならず、任せることしかできない事実。ぎり、とソヴァが奥歯を噛みしめる。ふがいなさと悔しさに握りしめた剣の柄が固い感触を返した。

 

「俺としては、同時にかかってきてもらった方が時間を節約できてありがたいんだが」

「安心してよお。すぐ終わるから」

「へえ? 降参してくれるのか?」

「いや? きみが勝つとは限らないってだけ」

「……ナメやがって」

 

 エステルの挑発を受け、侮るようだった視線に敵意が混ざる。ケンタウロスは肩に担いでいた大斧を握りなおすと、不愉快な人間を真っ二つにすべく上段に構えた。

 

 1人と1頭。体躯には倍近い差があった。両者向かい合って一瞬の静寂。

 

 そして、閃光が瞬いた。少なくともソヴァの目にはそうとしか映らなかった。

 

「――っ、ぬおおおお!」

 

 おそらくはほとんど本能によるものだったのだろう。目を見開いたケンタウロスが前足を軸に身をよじり、飛来した閃光を回避する。図体に似合わない機敏な身のこなしが印象的だった。

 

 攻防はそれだけにとどまらず、人馬の戦士が雄たけびを上げすれ違いざまに大斧を振り下ろす。

 

 巨木のような見た目通り莫大な質量を有する武器。それに魔族の膂力が合わされば、もはやその一撃は爆発の魔法と大差ない威力を発揮する。斧が地面を衝いた瞬間、洞窟全体が揺れるほどの地響きが起こった。

 

「先輩!?」

 

 ソヴァが悲鳴をあげる。あんなもの、当たれば致命傷では済まないだろう。立ち込める土煙の先で起こる、最悪の結末を幻視した。

 

 やがて土煙が晴れると、そこには立ち位置の入れ替わったエステルとケンタウロスがいた。エステルに目立った外傷はない。ひとまず外見上は無事なようで、ソヴァは1人冷汗をぬぐった。

 

 高レベルだとは知っていた。自分よりステータスが高いこともなんとなく理解した、つもりでいた。しかし、やはりそれはつもりでしかなかったのだと知る。剣閃はおろか、体捌きを視認することさえままならなかった。

 

 ――これじゃ足手まとい扱いもされるはずだ。エステルが自分を下がらせたわけを、遅ればせながら理解した。

 

 エステルとケンタウロス。双方の中間の距離にはクレーターが出来上がっており、それが攻撃の威力を物語っていた。調子を確かめるふうに、前足で地面をかくミノタウロスが。

 

「フン、勇者と言えど所詮人間。俺たちからしてみれば止まって見え――む?」

 

 あざけるような話し声が不意に止まる。ケンタウロスは、自らの体に起こる異変に気付いた。

 

 肩口に感じる熱。その発生源に目を向けると、赤い血液がじわりと滲みだしていた。それを認識したあとから、遅れて鈍痛がやってくる。

 

 瞬間、彼は脳が沸騰しそうなほどの怒りに襲われる。――傷? いつつけられた? いや、それ以前に。

 

 人間ごときの剣で傷をつけられた、その事象そのものが。魔族の中でも特に武勲を重視するケンタウロス種にとっては許しがたい出来事であった。

 

 しかし、歴戦の戦士である彼は感情に任せて躍りかかるなどという愚かな真似はしない。湧き上がる衝動を理性で抑え込み、浮かべていた薄笑いを消し去ると、油断なく目の前の矮小な人間を睨みつける。それは、ようやくエステルを脅威として認めた証でもあった。

 

「テメエ、どういう手品を使った? 今の一撃は、確実にかわしたはずだ」

「手品も何も、普通に斬った。それだけだよお」

「そんなわけがねぇ。どんな卑怯な真似をしやがった」

 

 戦場で培った直感が、正常ではないと告げていた。人間は力で魔族に敵わない分、妙な小細工を仕掛けてくることは彼らの中での共通認識である。

 

 魔術か、暗器か、はたまた。ケンタウロスはエステルの一挙手一投足注意深く観察する。彼女は相手が仕掛けてこないと見るや、再度大きく踏み込み剣を横薙ぎに構えた。

 

 ケンタウロスはそれを紙一重で躱した――と思った瞬間。剣が寸前でわずかにブレた。まるで剣先が二股に分かれたかのように体へ向かって伸び、彼の前足を浅く切りつけた。

 

 痛みは感じなかった。傷跡のからくりを暴いたことでもたらされた優越感がそれを凌駕していたからだ。彼は勝ち誇った笑みを浮かべ宣言する。

 

「なるほど。その剣……」

 

 エステルの持つ剣を指し示し、知識ひけらかすかのごとく。

 

「名のある勇者が貸与されるという聖剣か。攻撃に際して、剣に幻術の類を付与することで間合いをちょろまかしていたんだろう。小賢しいお前ららしいおもちゃだな」

 

 ソヴァは驚愕と共に戦慄を覚える。エステルの持つ剣の凶悪な性能についてもだが、それ以上に。剣の特性をたった二度の打ち合いで見抜いてしまうケンタウロスの観察眼におののいていた。人間より身体能力に勝るとはいえ、これほどまでに差があるとは。無意識のうちに、彼女の右足が半歩後退する。

 

 嘲笑も幾分含まれるその声を、エステルはだらりと腕を下げた体勢のまま聞いていた。それを皇帝とみなしたケンタウロスはどう猛に犬歯をむき出して。

 

「どうした? 奥の手がバレて恐怖しているのか? 恥じることはない、お前らは下等生物なのだから当然のことで」

「あの。さっきから何言ってるの?」

「――何?」

「これ聖剣とか、大層なものじゃないよお。この前買ったばっかのおニューだから斬れ味はいいかもだけど」

 

 肩に剣を担ぎ上げながら、なんてことないようにエステルは言う。そのあまりにもあっけらかんとした態度からは、演技や嘘の気配は感じ取れなかった。ぽかんとした表情を浮かべるミノタウロスに向かって彼女は言葉を続ける。

 

「聖剣も持ってたんだけどさあ。この前酔っぱらって王国まで行ったときに置き忘れてきちゃったみたいで。今手元にないんだよねえ」

「先輩、それ大丈夫なんですか? 聖剣って滅茶苦茶大事なものなんじゃ……」

「やば。ソヴァちゃんも聞いてたんだった。……こいつ結構強そうだし、新人1人いなくなっても不自然じゃないかも?」

「消される!?」

「嘘嘘。バレたらクビになっちゃうからシーね」

「ええ……?」

 

 物騒な言葉が聞こえた気がしたが、聞き間違いだろうか。口元に人差し指をあて、黙ってろと言わんばかりのジェスチャーを送るエステル。破ったらどうなるかは考えたくもない。身の危険を感じたソヴァは静かにこくりと頷いた。

 

 そんな2人のやり取りに割り込む形で、ミノタウロスが怒声を上げる。

 

「嘘を吐くな! この俺が確かに見たのだ、言い逃れはできん!」

「いや違うんだって。ここに来るまで半日くらいお酒飲んでないからさあ。手が震えちゃって」

「は?」

 

 屈強な肉体にそぐわない、間抜けな声がこぼれる。ケンタウロスが視線を落とし、エステルの剣を見れば、確かにカタカタと痙攣じみた震えが刀身を揺らしていた。それはあまりにも高速で――結果、残像を生み出しているのだった。

 

 つまるところ、寸前でブレる奇剣の正体はアルコールの離脱症状。それが勇者の超人的ステータスと合わされば、その振動数はチェーンソーにも匹敵する。実のところ、切れ味の理由は新品の剣だからというだけではなかった。

 

「……流石、腐っても高ステータスなだけありますね。生理現象すら常識外れのスピードだとは」

「えへへ。褒めてもなにも出ないよお?」

「全く褒めてません。謎生物過ぎて感心してるんです」

 

 酒が切れたことによる震えを攻撃に応用する剣士など聞いたこともない。ここまでくると、もはや呆れよりも感心が勝る。魔族以上に人間離れしているのでは、とさえソヴァは思った。

 

「こんの……! ふざけるなよ人間!」

「あっぶな!?」

 

 洞窟内に突風が起こる。遅れて地響き。慌てた声色とは裏腹に、エステルは激情任せに振るわれた大斧をひらりと躱した。

 

「ソヴァちゃんは倒れてる人の方をお願い。こっちは私がなんとかするから」

「は、はい!」

 

 不意に声を掛けられたソヴァの肩がびくりと震える。意見できるような状況ではなかった。こわばった返事を返して、エステルに言われるまま山積みにされた被害者たちの方へ近づく。

 

「さて。キミたちのいう所詮人間がどれくらいのものか。試してみる?」

「楽に死ねると思うなよっ!」

 

 しかして始まった戦いは、戦いと呼べるか怪しいもので。

 

 なんとかする。そんな表現が控えめにすら感じられるほど、一方的なものだった。

 

「……これ、は」

 

 戦場から一歩引いた場所から戦闘を見つめるソヴァ。その視線は一切ブレることなく、桜色の勇者と人馬に向けられていた。

 

 勇者エステルが強者であることは何となく分かっていた。レベルにしても実績にしても、自分よりは上なのだろう、と。

 

「クソ! ちょこまかと……!」

「千鳥足は危ないって、よく言われる」

 

 横なぎに振るわれた大斧を、たった一歩の後退で躱し。

 

「ねえ。ミノタウロスとケンタウロスって何が違うの? 言っちゃえばキミって専門家じゃん?」

「『フュリオスチャージ』!」

「遠い親戚とか? それとも分岐進化するの? なつき度とかで」

 

 運動エネルギーの塊のような突進を、剣の腹で逸らす。勢い余って側壁に激突したケンタウロスが、恥辱に怒りをたぎらせて。

 

「クソ、クソクソクソ!」

「お口が悪いなあ」

 

 なんとなく分かったつもりでいた、その強さの一端すら理解しきれていなかった。あまりにも隔絶している。両者の間には、圧倒的なまでの差があった。

 

 あるいはひたむきなソヴァでさえ、一瞬自信を失いかけてしまうほどの。それほどまでの高みにいた。

 

 ――ああ、そうだ。

 

 かつて、自分の街を救ってくれた勇者の姿と重なる。荒れ狂う戦場のそばにあって、ソヴァは自分でも理解できない安堵を感じていた。

 

「オオオオッ!」

「頭に血がのぼってるみたいだから」

「ッがあああ!?」

「ちょっと抜いといてあげるよ」

 

 幾度目かの交錯。ケンタウロスがもんどりうって地面に倒れた。見れば彼の足元には血だまりが出来上がっている。傍目からは視認できなかったが、いつの間にかケンタウロスの胸に深い切創が刻まれていた。

 

「痛めつける趣味はないから。しばらく寝てて」

「ふざっ……ガッ!?」

 

 文字通り馬乗りになったエステルが、剣の柄でケンタウロスの頭部を強打する。がつん、と硬質なもの同士のぶつかる鈍い音が洞窟内に響いた。

 

 そして、先ほどまでの剣戟が嘘のように辺りが静まりかえる。それは、戦いの終わりを悟らせるには十分な合図だった。エステルは一仕事終えたふうに息を吐いた。

 

「ふう。よかった、なんとかなったね」

「なんとかって……。全然危なげなさそうでしたけど」

「いやいや。これでも緊張してたんだよお? 手の震えはお酒が切れたってだけじゃないんだから」

 

 またしてもそんなことをうそぶくエステル。それが本心なのかいつもの軽口なのかソヴァにはわからない。しかし、自分を安心させる意図があることだけは理解できた。

 

「それじゃあこの魔族をふん縛って――」

「ぐっ、おおおおお……!」

 

 エステルが今後について話始めようとした矢先。荒い息の混じる低音が空気を揺らし、倒れ伏していた巨体が動き出した。

 

「待て……! まだ勝負はついていない……っ!」

「しつこいなあもう。痛めつけたくないって言ったじゃん」

 

 魔族の生命力は人間の比ではなかった。ケンタウロスが大斧を支えによろめきながら立ち上がる。エステルが気だるげにため息を吐きつつ再度臨戦態勢を整えた、そのとき。

 

「がああ……!?」

「なっ!? まだ何か――」

「……っ。そっか。そうだ。なんでもっと早く気づけなかったんだろ」

 

 突如として、ケンタウロスが喉元を押さえ苦悶に満ちたうめき声を上げた。不測の事態に動揺するソヴァに対し、エステルはハッとした表情で唇をかんだ。

 

 体をのたうち回らせて、ケンタウロスは激しく暴れまわる。それを最後の悪あがきと見て取ったソヴァが剣を構える。しかし、彼女の予想に反して、ケンタウロスから攻撃が飛んでくることはなかった。

 

「――ガ」

 

 異形の人馬も、力尽きるその時の表情は人間と似ていた。ケンタウロスの体がひときわ大きく跳ね、しばらくもしないうち彼は音もなく息絶えた。辺りに痛いほどの静寂が満ちる。

 

 あまりに唐突な幕切れに驚く暇もなかった。ソヴァの脳内に満ちるのは、なぜ、という疑問。明らかに刀傷による苦しみ方ではない。それこそまるで、剣に毒が塗られていたかのような。

 

「デバフの魔道具を使ってくるくらいだもん。そりゃ毒だってあるよね」

 

 その疑問に答える声。いつの間にかケンタウロスのそばにしゃがみ込んだエステルが、転がる人馬を観察しながら言った。眉間に寄ったしわからは、後悔の色が見て取れる。

 

「もしかすると、倒されること自体想定内だったのかもね。情報を抜き取られないように、特定の条件下で発動する魔法が掛けられていたんだと思う」

「そんな……。向こうにとっては同族のはずです。そんなひどいこと……」

「珍しくもないよ。人間だってするヤツはいる」

 

 ソヴァが息を呑む。冷たい刃を喉元に突き付けられたような感覚だった。口調こそ皮肉めいていたが、隠し切れない冷徹さと諦観が垣間見えた。

 

「とにかく、まだ息のありそうな人たちは運び出そう。それからこの魔族も……。相手の魔法を知る手掛かりになるかもしれないし」

 

 苦々しく表情を歪めてエステルは言う。敵として出会ったとはいえ、言葉を、剣を交わした相手だ。それを貶めていいものか。身勝手なエゴを自覚しつつも、気は進まなかった。

 

 世界の裏で何がどれだけ死のうと、心はさして痛まない。しかし、わずかでも関係を持ったもの――それが人であれ、犬であれ、決して分かり合えない種族であれ。

 

 そんなものの命が絶えると、途端に身につまされた思いになる。凡庸な、ごくありふれた感傷がエステルの内に湧き上がった。

 

「先輩?」

「ん? ああ。ちょっと考え事」

「……この非道な行いが、人間に向くのだけは阻止しないと」

「うん、そうだねえ」

 

 そのためには必要なことだから気にするな、と。言外に伝えている気がした。

 

 ――気を使わせちゃったかな。後輩の意外な洞察力に、エステルは苦笑を交えて返す。もとより先輩らしい行動は見せられていないが、それでもやはり、弱みを見抜かれるのは気恥ずかしかったらしい。

 

 エステルがのそりと立ち上がる。彼女が振り返ると、ソヴァと、そのさらに背後に『神隠し』の被害者であろう人間たちの山が視界に入った。

 

「全く、嫌な予感ばっかり当たるんだから」

 

 それもこれも不吉な事を言い出したニコレットのせいだ、と。本人が聞いたらキレること間違いなしの難癖をつけて。

 

「これ以上面倒なことになりませんよーに……」

 

 想定される最悪の半歩前。その現状を憂うかのごとく、両手を合わせてつぶやいた。

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